「覚悟は良いか!」
凛が怒りのパワーであやかしと化し、シャノワールに異様な雰囲気が漂う。
その雰囲気に圧倒され、まり花、イブ、咲子、めうまでも押し黙るが、事の発端である男だけは空気を読まず、黙らない。
「なんかその台詞、殺意の波動にでも目覚めたみたいだぞ……俺はできてる」
「なら死になさい!」
「甘いっ!」
渾身の力を込めて放たれた凛の初撃を、紫吹は見事正面から受け止めて見せる。
女子と男子の力の差があるとはいえ、かなりの芸当である。
「い、痛てて……お前、本気でやってるのかよ……」
「ちょうど、記憶が消えるほどの力よ……愚昧な記憶など、消すに限るわ……」
「そんなに簡単に記憶って消えるのか、人間って不思議だな……」
「ええ、度を過ぎた恐怖を味わうと、人間の防衛本能が働くのかしらね」
「何気に恐ろしいこと言ってるぞお前」
「……遊びは終わりよ」
「おお、こわいこわい、こりゃ抵抗しない方が吉かね……」
「御託はいいわ」
凛は、紫吹の鳩尾めがけて鋭い跳び蹴りを放つ、まともにもらえばまずい攻撃だが、紫吹はこれをガードせず、真正面から受けた。
「……さすがに一発で落ちるほど俺は甘くないぞ……で、捕まえた」
次の瞬間、凛は驚きの表情を隠せずにいた。
なにしろ、自分の渾身の跳び蹴りで、確実に仕留めたと思ったが、この男は生きている、あまつさえ、自分の足をつかんでいるのだから。
――――負ける。凛の頭にその考えがよぎる。事実、この体制は、すでに自分が一発与えているとはいえ、相当不利であることに変わりはない。
この状況を何とかしなければ。凛の脳内で、いくつもの打開案をはじき出される。しかし、どれも実用足りえない。
数秒、試行錯誤を続ける。この時間は、達人同士の戦いでは致命的であるものの、紫吹はあえて追撃を加えようとはしない。
やがて、紫吹はその腕に持つ凛の足を、ゆっくりと地面におろし、戻した。
突然のことに、またもや凛は驚く。なぜ、手を放すのか。そう、疑問に感じたが、それはすぐに氷解した。
顔が赤い。
凛はすべてを悟り、少しばつが悪そうにしてよそを見ていた紫吹の腹に向かって、今日一番の打撃を一発撃ちこんだのだった。
「……知らない天井だ……」
どのくらい気を失っていただろうか、紫吹は、いつの間にか自室のベッドに横たわっていた。
あたりを見回すと、窓から差し込む光はすでに弱弱しく、薄暗い。日が暮れてしまったのだろう。
「――――んきゅ?しぶぶ、目を覚ましためう?」
横から、聞きなれた声がする、声の方向に首をかたむけると、めうがいた。
「これでも食べて元気だすめう」
そう言って、めうは、紫吹に、今まで自分がつまんでいたかまぼこと、暖かいお茶を差し出す。
なぜ、めうがここにいるのかはわからないが、とりあえずかまぼこを口に運ぶ。――――美味しい。
「お、ありがと……ってこれ、俺がイブにお土産でもらった山口のかまぼこじゃねーか!お前半枚以上食べたろ……」
「おいしかっためう」
「……そうか、ならいいや。……それで、なんでこんなところにいるんだ?」
「なぜって、めうがしぶぶをここにおくってきたからめう」
「お前が俺をここに?何を言って……あれ、そういえば俺は今日何をしていたんだ?……そうだ、バンドのミーティングをして、それから……?駄目だ、思い出せない。……いや、待て……何か、思い当たる節が……」
「……それいじょうは思い出さないほうが身のためなりよ?」
「……そうか、俺も、そんな気がする。……たぶん、お前が俺を運んできた理由もそうなんだろ?」
「察しがいいめう」
まだ、恐怖が抜けきらないのか、めうは、それにつられて紫吹も、淡々とかまぼこを食べ終えた。
「それでは、こりでめうはしつれいするめう……」
「……ん、もう帰るのか?」
「……早くめうは眠ってすべてを忘れたいめう…………」
若干やつれた表情で、めうは家路につこうとする。
「おじゃましましためうー」
「あら?もう帰るの?」
しかし、もう一つばかり、面倒事がるらしい。
「めう?」
めうを呼び止めたのは、紫吹の叔母であった。
「もしかしたら、ご飯食べていくのかと思って、用意しちゃったんだけど、食べてかない?ちくわパフェもあるのよ」
ちくわパフェ、という単語に、満身創痍のめうもピクリと反応する。
睡眠とちくわパフェ、めうは心の天秤にこれら二つを掛ける。
……これから、自宅に帰らなければ、眠ることはできないが、ここにいれば、待っていればちくわパフェが食べられる。
……こうして、めうの心の天秤は、ちくわパフェの方向に傾いたようだ。
「いただきますめう」
「そう!?それじゃ、もうすこしだけ待っててね?」
そう言うと、紫吹の叔母は、年甲斐もなく、スキップで玄関から台所へと戻っていく。
「……なんだかふっきれためう!こうなったらしぶぶの部屋であっそびまくるめうーっ!」
寝ることを諦めたことで、めうの中で何かが吹っ切れたのか、急にめうが元気になって、紫吹の部屋へ駆け出す。
紫吹は、それを追いかけようとしたが、その時、携帯が鳴ったため、そちらの確認から先に行った。
メールが届いている。差出人は、さっきまで、そこで会話していた叔母である。
メールの本文はたった一行だった。
「うまくやりなさいよ」という一行。
どことなく父を彷彿とさせる文に、紫吹は思わず苦笑する。
叔母は、父の血縁者ではない。つまり、叔父が父の兄弟であるのだが、類は友を呼ぶ、とでもいうのだろうか。どうにも自分の周りには、こういう人間が多いらしいな。そう紫吹は思った。
そして、メールの返信に『うまくやるよ』とだけ返信しておいた。手は出さないけどな!と、心の中でどうでもいい脚注を入れながら。
「……ん、手を出す……?」
紫吹は、すべてを思い出し、そして、女子に気絶させられた悔しさからか、はたまた、別の理由からか。……少し泣いた。
すごく、書くことがありませんとです……ビス子です…………
最近、ちくわとちくわぶの違いを知りました。こんな初歩的なことはわからないのに、どんどん知ってるちくわの種類は増えていきます。
……なんだか鳥取の地理までわかってきました。すげえぞひなビタ!