IS - M・od   作:阪本葵

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第59話 ラウラの教育指導者には問題あり

 

 

暗い。

 

 

暗い闇の中にそれはいた。

 

 

「………」

 

 

いつ頃からこうなのかはもう覚えていない。

ただ、生まれた時にはもう闇の暗さを知っていた。

人は生まれて初めて光を見るというが、この少女は違う。

闇の中で育まれ、影の中で生まれた。

そしてそれは今も変わりがない。

 

光のない部屋で影を抱いて闇に潜み、その赤い右目は鈍く光を放っている。

 

ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

それが自分の名前だとは知っているが、同時にそれが何の意味も持たないことを理解している。

 

けれど、唯一例外はある。

教官に―――織斑千冬に呼ばれるときだけは、その響きが特別な意味を持っている気がして、そのたびにわずかな心の高揚を感じていた。

 

 

(あの人の存在が…その強さが、私の目標であり、存在理由…)

 

 

それは一条の光のようであった。

出会ったときに一日でその強さに震えた。

恐怖と感動と、歓喜に。

心が揺れた。

体が熱くなった。

そして願った。

 

ああ、こうなりたい―――と。

 

これに、私はなりたいと。

空っぽだった場所が急激に埋まり、そしてそれが全てとなった。

自らの師であり、絶対的な力であり、理想の姿。

唯一自らを重ね合わせてみたいと感じた存在。

ならばそれが完全な状態でないことを許せはしない。

 

(―――織斑一夏。教官に汚点を残させた張本人…)

 

だが、それ以上に重要な存在がいた。

 

(百瀬凱―――。世界で唯一確認されている因使であり、ISを魂獣に昇華した最強―――そして―――)

 

ラウラは百瀬凱の事を思うと頬を赤く染める。

それは、彼女がこの学園に来た理由にある。

 

ラウラがIS学園にきた理由―――

 

ひとつは自国にてトライアル段階である第3世代IS《シュヴァルツェア・レーゲン》の実働試験。

そしてもうひとつは―――

 

(―――わ、私が…百瀬凱の…)

 

――― 子を孕む ―――など―――

 

それは上官命令だった。

特命だという―――世界唯一のファクター、いや、世界最強のゼクスファクターを我が軍に引き込む。

そのためには手段を選ぶな、男は体で墜とせ、そして、ISを扱える男の子を身篭れ。

女として到底承服出来かねる内容だ。

好きでもない男の子を身篭るなど、考えたくもない!

だがラウラは拒否することなどしない。

なぜなら、彼女は軍人だから。

命令は絶対なのだ。

それが、たとえ人道に反することであっても。

 

しかし、ここでドイツ軍の上層は致命的なミスをした。

 

なんとラウラは、子を作る営みを全く知らなかったのだ。

性知識皆無の軍人一辺倒。

良い言い方をすれば純真無垢、悪い言い方をすれば世間知らずである。

 

ラウラは子供を身篭ると言うことに対し、そんなことになれば軍の任務に支障をきたすではないか!としか思っていないのだった。

本当ならば、彼女の所属する部隊、IS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』―――通称『黒ウサギ隊』の副隊長クラリッサ・ハルフォーフ大尉にすればよかったのだが…

クラリッサは優秀であるし、見目麗しく、鍛え上げられた美しい肉体を持つ。

そして彼女も専用機シュヴァルツェア・レーゲンの姉妹機である『シュヴァルツェア・ツヴァイク』を所有している。

条件は当てはまっており、そういう男が好きそうな体をしている女性こそこういう任務に最適なのだろうが、いかんせん重大な問題があった。

 

年齢である。

 

二十二歳―――この年齢でIS学園の制服を着るなど、コスプレの以外の何者でもない。

ただでさえIS学園の制服は日本人基準での設計である。

童顔のアジア人種がIS学園の制服を纏えばそれは似合うだろう。

だが、日本人と同じ年齢にもかかわらず年上に見られてしまう白色・黒色人種が制服を纏っても違和感が残る。

今でこそセシリアもIS学園の制服を着こなしているが、最初は違和感があったのは言うまでもない。

だからこそIS学園の制服は改造自由というおかしな規則があるのだ。

そんないわく付きのIS学園制服を、上層部はクラリッサが着たときの姿を想像し、なんとなくかわいそうな気持ちになり、”女性らしさ”という見た目が幾分劣るが年齢が合致しているラウラに任務が下されたのだ。

 

後にこの事実を知ったクラリッサは、とても怒り、人知れず上層部の人間を半殺しにしたとか、しないとか。

 

さて、ラウラはIS学園に転入すること自体に不満はなかった。

最大の理由は千冬である。

自分が尊敬すべき人物に久しぶりに会えるし、上手くいけば彼女をドイツにつれて帰れるかもしれないという算段もあったからだ。

そして、百瀬凱の子を身篭るという任務も特段重要視していなかった。

子供をどう作るのかは知らないが、まあなんとかなるだろう、と。

 

…そういえば、子供はどうやってできるんだ?

 

キャベツ畑から生まれると聞いたことが…

人間はキャベツから生まれるのか?

そんなバカな。

子供は母親から生まれるはずだ。

 

…ではどうやって子供は母親の胎内に宿るのだ?

そこに何故男が必要なのだ?

 

……うーむ……

 

よし、こういうときは年長者のクラリッサ大尉に聞くにかぎるな。

善は急げとばかりにラウラは自室を飛び出し、クラリッサの部屋に足を向けた。

 

「クラリッサ大尉、ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

扉をノックし、ラウラはクラリッサを呼ぶ。

出てきたクラリッサは、就寝準備をしていたのか、簡素なシャツにカーゴパンツという出で立ちだった。

これならば緊急招集がかかってもすぐに行動できるし、そもそも軍にファッションなど不要だから。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長?こんな夜分に何か?」

 

クラリッサは怪訝な表情をする。

 

実はこの当時、黒ウサギ隊内は人間関係に深刻な問題を抱えていた。

ラウラが他人に全く興味を持たず、部下に対してもとても厳しいのだ。

コミュニケーションなど、皆無だった。

部下からついたあだ名が『氷の隊長』である。

クラリッサはそんな部下と上官の間に挟まれ悩まされていたのだ。

 

そんな氷のような隊長が夜分に部下の部屋を訪ねてくるとは…

 

「実は次の任務で私はIS学園に入学することになったのだ」

 

「はい、聞いています。シュヴァルツェア・レーゲンの実働試験のサンプリングだとか」

 

「うむ、そ、そして、だな…その…」

 

急にどもるラウラに、クラリッサは眉をひそめる。

いつも胸を張り、堂々としているラウラには珍しい態度だったからだ。

 

「…クラリッサは百瀬凱を知っているか?」

 

「はい、世界で織斑一夏に続く二人目のIS適正者であり、『机上の空論』の体現者『終極因使』ですね」

 

百瀬凱の登場は篠ノ之束によって全世界に公表されているため、人物写真は出回っている。

その写真を見たクラリッサは胸を撃たれた。

感想は一言でいうと、かわいい小動物のような子供だった。

ああ、こんな弟がいたら一緒に寝たりお風呂に入ったり、隅々まで洗ってあげたり、かわいがるのになあ…とクラリッサは思っていたらしい。

 

「う、うむ、そうだ。それで、だな…実は特命で…だな…」

 

またモジモジしはじめるラウラ。

 

―――なに、このかわいい隊長?―――

 

クラリッサはちょっとおかしくなった。

そして、次のラウラの一言に驚く。

 

「…私は百瀬凱の子を孕むよう任務を受けたのだ」

 

「………はあ!?」

 

規律整然としているクラリッサが普段出さないような声を出す。

 

「…任務で百瀬凱の子を身篭れと言われたのですか?」

 

「そうだ」

 

クラリッサは頭が痛くなった。

なんという愚かな任務だろうか。

上層は女を何だと思っているのだろうか。

しかも、それを受けるラウラにも呆れた。

クラリッサは沸々と怒りが込み上げてきたのだが、次のラウラの一言に、そんな怒りは吹き飛んだ。

 

「それでだな、恥ずかしながら、私は子供が出来る方法を知らないのだ」

 

「………隊長、いま、なんと?」

 

クラリッサは我が耳を疑った。

そのためもう一度聞き返した。

 

「私は母親の胎内に子供が出来る方法を知らんのだ。そこで、人生の先輩であるクラリッサに教授願おうと来たのだが…クラリッサ?」

 

ここからクラリッサは壊れた。

 

「ちなみに隊長は、子供はどうやって出来ると思いますか?」

 

「う、うん?キャベツ畑で出来ると聞いたが?」

 

「…隊長、私達の親は野菜ですか?」

 

「…いや、まあ…うすうす違うとは思っていたが…クラリッサ…なんか目が怖いぞ」

 

「よろしい、私が隊長に性の知識を伝授しましょう!手取り足取り腰取り!!」

 

「うむ、よろしく頼む…腰取り?」

 

ラウラに自分の知る性教育を教えた。

まあ、自身も処女だから本当に知識”だけ”だが。

 

ここから性教育を受けるラウラの戸惑いっぷりがまあかわいいこと。

 

「はうっ」「そんなに大量に血が出るのか」「へうっ」「そんなもの体が裂ける!」「ひゃあぁぁっ!」

 

この声はクラリッサがしっかり録音し、黒ウサギ隊の隊員に回した。

 

「はうう!隊長、かわいいです!」

 

「でも、まさか隊長が性知識ゼロとは…」

 

「でもキャベツ畑はないよねー」

 

「まあ、そこで私が知りうる知識を隊長に伝授した」

 

「さすが副隊長(おねえさま)!」

 

「さらに日本でのしきたりや、男心をくすぐる方法も伝授した。伊達や酔狂で日本の少女漫画を愛読していない」

 

「そんな副隊長に痺れます!」

 

「あこがれます!!」

 

「そして、隊長もかわいいです!!」

 

これ以降、隊員たちのラウラを見る目が変わった。

まるで、愛玩動物をみるかのような、母が愛娘を見るかのような、生暖かい眼差しで。

ラウラはそんな隊員の態度に首を傾げるが、訓練では今までより動きもよくなっているので気にしないことにした。

そんなこんなで黒ウサギ隊の深刻なコミュニケーション問題は一方的に解消されたのだった。

 

 

そしてクラリッサからいろいろ指南を受けたラウラはIS学園に入学したのだが、しょっぱなからミスを犯した。

一夏と間違えて凱を叩いてしまったのだ。

 

これは最悪だ!

 

ラウラは顔を真っ青にしたが、この後凱からラウラに話しかけ、気にしていないからと許してくれたのだ。

なんと広い心の持ち主だろうか。

ラウラは凱という男に対する考えを改めた。

すると、ラウラは凱に対して変に意識してしまった。

凱はなにかとラウラを気にかけ話しかけてくれる。

それはうれしいが、つい緊張してしまう。

そして、気持ちを整理して話そうとすると一夏がでしゃばってくる。

そこでラウラのテンションはダダ下がりになり、席を立つのだ。

 

『…隊長、せっかくのチャンスを…』

 

「わかってる、わかっているよクラリッサ…己の心をコントロールできない自分が情けない…」

 

毎日クラリッサに定期報告をしているのだが、その芳しくない報告内容にクラリッサは呆れ、ラウラはへこむ。

そしてクラリッサは次の一手をラウラに指示する。

 

『もっと、アグレッシブにいきましょう。たとえば、隊長が百瀬凱にお弁当を作るとか』

 

「作ったことないな。それに百瀬凱は料理が得意らしい。今日も織斑一夏や他の女子達と”あーん”なるものをしたとか」

 

『何故隊長はその場にいないのですか!!』

 

「はうっ!?」

 

部下に怒鳴られ、ビクッとする少佐。

 

『”あーん”とは、日本では恋人同士でやる行為ですよ!何故…何故!?』

 

「そ、そうなのか…しかし百瀬凱はシャルル・デュノアという男と”あーん”をしていたらしいぞ?」

 

『隊長、今度その場面に出くわしたら動画を送ってください』

 

「うん?まあいいが…どうするつもりだ?」

 

『我らの聖典(バイブル)にします!』

 

「?よくわからんが了解した」

 

…なんとも実りの少ない定期報告である。

 

 

「百瀬凱の笑顔を見ていると何か心がざわざわするのだ」

 

『ほう、例えるならどのような?』

 

「なんというか…抱きしめたいというか…撫でてやりたいというか…気づいたら笑みを浮かべている自分に驚くんだ」

 

『今度隊長と百瀬凱の二人だけの写真を送ってください』

 

「ああ、わかった。しかし、そんな写真どうするつもりだ?」

 

『隊員達との心の癒しに使います』

 

「そうか、うむ、たしかに百瀬凱の笑顔は癒しになるからな」

 

なんというか、任務と趣味が混同している気がするが気にしない。

 

 

そして今日の報告だ。

 

「クラリッサ、私のレーゲンは”大きくて”、”雄々しくて”、”黒くて”、”硬そう”らしいぞ!」

 

『…誰がそのようなことを?』

 

「うん?百瀬凱だが?」

 

『……そうですか…』

 

嬉しそうに話すラウラと、それを聞いてなんともいえないクラリッサの温度差がなんともシュールだ。

なんか変な空気が漂い、定期報告はいつもより早く終わった。

 

(…織斑一夏…排除する。どのような手段を使ってでも…)

 

暗い闘志に火を付け、ラウラは静かにまぶたを閉じる。

 

(そして…百瀬凱…私はいつでも準備万全だぞ!…いや、もう少し待ってもらっても…)

 

頬が緩みにやけ顔で、ちょっとおかしいラウラの思考。

これをよりダメな方向へ導く者はいても、矯正できる人間はこの場にいなかった。

 

―――ラウラはもうダメかもしれない。

 

―――そして闇と一体になりながら少女は夢のない眠りへと沈んでいった。

 

 

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