……なんだかイブがおかしい。……う、うわ……
……と、とりあえず、止めなきゃ……そ、それではどうぞ!
8月10日、本日は、我らが日向美ビタースイーツのベース担当、和泉一舞の誕生日である。
同じく、ドラム担当のめうとは誕生日が近く、そのため、財布の中身がすさまじい勢いで消えていく。
そんなことを気にしても仕方ないので、早速、プレゼントを携えて、本日のパーティー会場である、まり花ちゃんの実家であるレコード屋『サウダージ』の屋根裏部屋にお邪魔する。日向美ビタースイーツの練習場所であるここは、いつも出入りしているのだけれど、パーティ用の飾りつけをしているらしく、いつもと違った感じがする。
しかし、いつもと違うといえば咲子ちゃんである。今日は、天使の格好をしている。
これは、この後行われるイブへのドッキリのための格好であるらしい。
そして、その脇ではおさしみとかつおぶしがなぜかトカゲのコスプレをしていて、非常にかわいらしい。
トカゲに天使というのは、いったいどういうキャスティングのなのだろう、といささかの不安を覚えながらも、コスプレをしたおさしみとかつおぶしがあまりに可愛かったので、二匹を愛でていると、咲子ちゃんの用意が終わったようで、部屋の電気が消され、まり花ちゃんが下に待機させていたイブを呼ぶようだ。
「ささ、イブっ!あがってあがってっ!」
「……ん?あれ?真っ暗だし」
イブが屋根裏部屋に上がってくると、おさしみとかつおぶしが一斉にイブに向かって走り出した。
そして、咲子ちゃんはあらかじめイブの後ろ側に来るように配置されている。
そして、咲子ちゃんがゆっくりとイブに近づくと――――イブが突如振り返り、咲子ちゃんを捕まえた。
これは咲子ちゃんにとって想定外だったらしく、驚いたような表情をしている。横にいためうも同様だ。
まあ、トカゲのコスプレをしているとはいえ、猫であるおさしみとかつおぶしに本気でビビるのもどうかと思うので、そこはいいのだが、後ろからくる咲子ちゃんにまで気づくとは、今日のイブは何かが違う。
大人な雰囲気とでもいうのだろうか、余裕が全身から漂っている気がする。
そして、その大人の雰囲気にあてられてか、咲子ちゃんがへたり込んでしまった。
……何かしたのだろうか、暗視ゴーグルの機能が急に調子が悪くなってしまったため、見れなかった。非常に気になるところである。
そして、しばらくしてから電気がつく、暗いのに慣れていたため、眩しい。
咲子ちゃんは、なぜか口をパクパクさせている。いったい何があったのだろう。まるで魚だ。おさしみとかつおぶしも合わせて、魚が三匹である。
「ん、もう終わり?」
咲子ちゃんの手を取ったまま、イブが余裕そうに言う。
「こ、こりはいったいどーなってるんだめう……?」
呆然としているめうにイブが近づき、めうに何かを囁くと、めうの顔が赤くなる。
……なるほど、咲子ちゃんもこれにやられたのか。
「さ、早いとこパーティ始めようよ、もう待ちきれないしっ!」
「むむむ……これはゆゆしき事態めう……」
パーティが始まり、めうのゆでだこ状態が収まると、難しい声で言う。
何が、と聞いてみると「今日のいぶぶはなんだかおっかしいめう……めうの作戦が全く通用しなかっためう、こりはこんどからは新しい作戦を考えるしかないってことめう」
新しい作戦を立てる気マンマンである所を見ると、もうもとに戻ったらしい、心配なしだ。
「ほらほらあんたら、何やってんの?ケーキ食べるからさっさと来な?」
「は、はいめうっ!」
意外と大丈夫じゃないかもしれない。
ケーキを切り分け、それぞれの皿に載せると、イブが何かを取り出す。
「じゃじゃーん!これ、美味しかったからみんなで飲もうと思って持ってきたし!」
取り出したのは梨ジュースらしい。
ケーキのドリンクに、梨ジュースがグラスに注がれる。
「それじゃ、かんぱーい!」
それから、ケーキを食べて、いろいろ料理も食べたり、イブのための演奏も入ったりして、みんなで楽しんだのだが、なぜか詳細は思い出すことができない。途中、心菜ちゃんがトカゲを出す一幕があったのだが、それすらも今日のイブは華麗にかわしてみせた。それは実に驚いたので、よく記憶に残っている。
そして、それよりも気になるのが、あの梨ジュースの味である。なんだかジュースにしては口当たりがおかしい。
パーティ開始から、ずいぶん時間がたった。
……現在、部屋は異様な雰囲気に包まれている。
イブを中心にして、ほぼみんな顔が赤い。
ほかに平静を保っているのはめうと霜月くらいだ。
夏陽は途中で危険を察知したのか、心菜ちゃんを連れて途中で帰ってしまった。
……そして、まり花ちゃんと咲子ちゃんは、なんだか、とってもとってもまずいことになっている気がする。さっきからイブにくっつき通しだ。
こちらからすれば眼福なのだが、このまま放置するわけにもいかず、どうすればいいのか迷う。
イブも抵抗してはいるが、まんざらでもないようだ。
「よ、洋服屋!悪いけど、私は急用ができたので帰らせてもらうわ!」
突然、霜月が立ち上がって言う。
「ほら、はんこ屋!あなたも来なさい!」
「め、めう……た、たすかっためう……」
……俺は?
非常に居心地の悪い空間が形成されている。
目の前には桃源郷だ、男子禁制だが。完全に蚊帳の外に置かれてしまった。
どうしてこんな状況になったのか、なぜかあまり回らない頭で考える。
そして、一つの結論にたどり着く。
……あれは、ジュースじゃなくて、酒だったのではないかと。
思えばあの口当たりからしておかしかったのだ。
もしもそうだとしたら、酒なら頼れる人がいる。
即座に携帯を取り出し、電話をかける。あて先は久領堤 纒
今日はパーティーに来ていないが、あの人なら酒に慣れているし、頼れるはずだ。
「はい、久領堤です」
無事、電話に出てくれた。
「ああ、如月さんですか?そうだ、和泉さんにお渡しした梨ジュース、お味のほうどうだったか聞きたいので、後で変わってもらっていいですか?」
……元凶あんたか!と叫びたくなる衝動を抑えて、携帯をグッと力を込めて握る。
そして、なんとか酒を飲んだ時の対処法について聞くと「恥ずかしながら……私、お酒を飲んだ時の記憶がほとんどなくて……お役に立てず申し訳ありません……」と、言われてしまった。
そうなれば、もはやとる行動は一つ。
帰宅である。
誕生日おめでとう、そしてさようなら、ありがとう。
君のことは忘れない。
まり花ちゃんと咲子ちゃんに絡まれ続けるイブを尻目に、サウダージの屋根裏部屋を後にした。
その後、彼女らがどうなったかは知らない。
……無事であることを祈る。