瞬刻の大空 ―Wing of the moment―   作:七海香波

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第二十四話 極みに挑む夜へ

 その日の終わり。

 俺は誰もいない深夜のアリーナで、織斑先生と対峙していた。フィールドの中心から五メートルほどの位置に互いに向き合って、ISを身に纏った状態で中に浮かんでいる。既に主武装も展開済みであり、俺の腰には右に一つ、左に一つ“揺光”が吊り下げられている。対して彼女の腰には、たった一振りの“葵”が下げられていた。

 彼女のそれが『この一振りだけで十分だ』というメッセージなのかは分からない。けれども、その一振りを担っているだけで、彼女の纏う打鉄からは汎用機とは到底思えないような強者の風格が滲み出ていた。

 そんな俺の心の中を知らないまま、夜間専用の青白いライトを浴びながら、胸の下で腕を組んだ彼女がこちらを見る。

 

「さて、それでは結城。もう一度条件を確認するぞ。試合形式は互いのシールドエネルギーがゼロになるまでのデスマッチ。制限時間は三十分で、使用する武器に関しては特に制限無し。……これで良いんだな?」

「はい。後はどちらかのエネルギーがゼロになった場合、その場で最補填をして試合を再開することくらいですかね。その辺りは任せてるからな、鷹月」

『はいはい、分かってるよ』

 

 壁に設置されたスピーカーから、制御室にいる鷹月の声が届く。

 彼女は今回、俺達の試合の録画やエネルギー補充の操作などのサポート面で協力してくれることになっている。ちなみに報酬は「ISの戦いは見ているだけでも十分勉強になるからね。それに世界最強に挑むのは、私にはちょっと厳しい過ぎるかな……」との事らしい。

 さて、そもそも何故このような状況になっているのかを語るためには――それは、例の女生徒との鍛錬が終わった後の織斑先生との話まで遡らなければならない。

 

 ■

 

 放課後のアリーナ使用可能時刻が終了し、何とかそれまでに宣言通りの事を成し終えた俺は、ISの後片付けを女生徒に任せて職員室に足を運んでいた。

 

「織斑先生、打鉄の使用を終えたので返却の報告に来ました」

「結城か。それでどうなった、アイツ――七海(ななみ)詩織(しおり)は」

「一応課題分は達成させました。先ほど別れたときはアリーナの地面に疲労困憊といった様子で倒れ込んでいましたが、自分で打鉄を片付けに行くと言っていたので歩く分には問題無いでしょう。最も明日は筋肉痛で地獄だと思いますけど」

 

 そこで彼女の俺を見る目が、疑わしい物を見る目へと変化する。

 どうやら何を言っているのか分からないと言った様子だ。

 

「たかが歩行くらいでどうしてそうなった。一体何をしていたんだお前達は?」

「別に特別なことをやった覚えは無いですけど。ただ、本人に任せっきりではどうしようもなさそうだったので、少々無茶をさせましたくらいで」

「ほぅ。一体何をしたと言うんだ?」

「えっとですね、端的に言うと――ISの痛覚遮断をオフにして、ひたすら銃弾や爆撃を浴びせて歩行というより走れなければ地獄、といった状況まで追い込んでみました」

「ちょっと待て」

 

 彼女は一旦俺の話を止めると、嘆息するように大きく溜息をつき、額に手を当てた。

 

「……たかが授業程度で一体なにをやっているんだ、お前は」

「少しくらい無茶しないと出来ないってくらい運動神経が悪そうだったので。それに俺も、下手に時間を掛けたく無かったので」

「そうか。まぁ、確かに他人のために無駄に時間を費やすのは私もお断りだ。しかし――結城。お前は授業の課題はなんだったか、憶えているか?」

「ISの起動・起立・歩行だったと思いますけど」

「うむ、そうだな。それで結城、お前のその練習は果たして課題に即した物だったと言えるものか?」

「……言えます、多分」

「その微妙な溜めと最後の一言はなんだ、オイ」

 

 あぁん、と彼女は俺の胸ぐらを掴んで思いっきり引き寄せた。

 

「言い訳は、あるか?」

 

 最高に良い笑顔で、彼女はそう問いかけた。

 

「……人間、一生に何度は無茶を通さなきゃならないときがあると思うんです。彼女に取っては今がまさにその時だった、そういうことじゃ……ダメですよね」

「もちろんダメに決まっているだろうが、この大馬鹿者が!」

 

 バシンッ!

 彼女の机の上に置いてあった出席簿が瞬時に手に取られ、稲妻の速さで俺の頭に振り下ろされた。

 

「どこからどう見てもお前のやり方は明らかに過剰でしかないだろうが」

「仕方無いじゃないですか。ほら、練習で十をこなして初めて本番で五を実行できるとも、誰かが言ってましたし」

「……物は言い様だな、オイ」

 

 彼女は眉をピクピクと動かし、明らかに怒ってますよのサインを送ってくる。

 

「ああ、そう言えばちなみに後は個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)を使って、散々女尊男卑のプライドを刺激したりしましたね。『所詮女が優れていると言ってもその程度か!?いいか、歩くことすら出来ないお前はただの“ピーッ”だ!お前のその二つの腕は飾りものか何かか!?そうでないならさっさと立って走れ、さもなくば“ピーッ”に加えて更に“ピーッ”するぞ!』みたいな感じに」

「……そうか」

 

 ババンッ!!

 更に呆れるように眼を閉じた彼女は、二連続で俺の頭に出席簿を落とした。

 

「痛っ!……なんで追加したんです?」

「――言ワナケレバ分カラナイノカ、貴様ハ?」

 

 初めて見た彼女の本気の怒りに、俺はすぐさま頭を下げた。ここで逆らったら次の朝日を拝むことは許されない――そんな恐ろしい予感が俺の頭に走った。

 ついでに何故か後ろに刀を携えた修羅が見えたのだが、それはあくまで気のせいだとしたい。

 

「……全く。いいか結城、物事も度を過ぎれば毒にしかならん。自分の限界を他人に押しつけるんじゃない。今回はどうやら七海も大丈夫だったようだが、その内容であれば下手を打てば軽く精神がイッてしまっていただろう。以後気を付けろ阿呆」

「……はーい」

 

 もちろん時と場合によります、と心の中で付け加えておく。

 彼女に言われたからには完全に無視するのも問題そうだからな。

 

「ともあれ、それはもう終わった話だ。今更あれこれ言おうとどうにもならないので、いいだろう。で、話はそれだけか?」

「いえ、出来れば後一つあるんですけど」

 

 今の話があってよくそんなことが言えた物だ――そんな声が聞こえてくるが、それを敢えて無視して俺は話す。

 

「少し前に先生、言ってましたよね。『鍛錬なら何時でもつけてやる』みたいなことを」

「まぁ、そうだな」

「あの時は断りましたけど、やっぱりそれをお願いしようかなと思いまして」

「……ふん、何故だ?」

 

 彼女は面白そうにニヤリと笑って問いかける。

 

「そろそろ俺に足りない部分、実戦経験とかを積む必要が有るんじゃないかと思いまして。この間の襲撃の時なんですけど、あの時は何とか勝てたものの運の要素が大きかったですし、一歩間違えれば負けてましたから」

「……一応、二人がかりで戦った織斑の方は全身打撲だったはずだが。それに対してお前は無傷、その結果で満足出来ないのか?」

「ええ。多分今回の戦いなんですけど、もっとこう、何というか、実戦の空気に慣れていた方がより多くの選択肢を取れましたし、場合によってはまだ良い結果をたたき出せたと思います。それに俺の機体だって、近接特化である以上、そろそろ本格的な作業に入る以上、ある程度の下地は作っておかないと後で振り回される事になりそうで」

「うむ、確かにそれはそうだがな」

 

 彼女は自身のデータファイルの中から、俺が提出した分の機体完成予想データを浮かび上がらせた。

 

「……というかお前のこの機体は、確か白騎士を元にしているんだったな」

「はい、そうですけど」

「ならば少しは遠距離装備も追加できるだろう。アレは空中に大型荷電粒子砲を召喚した記録も有ったはずだ。オルコットのように射撃主体ではなくとも、照準補助プログラムなしに所持できる遠距離攻撃武器の作成も一つか二つ、視野に入れておけ。牽制程度には使用できるはずだ。お前のノートにあった内の幾つかの中から、改良案を引っ張り出して提出しろ」

「……分かりました。で、話を戻して良いですか?」

「うむ。ちなみにその答えだが、別に私としては構わないぞ?問題は時間だが……しばらくは少なくとも早朝もしくは深夜に限られる。言わずもがな、今度のイベントの調整のお陰でな」

「……ホント、お疲れ様です」

「分かっていて更に追加するお前もお前だがな……。まぁ、デスクワークの息抜きにはなるから別に良い。それでどうする?深夜か早朝か。お前はどうせどっちにしろ起きているのだろう?」

「はい。ですが出来れば深夜の方が良いですね。起き抜けに先生との鍛錬は辛いですから。授業中に死にそうになるのは不味いでしょう」

「私としても授業をまともに受けているが故にお前の無茶を黙認している面もあるからな。よし、分かった。それではいつから始めるかだが?」

「もちろん今夜からで」

 

 よろしい、と織斑先生は満足げに頷いた。

 

 ■

 

『それじゃあ先生、結城くん。もう準備は良いですか?』

「うむ。悪いな鷹月。お前の方も結城のシールドエネルギーが切れた場合の補充を頼むぞ。やり方は先ほど教えたとおりだ」

『はい、分かってます。結城くんの方はオーケーかな?』

「ああ。それじゃあ、合図を頼む」

 

 俺は両腰に二振りずつ装備した“揺光”から一つを抜き、両手でそれを構える。

 

『では――三、二、一……開始ッ!』

 

 刹那、織斑先生の姿が消えた。

 俺は咄嗟に目の前に大量の大盾を召喚する。重厚な鋼鉄製のタワーシールドが十枚実体化し、壁代わりとなって降り注いで俺と彼女の前に立ち塞がる。……しかし“世界最強”の前には、そんなものは通用しなかった。

 

「ガハッ――!!」

 

 計数十キロにも及ぶはずの金属盾――それら全てを巻き込んで、彼女は強引に刀を振り切る。幾らISのパワーアシストがあろうと普通は刀でそんなことが出来るハズもないのだが、彼女はそんな威力の斬撃で真っ向から俺に襲いかかってきた。

 俺は無理矢理吹っ飛ばされ、アリーナの中心から端まで一直線に飛んでいく。その途中でシールドエネルギーを見ると、今の攻撃だけで一気に半分近くが減少していた。……なんて化け物だよ。とにかくスラスターで体勢を立て直し、壁に着弾すると同時に脚全体で衝撃を吸収。その反動で思いっきり壁を蹴り、彼女の方へと向かっていこうとする。

 

 しかし反撃を試みた俺の前には、既に剣を振りかぶった鬼神(織斑先生)の姿が。

 

「……吹っ飛ばした相手を先回るなんて、出来るんですね」

「ああ。なに、お前も孰れは出来るようになるさ――!!」

 

 そんな彼女の声を聞くと同時に――ドゴンッ!!

 放たれた雷鳴の如き一撃が、俺の意識を奪ったのだった。

 

 ■

 

『第一戦、勝者:織斑千冬!――っていうか結城くん大丈夫!?』

「……な、なんとか」

 

 ISのブラックアウト防止機能によってすぐに目が醒めた俺は、鷹月の声でようやく負けてしまったことを知るのだった。見れば、最後の一撃で綺麗に残りのシールドエネルギーが全部削り取られてしまっていた。……実はあの機体、零落白夜を搭載してるとかじゃないだろうな。

 アリーナの一角の崩れた瓦礫の中から体を起こし、痛む体を無理矢理動かして織斑先生の元に向かう。彼女は腕を組んで、何も無かったかのように平然とアリーナの中心にて立っていた。……今の俺じゃあ象に対する蟻ほどの価値も無いみたいだな。

 それにしても、傷一つも付けられずに終わるとは。当然と言えば当然の結果か。

 

「先生、一体何したんですか……。明らかに最後だけ威力がおかしいんですけど。なんで三百くらい残ってたシールドエネルギーがあの一瞬でゼロになるんですか」

「何、少しばかり気合を入れただけだ」

「どう気合を入れたのか、具体的に聞いても?」

「簡単に言えば、そうだな……お前に見えない程度の速さで軽く三回斬った。これでいいか?」

 

 ISのセンサーで感知できない速度の斬撃かよ。それを単なる打鉄で放ったとなると、……深く考えるはを止めた方が良さそうだ。

 というかそれで逆算しても、一回で百以上が削られたことになる。いくらISのパワーアシストでも限界があると思うのだが。

 

「全然良くないんですけど。威力も速度もそれだけで済ませられるような内容ではないと思うんですが……。滅茶苦茶全身が痛い上に、内蔵にも相当ダメージ来てますし」

「それは鍛えていなかったお前が悪い。では、続きをやるとしようか。なに、これしきで弱音を吐く程度の覚悟ではあるまい?」

 

 そう言って彼女は刀を再度構え直す。今の軽口の間に、既にシールドエネルギーは回復済みだ。

 対して俺はまだ全身が痛むし、少し動かすだけでも激痛が走る。普通の人間ならこれだけでもうギブアップするだろう。実際、俺には彼女に勝てる道筋が一切見えない。余りに格上過ぎて、“圧倒的敗北”の結果しか見えない。

 ……それでも。

 ここで諦めたら、わざわざ時間を取って貰った彼女と鷹月に対して申し訳ないだろう。また、それ以上に――こんな所で足を踏み出すのに手間取るようなら、いつまでたっても成長しないのは自明の理だろうが!

 

「ええ、もちろん!」

 

 俺は鷹月の合図を待つことなく、不意打ちで“揺光”の加速斬撃を彼女へと見舞う。

 しかし、捉えたはずの彼女の姿は、一歩遅れて霞のように淡く消え去ってしまう。

 

「その心意気や良し。しかし未だ――甘い」

 

 そんな声が聞こえたのは、背後から。

 次の瞬間、――ズドドドドドッ!

 吹っ飛ぶ間もなく浴びせられた連続の剣撃に、俺は為す術なく再度シールドエネルギーを削られるのだった。それでも彼女は終わることなく、敗北のブザーが鳴らないと知るや否や、続けて更なる斬撃を加えてくる。

 

「クソっ!」

 

 完全にエネルギーを削り取られる前に、彼女と自分との間に再度鉄盾を出現させる。

 もちろんその盾が何の意味も無くゼロコンマ一秒後には粉砕されていることは分かっているので、そこに生まれた僅かな時間を使って地面を転がり、彼女から少しでも距離を取ろうとする。

 しかし。

 

「はぁっ!」

 

 盾の陰から俺が出た瞬間、その顔面に容赦のないヤクザキックが放たれる。

 回避できたと思っていた隙に喰らった一撃。一瞬の気の弛みを狙われた俺は回避することが出来ず、そのままそれを喰らってまたも意識が暗転する。

 ISの機能で意識が復活した時には、またも完全敗北を喫していたのだった。

 

『え……あ、第二戦、勝者:織斑千冬!』

 

 一息遅れて、そんな鷹月の声がスピーカーから響く。

 

「不意打ちも効果がないのかよ……」

「私からすればあれしきの事は慣れたものだ。児戯に等しい」

 

 そんな通信から聞こえた声に、俺は理不尽過ぎると溜息をついた。

 やはり、今日明日で勝てる相手ではない。そう分かっていたはずなのに、改めて彼女都対面したことでそれを改めて思い知らされる。しかも未だ彼女からしたら片手間の暇つぶし、あくまで息抜きでしかないのだ。

 俺がこれ以上の力を手に入れるためには、まずはこの第一形態にしてウルトラスーパーハードモードを攻略しなければならないのか。

 

「とりあえず、当面の目標は回避だな」

「回避、ですか?」

「そもそも回避しなければ攻撃も出来はしないだろう。相打ち覚悟の攻撃なんて、最初から考えて行うものではないからな。――ああ、そういえば例の機体を使いこなすにしても、高速戦闘時における機動力は必要だったな。丁度良い、私相手にまずは一撃を避けて見せろ。いいな?」

「……まずは回避から、か」

 

 彼女の動きに慣れ、それを踏まえて彼女の速度を見切り、その上でその数歩先を読んで行動。そうまでしなければ回避なんて出来るわけがない。

 一体何戦繰り返せばそこまでたどり着けるのやら。正面に立つ彼女は、もはや別次元の頂にいるのだ。

 

「遠い、なぁ……」

 

 なんて、呟いたところでどうしようも無い。

 ともかく今は、持てる全力を注いで挑み、ぶつかっていくしかない。

 ――さぁ、精々足掻いて見せろ。

 

「やってやるしか無いんだよなぁ、っと!!」

 

 俺は剣を構え、再度彼女へと突撃するのだった。

 俺達の夜はまだ――終わらない。

 

 

 




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