シャルル君に胸があった。
…あれは…
まさか…
ガチャ。
「!」
気持ち控えめに響いた脱衣所のドアが開く音。
しかし僕はになにより大きく聞こえて、思わず体がこわばってしまう。
「あ、上がったよ…」
「あ、うん」
風呂上りだからか、頬を染めたシャルル君がそこにはいた。
いつも着ているすらっとしたジャージだけど、胸の部分はいつもよりふくらみがあった。
「―――――――」
シャルル君…
「………」
「………」
かれこれ一時間はこの沈黙が続いていた。
お互い自分のベッドに座り背中を向けている。
イヅナちゃんも僕の横でちょこんと座り、何も言わない。
何か話しかけようと思うが、漂う空気がなかなかそれを許さない。
でも、シャルル君は控えめな性格だから、自分からは言いづらいだろう。
ここは勇気を振り絞って僕から話を切り出すしかない!
「ね、ねえシャルル君」
「な、なに!?」
シャルル君はビクッと体を硬直させる。
こんな反応されたら言いづらいなあ…
でも言わないと!
「シャルル君ってさ…」
「………」
「はと胸なんだね!!」
「……………え?」
「…ガイ?」
シャルル君は驚いた顔をしている。
それは例えるなら、”僕の予想の斜め上を行く言葉だ!”みたいな、そんな感じ。
あれ、イヅナちゃんも”なんだこの馬鹿は?”みたいな顔で僕を見てるぞ?
ちなみに『はと胸』とは先天的に胸に変形を認めるもので、胸の正中部が
、へこんでいるものを『
どちらも胸を作る胸骨・肋軟骨・肋骨の変形で、とくに肋軟骨の過形成、つまり異常に成長することによるものとされている。
一般的には無症状なんだけど、重度のものは結構危ない、れっきとした病気なのだ。
「大変だね、はと胸って。普段はそう見えなかったのは、肋骨の矯正のためにコルセットしてたんだね」
「………えーと…」
「大丈夫、僕は誰にも言わないよ!」
「………凱?」
なんかシャルル君がかわいそうな人を見るみたいな顔で僕を見る。
シャルル君、僕はそんなことで見る目を変えないよ!
スモールだったり、はと胸だったりいろいろ大変だったね!
僕はいつまでも味方だから!
虐められることがあれば、僕が絶対助けるからね!!
「…僕ははと胸じゃないよ。…女なんだ」
…
………
………女?
女の子?
…ぷっ
「そんなバカな」
「ええ!?」
僕の切り返しに驚くシャルル君。
「シャルル君みたいにかわいい子が女の子なわけないじゃないか!」
「ええーっ!?なにその理屈!?すっごく傷つくよ!?」
「ガイー!?それは一夏の発想だぞ!?帰ってこーい!!こっち側に戻ってこーい!!」
シャルル君とイヅナちゃんが僕に詰め寄り、すごい剣幕で肩をつかんでガクガク揺すられた。
ああ、脳みそがシェイクされる~~
「―――そうかあ…シャルル君はシャルルさんだったのかあ…」
「…わ、わかってもらえてなによりだよ…」
「ふう、なんとか食い止めたぞ…」
シャルル君改めシャルルさんとイヅナちゃんに散々諭され、僕は考えを改めた。
なんかこんがらがってきた。
もうシャルル『君』で通そう。
どうも、イヅナちゃんは最初からシャルル君のことを女の子だと見抜いていたらしい。
…ははーん、だからシャルル君が着替えるときになるとトイレに行けとか言ってたんだな?
でも風呂上りにパン一(パンツ一丁)で部屋をウロウロしても何にも言わなかった。
ううむ、イヅナちゃんの注意する基準が分からない。
シャルル君のあの胸ははと胸ではなく、本当の胸なんだそうだ。
…
………
………綺麗な胸だったなあ…
水を弾く白い肌に、均整の取れた身体。
シャルル君は小柄だけど、身体のラインは女性らしいそれであり、胸は数字で出されるサイズより大きく見える。
…うん、綺麗な胸だった。
実は本物を実際見たのは初めてだな!
改めて女の子の裸だと思って思い出すと…
…いかん、にやけてくる…
そんな感じでシャルル君の裸を思い出していると、イヅナちゃんの鉄拳が飛んできた。
とりあえず僕の奇行?で緊張がほぐれたのか、部屋の空気がいつも通りの雰囲気に戻る。
「うん、まあ、あれだね。シャルル君にもなんかいろいろ事情があるんでしょう?無理に聞く気はないからー」
「え?でも…」
「人それぞれ、いろんな事を抱えてるものだよ。それこそ、僕だって皆に言えないことがあるしね。無理矢理聞き出そうなんて無神経じゃないよ。でも、それでもシャルル君が話したいなら…僕は真剣に君の話を聞くから」
しっかりとシャルル君の瞳を見る。
いつもはへらへら笑ってる僕だけど、今は笑ってる状況じゃないのはわかってる。
だから、笑わず、真剣にシャルル君を見る。
すると、シャルル君は一度目を閉じ、ゆっくり深呼吸すると目を開き、エメラルドの瞳で真っ直ぐに僕を見てゆっくりと口を開いた。
「僕は父、デュノア社の社長から直接命令されてここに来たんだ」
「命令?お父さんに?」
シャルル君の顔は辛そうなものだった。
お父さんからの命令という単語がなんか変な感じだけど、まあおいおいわかるかな?
「僕はね、凱。愛人の子なんだよ」
―――愛人?
「はい、シャルル先生、質問です」
「な、なに?凱?」
僕は挙手してシャルル君に質問する。
「愛人て何?」
「ええっ!?そこから説明するの!?」
シャルル君は呆れてる。
…だって、わからないんだもん。
仕方ないじゃん!
「ガイよ、愛人というのは、ようするに妾の事だ。平たく言うと不倫相手だな」
「ふーん…」
「…あまりわかってなさそうだな、ガイは…」
説明してくれたイヅナちゃんが呆れてる。
「つまり、シャルル君のお父さんはハーレム作ろうとして失敗したの?」
「全然違うよ!ていうか、なんで愛人て単語知らなくてハーレムは知ってるの!?」
シャルル君の鋭いツッコミが飛んできた。
はて?
なんでだろう?
「…はあ、話を戻すよ。僕が引き取られたのが二年前。ちょうどお母さんが亡くなったときにね、父の部下がやってきたの。それで色々と検査をする過程でIS適応が高いことがわかって、非公式ではあったけれどデュノア社のテストパイロットをやることになってね」
シャルル君は、言いたくないであろう話を健気に喋ってくれた。
だから僕は黙ってしっかりと聞く。
「父にあったのは二回くらい。会話は数回くらいかな。普段は別邸で生活しているんだけど、一度だけ本邸に呼ばれてね。あの時はひどかったなぁ。本妻の人に殴られたよ。『泥棒猫の娘が!』ってね。参るよね。母さんもちょっとくらい教えてくれたら、あんなに戸惑わなかったのにね」
あはは、と愛想笑いを繋げるシャルル君だったけど、その声は乾いていてちっとも笑ってはいなかった。
僕はそんな表情をするシャルル君を見て、段々悲しくなってきた。
「それから少し経って、デュノア社は経営危機に陥ったの」
「ん?経営危機?デュノア社ってISのシェア世界第三位なんでしょ?」
「うんそうなんだけどそれは結局第二世代ISでの話なんだよ。現在ISの研究は第三世代型が主流になってるからね。あそこも第三世代型の研究に着手はしてるんだけど、なかなか形にならなくて…。このままだと開発許可が剥奪されてしまうんだ」
「企業って大変だねー。でも、その経営危機とシャルル君の男装とどういう関係が?」
「簡単だよ。注目を浴びて自社アピールをするための広告塔。そして―――」
シャルル君は苛立ちを吐き捨てるように視線を逸らしながら続ける。
「同じ男子なら、日本に出現した特異ケースと接触しやすい。その使用機体と本人のデータも取れるかもってね」
「僕と一夏のデータを取って来いっていわれたの?」
「…うん、さらに凱、君をデュノア社に引き抜くよう命令されたんだよ」
僕を引き抜く?
ヘッドハンティングってやつか。
うーん、僕を欲しがる企業って珍しいんじゃないか?
まあ、世界で二人しかいない男のIS適正者であるし、因使でもあるからなあ。
でも、シャルル君のお父さんはシャルル君を道具にしか思ってないような扱いだ。
ただ利用価値があった。
それだけしか感じてない接し方である。
そういう風に聞こえる。
でも、はたしてそうなんだろうか?
少なくともシャルル君はそう思っていて、お父さんのことを他人のように話している。
「ああ、なんだか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それと、今までウソをついていてゴメン」
深々と頭を下げるシャルル君は、どこか疲れて何もかも諦めている感じだった。
シャルル君がそんな顔するなんて、ダメだよ。
「シャルル君は、これからどうするの?」
「…凱にバレたから、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まあ…潰れるか他企業の傘下に入るか、どのみち今までのようにはいかないだろうけど、僕にはどうでもいいことかな」
「僕が聞きたいのはデュノア社のことなんかじゃないよ。シャルル君のことを聞いているんだよ」
「………時間の問題じゃないかな?フランス政府もことの真相を知ったら黙っていないだろうし、僕は代表候補生をおろされて、よくて牢屋行きとかじゃないかな?」
その他人事のような言い方に、僕は思わずシャルル君に詰め寄った。
「シャルル君はそれでいいの?」
「え…?」
「いいわけないよね?例えお父さんだろうと子供の自由を奪う権利はないよ。そんなものは…けど…」
「凱…?」
「えーと、シャルル君のお父さんは、その…」
シャルル君が戸惑いの表情をしている。
たぶん、僕はいつもとは違う顔をしているからだろう。
僕はシャルル君のお父さんへの思いと、お父さんの接し方に違和感を感じた。
でも、うまく表現できずにどうしようか悩んでいた。
「シャルル・デュノアよ、貴様の父親は本当に貴様を道具としか思っておらんのか?」
今まで黙っていたイヅナちゃんがシャルル君に話しかけた。