井の中にて空へ発つ   作:中棚彼方

4 / 5
 難産でした。

 キツかった(小並感)


黄金の理想

 

 

 

 

 

 

 私はアルファであり、オメガである。

 初めであり、終わりである。

 渇いている者には、命の水の泉から価なしに飲ませよう。

 

 

──ヨハネの黙示録 第21章6節より抜粋──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──娘、話の腰を折ってすまんがいいか?」

 

「? うん、問題ない」

 

「何、嫌に気になったのでな。──おんし、不思議には思っておったがこのような会合の場でも腰は下ろさんのか?」

 

「マイフェイバリット恒久スタンスだからな。天変地異だってこれは崩せない」

 

「ふむ、スタンスなら仕方ない」

 

「(……何でしょうか、この不毛な駆け引きは)」

 

 とあるウサギの心の疑念が周囲に届く事はない。「(…………そういえばそのスタンスを崩さんが如く(はた)き落とされてた記憶が幾つかあるのですがそれは)」という答えの見えない哲学も周囲には決して届かない。

 

 場所は変わって白夜叉の私室。どうやら店はもう閉まっているらしい。

 焚かれた香《こう》が仄かに広がる和室にて改めて自己紹介をする白夜叉に耀が質問。そして冒頭の言い様のない会話が発生したという次第である。

 んん、と軽く咳き込んだ黒ウサギを横目に、白夜叉も仕切り直す。

 

「ん──して、何だったかの……ああ、外門についてだったな。外門とは────」

 

 

 箱庭の都市は主に七つの支配層に分かれている。外門とはその支配層を数多の階層に区画するために幾重にも張り巡らした外壁にある門の事を差しており、それぞれ区画した門には数字が与えられている。数字は若ければ若いほど強大な力を有しており、都市の中心部へと近接している事を示唆する。

 "ノーネーム"の区画と現在彼らが(あい)(まみ)える"サウザントアイズ"の支店が存在する階層は、箱庭二一○五三八○外門のある外壁で区画されている。この数字は支配層の内の最下層を意味する七つの数字を用いている為、コミュニティとしての力はマクロに見れば最弱として位置している事になる。現状の"ノーネーム"はその程度の力しか有していない。

 対して"サウザントアイズ"の本店は箱庭三三四五外門にある。数字四桁の支配層といえば生物の理を越えた者──即ち修羅神仏や名のある幻想種が集まる人外の地。そこに本拠を置く"サウザントアイズ"は、相当な力を持っているという事になるのだ。

 

 若い数字の外門というのは、それだけで恩恵(ネームバリュー)になる。

 完全実力主義とは、初めの黒ウサギの説明でも出ていた事だ。

 

 

「……超巨大玉ねぎ?」

 

「いえ、超巨大バームクーヘンじゃないかしら」

 

「だな。どちらかと言えばバームクーヘンだ」

 

「敢えて玉ねぎ案を推してみる」

 

「ん、ありがと」

 

「いやこれそういうの決める話ではないデスからね?」

 

 黒ウサギが描いた上空からの箱庭図を見た各々が呟き、それを聞いた黒ウサギが肩を落とす。隣ではジンが苦笑を漏らしている。

 図面を元にすると東西南北の内の東側に属し、その一番外側の外壁がある場所が自分達の現在地に当たる。バームクーヘンなら外皮の部分だ。

 

 その光景を見ていた白夜叉は楽しげだ。呵々(かか)と笑い小さな頭を頷かせる。

 

「仲の良いコミュニティだ。東の外門を越えた先では"世界の果て"が正面に向かい合う形になっておる。あそこはコミュニティに属さない強力なギフトを有する種が多々巣食っておってな。──その水樹の持ち主も例外ではない」

 

 皆の視線がジンの手元に集中する。予期していなかったジンもまたたじろぎ狼狽しつつ黒ウサギから受け持った"水樹の苗"に眼をやった。

 "水樹の苗"──他でもない、十六夜と満月(?)が神格である蛇神を打破し勝利した際に授かった報酬だ。

 白い少女が目を細める。見定めるかのような色をしたその視線は何処へ向けられているのか。それは本人にしか分からない。

 

「──して、一体誰がどのようなゲームで? 知恵比べか、それとも勇気を試したのか?」

 

「いえいえ、この水樹はここにいる十六夜さんと満月さんが試練としてではなく蛇神様を直接的に打ち倒した事で手に入れたのですよ」

 

 答えたのは黒ウサギだ。フフンと何処か誇らしげに語る彼女。驚いたのは白夜叉である。

 

「直接打ち倒したとな!? ならばこやつらは神格持ちの神童か?」

 

「いえ、黒ウサギはそうは思えません。神格なら一目見れば分かる筈ですから」

 

「──それもそうか。確かに、()()()()()()()()()()()()()()()()。しかし神格を倒すには同じ神格である場合か、種族間に超えようの無い程の力の差(パワーバランス)がある場合のみだった筈だ。人間と蛇ではドングリの背比べだぞ?」

 

 

「──その苗が何なのかは気になってたけれど……、貴方達箱庭の外でそんな野蛮な事していたの?」

 

「申し訳ないが棚上げ発言はNGだしどちらかと言えば俺もこの金パッつぁんの被害者だしちょっと待て、今蛇って言った? 蛇って言ったのねぇ、蛇神って言うから薄々気づいてたけども龍じゃないのあれ。あばばばばば」

 

「痙攣すんな鬱陶しい。つーか誰が金パッつぁんだ、ちゃんと十六夜様と呼べ」

 

「龍……見てみたいかも」

 

『とって食われたりしないやろか……?』

 

「大丈夫、私が守るから」

 

『お嬢……ッ! わい感激やぁ……!』

 

 黒ウサギと白夜叉をそっちのけで各々騒ぎ出す問題児達。個性の発起かただ飽きただけなのかは知らないが統一性がまるで無いのは最早仕様。

 ──が。

 

 

「白夜叉様は蛇神様とお知り合いなのですか?」

 

「知り合いも何も、あれに神格を与えたのはこの私だぞ? もう何百年も前の話だがの」

 

 

 キュピン! という音が黒ウサギには聞こえた気がした。何かいけないものを起こしたと思うのは何故だろう。取り敢えず音の発生元(幻聴)に目を向けてみる。 

 

「──へぇ、ならお前はあの蛇よりも強いのか?」

 

 猛禽類のような獰猛な笑みを浮かべる男が一人、それに倣い同様の笑みを浮かべる少女が一人と瞳を爛々と輝かせる少女が一人。

 後一人は何故か「はわわわわ」と痙攣しているからそっとしておこうと黒ウサギはそこから視線を外す。問題は挑戦的に白夜叉を見るこの三人だ。何故こういう時だけ統率のとれた行動をする事ができるのだと黒ウサギも同じく「はわわわわ」する。どうやら伝染したようだ。

 

「いかにも。ふふん、当然であろう? 私は東側の"階級支配者(フロアマスター)"であり、東の四桁以下のコミュニティに比肩する者のいない、当代随一にて最強の主催者(ホスト)なのだからの」

 

 キュピピン! と一層強い輝きが三人の瞳に宿る。『最強の主催者(ホスト)』というワードが彼らの猛りを加速させていく。黒ウサギとジンの「はわわわわ」も加速していく。満月の痙攣も加速していく!

 

「……つまり、貴方を打倒すれば私達のコミュニティが東側で最強のコミュニティになるって事でいいのかしら?」

 

「無論、そうなるのう」

 

「そりゃあいい。こら、何時まで変な病気(こじ)らせてやがる。てめえはさっさと目を覚ませ」

 

「あふん。 ──ん、何が始まるんです?」

 

「……闘争?」

 

「……なぜ疑問系?」

 

 知らない内に殺伐とした空気が出来上がっている事に目を白黒させる痙攣男子。それを置いていくように闘争心剥き出しの瞳を送る三人。相対する白夜叉は高らかに哄笑を上げた。

 

「ククッ──、面白い。依頼しておきながらこの私に挑むと? 血の気の多い(わっぱ)共よ」

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 一体何をおっ(ぱじ)める気で──」

 

「よい黒ウサギ。──ふむ、しかし、だ。おんしらに一つ確認すべき事がある」

 

 黒ウサギの制止を蹴り、懐から一枚のカードを取り出す。

 "サウザントアイズ"の旗印──双女神の紋が綴られたそのカードを。

 

 壮絶な笑みが白夜叉の顔を塗り潰した。

 

「おんしらが望むのは"挑戦"か、それとも──"決闘"か?」

 

 

 直後、視界が大きく(ひるがえ)った。

 

 

 

 

   ###

 

 

 

 爆発的に広がる視覚変化。

 浮かび上がる数々の象形。

 脳裏を塗り替える様々な景色。

 黄金の穂波が揺れる草原、白い地平線を覗く丘、森林の湖畔。

 知らない世界がスライドショーのように切り替わっていく。共通するのは、どれも輝かしく美しい世界だという事。非現実的なそれらは絵画を見た時のような刺激を受ける。

 

「(すげ……)」

 

 目を凝らす。

 焦がれたように凝らす。

 

 手を伸ばした。届きはしない。

 なんとも、儚い。

 

 浮上する羨望、憧憬。

 嫉妬はしない──しないのだが。 

 

「(────────、)」

 

 少しばかり昔を思い馳せる。

 嗚呼、自分は無知だったと。

 だがそれも終わる。終えたのだ、自らの意思で。

 過去に『(此処)』は届かない。

 拭えない摂理だから、きっと美しい。

 

 離れていく光景を目に焼き付けながら伸ばした手をゆっくりと戻す。覚醒が近づいているらしい。

 小さく笑った。

 漏れた声を留める事は叶わない。

 それでいい。

 

 ──それでいいんだと、強く讃えた。

 

 

 

   ###

 

 

 

 変化が終わる。

 全員を迎えたのは、広大な白い雪原と凍る湖畔。──そして、水平に太陽が回る世界。

 

「んな……ッ!?」

 

 目を見張る。

 現象を解明出来ない。一時の合間に行使されたその御技は、言葉にするには余りに心許ない。それこそ、星を──世界を一つ創造したかのような力の発現。見下ろすように悠然と水平に回る白い太陽は、他を圧倒する権威の象徴であるが如し。

 

 箱庭に招待された時とはまるで違う異質な空気が、当人達を容赦なく包み込んだ。

 

「今一度名乗り直そう。私は"白き夜の魔王"──、太陽と白夜の星霊、白夜叉。して、おんしらが望むのは試練への"挑戦"か? それとも対等な"決闘"か?」

 

 問いかける白夜叉の声が嫌に響く。君臨する少女の威光に皆一様に戦慄した。

 さしもの十六夜ですらその範疇に留まる。彼を含めた新参四人は知らないが、神格とは質量や熱量にそのままイコールで置換する事が出来る──つまり、その逆もまた有り得る。惑星級以上の星の質量そのものが神格となる"星霊"とはそのままの意味で力の体現者となる。故に、妖精や悪魔など目ではない。

 

 目の当たりにし、それでも十六夜は冷静さを欠かずに思考する。

 白夜叉が言った『白夜』とは、特定の経緯に位置した国で見られる太陽の沈まない現象を指す。それはまさに今目の前に広がる光景が該当する。つまり、この世界そのものが彼女が告げた"太陽と白夜の星霊"という名を表しているという事に他ならない。

 名を表す為に世界すら構築する。それが彼女の(スケール)だ。

 

「白夜と夜叉…………、水平に回る太陽とこの土地はお前を表現しているって事か」

 

「如何にも。永遠に世界を薄明に照らす太陽、白夜の雪原に湖畔こそ、私が持つゲーム盤の一つなのだよ」

 

「これだけ広大な土地が、ただのゲーム盤ですって……ッ!?」

 

 冷えた汗が背筋を滑る。一つという事はこの世界さえ彼女の手札の一枚に過ぎない事実。そして、この世界と同規模の『何か』を持っている事も暗に示している。

 "白き夜の魔王"。

 法螺じゃない。その力で以て箱庭に顕現する事を強制させるのが"魔王"だというなら、彼女は探るまでもなく正真正銘の"魔王"。"夜叉"という鬼神の側面も持ち合わせている辺り彼女の名にはひどく最適だ。

 

 

 誰もが等しくこの光景に掌握され二の句を告げるのを躊躇う。分かってしまったのだ、如何なるギフトを白夜叉が持っているか分からずとも、そこに埋められない圧倒的な力の差がある事を。

 ()()()では、この小さな少女には敵わないのだと。

 

 静寂が支配した白い太陽の下で、遂に諦めを込めた笑いが響き渡る。

 十六夜だ。

 ゆっくりと両手を挙げ頭を振る。

 

「ハッ──参った参った、敵わねぇよ、白夜叉。降参だ……今は、な」

 

「──ほう、今はとな? つまり、おんしは決闘ではなく試練を受ける……と言うことかの?」

 

「ああ、これだけのゲーム盤(スケール)を見せてくれたお前にはその資格がある。大人しく試されてやるぜ、魔王様?」

 

 吐き捨てるようにあくまでも尊大に言ってのけるがその言葉には意地が多分に含まれている。プライドの高さがそうさせたのだろう。現にその眼光は尚も鋭さを増しているように見える。

 呵々、と腹を抱え笑う白夜叉。楽しいのだろう、活きのいい新参が目の前に現れた事が。

 一頻(ひとしき)り笑い、笑みを噛み殺して他の()()にも問いかける。

 二人──飛鳥、耀に。

 

「く、ふふ──、して? おんしらはどうする?」

 

 敢えて挑発的に問う。思うところが同じなら返す言葉も同じと汲んでの問答だ。

 

「……ええ。今回は、試されてあげるわ」

 

「……右に同じ」

 

「ふ──、そうか。ならばそういう事にしておこう」

 

 悔しさを含んだ声に、白夜叉は満足そうに頷いた。

 

 

 

 

「────で、 ()()()はどうするんだ? 気付いてません、なんてどっかの爬虫類みたいな事は言わないんだろ?」

 

 

 ──と。

 満を持したように、十六夜はとある方面を示唆する。

 対する白夜叉。一つ会釈すると、少し困ったような表情を浮かべる。

 

「無論だ。……しかし、斯様(かよう)にどうしたものか此方も手を(あぐ)ねておる。いやはや、あの(いざな)う短い合間にどのような手管を用いればあれだけ移動出来るのか」

 

「それもあるが──、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「やる事は変わらぬよ、"決闘"とあらば相応に対処せねばなるまい。…………一筋縄にいかんのは確かだがのう」

 

 "星霊"をして『一筋縄にはいかない』と言わしめてみせた。つまりどういう事か。

 ゲーム盤を見た時の冷や汗とは別種の冷たいものが十六夜の背筋を(なぞ)る。あの時、あの違和に対して抱いた悪寒にそっくりな──、

 

「? どういうこと? ……そういえば、満月君がいないみたいだけど」

 

「いるぜ、ちゃんとこのゲーム盤にな」

 

 事態を飲み込めない飛鳥。耀はその鋭敏な五感で気づいているのか、十六夜の言葉に無言で応える。

 否、無言で応えざるを得ない。先程から──このゲーム盤に投げ出された直後から、身体全体に()()()()()()が喉を締め付けて声を発する事も儘ならないからだ。

 切羽詰まったように青褪める耀に緊張感を覚えながら、飛鳥は満月を探そうと周囲に目を向ける。

 そこで、気づいた。

 自分と同じように狼狽し辺りをキョロキョロと見渡すジン。

 その背後。動かぬ彫像のように、まるでここに来た当初からそうしていたかのように驚愕を顔に張り付けたまま、黙して()()()()()()黒ウサギの姿に。

 

 上と言うとあの男を連想させる。男──満月を。そういえば初めに見た時も彼は空にいた。

 過去を思い返しながら、飛鳥は黒ウサギの見る空を視界に納める為に顔を上げた。そして、まるで示し合わせたかのようにそこにいる誰もが同時に空を見上げる。

 

 あ、と声が漏れたのは飛鳥、それにジンの二人。

 震える。

 戦く。

 見惚れる。

 何より、湧いた疑念。

 

 今まで気付かなかった?

 何故?

 あれは、気づいて最たる代物だろう?

 

 二人は知らない。

 奇しくも、それは蛇神が同じく味わった気づく気付けないの齟齬だという事を。

 感知できなかった己の実力不足を憂いはしない。ただただ思考を放棄し、『(姿)』に見惚れていたかった。

 

 呟いたのは誰か。ジン、黒ウサギ、それとも白夜叉か。ソレを熟知しない異世界に招待された三人か。

 誰にしろ、その声はそこにいる全てに遍く届く。

 

 

「…………光──神、格──」

 

 

 "莫大な極光"が気づくのを今か今かと待っていたかのように。

 降り注ぐ。

 待ちわびたと歓喜するが如く、優しく──しかし強烈に降り注ぐ。

 目を塞ぎたくなるほどの光は『このゲーム盤の象徴とも言える沈まない太陽と比較しても尚、強いと思える程』に、自分達の立つ真上を遥か彼方まで昇った先で爛々と漂う。

 

「────」

 

 声を出す事を飛鳥は出来なかった。

 詳細不明の重圧が喉を括り付けてしまっている。耀が受けたものと同じ、狂おしい程の圧力が。

 だがそれが微々たるものと錯覚する程に、感動が制する。

 巨大なベールを幾重にも重ね風に靡かせているかのように空の大半を覆うルーメンを越えた広大な神秘の光。ヨーロッパや北米等の極域近辺にて現れるオーロラを彷彿とさせるその光景は、しかしそれと隔絶するが如く色を全て均等な黄金色で染めている──いや、染めているという表現は語弊がある。光そのものが質量を増し大気を舞っている、それが正しい表現に違いない。

 オーロラとは極端な話、発生原理は蛍光灯やネオンサインと同じだと言われている。だからなのか他に原因があるのかは分からないが、目の前の光景がただの発光現象だと位置付ける事が烏滸(おこ)がましくてしたくないという否定がある。

 もしも全知を有する者が存在し、この光景を目の当たりにしたならば。

 『ソレ』は。

 方舟に乗る生命以外を総て平等に滅ぼした大洪水。

 空全体を覆う暗雲を引き裂いて地上を照らし、迷い子を安住の地に導いた一条の光芒。

 原初の人類が堕落してでも求めた赤い知識の果実。

 神々の終末の日。

 未完成のバベルの塔。

 高天原(たかあまはら)天地開闢(てんちかいびゃく)

 世界中に点在する大宗教の聖十字、大国の自由の象徴、宇宙に広がる星と惑星、そして恒星。

 それらを()()()()()()()()()()()

 手を伸ばせばそれらを掴み取ってしまう程に()()()()()()()()()()()だと、そう捉えるのかもしれない。

 

 そして。

 圧し掛かる神格よりも。

 その神格を隠匿していた事よりも。

 異質な光景よりも。

 冒涜とも言える性質よりも。

 

 ゲーム盤の象徴である白夜の雪原と湖畔を永遠に照らし水平に廻る太陽。これに打ち勝ち包んでしまう程の輝きを放っている事が、今は大きい意味を持っている。

 

「──大した小僧だ。まさか、白夜の象徴を食らおうとはの」

 

 巨大な光の波の中で一際強い輝きを放つ中央部へ視線を送りながら呟く。表情を崩さない辺りは流石だが、余裕は消え去っている。

 与える影響は予測不可能。確固たる事実はこの世界の根幹を捻じ曲げる程の規格外を『アレ』が含有している事。

 それが分かっているのに。

 それが解っているのに。

 判らない。

 

 消し去って良いものなのか? 本当に?

 『アレ』は最も愛おしい筈ではないのか、今すぐ抱き締めて頬を擦り寄せてやりたくなる筈ではないのか?

 それとも、これは『アレ』の思惑に踊らされているとでも言うのか?

 呟く。白夜叉ではない。

 黒ウサギだ。自分でも理解出来ない。

 

 何故、己は瞳に涙を溜めているのか。

 

「…………何故、悲しくなるのですか」

 

 箱庭に招待された時とは全く違う異質な空気を(かも)す世界で、しかし最初に違わず空に立つその男を、一同は微動だにせず魅せられる。

 

 

 

 

 

 

「…………、」

 

 凄いよ箱庭、今すぐ抱いて撫で撫でして甘いキッスをしてやりたい。変態言った奴それ何よりの(ほまれ)な。

 ……どういう仕組みなんだろこれ。

 白夜叉が掲げたあのカードが鍵なんだとは思うけれど、自分の思うがままに世界を創造してしまう事がそんな簡単に出来る訳ない。何せ骨身に染みて理解してるし。

 それを片手間でやってのけてしまう……痺れる憧れるぅ。舎弟になりたい。

 敵わんよこりゃ。東のコミュ四桁以下最強って絶対嘘だろ。本当だってんならどんだけのバグ野郎だよ。どんだけのパワーインフレーションだよ。

 ふざけんな。

 こちとらたった一つの世界を求めてどれだけ『想い』を尽くしてBANされたと思ってんだ。

 

「……今は、試されてやる──、か」

 

 お前と同意見だ、十六夜』

 

 びびったか黒ウサギ? そらぁ良かった』

 

 ごめんな耀ちゃん、苦しいよな? あと少し待ってて、もうすぐ終わるから』

 

 ニャンコ、死ぬなよ』

 

 飛鳥ちゃん 苦しいはずだよね? そんな惚けた顔して見られるとこっちが恥ずかしいよいや睨むなし可愛い』

 

 ジン、そんな大きく口開けたままだと渇くぞ。ちゃんとチャックしなさい』

 

 後その他大勢の隠れてる皆さんほんとすんません』

 

 

 聞いてるよちゃんと、皆が何を話してたのかをね。ちゃんとこの耳に届いてる。

 ……どうか離れないでいてほしい。怖いし、度し難いよな。でも、今はちょっとだけ見せとく。知っておいてほしいから。

 俺、こんなんなんだぜ? 怒んないでね。

 

 

 ──白夜叉。

 

 凄い。お前凄い。

 この箱庭も凄いがお前はもっと凄い。ギュッてしたら怒る? あ、そうですかウッス。

 

 ──この箱庭を『別の方向性』から凄いんだと知る事が出来たのは、正真正銘お前のお蔭だ。

 世界は広い、知らない事で溢れてる。

 きっと、今俺が見ているこの光景も感じているモノも、たったの──ほんの微細程度の一部分に過ぎないんだと思う。高みに座して物見気分でいる訳にはいかないよな。正直箱庭嘗めてた。

 だから決めたんだ。

 この時、この刹那、この瞬間から。

 

 俺、宝 満月は。

 大地を踏み締めて、歩いていかなくちゃいけないんだととここに誓う。

 

 どうせ一度死へ行き着いた身だ。

 そして息を吹き返したのが過去の俺。

 ついさっきまでここで滞ってた気がするけれど。

 言ってやる、ここからが本物の『(輝き)』だ。

 俺が、俺自身で、もう一度輝いてみせる為の。

 

 

 宣戦布告──闘いだ。

 

 

 ──出来るなら、出来るならだけど。

  出来るなら、俺はお前に見ていてほしい。

 

 ────まじすか。泣いていいすか?

 いやー大人の女性は言う事違いますわ。俺の一世一代のラブコールを見事に蹴ってくれちゃってさ。爆ぜろ嘘です。

 ──あいよ、分かった分かった魔王さん。……あ、元なの? いいや別に? 些細な問題だろそんなの。え、そこ笑うところ?

 もういい無視するおんし首を洗って待っていなさい。後おっぱいも丁寧に洗っておきなさ嘘です。

 

 ……ああ、だな。いつか──、そう、いつか。

 いつの日か、あっと驚かせてやるから。

 

 

 それまで、見ていなくてもいいから。

 どうか。

 待って、待って。

 待って、待って。

 

 ──この歓喜を、受け取ってくれ。

 

 

 

   ###

 

 

 

「今日はありがとう。また遊んでくれると嬉しい」

 

「あら、駄目よ春日部さん。今度の挑戦は対等な条件で挑むのだから」

 

「そういうこった。吐いた唾を飲み込むなんざ格好付かねえ。次は渾身の大舞台で挑んでやるから覚悟しとけよ?」

 

「ふふ、よかろう。いつでも掛かってくるがいい、丁重に遊んでやる。……おんしもな」

 

 茜空の下、店前で各々が言葉を交わす。そして白夜叉は此処でも黒ウサギの耳を撫でくり回す()()()()()()()()男に声をかけた。案の定、満月だ。

 

「暴れんな、暴れ──ん? 勿論だ。大人しく待っててくれよ、いつか足腰ガックガクでヒイヒイ言わせてやるから」

 

「おお、そうかそうかそれは楽しみだ。──はて、おんし大地を踏みしめるとか言っていなかったかの?」

 

「……言ったなそういや。でもあれってアレだから、方針的な意味合いを含めた隠喩みたいなもんだから。そこ履き違えちゃいかんよ、俺が実際自分の意志で地上に足着けて歩くとかしたらそれはもうもんっの凄い現象起きちゃうから」

 

「どうなるの?」

 

「──聞きたい? 耀ちゃん聞きたい?」

 

「……いや、やっぱりいいかも」

 

 つい数刻前の出来事を思い出してしまい聞くのは憚れた。あれだけの所業を起こしたこの男が言う『凄い現象』なんて聞くのが怖い。

 腕の中で精魂尽き果てたように項垂れる三毛猫を撫でながら耀は一歩引く。

 

「だ、だから触るのやめ──、何でそんな(なまめ)かしく触──ひぅぅっ!」

 

 

 

 足腰ガックガクでヒイヒイ言っている黒ウサギを含めた一行の背中を隣の店員と共に見送る。横から声が聞こえてきた。

 

「…………あの手は危ないですね」

 

「恐らくあれもあの小僧の身に宿した奇跡の一端であろうな。なんとも羨ましい力よ──ふむ、これは私とて悠々とふんぞり返っておっては寝首を掻かれるやもしれん。貞操の守りを強化せねば」

 

「貴女は何を言っているのですか」

 

「おおおおい? おんし確認するまでもないが部下だから、そして私上司だから。その言葉は不適切ではありゃせんのかんん?」

 

「そうですね」

 

「……反抗期か?」

 

 (かしま)しいのは御愛嬌である。

 その間にも彼らは遠ざかっていく。背中が完全に見えなくなったのを確認し、店内に入る為に二人は暖簾を潜った。

 

 

 

 

 歩を進める中、白夜叉は思い耽る。

 

 巨大な光の流動は静かにその勢いを弱めていき姿を消し去った。残ったのは空に立つ宝 満月が一人。脳に直接届くような"信号()"も一向に鳴りを潜め、再び響き渡る事は最後まで無かった。

 口振りからして"信号()"はどうやら全員聞いていたらしい。当初は念話の類いだと思ったが、白夜叉はそれは違うと確信を得ている。明確な特性は掴めてはいないが。

 その後事は滞りなく進んでいった。"ノーネーム"勢が対等な"決闘"とは異なる"挑戦"を受け、春日部耀が代表しギフトゲームを行うという形で。

 人類最高峰のギフト所持者の一人と言うだけあって中々光るものがあった。グリフォンを己の命を賭して手懐けてみせた度胸と、掴んで離さず振り落とされずに耐えた能力。そして、

 

「(……あのギフト──独自の系統樹を完成させ一つのギフトとして確立した、"生命の目録"。父親から貰い受けたと娘は言ってはおったが、人の手で造り上げるとは)」

 

 神代の天才。耀の父親はまさしくそれに値する偉業を自らの手で成し遂げたと言える。今はまだ彼女自身の地力が追い付いてはいないが、十全に扱えるようになれば大きく貢献するだろう。

 

 

 店仕舞いの途中だった店員と別れ、中庭を通った白夜叉が向かった先は自身の私室。"ノーネーム"を送る際に後にしたそこへと彼女は今一度足を踏み入れた。

 中は何も変わらない、焚かれた香の薫りが鼻を擽るだけだ。畳も全く()()()()()()

 一人水路に飛び込んでいた筈だったのだが。

 無言で辺りを見据えると、思うところがあった白夜叉は(おもむろ)に懐に手を入れた。取り出した双女神の紋様が刻まれた一枚のカードを掲げ、ギフトを行使する。

 ギフトカード、正式には"ラプラスの紙片"と呼称される。所有者のギフトを収納すると共に全知の一端としても機能し、魂に刻まれた恩恵(ギフト)を露にして名を記す。そうする事でその特性をある程度理解できるようになっている。"試練"を乗り越えた"ノーネーム"にはこれと同じ物を勝利の報酬として授けた。

 

 様々な景色の入れ替わりの末に光の粒は収束する。

 太陽が沈まず延々と水平に廻り続ける、湖畔と雪原の地。言わずと知れた白夜叉の象徴でもあり、"ノーネーム"を迎えたあの白夜の世界に彼女はいる。

 私室の時と同じように辺りをグルリと見渡し目端を鋭くすると、膝を曲げて掌で足元の雪を掬った。

 ひんやりとした感触を揉むように確かめながら呟く。静けさを保つこの世界でその声はよく通った。

 

「……この地に()を残すか、小僧」

 

 体勢を戻し今度は空を見るが至って大きな変化は見られない──大きな変化は。

 これが重要だ。

 己が名を表そうとする限りこの場所は恒久的に形も性質も変わりはしない。改変は己の介入によってのみで、本来ならそれが当然なのだが。

 例えば。

 

 混じり気のないコップ一杯の水にワインを一滴垂らした場合、果たしてそれを入れる前と変わらないと言えるだろうか?

 

「……ふ」

 

 小さく笑う。

 大きな変化は無くとも微々たる変化があるとすれば、それは以前とは似て非なる異体と言えるのではないか? ましてや変質が個人の意図的な干渉が因子となり、単純な良心からより良質な潤いを溶け込ませたとなれば。

 

「礼のつもりか? どちらかと言えばキズモノにされた気分なのだがのう」

 

 歪みを正すべくもないと白夜叉は決着をつける。無害ならば良心は受け取っておいてやると意思を以て。

 

 また、思い耽る。今度は彼らのギフトについて。

 懸念するのは十六夜と満月だ。

 "ラプラスの紙片"が解析出来なかった十六夜のギフト、"正体不明(コードエラー)"。

 そして、満月のギフト。ある意味こちらの方が頭を悩ます。名が明確になったのが余計に危うい。

 

 箱庭には"人類最終試練(ラスト・エンブリオ)"という存在がいる。

 この箱庭において、誰かが乗り越えなければ人類そのものが根絶してしまうような試練を具現化した魔王の中でも最大最悪最古の力を持った者の事だ。今現在まで観測されたのは主に五つ。

 

 "絶対悪"

 "退廃の風"

 "永久機関"

 "天動説" 

 "閉鎖世界"

 

 無比の頂に立つ者達。

 そして、そこに新たに列なる可能性。

 箱庭に芽吹く風。

 廻り始める歯車。

 果たして、行く末は何処(いずこ)に。

 

「うかうかしておれんな────」

 

 見上げた空は青い。

 例え()()()が混ざっていようと、彼女の心境のように澄んでいた。

 

 

 

 

 

 

 宝 満月。

 紙片の色、シルバー・グレイ。

 ギフト名、"無何有郷(Utopia)"、"救世者(The Messiah)"。

 

 

 

 

 

 

   ###

 

 

 

 

 ところで箱庭にこんな話がある。

 

「神霊は人類の信仰によって発生する」

「人類は神々の恩恵を受けて進化する」

 

 神霊が発生する条件と人類がギフトを貰い受ける条件であるとされるのがこの二つの定説だが、これを説いた場合ある矛盾が生まれてしまう。

 それはどちらが起点であり終点なのかという問題だ。

 

『神霊が人類の信仰により発生し、その信仰の対価として与えられた恩恵により人類は進化するのか』

『人類が恩恵を受ける為に神を信仰したことが発端となり、神霊は発生したのか』

 

 (カミ)がいたから(ヒト)は生まれるのか、(ヒト)がいたから(カミ)は生まれるのか。

 (カミ)が先か(ヒト)が先か。

 "Bootstrap(ブーストラップ) Paradox(パラドックス)"と呼ばれるこの起点α(アルファ)である造物主と終点ω(オメガ)である創造物が同一の世界に混在するという矛盾。"人類最終試練(ラスト・エンブリオ)"が最大にして最悪の魔王とされる理由も実はこの中に含まれている。

 

 箱庭最大の謎とされるこの議題に、未だ明確な答えは出ていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 




 書いててあまり綺麗にまとまらなかったのでその内フッと湧いたら最後の方は書き直すかもしれないです。
 
 …………さて、次回のお風呂回どうしよう(ゲス顔)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。