キセキ   作:白井イヴ

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・「キセキ」繋がりのシリーズ、第一弾はヒカルと緒方。
・設定は繋がってますが、単体でも読めるようにしてます。
・原作終了から約二年後設定。


君といた奇蹟

ある年の夏、日本の囲碁界は大いに活気づいた。

五月に開催された第三回北斗杯で日本が悲願の初優勝を飾ったのに続き、歴代最年少の本因坊が誕生したのだ。

北斗杯優勝の立役者の一人でもあり、今回、最年少で本因坊位を獲得した少年――進藤ヒカルに、祝賀会に参列した関係各者から惜しみない拍手が送られる。

 

壇上に立つ弱冠十七歳の若き本因坊は、まだこういう場に慣れていないらしく、時々しどろもどろになりながらも、記者からのインタビューに順々に答えていく。

ある記者が、ヒカルに質問を投げかけた。

 

「今回、『本因坊』位を獲得できた喜びを、一番伝えたいのはどなたですか?」

 

そう問われ、少しヒカルは考えた後、ゆっくりと口を開く。

 

「そうですね。……オレにこの世界を教え、導いてくれた“アイツ”に。誰よりも打ってくれた“アイツ”はもう居ないけれど、届くといいなって思います」

 

そう言って、ヒカルはどこか切なさを漂わせた笑みを浮かべた。

 

 

 

○●君といた奇蹟●○

 

 

 

「あ、緒方先生来てたんだ」

 

「リーグ戦で競った相手の結果を見届けるくらいはするさ」

 

一通りのインタビューが終わり、壇上から降りたヒカルは、今回のニュースを聞き、駆けつけた様々な人々から、タイトル獲得を祝福する言葉を掛けられる。

そんな人混みの中、ヒカルの目に留まったのは、いつも通りの白スーツを着た緒方だった。

 

「桑原のジジイを本因坊の座から引きずり降ろすのは、俺の役目だと思ってたんだがな。まさか、お前に先を越されるとは思わなかったぞ」

 

近づいてきたヒカルに対し、緒方は開口一番そう皮肉る。

ヒカルと同じく本因坊リーグに残っていた緒方だが、惜しくもリーグ二位に終わり、今年は挑戦権獲得とはならなかった。

そのリーグ戦で緒方を下したヒカルは、現・本因坊であった桑原と第七局までもつれこむ乱戦を繰り広げ――そして接戦の末、僅差で本因坊を奪取することに成功した。

 

「進藤」

 

「なに?」

 

きょとんとした顔で緒方の方を見つめてきたヒカルに、緒方は前置きもなく、唐突に問う。

 

「先ほど壇上で言っていた“アイツ”というのは“sai”のことか?」

 

「……緒方先生がそう思うなら、そうなんじゃない?」

 

ふいを突いた質問のはずだったが、緒方の言葉にも動じることなく、ヒカルは余裕たっぷりの表情で返す。そしてニカっと笑った。

ヒカルのその様子を見て、この件について今はこれ以上詳しいことを答える気はないらしい、と察した緒方はさっさと話題を変えることにする。

むしろ、今まで全くヒントらしいヒントをくれなかったのだから、これは大きな収穫だ。

暫くはこれで満足しておくべきなのだろう――そう思って。

 

「……昨年の『竜星戦』での優勝、いやそれ以前に第二回の北斗杯で二勝したのを見た辺りから、力をつけてきているとは思ったが、まさかここまでとはな」

 

「『竜星戦』とか『NHK杯』はオレの得意な早碁系だもん。早碁系だったら、緒方先生ともいい勝負に持ち込める自信あるよ?」

 

そう自信満々に言い放つヒカルに、緒方もニヤリと笑みを浮かべて応じる。

 

「大した自信だな。次の対局が楽しみだ」

 

「……でもやっぱ、七大タイトルよりは見劣りするからなー。今回『本因坊』取れて良かったよ」

 

ヒカルは肩の荷が下りたと言わんばかりに、天井に向けて大きく伸びをする。

そして、心から満足そうな笑みを浮かべながら、独り言のように言葉を続けた。

 

「これが“アイツ”に並ぶ為の第一歩だ」

 

「どうせ、“アイツ”と『本因坊』のタイトルがどう関係しているのかは、聞いても教えてくれないんだろう?」

 

「よく分かってんじゃん、緒方先生」

 

お互い棋戦で顔を合わせる度に交わす、慣れたやり取り。

緒方の方もそう易々と尻尾を掴める相手ではないと思っているので、深追いはしない。

緒方は、また話題を切り替えた。

 

「そこまで本因坊……特に“秀策”に固執するなら、俺の持っている『碁聖』も近いうちに取りに来るのか?」

 

「うん。あと欲を言えば『棋聖』も欲しいんだよね」

 

まるでラーメン屋のカウンターで注文をするかのように、ヒカルはさらりと言うが、実際、囲碁でタイトルを手にするのはそう容易なことではない。

毎年僅か数名という狭きプロ試験への門をくぐり抜け、何年もかけて強者がひしめく予選でしのぎを削り、リーグを勝ち上がった一握りの者だけが、やっと手にすることができる栄光なのだ。

 

――しかし同時に、目の前に立つ相手においては、不可能なことではないか、とも緒方は思う。

数年前に出会った時には、石の置き方さえ拙かったあの子供が、いつの間にか頭角を現し、今こうしてタイトルの一つを手にして、自分と肩を並べるようにして立っているのだから。

早ければ来年にでも、己の前に挑戦者として立っているかもしれない。

その時にはどこまで成長しているのか。

そんな未来が恐ろしくもあり、同時にそんな相手と対峙できることに、緒方は棋士として喜びを感じる。

 

「だとしたら、来年は多忙だな、進藤。『本因坊』を防衛しながら、『碁聖』も挑戦する気か」

 

緒方のその発言に対し、ヒカルはきょとんとした顔で小首を傾げた。

 

「あれ?碁聖戦ってそんな時期だっけ?」

 

「知らなかったのか」

 

「手合い日は全部、棋院からの通知で分かるから、覚えなくていいかなって思って」

 

ヒカルのその発言に、緒方は思わず額に手を当てて長い溜め息を吐く。

ベテランの棋士でも知らないような妙な事(特に、本因坊秀策に関して)に詳しいかと思えば、こうしてタイトルの対局時期さえ知らなかったりする――この極端さには何度呆れたことか。

緒方はずり落ちてきた眼鏡のフレームを中指で押し上げながら、再び口を開く。

 

「悪いが、今回桑原先生に勝てたように、『碁聖』のタイトルも取れると思うなよ。俺はそこまで甘くない」

 

「知ってるよ、緒方先生の強さは。リーグでも先生相手が一番キツかったもん」

 

ヒカルは素直に緒方の強さを認めながらも、言葉を続ける。

 

「でも、取るよ。そうしないと“アイツ”には追いつけそうにもないからさ」

 

そう言うとヒカルは一度口をつぐみ、真面目な顔をして、どこか遠くを暫く見つめる。

やがて、緒方に視線を戻したヒカルは、今度はニヤリと笑うと冗談めかした口調で話を再開した。

 

「でも、しばらくは止めとこうかな?だってオレが『碁聖』取ったら、緒方先生『十段』だけになっちゃうじゃん?」

 

そのヒカルの言葉に、緒方も口元にニヤリと笑みを浮かべて応じる。

 

「お前こそ。来年の初防衛戦に失敗して、俺や他の棋士に『本因坊』取られても泣くなよ?」

 

「泣かねーよ、オレそこまで子供じゃねーもん。てゆーか、もう絶対誰にも譲らねーし」

 

先ほどから謎の自信に満ち溢れているヒカルに対し、緒方は再三呆れながら、

 

「せいぜい、首を洗って待っとくんだな」

 

とだけ口にした。

 

 

 

『――それでは最後に、このパーティの主役である、進藤新・本因坊に締めの一言をいただきたいと思います』

 

場内のスピーカーを通して、そう司会がアナウンスしているのが聞こえてきた。

雑談はここまで、と緒方は会話を断ち切り、ヒカルを壇上へと促す。

 

「ほら、進藤。呼ばれてるぞ」

 

「あ、ホントだ」

 

「お前が何を言うのか、おおよその見当はついてるがな。とちるなよ?」

 

「わ~、プレッシャーかけないでよ。緒方先生」

 

そう言いながらも、笑って壇上に向かっていくヒカルの後ろ姿に、緒方は再度呼び掛ける。

 

「おい、進藤」

 

「なに?」

 

くるりと振り向いたヒカルに向かって、緒方は片手をポケットに突っ込んだまま、平然とした様を装って言う。

 

「……おめでとう」

 

緒方らしい、最低限ながらも最上級の祝辞。

それに気づいたヒカルは、はにかみながら素直に緒方の言葉を受け取る。

 

「ありがと」

 

 

 

再び壇上に立ったヒカルは、マイクを手にすると目を閉じ、一呼吸置く。

そして、再び目を開くと、事あるごとに――北斗杯の表彰式でも口にした、彼のお決まりとも言える台詞を述べた。

 

 

 

――『遠い過去と遠い未来をつなぐために、オレはこれからも碁を打ち続けます』

 

 

 




緒方は表向き手を引いたように見えて、粘り強くsaiの影を追い続ける性格だと思います。

ヒカルは早碁系が得意なイメージがあったので、竜星戦で優勝している設定にしました(棋院主催の実在する棋戦です)
NHK杯でも良かったのですが、開催時期が話に合わせやすかったのと、名前がかっこよかったので(笑)

竜星戦も碁聖の話も、ネットでヒカルの碁の関連情報を読み漁っているうちに知りました……囲碁界の知識が浅く広く増えてますね(苦笑)
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