百瀬凱
まったく不思議な男だと思う。
私があのバカ幼なじみ、束から連絡を受けた時は「また厄介事を……」とげんなりしたものだ。
『はろはろー、ちーちゃん!今からそっちに記憶喪失のラブリーな男の子”がーくん”が行くからねー!』
「……まて意味がわからんが」
『がーくんはねー、いっくんと同じなんだよー』
「……!……男がISに乗れるのか?一夏と同じく?」
『しかも専用機も持ってるんだよーすごいねがーくんは!』
「大体理解した。IS学園に入学させたいのだな?」
『そうそう!がーくんはいっくんとものすごく仲良くなれると思うんだよー!』
「……そうか」
『後でもろもろのこじつけは連絡するからねー!じゃあねー!』
「おい待て束。私はまだ良いとは、おい、おい!……くそ、切りおった……」
頭を抱えていると、守衛から面会者が来たがどうするかという連絡が来た。
早速か……
仕方ない、学園に入学させるさせないはともかく、今のうちに保護しておくのが得策なのは間違いない。
私は面会するから門で待たせるように守衛に言い、重い足どりで向かった。
あの束ががーくんなどと言って興味を持つ男か……
どうせろくな性格はしていまい。
あいつに似たバカで変態なのだろう。
一夏だけでも手がかかるのに、わざわざトラブルを持ち込むとは……
私の仕事を増やしおって……
そうブツブツ愚痴をこぼしながら眉間に皴を寄せ、向かった門にいた凱を見たときは驚いたものだ。
……子供?
小学生か?
しかもひまわりを思わせるぽわぽわとした笑顔で私を見ている……
いわゆる美少年と分類されるであろう男
百瀬凱と私はここで出会った。
道すがら凱の人となりを判断するためにイロイロ質問した。
そしてわかったことがある。
凱は普通の人間とは異なる。
まったく邪気がないのだ。
凱と話しをしていても不快な気持ちにはならない。
逆に心の重みが取れていくような錯覚さえ覚えた。
無垢な感情を持ち、しかし人の気配りができる人間。
いつも笑顔を絶やすことなく人を和ませる雰囲気に、私はいつの間にか自分も笑顔になっていることに驚いた。
その後、入学試験と称して模擬戦をさせたときはまた驚いたな。
まずイヅナの出現だ。
魂獣として現存するIS、つまりゼクスファクターだったのだから。
机上の空論などと言われ、私でさえありえないと思っていた存在が目の前にいる。
しかも麻耶との模擬戦で見せたあの異常な戦いと姿。
ケモノの耳と尻尾という、およそISを装着したとは思えない出で立ちもそうだが、凱の洞察力と記憶力、そしてそれを実行できるだけの度胸。
ありえない攻撃方法
実弾やビーム兵器ではない、自然エネルギー
樹木
炎
土
水
さらに風
なにより、先ほどまでのぽわぽわとした雰囲気とは打って変わって、静かに佇むもアリーナ全体を覆うほどの圧倒的覇気。
単純な戦闘力も元代表候補性である麻耶を圧倒するというのも驚いたが、それが全力ではなく準備運動程度でしかなかったと後程聞いてさらに驚いた。
極めつけはゼクスファクターとしての特殊能力、究極の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)
能力無効化(アビリティー・キャンセラー)
なんと、麻耶の武装を無効化させたのだ。
無効化、つまり武器として機能しない。
銃系統は弾が出ない。
ブレードなどの単純武器は量子変換できない。
現在ドイツで開発が進められているという、AIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)など生易しいものだ。
さらには麻耶の持つ武器を凱が持つと”扱う事ができる”などと誰が想像できる?
本来ISの武装は装着者が許可しない限り第三者が扱うことができないようにロックされている。
しかし、凱の能力無効化は”それ”を”無効化”し、自分の武装にしたのだ。
後にイヅナに聞いたが、本来の能力無効化とはIS自体を無効化できる能力なのだそうだが、凱は未熟であるが故相手の武装を無効化し自分の武装として使用を可能にするという能力に留まっているらしい。
……それでも十分脅威だと思うが……
あまりにも規格外で異常な戦いであったため試験は合格としつつも、無効試合とした。
あんな出鱈目な戦闘、無効にするしかあるまい。
そして凱を入学させることは決定したが、それまでの凱の所在が問題になった。
記憶喪失の凱には帰る家がない。
とはいえ束の元に返すのも心配だし、学園に入れるにしても寮の部屋には空き部屋はない。
入学していない一年の寮はすでに割り当てているが、入寮するまで適当に住まわせるか?
だが不安だった。
この学園は女子校だ。
教師もほとんど女しかいない。
そんな寮に凱一人を入れたらどうなる?
言い方はおかしいかもしれないが、飢えた獣の巣にウサギをほうり込むような結末が想像できた。
仕方ないから我が家で保護することにした。
幸い、一夏もいることだし、入学前に親睦を深めて学園生活をより良いものにしてほしいという願いを込めて。
そして、凱はすんなり一夏と仲良くなったようだった。
しかし、新たな問題が浮上した。
家に居候させて数日後、心配だったのでたまにしか帰らない家に覗きに帰ってみれば……
「はい、一夏~、あーん」
「もぐもぐ……うん、うめー!じゃあお返しに、モモンガーも、あーん」
「あーん」
「ガイー!我もあーんしてくれー!」
……
………
………心配だ。
一夏が違う世界に目覚めないか心配だ!
なんだそのラブラブカップルのようなあーんの応酬は!
おまえ達男同士だぞ!?
……まあ、絵にはなるが……
なるほど、これが世に聞くBLというやつか……なかなか良いでは………
……はっ!?
そ、そんなことはどうでもいい!
イヅナも一夏を全く外敵として判断していないのか呑気にあーんをせがんでいる。
いかん!
いかんぞ一夏!
そっちの世界だけはダメだ!!
まあ、それはともかく……
一夏が美味い美味いと連呼しているこの料理だ。
今日の献立は鶏の竜田揚げとポテトサラダ、みそ汁に白飯だ。
たしかに美味い。
素晴らしい。
しかも、これは凱が作った料理らしい。
……仕方ないから、私は毎日家に帰るようにした。
それは一夏と凱が新しい世界に行かないよう監視するためだ。
決して凱の料理のためではない。
今度グラタンを作ってもらおう
そして、入学しなんとか無事に学園生活を送ってはいる。
しかし、最近、更織楯無(さらしきたてなし)が凱と接触しようという気配がある。
布仏が最近凱に近いのはそういう理由だろう。
学園最強の称号
それが生徒会長であり
それが更織だ。
私が昨日HRで”凱に敵う者は学園に存在しない。生徒会長でも微妙”という発言があっという間に学園中に広まり、それが更織の耳にも入ったようだ。
まったく、いつの時代も女子は噂話や話しの伝達の早さは変わらないな。
だが、外面(そとづら)だけ見れば、凱と更織は似ている。
更織は”人たらし”で人当たりがいいし、凱も基本あの笑顔で場を和ませている。
しかし内面は異なる。
更織の家は”暗部”を監視する”暗部”、つまり対暗部用暗部という生まれであるから、人の醜さや残酷さを肌身に知っている。
布仏も更織に連なる者であり、更織に仕えている。
だが凱は違う。
多少人に危害を加えられることに恐怖している節はあるにしても、本当の”闇”を知らない。
さて、凱と更織の接触は時期尚早かどうか……
「千冬さーん、かゆいところはありませんかー?」
凱が私の髪をブラッシングしながら聞いてくる。
ドライヤーによる温かな風と、柔らかな手の感触と、優しく髪をすくブラシに、私はウットリしてしまう。
本当に上手いな、こいつ。
「ああ、いい感じだ……あふ……」
眠気が襲いはじめ、欠伸をしてしまった。
気が緩んでしまっているようだ。
恥ずかしくなってちらりと後ろにいる凱を見ると、相変わらずニコニコと笑みを浮かべていた。
うむ、和む。
「先生って大変ですねー。いつも遅くまで仕事して、僕達ひよっこに手を焼いて。でもあんまりがんばり過ぎたら倒れますよー」
……そんなこと言ってくれるのはおまえだけだよ。
この職務の激しさを理解してくれる労りの言葉に、つい凱に寄り掛かりそうになる。
そしてすぐにハッとして気を持ち直す。
簡単に人に寄り掛かろうとするなんて、私の心は相当疲れているようだ。
「一夏はどうだ?」
私は気を紛らわせるために一夏の話題を振る。
「一夏ですかー?最近はIS操縦に精を出してますよー。セシリアさんと箒さんに教えてもらって徐々に上達してますしねー」
「そうか。ならば私もあいつに指導するか」
「それがいいですねー。一夏はセシリアさんや箒さんより千冬さんに教えてもらう方が嬉しいでしょうしねー」
「なんならお前も指導してやるぞ」
「ホントですか?いやー、楽しみだなー」
「……変わった奴だな、凱は」
私は公私はキッチリ分けるから一夏だろうが贔屓しない。
スパルタなのは今までの授業でもわかるだろうに、それが楽しみだとはな。
私をお姉様などと言って慕ってくるバカ共ならば喜ぶだろうが、凱の思考はまったくのノーマルだ。
まあ、そういうところが凱らしいか?
「……凱はどうだ?IS学園は楽しいか?」
ふと聞いてしまった。
私自身、凱の境遇に同情してしまうところはある。
記憶喪失とは自分がわからないのだ。
自分という存在が危ういなど、そんな恐怖私には耐えられない。
なのに凱はいつもニコニコと笑顔を絶やさない。
さらには気にしていないと笑いながら言うのだ。
「楽しいですよー。皆優しいですしー」
「……強いな、凱は」
力は間違いなくあるだろう。
ゼクス・ファクターという絶対の力を。
しかし、それ以上に心が強い。
「僕は弱いですよー。皆に助けてもらわないと生きていけない自信がありますからね!」
「そうやって、自分の在り方を冷静に判断できているのだから、強いのさ」
過小せず過大せず、しかし驕らず。
まあ卑屈になったりネガティブな思考になりやすいがな。
「僕みたいな何処の誰かもわからない他人を拾ってくれた束さんや、引き取ってくれた千冬さんこそ凄い人ですよー!僕は感謝しきれませんよー」
凱はニコニコと笑みを深める。
だが、私は凱の言葉にカチンときた。
「束はともかく、私はお前が変な奴だったら引き取るつもりはなかったさ。だがな、凱、訂正しろ」
「え?」
「お前は”他人”ではないよ。同じ屋根の下で寝食を共にしたのだ。お前は一夏と同じ私の大事な”家族”であり、大切な”弟”だよ」
言った途端、私は顔が熱くなってしまった。
キザなことを言ってしまった自分をごまかすようにひとつ咳ばらいする。
そしてちらりと凱を見ると、凱は目を潤ませ、泣きそうな顔をしていた。
「ありがとうございます……千冬さん……」
凱の笑顔以外の顔なんて滅多に見れないのに、さらに泣き顔とはな……
以前クラス代表を決めるときの推薦を受けて泣きそうな顔をしていたが、あれとは全く違う喜びの涙か……
イヅナでも見ていないだろうな。
……いかん、かわいいじゃないか……
……これは母性本能をくすぐられる!
「じゃあ千冬さんは、千冬”お姉ちゃん”なんですね!」
ズキューーン!!
凱のえへへと言う笑顔と共に、弾丸が心臓を貫いたような衝撃が私を襲った!!
「……ありがとう凱。もう遅いから部屋に帰れ」
「あ、はいー、じゃあおやすみなさい、千冬さんー」
「……プライベートではお姉ちゃんと呼んでもいいぞ」
「はい!おやすみなさい千冬お姉ちゃん!」
「……おやすみ」
パタン
凱が私の部屋を出た。
「……うっ」
途端、鼻から血が流れた。
なんという破壊力か!
今日の実習で篠ノ之が暴走したのも無理はない……
だがしかし……
お姉ちゃんか……
私は、パソコンの画面の反射で、ものすごくニヤニヤとだらしない顔をしている自分を見て驚愕したのだった。