「……何故攻撃してきませんの」
セシリアは自分の攻撃が当たらない事よりも、凱が一切攻撃を仕掛けて来ずひたすら回避のみしていることに怒りをおぼえた。
反撃するスキはいくらでもあったのに。
巻き起こるのは土煙と歓声。
歓声はもちろん、観客席にいる生徒たちが、凱に向けての、である。
それらが起こる度に、セシリアの怒りも上がる。
凱の行動の意味するところ
それは、つまり―――
「このわたくし相手に……手を抜いてますの……!」
セシリアのプライドはズタズタだ。
手を抜かれるほどの実力に差があることなど些細なこと。
男がクラス代表?
一夏に祖国を侮辱された?
それすら生易しい……
代表候補生である自分を相手に手を抜いて戦うという行為自体が……これほどの侮辱があるだろうか!
「別に侮辱しているわけではないよ」
セシリアの怒りを見透かすように、しかし凱は淡々と話す。
「君の強さを確かめていたんだよ、若き戦乙女セシリア・オルコット」
それを聞いたセシリアはプツンとキレた。
「それを侮辱というのですわ!!」
怒号と共にセシリアは四枚のビットを展開させる。
複雑に動くビットは、目では追えないスピードで凱に接近しビームを放つ。
しかし、その四方から放たれるビームは凱の最小限の動きによって尽く回避された。
それらの攻撃を眺め、凱は関心した。
「君は頭に血が昇っても練習に忠実なんだね、それは尊敬に値するよ」
「な、何を言って……」
突然の物言いに、セシリアは戸惑った。
頭に血が昇っていると指摘され、それによって逆に冷静さを取り戻していく。
そして、いままでのやり取りに違和感を感じた。
「君は弛まぬ努力をしたのだろうね」
凱はフッと笑う。
優しい、包み込むような笑顔で。
そう、あの普段はひまわりのようなにぱーっと笑い皆を癒す笑顔ではないのだ。
笑顔だけではない。
その落ち着き払ったような物腰は、壮年の熟練者を彷彿とさせる。
そして、あの目だ。
とても澄み切った黒い瞳は、時折アメジストのように紫色に変わりセシリアを見てくる。
まるで、観察するように。
「何百、何千と練習し、体に染み込ませた動きだ」
凱に言われ、カーッと顔が赤くなる。
「代表候補生、素晴らしいよ、君が努力で勝ち取った称号だね」
いつの間にかセシリアは攻撃を止め、凱の言葉にくぎ付けになっていた。
「ISの素質はあったんだろう。いわば天才、君の言い方を借りればエリートだ。でもそれだけじゃあ君の強さの理由には足りない」
「……わたくしの強さの理由……」
「君は努力した。才能に胡座をかくことなく研鑽した。だからこそ君の自信に繋がっているんだろう。ああ、なんと重厚なバックボーンだろう」
凱は眩しいものを見るように目を細める。
「君は『努力の天才』だ」
「…………っ!?」
言われた途端、セシリアの目頭が熱くなった。
だが、すぐにキッと凱を睨む。
気を緩めたら、泣いてしまいそうだったから。
自分の努力を認めてくれた。
天才だから、エリートだから出来て当たり前と言われプレッシャーがのしかかっていた自分のたゆまぬ努力を、認めてくれた。
孤独な戦いを、褒めてくれた!
「しかし、だからこそ攻撃は読みやすい。君は練習で行った攻撃パターンしかしない」
そう言われて、セシリアは先程までの感動が一転、一気に驚嘆へと変わった。
「まさか……あ……あなた、わたくしの攻撃パターンを……」
「『見て』『覚えた』」
凱はそう言いゆっくりと腰の刀を鞘から抜く。
「だから、僕に当てることは不可能だセシリア・オルコット」
ビュオォッ!!
セシリアに突然突風が襲う。
そして、同時に車に衝突されたような衝撃がセシリアの左半身を襲う。
「――――――!?」
人は許容を越える事態になると声が出ないという。
そして許容を越える痛みは、脳が信号を遮断し痛覚で痛みとして認識しない。
それはセシリアも同じだった。
そして、セシリア襲った感覚それは……
(わたくしの……左半身が……なくなった……!!)
すぐにセシリアは自分の体を確かめる。
左腕―――ある
左足―――ある
左半身のIS―――ある
なんだったんだ、先程の衝撃、錯覚は!?
尋常ではない疲労感に、激しく乱れる息、滝のように吹き出て流れ落ちる汗。
その時、目の前に展開されているモニタから警告が発せられた。
『敵ISからロック』
『敵IS攻撃態勢』
『シールド残量100』
敵ISからの攻撃?
今?
だって目の前には誰もいないのに?
それにいつ受けた?
残量100?
セシリアは混乱する事態をパズルのように当て嵌めていく。
そして頭の中のピースが埋まり、バッと後ろを振り向いた。
そこには、刀を構えた凱が立っていた。
つまり
先程の突風と衝撃は
凱の攻撃だったのだ。
しかも、センサーは凱の攻撃の後反応した。
つまりセンサーも追いつかない程のスピードの攻撃
おそらく一撃だろう。
一撃でシールド残量を100にしてしまう攻撃
「それが……ゼクス……ファクター……!」
……それが……頂点!
わたくしは絶望する?
遥か高みを目の前にして、全く歯がたたなくて、膝をつく?
そんなことありえない!
震える体は歓喜!
泡立つ肌は歓喜!
心の奥底から沸き上がるのは歓喜!
目指すべき目標を得たという歓喜!
それのみだ!
セシリアは歓喜にうち奮え、自然と口角があがり笑みを浮かべていた。
「セシリア・オルコット」
凱はゆっくりセシリアに振り向く。
セシリアの目に映るのは、晴天を背景にした金色に煌めく男
―――ああ、美しい―――
セシリアは凱のたたずまいに見惚れていた。
「君は何のために力を求める?」
凱の問いに、惚けていた自分に驚きつつもすぐに気を取り戻すセシリアだったが、まっすぐ凱を見据え、ひとつ深く深呼吸し、はっきり言った。
「わたくしが力を求めるのは、オルコット家のため。亡き母が遺した名を、名誉を護るため!」
セシリアは力強く、そして高らかに宣言する。
「わたくしは母の意志を受け継ぐ!名を護るのは、わたくしがわたくしであるために!護る力を得るために!そのためにわたくしは今ここにいるのですわ!!」
その言葉に満足したのか、そうかと言って凱はフッと微笑む。
「ならば、君はこんなところで満足してはいけない。君はまだまだ強くなる」
「……あなたのように……なれますか……?」
「君は僕じゃない。僕にはなれないよ。でもブルーティアーズを信じて進めば、きっと僕達よりも遥か高みに行けるさ」
「……そう……ですか……」
セシリアは一筋の涙を流した。
ああ、わたくしはまだ強くなれるのか……
母の意志を……わたくしがわたくしであるための……名誉を護る力を……
ブルーティアーズ、わたくしと共に来てくれるかしら?
―――ええ、よろこんで―――
セシリアはブルーティアーズがそう言ったような気がした。
「だからこそ、この一撃を君に贈ろう」
凱から生えている九本の尻尾のうちの一本がみるみる形を変える。
そして現れたのは、凱よりも大きな、巨大だ岩石の拳。
「遥か高みを目指す君を祝福しよう」
無骨な、しかしシンプルな拳のオブジェに、セシリアは目をしっかりと見開き、見届ける。
「ようこそイバラの道へ、セシリア・オルコット」
『土公拳!』
凱から放たれた土公拳は、セシリアを容赦なく打撃した。
『試合終了。勝者―――百瀬凱―――』
「……確かに刀と土公拳しか使っていない……手加減もしていた……だが……」
千冬はううむと唸る。
凱は当初のオーダー通りのハンデで戦った。
リミッターも10パーセント設定とし、解除されてはいない。
そして勝った。
だが、千冬は唸る。
やり過ぎだ、と怒りたい。
代表候補生に対して、あまりにも一方的な試合だったからだ。
しかし手加減してもアレならば、どうすることも出来ない。
理不尽に怒るわけにもいかず、千冬は目の前でポケーッとしている凱を睨む。
凱の横では融合を解いたイヅナも複雑な顔をしていた。
そしてまったく事態を理解していない凱は、にぱーっと笑顔を向け、千冬はうっとうめき声をあげるのだった。
凱とセシリアの試合は終了した。
そして終了後丁度に一夏の専用ISが到着した。
本当ならここで小休止の後一夏とセシリアが試合をするのだが、セシリアは試合終了後気絶した。
ISには大したダメージはなかったが、セシリア本人がかなりの肉体疲労と精神的ダメージを被り、ドクターストップがかかってしまったのだ。
結果、一夏とセシリアの試合は延期となった。
「まさか手加減してもこれほどの差があるとは……目算を誤ったか……」
千冬は眉間を指で揉むようにして唸るが、そこへイヅナが異を唱えた。
「いや、あの試合はガイの負けだ」
「なに?」
千冬はイヅナの言葉に顔をあげた。
イヅナの横では凱も驚いていた。
「どういうことだ?」
「なに、ガイが刀と土公拳”以外”を使用してしまったのさ」
イヅナはやれやれと肩を竦める。
「あの小娘、セシリア・オルコットに見舞った刀による一撃は『風神槍(ふうじんそう)』を使用した神速の一撃だったんだぞ。……まったく、無意識とはいえ新たに『風』の力を覚えたのは嬉しいが、今回に関しては素直に喜べないな」
「それって、僕が空気読めてないってこと?」
イヅナの愚痴に傷付く凱。
まったくもって理解していない凱にため息をつく千冬とイヅナ。
試合に勝って、勝負に負けるとは、まさにこのことだろう。
まあ、実際凱がこんなハンデをもって試合に臨んでいたと、セシリアが知れば怒るどころの話ではなくなるので、これは凱を含め千冬、摩耶、一夏、箒達の秘密となった。
翌日、一夏とセシリアが試合を行ったが、生まれ変わったように晴々とした表情のセシリアに一夏は善戦しながらも負けてしまった。