瞬刻の大空 ―Wing of the moment―   作:七海香波

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第二十話 新たな女子の来訪へ

 鷹月が帰った直後に鳴った玄関のチャイムに、一体誰が来たのだろうと俺は考えていた。

 扉の向こうに待つ存在の正体が分からないまま、俺はドアの前に立つ。

 ……本当に誰なのか、分からないんだよなぁ。織斑先生は今頃後処理でまだ忙殺されているだろうし、その他の教師も同じ理由で除外。俺と同じく無人機と戦った織斑もクラス代表決定戦をすっぽかしてからどちらかと言えば険悪な仲だし、鳳もあれ以来顔を合わせても話すことはない。そんな奴らが今更になって、わざわざ声を掛けてくるとも思えない。

 その他に俺に話そうとしてくる奴がまだこの学園に存在するのだろうか。――いや、いるとは思えない。

 ならば自ずと選択肢は絞られてくる。

 俺の全く予想できない第三者か――それとも、襲撃者か。

 今は一年一組と同様にほとんどの生徒が教室にいるのだろうし、二年生だってそんなに廊下にいるわけでもない。つまり悪意ある人間からしてみれば、今の状況はが丁度良い。

 ドアを開けた瞬間、大量のナイフが飛んできたりするかもしれない。銃弾の嵐が飛びかかってくるかもしれない。毒ガスが流し込まれるかもしれない。

 が、だからといってこのまま放っておくわけに行かないんだよな。

 実はなんてことはない第三者だったりするかもしれないし、そんな相手に居留守を使うのは良心が若干痛むような気がしないでもない。多分タンスの角に小指をぶつけたくらいは痛いかもしれない、うん。

 ……まぁ、念のための備えをしておけば大丈夫かな。襲撃者だったらISを展開して散弾銃を撃てば何とかなるだろう。ちょっと家の前が赤く汚れて、掃除に困ったりするくらいだ。

 そんなことを考えながら、どこか不安な気持ちを抑えつつ、俺はISの待機形態であるロザリオを片手に握ってから――慎重にドアを開けた。

 

「――こ、こんにちは……」

 

 ゆっくりと開いた扉の隙間から顔を出したのは、水色の髪をした一人の少女だった。全体的に細く華奢な体つきをしており、どこか静かでおっとりとした目つきをしている。また、頭になにやら正体不明の機械を付けていた。

 ……赤髪とか金髪は散々見てきたが、水色の髪なんて初めて見た気がするな。というか頭に機械を付けている生徒なんて初めて見た。一体どんな趣味をしているのだろうか。

 

 ともかく、それは一旦置いておくとして――気を取り直し、挨拶する。

 

「ええと、こんにちは。で、どちら様ですか?」

「……一年四組、更識簪」

「その更識さんが、一体何の御用ですかね」

「私、あの時――襲撃の時に、整備室にいて、貴方に助けられた。だから……そのお礼をしに来た」

 

 ……ああ、そう言えば、あの時整備室で声を掛けた奴がいたな。確か、襲撃の際に慌てていたのを見て、ISを身に纏えと言ったような気がする。その相手が、お礼しに来ただけだったのか。

 ……いや、ここで気を抜いてはいけない。それを上手く理由にしての襲撃、なんて可能性もあるかもしれない。

 

「中……入っても良い?」

「そうだな、それは構わないが……」

 

 俺は念のためにISを一部だけ起動しておいた。シールドを張り、彼女が変な動きをすれば即座に全装備を実体化させられるようにホロウィンドウを視野に浮かばせておく。

 

 更識はそれを見て僅かに目を細め、まるで心外だとでも言うように呟く。

 

「別に、貴方を襲いに来たんじゃない」

「――っ」

 

 どうやら、俺が警戒していたのに気がついたらしい。

 

「……悪かった。つい普段からのクセでな」

 

 柔な見た目に反して意外とそういうことに敏いようだ。……よく考えてみれば彼女も俺と一緒で、あの時IS――恐らく専用機を調整していたんだ。どこの国家の所属かは分からないが、オルコット・鳳と同じように代表候補生なのかもしれない。

 しかし、だとしたら、なんでISが中途半端なままなんだろう。流石に俺の目から見て未完成なままの機体を所属国家がそのままにしておくはずがないし……彼女にもなにか深い事情があるのかもしれないな。

 

「じゃ、どうぞ。そっちの椅子にでも座っててくれ」

 

 ……まあ、相手にどんな事情があろうと俺には関係無いし、今はいいか。

 疑問はさておいて、先ほどとは別のカップを取り出し、お茶を注いで彼女の前に置く。

 俺は鷹月と飲んでいたときのものがあるし、それでも構わないだろう。実際そんなときどうするか、なんて知らないからな。新しいカップを出すのも面倒だし。

 

「……ありがと」

「どういたしまして」

「それで……早速だけど、まずお礼の印にコレ、あげる。クッキー、焼いてきたから」

「へぇ、それはまたご丁寧に」

 

 可愛らしいリボンに包まれた袋を一つ、手渡される。

 俺は受け取ったそれを一旦横に置いて、それから彼女の方に向き直る。相手も分かっているだろうが、中に毒物が入っている可能性を踏まえてのことだ。食べるにしても、後でISでスキャンしてからにしよう。

 さて、そうして改めて彼女の方に向き直る。

 

「……」

 

 しかし彼女は、そこからなにも喋ってこない。何故か口を結んだまま、俺の方をただ見つめてくる。もちろん俺から話す事もないので、相手が話さないのならこちらも黙っているしかない。

 

「……」

 

 それっきり俺達は、互いに僅かに顔を背けて黙りこくってしまった。

 

 ……もしかしてコレで会話終了なのか?

 

 いやまあ、彼女がお礼にしに来たのは分かったし、その証としての物も受け取った。お礼と言うだけならこれだけでも十分、なのだが――どうしてこうなったんだろう。

 会話がなければ帰って貰うというのも手なのだが、お礼の品を貰っただけですぐに追い返すのはさすがに問題だろうし……かといって、特に話す事があるわけでもない。そもそも俺は初対面のこういうもの静かなタイプの女子と、そう気楽に話せるような性格でもないからな。

 鷹月と話せたのは、彼女に誰とだって話せる積極性があったからこそ、だし。例の事件以前から散々話しかけられていたからこそ、あの後俺の方から声を掛けられるようになったんだ。

 

 

 ……で、マジでどうすればいいのだろうか。

 

 

 ■

 

 

 ――それから一時間近くが経過した。

 互いに何となく気まずいまま、俺も目の前の更識もお互いに口を開かずにじっと座り続ける。時折コクリ、とお茶を飲んだときの音すら耳に響くほどの静かな空間の中で、ただ時計の針だけがカチ、コチと時間が過ぎていくのを示す。

 

 ……余りに予想外過ぎるこの空気に、俺の背中には冷や汗すら浮かび始めていた。いやホントに、何の解決策も思い付かないのだ。

 慣れている鷹月や織斑先生辺りとだったらともかく、ほんの少し言葉を交わしただけの、大した親交のない女子と二人っきり。それも互いに気まずいまま、向き合って座っている。しかも六十分近く……まず、緊張感で頭が回らない。

 

 これが普通の女尊男卑の女子だったらまだ、勝手に叫き散らして場をかき回してくれるだけマシに見えてくる。

 こう、物静かな女子が相手となると……こちらとしても、どうしようもないのだから。

 ――まさか無人機以上の強敵が、お礼に来た女子だったとは。あのISと対峙していたときよりもこっちの方が精神的に負荷が来るとは、一体人間の精神構造はどうなっているのやら。

 

 ふと、なにかアクションを起こさないかと、彼女の方にちらっと目を向けてみる。

 しかし同時に彼女もそんな思いを求めたのか、下げていた顔をこちらへと上げる。

 刹那、視線がぶつかり合い――。

 

「……」

「……」

 

 同時に、即座に顔を下に戻す。

 ……解決、ならず。

 それにしてもどうしようかね……。ずっとこのままでいる訳にもいかないし、なんとかして打開策を見つけたいところだ。が、その策が全然思い付かないんだよなぁ。

 そんな風に俺達二人が残念な頭で悩みに悩んでいるとき、――コン、コン。

 

「かんちゃーん、いるー?」

 

 ドアの外から、そんなおっとりとした声が掛けられた。

 ……誰かは知らんが、助かった。この空気を壊してくれるんなら大歓迎だ。

 俺はこの空気から抜け出すように半ば慌てるようにして出ると、そこにはだぶだぶの着ぐるみを着た女子が立っていた。彼女は俺の顔を見るとにっこりと笑いながら、片手を上げて挨拶してくる。

 

「おー、ゆう君じゃないですかぁー!」

 

 そう軽々しく話しかけてくるが、俺の知っている顔ではない。

 

「誰がゆう君だ。というか誰かは知らんがさっさと帰れ」

「えー、そんなこと言われてもぉ……あ、かんちゃん!」

 

 彼女は勝手に俺の腕の隙間をすり抜けて部屋の中に入り、青髪少女の姿を見つけると「あー、やっぱりここにいたぁー!」等と言った。……ふざけてるのかコイツ。知り合いならいざ知らず、赤の他人の部屋に無断に入り込むとは。

 前言撤回、コイツはただ新しい面倒事を生み出しに来ただけの厄介者だったらしい。

 

「本音……どうしてここに?」

 

 更識の方も突然の来訪者を予測していなかったらしく、多少冷たい目をしながら着ぐるみ女を睨み付けた。

 しかしそんな視線をものともせず、着ぐるみはへらへらと笑う。

 

「今日はもう授業ないって先生が言ってたから、お知らせに来ましたのだー!」

「……だからって、わざわざ来なくても……」

「だってー、かんちゃん、ゆう君の部屋に行くって言ったしぃー。男の子って、二人っきりになっちゃうと、野獣になっちゃうんだよー?心配だったんだよぅー」

「――帰れ!」

 

 どうやら更識の方も彼女の来訪を歓迎していなかったようで、ならばと俺はそいつの首の辺りを掴み、思いっきり部屋の外へと投げ飛ばした。外で思いっきり壁に頭をぶつけていたが、まあ死にはしないだろう。死んだところで男性操縦者を襲撃したと捉えられるのがオチだろうし……どうでもいいか。

 俺は奴が「うー、星が、たっくさんだよぉー」と伸びている内に扉を閉め、更に鍵を掛けて二度と部屋に入って来られないようにする。

 そして振り返ると、更識は気まずそうな顔をして立っていた。

 

「……ごめん、本音が迷惑かけて」

「それはお前が謝る事じゃないだろ。それにお前にとっても迷惑だったみたいだからな」

「……本当に、ごめん」

「そう気にしなくてもいい。で、どうする?とりあえずこれ以上話す事がないんなら――」

「――うん。今日はもう、帰らせてもらう。お茶、美味しかった」

 

 彼女はそう言ってぺこりと小さく頭を下げた。

 そして顔を上げ、こちらを真面目そうな目で見据えた。

 

「今日は緊張して出来なかったけど、――ホントは、貴方と、ISの話もしてみたかった」

「……は?」

 

 いきなりそんなことを言われて、ついつい俺は気の抜けた返事をしてしまった。

 

「……なんでそれをさっき言わなかったんだ?」

「ごめん……今日はちょっと緊張してて、言い出せなかった。男の子の部屋に入ったのなんて、初めてだったから……なにをどう言えばいいのか、いざとなると頭がこんがらがっちゃって……」

 

 その時の自分を思い出したせいか、彼女の頬が僅かに赤くなったように感じた。……所謂女子校育ちのお嬢様で、男子に対する耐性がなかったのか。だからずっと黙りこくったままだった、と。

 それはともかくとして、と彼女は言葉を続ける。

 

「貴方は自分で専用機を作ってる、そう聞いた。入学からたった二ヶ月でそこまで至った努力と……その持ち主の作る機体に、興味がある」

 

 そう告げた彼女の目は、真剣そのものに見えた。

 

 ……正直、いつもの俺だったら即座に跳ね返しているだろう――彼女とは今日会っただけの関係だ。まだ信用するに足る関係を築いているわけではないし、そんな言葉は中身のないものだ、と。

 だが彼女なら――なんとなく、大丈夫そうな気がする。

 本当に直感的な物だが、今までに見た女尊男卑の相手みたいに最初からこちらを見下してくるような目を向けてきたりしなかった。少なくとも女尊男卑に染まっているわけでなく、単なる遊び半分で目を付けたわけじゃないのなら、話をしてもいいかもしれない。

 それでも念には念を重ねて、後で織斑先生にでも一旦相談してはおくが。

 

「――考えておく。また機会があったら、な」

「うん……それじゃあ、さようなら」

 

 彼女は最後にそう締めくくって、出て行った。

 まさかここまで話が広がるとは思わなかったが、まぁマイナスにはならないだろう。恐らく彼女の方が専用機を組み立てる上では先輩であるわけだし、上手くやれば吸収できることだってあるかもしれないからな。

 

 ……しかし、最初は警戒していたのに、僅か一時間程度でそれを解いてしまうとはなぁ。

 どうやら、俺の方としても、同じく自分で専用機を組み立てている彼女に興味が湧き始めているらしかった。

 

 

 ■

 

 

 あれから時計の長針が三回ほど回ったところで、俺は再度ISの設計図を見直していた。

 更識が去ってから改めて広げた数々の設計図は、幾つもの箇所が赤く書き直されている。そのほとんどは勉強時間の限界を踏まえて、最低限の技術に留めていた武装だ。

 

「こっちのシステムの方は、っと」

 

 今までのものだったら精々ラファール程度と同じくらいだが、今回の戦いを通して、それでは到底足りない……そう思ったのが理由だ。

 

 ――自分で限界だと思ったラインを超えるくらいの勢いでやらなければ、こんな戦いの連続する状況に置いて、確実に勝ち残っていくことは不可能だ。完璧に勝てる戦いを組み立てるためには、少なくとも今回の襲撃者くらいは片手間に倒せるようになりたい。

 

 そう考え、いくつかの武装は改良を重ねる傍ら、無理だと思っていた第三世代型の特殊武装を含めることを考えて設計を進めている。……と言っても、その作成方法が全然思い浮かばないので、まだアイデアを書き溜めるくらいしか出来ていないのだけれども。

 ……まあ、第三世代なんて各大国でも最先端なんだ。まだ技術も完全に公開されているわけではない。簡単に作れるわけもないだろうし、これで当然なのかもしれない。

 最も、だからと言って諦めるつもりは毛頭無いが。

 

「良し、多分理論上はこれで問題なし、と。さてお次は……」

 

 視界に一つのウィンドウを開き、そこにパスワードを打ち込んで、新たに一つの設計案を開く。

 それはIS『鮮血の流れ星(ブラッディ・ミーティア)』の核、言うなれば切り札に値するシステムだ。

 コレも一応第二世代の技術で十分作成可能なのだが、第三世代としてより強力に作成することも技術さえあれば出来ないことはない。

 

「何にしろ知識がないからどうしようも無いんだけど、まぁ考えておくことくらいは出来るしな。ったく、あんなのはそれこそ残り一パーセントの閃きが必要なんだろうけど、そう都合良く天啓が降りるわけでもないし。コツコツ地道にやっていくだけしかないだろうけど」

 

 完成できるかどうか分からない、だったらいっその事今のままでも良いではないか――ふと浮かんだその弱気な考えを、頭を振って追い出す。

 最初から出来ると分かっていることをやったところで、それは他人が出来ると証明した物に過ぎない。それを超えるなら、まだ誰もやったことのない限界に挑戦するしかないのだから。

 九十九パーセントの努力なら今の生活を更に切り詰めて、それこそ彼のように事務所で立って寝るといった逸話が出来るほど頑張って行くだけでいい。

 ……しかし、残りの一パーセントの閃きなんてのは、それこそ本当に運次第だから困る。

 今来るか、明日か明後日か、それとも一年後か。そんなに待っていたってしょうがない。問題はそこをどうするか、なんだよなぁ。案だけあっても実現できなかったら何の意味も無い。

 

「単純に言えば第三世代を持っている代表候補生から奪……いや、提供して貰うことだけど……」

 

 知ってる英中の二人はまず無理だ。

 オルコットはクラス代表戦をサボったことを未だに根に持っているし、鳳もなんやかんやで関係はそのままだ。

 だとしたらその他は上級生なのだが、そもそもまともな精神構造をしているかすら怪しいので除外。今までに見た学園の人間の数と、織斑先生・更識・鷹月の三人の比を考えてみれば、その上級生の代表候補生が(主に男子に対して)まともな精神構造をしている確率は限りなく低い。

 

「ったく、んなこと考えるくらいだったら、第四世代の展開装甲の方がまだ楽な気がするぜ」

 

 ちなみに展開装甲とは第四世代の“即時万事対応機体”というテーマを満たす一種の武装だ。この間倉持技研という所の資料を調べた際に偶然出てきた単語なのだが、要するに武装に変形機構を搭載させ、起動・攻撃・起動を換装せずに可能とする装備のことらしい。

 

 ……要するにモンハンのチャージアックスみたいなものだろうと思う。アレならそのうち攻撃と防御を満たしてるし。

 

 とにもかくにも、このまま天才的な閃きを待つだけじゃ、足りないことはわかっている。

 今日の残り時間は時計を見るとあと四分の一。

 努力を進めるだけなら、まだまだやっていけるはずだ。……その前に晩飯だが、とりあえず今日は午前四時がめどかな。改案作業に通常の勉強……後は実戦経験を積みたいところだが、相手がいないな。

 そのあたりは織斑先生に頼んでみるとして、さあ、作業を続けようか。

 

 

 

 

 




 次回はようやく原作二巻です。

 後、誤字などがありましたら報告お願いします。
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