瞬刻の大空 ―Wing of the moment―   作:七海香波

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第三話 少女と同居の一ヶ月へ

 

 今日の授業が終わって、放課後。

 窓から見える外は既に紅く染まっており、春という季節を鑑みればどれほど長い時間机の前に座っていたのかは分かるだろう。もう六時半である。お陰でただ座っていただけだというのに足が痛い。ちなみに一時間に最低二回は暴力教師による出席簿アタックを喰らっているため頭も痛い。畜生、訴えたら勝てるんじゃないのか?

 頭の中で好き勝手に文句を並べながら、こんな女臭い場所にいる気は無いのでさっさと家に帰ろうと、机周りの荷物を纏める。ISが使えると発覚してから数日はホテルに軟禁状態だったが、政府が実家に人員を配置させているとかで、ここの寮が使えるようになるまで家から通学してくれと言われているのだ。

 このままだと内に辿り着く頃には完全に日が沈んでいるな、こりゃ。

 

「すみませーん!織斑君、結城君、まだ残ってくれてますかー?」

 

 溜息をつきながら丁度筆箱を最後に仕舞い終えたところで、数時間ぶりに山田先生の声をちゃんと聞いた。一体何なのかと顔を上げると、彼女は教室前のドアでなにやら片手を上げて振っていた。

 ……一体何事だろう。

 そう思いつつ、鞄を持って彼女の元へと足を進める。

 

「何か用ですか?もう今日はさっさと帰って休みたいんですけど?」

「す、すみません。でも、寮の部屋が決まりましたのでお知らせに……」

 

 寮の部屋が決まったって……どうすればいいんだ?

 自宅通学はあくまで部屋が決まるまでの話であって、それが決まったんなら俺はそちらへ行かなければならないのだが、準備も何もしていないぞ。

 織斑も同じような話をされていたらしく、山田先生に不思議そうな顔を見せる。

 

「俺の部屋、決まってないんじゃなかったですか?確か前に聞いた話だと、一週間は自宅から通学してもらうって話だったと思いますけど」

「はい、そうなんですけど。事情が事情ということもあるので、部屋割りを無理矢理に変更したらしいです。――二人はその辺、なにか政府の方から聞いたりしていませんか?」

「いいえ」

「俺も聞いてません……なんなんだよ、ホントに」

 

 そう言うことは出来るだけ早めに言って欲しかったのだが。

 昼休みとかならともかく、いざ帰る時になって言われても困る。

 

「すみません……。ともかく、政府の特命もあったので、まずは寮に入れるのを最優先にしたみたいです。さすがに個室は無理でしたので、しばらくは相部屋でお願いします。一ヶ月もすればそれぞれの個室の方が用意できるはずですから」

 

 そう言って彼女は、俺達にそれぞれタグの付いた鍵を渡した。

 俺の部屋は《1033》号室である。……後で手帳で地図チェックしとかないとな。

 しかし個室ができるまでの一ヶ月、コイツと一緒か……。そう思いつつ、隣で脳天気そうにしている織斑の顔を見る。この手の輩は下手に問題を持ち込んでくる可能性が高いんだよ。そんなのと一緒の部屋にいればまず間違いなく何かしらの面倒に巻き込まれる。

 特にコイツは顔立ちも良く、姉が世界最強であるため、女子に嫌われるポイントがない。好意を寄せる女子が増えすぎる余り、周囲が騒がしくなれば俺の静かな読書時間がガリガリと削られていくだろう。全く、ラブレターやチョコレートの仲介なんかやる気はないからな。

 

「……あの山田先生、耳に息が掛かってくすぐったいんですが」

「あっあの、いやこれは、その、あ、別にわざとかではなくてですね……」

 

 今でさえこれだ。一ヶ月後にはどうなっているか想像も付かない。

 ヤンデレなんかを堕とした暁には、俺まで照準が付けられかねないぞ。

 ……この学園へ来てから碌な出来事がないな。自意識過剰系女子との決闘がその最たる例である。とりあえずその話だが、一旦親に話を付けておかないとな……。今日は帰るって話したままだ。

 

「ちょっと失礼します」

 

 織斑とイチャイチャしている彼女に確認を取り、両親に電話を掛ける。

 

『もしもし』

「……あー、灰人だけど」

『ああ、何か用か?』

「実はIS学園が安全のためって事で、今日から寮に泊まらせるみたいなんだ。だから出来れば、俺の部屋の服とかパソコンとかそう言うのを送って欲しいんだけど。うん、娯楽品も欲しいんだけど、服とかは早急に送ってくれ。それはマジで死活問題だから」

『だろうな。だがそれはお前が心配する必要は無いから、気にしなくていい。昼におっとりとした声の先生から話がきたから、さっき学園前で織斑先生に渡しておいたぞ』

「あ、そう……ありがとう」

『親としては当たり前だろ。……ああ、分かった分かった、落ち着け。灰人、アイツからお前に話があるそうだ――はーい、灰人くん?』

「か、母さん?」

『そうだよー。……どう、IS学園は?女の子が一杯でしょう?授業とかはやっぱり難しい?』

「まあ……それほどでもないよ。一応分かりやすいみたいだし」

『だったら良かったんだけど。まあ、私としては貴方が目一杯楽しんでくれればそれで良いのよ?パパもこれで高校じゃ、つまらない授業とかは図書室で本とか読んでたし。自分のためになることを、一生懸命頑張ってね。なにもISに乗るだけが将来の道じゃないんだから』

「いや、それは無理だろ……」

『大丈夫だって。私達にも色々伝手はあるんだから、協力するわよ。それじゃあ戻すわ――ああ灰人、それで、他に必要なものはあるか?』

「特には……ないよ」

『そうか。それじゃあ、良い学園生活をな。健闘を祈ってるよ』

 

 それで電話は切れた。息子が顔も出さずに寮に入るというのに、普段通りの両親である。

 画面を切って元に顔を戻すと、いつの間にか来た織斑先生が灰色のスーツケースを突きだしてきた。もしかしてこれが、さっき言っていた俺の荷物か?

 とりあえずそれを受け取ると、今度は左手に提げていた小さなカバンを織斑の方へと差し出した。

 

「織斑。貴様の分は私が手配しておいてやった。ありがたく思え」

「ど、どうも有り難うございます……って、やけに軽くないか!?」

「ん?生活必需品だけで十分ではないか?着替えと、後は携帯の充電器があればいいだろう。そして結城、お前の分は御両親から預かっている。ほら」

 

 ……山田先生が親に連絡してくれていなかったら、俺もあんな感じに適当に揃えられていたのかもしれないと思うと、ぞっとするな。助かったぜ、父さん。

 

「あー、それと、この後は部屋に行ってくださいね。夕食は六時から七時半、寮の一年生用の食堂で取ってください。ちなみに各部屋にはシャワーがありますけど、大浴場もあります。学年ごとに使える時間は違いますけど――二人は今のところは使えませんので、注意して下さい」

 

 その言葉に軽く頷く。って、今のところ、か。なら、後には入れる機会もあるのかもしれない。期待して待っているとしよう。

 俺はその意味を理解して了承の意を示したのだが、織斑はそうは思わなかったらしい。

 

「え? 何でですか?」

 

 ……こいつの相手なんてもう二度としたくないな。

 これ以上馬鹿話に付き合う気はさらさら無いので、俺はスーツケースを引っ張ってさっさとキーに刻まれた番号の部屋へと向かうのだった。

 

 

 

 

 1033室……ここか。

 木製のドアに手の鍵を差し込み、回す。――何故か、鍵の手応えがない。

 もしかして最初は飽きっぱなしなのか?さすがに話をしていた織斑がこっそりと先回りしてくるなんてことはないだろうし。鍵を戻してノブを回し、そのまま押し開ける。

 すると、どうやらドアを開けたら自動的に灯りが付くのか、優しい光の中にホテルのような内装の部屋が浮かび上がってくる。

 

「お、まさかここまで整ってるとは思わなかったな……。これじゃまるで毎日がホテル暮らしって感じになりそうだな。寝れるかな、俺?」

 

 軟禁されていたときはもっと凄い内装だったが、政府の人曰く狙撃を阻止するためとかで緊張感が張り詰めてて、それどころじゃなかったからな……。でもここはゆったりしているし、休むのには十分かもしれない。

 実家は日本の木造だったから若干違和感があるが、こんなものだろう。

 

「さて、……ベッドが二つか。当然窓際だよな」

 

 後から遅れてくる織斑の方が悪い。

 こういうのは何でも早い者勝ちだからな。これが女子だったら下手に騒ぎ立てて面倒な事この上なかっただろう。三人とかじゃなくて良かったぜ、そしたら必ずと言って良いほど俺が弾かれるし。

 スーツケースを部屋の隅に転がし、ベッドの上へと勢いよくダイブする。

 ボフンッ、といい音を立てて白いスーツが凹んだ。同時に手を離したスーツケースが勢い余ったのか、何かにぶつかったらしくガチンと音を立てた。

 

「あー気持ちいいな。中々良い感触だ」

 

 普段は布団なので、ベッドなんて修学旅行以来だ。

 深く沈む柔らかな素材に、俺の身体の重荷もゆっくりと外れていくのが感じられる。

 

「……っと、トイレトイレっと」

 

 ふと尿意を催したのでベッドから起き上がり、入り口近くにあったトイレ兼風呂場の入り口らしきドアへと向かう。とは言っても先生の話を聞いた限りではシャワーしかないみたいだが。

 まあ元々そんなに湯に浸かるような性格でもないし、いいんだけどさ。

 ここじゃストレスが溜まりそうだし、そのうち浸かりたくなるかな。

 

「えーと……」

 

 目の前に立った瞬間にドアがスライドして開く。すると、その中から突然白い煙がぶわっと立ちこめてきた。なんだ一体?

 僅かな湿り気が肌をつくのを感じる。……もしかしてシャワーか?

 ってことは織斑の奴、先に来てもう身体を流していたのか?くそ、さすがにそこまでは予想できなかった。ならば窓際のベッドは譲ってやらねばならないなぁ。ちっ、密かに楽しみにしていたのに。

 俺がそんな感じで脳内で織斑を数回殴っていると、突然煙の奥から声が聞こえて来た。

 しかしその声は、俺の予想の遥か遠くを突っ走っていた。

 

「あれ、同室の人かな?ごめん、お先にシャワー使っちゃったけど……今出るから、ちょっと待っててね」

 

 ――はい?

 

「よいしょっと。はい、もういいよ――」

 

 やがて煙が晴れていく。――その先にいたのは、織斑ではなかった。

 普段髪留めで左右を止めており、それぐらいしか特徴がない委員長。それが中学時代の同級生なら彼女について知っている、大体の情報である。付け加えて俺が言うなら、真面目で誠実でしっかりとした性格が今時の女子に比べれば非常にまともなことだろうか。

 そんなクラスメイトが、裸にタオル一枚を巻いただけの姿で、隣に立っていた。

 

『……え……?』

 

 俺達は互いに硬直したまま、顔を互いに見合わせ、一言。

 

「――ゆ、結城くん?なんで?」

「鷹月、お前か……?」

 

 ――とりあえず俺は直ぐに身を翻し、急ぎそこから出た。

 

 

 

 

「……とりあえず、なんだ、すまなかった」

「え、ええ、そうね……」

 

 以上。俺の高校生生活、ここで終了である――わけはない。ない、のだが。

 俺としては彼女の湯上がりの身体を薄布一枚あったとはいえ、見てしまったわけで。

 彼女としては知り合いの男子に風呂上がりの熱を持った身体を見られたわけで。

 その数瞬前の光景が、話を何とか続けようとするたびに頭の隅を過ぎり、言葉を紡がせない。

 結論、何も話が進まない。

 ただひたすらに沈黙の二文字が互いの間を漂う。

 しばらくそのままでいると、やがて勇気を振り絞ったのか、彼女の方から話しかけてきた。

 

「えーと。それで、なんで結城くんがここにいるのかな?」

「……ほらよ」

 

 彼女の腰掛けたベッドのところに、先ほど山田先生から貰った鍵を投げる。鍵はチャリンと音を立て、一度バウンドして彼女の太ももの横辺りに落ちた。

 そこに付いているタグには、確かにこの部屋の番号が書かれている。

 

「山田先生からこれからの部屋だって、その鍵を貰ったんだよ」

 

 彼女は信じられないようなものを見る目で俺の鍵を広い、タグの数字を数回眺める。

 挙げ句には彼女自身のポケットに入っていた鍵と見比べ始める始末で、ついでに俺の顔もじろじろと見てくる。さすがに、そう簡単に信じられるわけはないだろう。突然風呂場で異性と出くわすなんてハプニングがあれば、更に疑心が深まること間違いなしだ。

 

「……本当みたいね」

「いやここで嘘をつく必要もないんだけど……なんで本当だって断言できるんだよ」

「結城くん、いつも(・・・)捻くれたことばっかり言うけど、嘘は言わないじゃん」

「うぐっ……」

 

 そう――『いつも』。

 その三文字を言ったからには、彼女と俺は、少なくとも互いをある程度知り合っている関係にある。正確に言えば彼女は、俺と同じ中学校だったのだ。その上三年間同じクラスともなれば、いくら片方がボッチと言っても、知り合いとも呼べる立場にはなる。

 片や常に成績トップで三年間常に委員長を勤め上げ、周囲の人付き合いなどもこなすまさに完璧系少女。

 片や碌に友達づきあいもせず読書や授業ほったらかしでの図書看篭もりなどを散々やらかした問題児系男子。

 一見関係のない俺達だが、彼女は何故かイベントとの度に俺をクラスに溶け込まそうと積極的に話しかけてきた。当然彼女は見た目も中身も美少女なだけあって、イケメンだったらガン無視するのだが、それをするわけにもいかない。そのためちょくちょく言葉を交わす間柄になっていたのだ。中途半端なボッチだな俺。

 

「捻くれたとか言うなよ。別に間違ったことは言ってないつもりだ」

「言わなくて良いこともよく言うけどね。一度しーちゃんと喧嘩したときなんか、完全に彼女を泣かしたじゃない」

「そりゃ仕方無いだろ。典型的な女尊男卑の奴に手加減なんてしたらさらにのし上がるだけだろ。元々騒がしかったし」

「かといって徹底的に叩くのも問題だけど……まあそのことはいいかな?――それより、結城君が同居するのも本当なら、どうしようか」

「ああ。……知らない上に碌でもない女子だったら遠慮することもなかったんだが。鷹月ならそうでもないしな、嫌だったら俺は出て行くぞ?やっぱり俺も男女の同棲は問題あると思うし、山田先生とかに言えば何とかなるだろ。最悪、どこか寝られそうな所を見つけて寝るからよ」

 

 さすがに俺に取っても目の毒だ。

 知らない女子ならこれからも知らないようにすれば魅力も何も感じないが、鷹月はこんな俺にも積極的に話しかけてきてくれたこともあって、周囲の女子とはまた違う存在なのだ。知り合い以上友人未満、と言った所だろう。

 そんなのと一緒に、一ヶ月近くも同棲するなんてさすがに死ぬぞ。

 ――それに、鷹月だって知り合いだろうと男子と暮らすなんて嫌だろう。

 そんな事を言った俺に、彼女は顔を若干赤くし、横に目を反らしながら口を開く。

 

「……いいわよ」

 

 はい?

 思わず彼女の顔を覗き込む。正気か、コイツ。

 ついさっきどう考えても守るべき線を踏み外したばかりの俺と住んで良いなんて……。

 

「確かにあれはちょっと許せないけど。別に結城くんはそう簡単に手を出したりしないって分かってるし、何も知らない人よりは気が許せるからね。むしろ歓迎かもしれないわ」

「……マジか?」

 

 思わず訪ね返す俺に、彼女は小さく首を縦に振った。

 

「それに、別にずっとここにいるってわけでもないんでしょう?」

「あ、ああ。一ヶ月後には個室の方に移る予定だったはずだけど」

「なら、それまでだし。いいんじゃない?……それとも結城くんは私とじゃ嫌、かな?」

 

 ……別に嫌では、ない。

 その空気を読み取ったのか、鷹月は小さく笑って頷いた。

 

「じゃ、決まりだね。これから一ヶ月間よろしく、結城くん」

 

 その僅かに戸惑いながらも純粋な好意で差し出された手に、俺も自然と手を出す。

 

「……ああ。よろしくな、鷹月」

 

 互いに交わした握手は俺に取って、この学園に来て素直な気持ちで差し出せた最初の一手だったと思う。

 

 

 




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