瞬刻の大空 ―Wing of the moment―   作:七海香波

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第四話 専用機は再誕の疾風へ

 日付が変わり、IS学園二日目の朝。

 枕元にセットした携帯のアラームが鳴るより、僅かばかり早くに目が覚める。画面をつけて時刻を確認してみると、現在五時三十分。空はまだ薄暗く、幽かに日の光が伸び始めているのが窓から見えた。

 

「――朝、か」

 

 とりあえず横で寝ている鷹月を見ないようにして起き上がり、俺は昨日のうちに準備していたポットの湯で目覚まし代わりのコーヒーを淹れ始めた。

 ふと彼女の方に目をやれば、小さく、規則正しい呼吸をする彼女の顔がある。普段と違って無防備なその顔は、艶やかさ、派手さを取り払ったシンプルな可愛さが感じられる。

 その光景は思春期の男子にとって、十分に目の毒だ。

 しかし、変な気を起こせばその後の人生は終了、というところが現実である。

 綺麗な花には触れるべからず、見るべからず。甘いものに手は届かない。

 

 口に含んだコーヒーの苦みが、俺に現実を刻み込んだ。

 

 

 ■

 

 

『ねぇ、結城くん。今日の朝ご飯、何にしよっか?』

『別に何でもいいんじゃないか』

『そう?だったら和食にしない?楽しみだねー』

 

 ――なんて、鷹月と話しながら食堂に向かうわけもなく。

 俺は一人普通に、上着を部屋に置いたままIS学園のズボンとワイシャツで一年生用の食堂へと向かっていた。俺の青春ラブコメは間違ってるどころかそもそも存在しない。

 無視するにしても女子からの視線は出来るだけない方が良いと思ったので朝早くから朝食を取りに向かっているのだが……。さすがエリート校。偏差値七十超えは伊達じゃなかった。

 朝五時半だというのに、普通にそこらにちらほらと先輩方の姿が見える。

 一応ここは一年生寮なので、知り合いの後輩に会いに来たりしているのかもしれない。……などと推測を建ててみるものの、そのほとんどがこちらに向けて殺意だったり興味だったりを含めた視線を送ってくる。

 ちょっとそちらに顔を向けてみれば、即座に顔をそらされた。

 

「あれがもう一人の男性?……なんか、覇気っていうか、やる気なさそうだよねー」

「リアルで目が前髪に隠れかけてるって、正直ないわー、というかキモイわ」

「それに一体なんなのよ?千冬様の弟なら当たり前だけど、男が私達のISを使うなんて」

 

 全部聞こえてるからな先輩方。

 ほとんど本当の事だから、否定する気にもなれないのだけれど。

 正直こんな所でやる気もないし、ハーレム作る気もない。そろそろ髪を切ろうとしていたタイミングで政府に拉致されたから髪も男にしては長い。……さすがにインフィニット・ストラトスが女専用のものだというのは否定するが。

 男だって装備の発注や機体整備なんかで十分関わってるんだよ馬鹿め。それにお前らの遺伝子の半分は父親からだからな。小学校から保健体育もう一回やり直してこいよ。

 実際に口に出す気にもなれないので心の中でそう呟きイライラを解消する。さすがになんも考えずに無視できるか。頭の中で八つ当たりするぐらいは許してくれよ、先輩。

 

 ……しかし眠いな。思わず欠伸が出る。

 昨日鷹月が一緒に朝食に行こうとか言っていたので、それを避けるためにわざわざ朝早くに起きたから眠い。隣に女子がいるってだけで中々寝付けなかったし。意外と緊張するな、こういうのって。なんでギャルゲの主人公なんかはこんな状況で鈍感でいられるんだろ。

 そんなどうでも良いことをグダグダ考えていると、そろそろ食堂が近くなってきたのか、美味そうな匂いが届いてくる。あー、腹減ったなぁ。

 

「ちょっと、そこの男子」

 

 今日は何を食べようかね。

 昨日の昼食はラーメン、夕食は和食セット。……中華和食と来たら、洋食か?

 サラダとパンとスクランブルエッグにベーコン、牛乳かジュースと言ったような朝食が頭に思い浮かぶ。若干物足りない気もするが、男子って事で大盛りにしてくれないかな。

 

「ねぇ、アンタ!!聞こえてるんでしょ!?」

 

 何にしろ、昨日の経験からして超絶に美味いことは間違いない。

 その美味さを思い出したからか、腹が更に減るような感触が俺を襲う。

 

「もう、いい加減にしなさいよ!さっさとこっちへ来なさい!」

 

 次の角を曲がれば食堂だ。

 俺は期待に胸……というより腹を膨らませつつ、少し足の速度を速めた。

 

 食堂に着いてすぐに券売機で食券を買い、受付をしている昨日と同じおばちゃんに食券を渡す。

 

「おはようねぇ、結城くん。今日も多めでいいかい?」

「はい、是非お願いします。ホント、女子の量じゃ足りないんで……」

 

 苦笑いと共に差し出されたお盆には、大体俺が予測したとおりのメニューが顔を揃えていた。

 近くの人気がない一人席に座り、早速バターを乗せたトーストに齧り付く。

 あー、やっぱり昨日と同じで凄い美味い。料理漫画風に言うなら、ザクッとした表面とフワッとした中身、新鮮な甘みが感じられるバターがそこに合わさって実に素晴らしい調和を奏でている、みたいな感じだ。

 

 席につくときにふと眼に入った、食堂の入り口辺りでなんでか俺の方を睨んでいるあの先輩も、きっとこれを食べれば気持ちが静まることだろう。朝からキレるのは身体に良くないし、精神的にも良くないからな。先輩ともなれば苦労も耐えないのだろう。

 朝から後輩に八つ当たりするほどストレスが溜まるなんて、女子は女子なりに色々あるんですかね。知ったことじゃないですけど。

 

 

 

 

 さて、飯も食い終わったし、食後のコーヒーも飲み終わった。

 実に美味しい朝食だったが、誰とも言葉を交わさない朝食も初めてだ。なので、本当に美味しかったが、何とも言えない微妙な感触が心に残る。

 どうせこれから三年間、毎食こんな生活なんだろうな。

 と、憂鬱になる思考が頭を過ぎり、美味しかった食事の余韻が一気に吹き飛んだ。

 ……そろそろ部屋に戻って授業の準備でもするか。

 食器の乗ったお盆を指定場所に戻し、返却する。その際に感じた視線などは一切無視して、今日の予定を思い返す。ISの授業とかの合間の自習道具なんかも準備しておかないとな。父さんの準備のお陰で、本なんかも十分あるし。

 不満と希望をコロコロと入れ替えながら俺は食堂を立ち去る。

 

 その時。

 食堂を出た瞬間、俺の肘が何かに掴まれて一気に壁の隅にまで引っ張られた。

 ……誰だ、こんな事をするのは。

 もしかしてついにあれですか?男だからっていい気になってんじゃねぇよ畜生とか掲示板で叫んでる女尊男卑の方々が早速実力行使しようとしているのだろうか。うーん、そうだな。水でも掛けられるんだろうか。それともセクハラ紛いを強制されて訴えられるのだろうか。はたまた、一気にナイフで殺されかけるのだろうか。

 水はいいが、それ以降は勘弁して欲しい所である。

 とりあえず実行犯の顔だけは覚えておくか――そう考えて、俺は袖を掴んでいた相手の顔を見る。

 瞬間、俺は安堵すると同時に戦慄した。

 

「――ねぇ結城くん、どうして先に食堂にいっちゃったの?今日は一緒に食べようねって、昨日言ってたよね?」

 

 そこには良くある顔を歪ませた女尊男卑団体の方々の顔ではなくて、良く見慣れたはずの鷹月さんの氷の笑みがあった。

 正直予想していた馬鹿共の仕打ちより、こっちの方が数倍恐ろしい。

 悪魔さえ退ける笑みを浮かべた同級生に、乾いた笑みを浮かべるしかない俺だった。

 

「別に、あ、ああ。そうだ。忘れてただけです」

 

 幾ら知り合いでも、女子と一緒に飯なんて気まずいだけなんですけど。

 精々、鷹月に変な噂がつくのも迷惑そうだし、一緒に行くのは止めておいた方が良いだろ?それにまだ気持ちよさそうに寝てたし、起こすのも可愛そうかなと思って――そんな適当な理由を並べればいいかなと思っていたのだが、目の前の彼女がそんな言い訳を許すとは到底思えない。

 

「ふーん?」

 

 眼を反らしたら負けなので、意地でも首を動かさないように踏ん張る。

 そんな俺の瞳を、嘘は許さないよといった風に鷹月が覗き込む。……勘弁して下さい。

 なんでこんなキレてるんだ。ここまで恐ろしい微笑は、父さんにキレた母さんを見たとき以来だぞ。俺に向けられたものではないと分かっているのに、なんで女子ってああ心臓を掴むような顔を出来るのかね。恐ろしい。

 

「別にいいんだよ?うん、本当に忘れたんならね。私だってたまに友達との約束忘れちゃうときもあるんだし、さ」

「さ、さいですか」

「だから、そうだね――昼休み。今度こそ、一緒にご飯食べようね」

 

 流石にコレを断ったら後が危険そうだ。

 今後一ヶ月、まともに部屋で休める気がしない。

 こんな絶対零度の言葉を向けられては、むしろ会わなければ俺がヤバい。

 

「……分かったよ」

 

 そう答えると、一旦は彼女の怒りが収まったらしい。

 普段通りの顔で、「じゃあまたねー!」といって待たせていた友達と一緒に食堂の中へ入っていった。

 ……果たして俺は、あの氷の微笑を受けて午後も生き残れるのだろうか。

 

 俺の学園生活二日目は、まだまだ平穏にはほど遠いらしい。

 

 

 

 

 今の鷹月と顔を合わせないようにさっさと部屋で必要なモノをカバンに詰め、IS学園の真っ白な上着を着る。

 ちなみに何故かコレ、改造して構わないらしい。制服改造が校則で許可されているとは、一体どんな理由があるというのだろうか。やっぱり一部の宗教とかだったら女性は顔を隠さなければならなかったりするし、それが理由なのかもしれない。俺もこんな真っ白の制服は嫌いだし、試しに黒にしてみるかな。

 朝食に向かう私服女子の姿がちらほらと見え始める中、俺は一足先に教室へと向かう。

 誰もいない教室棟の廊下を進み、クラスのドアの前に立つ。自動ドアが勝手に横にスライドして開いたので、その中に入って自分の席につく。

 特に何もすることがないので教室の掃除でもしていると、やがて次の生徒が教室に入ってきた。あの金髪ロールである。

 

「あらあら……朝早くに教室の掃除なんて。奴隷見習いにしては殊勝な心がけですわね」

「あ、誰?「セシリア・オルコットですわ!」――ああ、昨日の自意識過剰系金髪女子か」

 

 正直、素で忘れていた。人間めんどくさそうな事は一晩で忘れる、これ基本。

 それにしても、すぐにキレる最近の若者って怖いよね。特に怒りのせいかぴょんぴょんと縦ロールを上下に跳ねさせている目の前のお嬢様(笑)とか。

 

「もう、一体なんなんですの!極東の猿とは記憶する能力もないというのですか!?」

「ウザイなお前。少し、いや一生黙ってろ」

「そこまでですの!?理不尽過ぎますわ!?」

「そういうのがやかましい、って言ってるんだよ。俺はイギリスは好きだが、お前のせいで嫌いになりそうだ。つーか昨日あれだけ言ったのになんでまだそんな言葉が吐けるのか、その神経の図太さに感動するな」

「むー!貴方、その口も良い加減になさい!猿如きが私を、強いては英国を貶すなどありえないことですわ。それに、私と話すという光栄なことに対して余りに敬意がなさすぎです!」

 

 本当、自分で言っていて恥ずかしくないのだろうかそのセリフ。

 とりあえず勢いのせいか自分に酔っているらしいオルコットを軽く鼻で笑い、俺は反論を返す。

 教室に他に女子がいれば「結城くんが女子をいじめてるぅー!」なんて噂が立って、絶賛拡大中であるオルコットの噂を塗りつぶすのだろうが、今は運良く俺達以外誰もいない。好きに言い返すとしよう。

 

「ハン、んな事はかのシャーロック・ホームズを生みだしたコナン・ドイルくらいの偉業を成し遂げてから言え。それに、たかが代表候補生の一端に敬意を払うんならお前こそ俺に敬意を払うべきだろ。世界にたった二人のISを使える男子であるこの俺の方が立場が上に決まっているだろうが。あ?」

「ぐ……」

「はっ、反論も出来ないのか?大したお嬢様(残念)だな。所詮そんなもんか。散々叫ぶくせに、反論されると急に何も言えなくなる。そんな輩はもういい加減飽きてるんだよこっちは」

「むぅ……ッ!昨日私の声を無視したときから無礼な輩だとは思っていましたが、ここまでとは――」

「あ、なんだ?今度は助けておかーさんとでも女尊男卑団体(ライミーズ)に情けなく助けを求めるのか?」

 

 口元に薄い嘲笑を作って適当に言いながら掃除を続けて行く。

 床の掃き掃除は終わったし、後は黒板……って、電子ボードか。チョークの粉の掃除とかはいらないのか。じゃ、こんなモンで終わりだな。

 手に持っていた箒とちりとりを教室の後ろのロッカーに戻す。

 

「――もういいですわ。どうせ誰からも大した教育も受けてこなかったのでしょうね」

 

 ……は?

 思いがけない一言に、箒を握っていた手が一瞬ゆるむ。

 

「この私に対してそんな歪んだ言葉しか発することが出来ないなんて、そうに決まっていますわ。哀れですわね、結城灰人」

 

 ちょっと待て。今の言葉はどうでもいいとして、一体どこからそんな楽観的な思考が出てきたんだアンタは。先ほどまで怒り一色に染まっていたかと思えば、今度は勝手に口に手を当てて笑い始める目の前の女子に、俺は怒るどころか逆に呆れるしかなかった。

 ここまで神経が図太い奴なんて、マジで人生で始めて見たぞ。

 

「まあいいですわ。せっかくですし来週の代表戦で、高貴なる者の義務として礼儀というモノも教えて差し上げますわ。ではごきげんよう」

 

 そこまで言って、彼女は自分の席へとついて静かに勉強を始めた。

 ……ホント、何だったんだアイツ?

 最終的には静かになったし、いいんだけどさ。

 

 

 ■

 

 

 ――そして今日も昨日と同じように、授業は流れるように過ぎていった。

 昼休みに鷹月にこってりと絞られた挙げ句、これからしばらく三食付き合う約束を交わされたのだが……最初に約束を破ったのはこちらなので、どうしようも無かった。まあ、自然とその内に回数を減らしていけばいいだろう。

 

 それよりも今日の残りはどうするかな。

 授業中にやりたいことはほとんど終えてしまったし、質問事項もない。

 赤く染まりかけている空を見ながら、俺は部屋に戻ろうと立ち上がる。

 

「結城はいるか」

 

 まだクラスメイトがちらほらと残っている中、織斑先生から声が掛かる。

 

「はい、なんですか?」

 

 またも色々と視線が突き刺さるが、それを無視して教卓の方へと向かう。

 

「今朝織斑には伝えたが、お前達には専用機が渡されることになった」

「……どう考えても厄介事の種ですよね、それ」

「ほう?」

 

 織斑先生はニヤリと笑って、その真意を問う。

 

「唯でさえISは少ないのに、その上どっから引っ張って来たかは知りませんがそれを使えるはずだった女子からは異論反論抗議が飛びまくるでしょう。それに変な国家だったらどさくさに紛れて人体実験されかねませんし。そんなの嫌ですよ、俺」

「前者は確かにそうだろうな。だがしかし、それは今更だろう?そういう輩に対する防護策の一つでもあると思ってくれ」

 

 確かにこんな視線が増えたところで、今更ではあるが。

 

「……分かりました。でも後者はどうなんです?」

「そこはIS学園の汎用機を一体渡すと言うことだ。日本としては織斑に専用機を与えたからデータはそこから取れば良い。他の国家は一応誘いを掛けていたが、まあ十中八九お前の予想通りだろう。望むなら奴らとの話をする場を設けても良いが、恐らく時間の無駄になるだろうな」

「そう、ですか」

「ああ。試しに私の方で数人面接をしたが、直接解体させろという奴が大半だったぞ」

「無茶苦茶すぎるでしょう、それは……」

「自分たちもISを使いたいという男性の暴走だろうな。個人の欲で人を殺せば殺人罪だが、世界のために貴い犠牲一人を生むのは大義だ。――いや、それは今はいいだろう。それよりIS学園の汎用機は知っていると思うが、打金とラファール・リヴァイブの二種類がある。既に山田君が第二アリーナで準備しているから、実際に動かしてみて好きな方を選ぶと良い」

「武装とかは勝手に変えられるんですか?」

「出来る範囲ならな。一応予算などについてはよほど武装をコロコロと変えない限りは問題は無い。いっその事自分で作るというのもあるが、それをやるには相応の知識が必要になる。まず一年生の間は無理だろうな」

 

 ですよね。

 拳銃とかを自作しても、暴発するのは目に見えている。

 

「いや、それはいいんですけど。……それよりやっぱり、一週間後のヤツって参加しなきゃダメなんですか?俺やる気も実力もないんですけど。こんな俺が参加しても邪魔になるだけですよ?それより寝ていたいんですけど」

 

 バンッ!

 ちふゆの しゅっせきぼアタック!

 きゅうしょに あたった!

 こうかは ばつぐんだ!

 いちげきひっさつ!

 ……いや、それ全部は鬼だろ。瀕死どころかホントに死ぬわ。

 

「それについては話は変わらん。必死に努力し、足掻いてみせろ。そうすれば運良く倒せるかもしれないぞ。勝負はやってみなければ分からんからな」

 

 そう言って、先生は去っていった。

 とりあえず後に残された俺は、痛む頭を抑えつつ、先生に言われたとおりにアリーナへと向かったのであった。

 

 

 

 

 第二アリーナ近くの格納庫。

 途中で会った鷹月と一緒にそこへ辿り着くと、そこには手元にタブレットを持った山田先生が二台のISの前に待ち構えていた。その巨大な胸部装甲を装備して背後に人の形をした兵器を置いた彼女はまさに色んな意味で魔王に見える。

 

「……サイテー」

「冗談だから、その冷たい眼は止めてくれ鷹月。というかなんで考えてることが分かった」

 

 流石に冗談にも限界があったか。

 

「あ、結城くん!」

「どうも山田先生。専用機が準備されてるって聞いてきたんですけど」

「はい、その通りです。……しかし、鷹月さんはどうしてここに?」

「偶然会ったので、なんとなくです」

「そうですか。では早速ですので、試して下さいね」

「はい」

 

 上着をその辺りに脱ぎ捨て、とりあえず目についた打鉄に乗り込む。

 教科書通りに背中を預けるように身体を委ねると、自働で打鉄が動き俺の手足を収納していく。同時に、俺の頭をハイパーセンサーの違和感が焼く。いきなり三百六十度の視界なんて、慣れていなければ情報量に頭が変になるだけだ。

 

「そちらからアリーナへ行けますから。あっ、今は誰もいませんので、どうぞ好きに動いてみて下さい」

 

 静かに足を持ち上げ、一歩前に踏み出す。

 突然伸びた足の感覚に一瞬倒れかけそうになるが、それを何とか耐えながら歩く。幼稚園で始めて補助輪を外して自転車に乗ったときの感覚で、バランスを試しながら歩いて行き、ゆっくりと速度を上げていく。……難しいが、出来ないことはない。

 そのままカタパルトのある通路を一気に駆け抜け、アリーナに出る時に思いっきりジャンプする。

 

『結城くん!?』

 

 山田先生がなにやら耳元で叫ぶが、そのまま俺は腰のスラスターらしきところから前方へ加速するイメージを創り出す。

 感じていた重力が消え、深い水の中に沈んだときのような無重力感が俺の耳を包む。

 そこに斜め上へと加速するジェットを取り付けて、強く加速する――!

 後方からドンッ、という衝撃。同時に俺の身体は一気に空高く跳ね上がった。

 

「ちょっ、待て、おい、ストップストップ!」

 

 俺のイメージを止めると、打鉄もなんとかスラスターを止めた。

 そこからなんとか身体の位置を微調整して、普段立っているのと同じような体勢に整える。……少しずつ出しているハズのエネルギーの調整が難しい。こんなので代表候補生と戦えるわけがないな。

 

『結城くん、大丈夫ですか?いきなり空を飛ぶなんて無茶苦茶ですよ……』

「あ、そうでしたか。すみません」

『けど、結構感覚を掴むのは上手ですね。普通は地面を転がっていくのが常識なんですが』

「そこの辺りは偶然だと思いますけど。こんな勢いで突貫したら試合じゃ負けるでしょうに」

『あ、あはは。そんな悲観的に捉えなくてもいいじゃないですか』

 

 とりあえずそのまま一通り上空で動いてみるが、やはり下手したらすぐに体勢を崩して下へ真っ逆さまだ。少しずつエネルギーを出して、格納庫へと戻る。

 打鉄を降りると同時に、強い重力の感覚が身に戻る。

 

「大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です」

 

 そのまま次のラファールへと乗り込む。

 これまた打鉄と同じようにアリーナへと走って、今度はゆっくりと空を飛んだ。

 スラスターが翼のように左右一対でついているため、打鉄とはまた違うイメージで飛んでみる。……こっちの方が動きやすそうだな。こういう感じなら良くアニメで見るし、何となく感覚も心地良い。軌道の方も汎用性がありそうだ。

 左右の肩胛骨の辺りから伸ばした翼を分けて動かしながら、地面と並行に軽くアリーナの空を一周し、その後は打金よりもいくらか滑らかな動きで元の場所へと戻る。

 リヴァイブを元の場所へと戻すと、山田先生と鷹月がこちらへと歩み寄ってきた。

 

「結城くん、それで、どうでしたか?」

「リヴァイブで。やっぱりこっちの方が動かしやすかったので、とりあえずこれが良いと思います」

「そうですか。私から見ても、リヴァイブをつけた方が結城くんの動きが良いように思いますし。それじゃあ専用機として登録しますので、結城くんは再度リヴァイブに乗って下さい。鷹月さんは準備を手伝ってくれますか?」

「はい!」

 

 もう一度リヴァイブに乗ると、二人は次々とコードを期待に繋げていく。

 完全にセットし終えた後は山田先生が手元のPCでなにやら捜査を進めていった。

 

「――これで完了、ですね。それでは一旦降りて、こちらへと来て下さい」

「分かりました」

 

 リヴァイブを降りて先生の下へ行くと、PCの画面を見せられる。

 その中には様々な小物の画像が並んでいた……ああ、待機形態か。

 

「これから結城くんにはISを常に携帯して貰います。それで、普段身につけておくためにこのような待機形態に変化させておくのですが……どれがいいでしょう?」

 

 試しに全体を流し見てみるとイヤリングや指輪、腕輪と言った小物がほとんどを占めている。

 下の方にスライドしていくほどに、籠手や小刀などまでが映し出されてくる。……なんでゴルフクラブまで有るんだよ。このリスト、何処まで想定して作ったんだ?

 

「基本的にはイヤリングやネックレス、指輪なんかですかね。リストバンドなどもあり得ます。ちなみに織斑くんの専用機は、待機形態は籠手だと聞いていますよ」

「……そういうのは遠慮しておきたいです」

「そ、そうですよね。私も籠手は何か違うと思ってたんですよ」

 

 山田先生がずぃっとこちらに顔を近づけてくる。

 ……やけに近いな。

 

「それで、結局どれにするの?」

 

 その様子を黙って見ていた鷹月が突然俺と山田先生の間に割り込んできた。

 あー、助かった。甘ったるい匂いが鼻をついて僅かに気持ち悪かったし。

 

「これとかいいんじゃない?」

 

 そう言って彼女が指したのは、つい直前に俺が馬鹿らしいと思った日本刀だった。

 

「……普段からコレを下げてたら、もう完全に危ない人扱いだろ。俺はいつから明治の人斬りになったんだ。それに刀は相応の技術がないと簡単に折れるって話は良く聞くし」

「あ、確かに。じゃあこれは?」

「だからと言って小型ナイフに切り替えるなよ……俺は軍人じゃねぇぞ」

 

 少し横を見てみると顔が笑っている辺り、流石に本気で言っているわけではないのだろう。と思いたい。……違うよな?

 

「正直そんな武器系じゃなくて、普通の小物とかにしてくれよ」

「結城くんは自分で選んでみないんですか?」

「生憎こういうのに縁のない日常で生きてきたので。というか自分のセンスに自信ないです」

「そ、そうですか。ちなみに、どんな色が好きなんですか?」

「黒」

「あ、確かに結城くんのイメージみたいですね!」

 

 それは暗に俺が暗いやつとでも言いたいのだろうか。

 恐らく天然であろう先生の言葉が、地味に俺の心を抉る。

 善意で言っているのが丸わかりなのでこちらとしても納得したような笑みを浮かべるしかない。女尊男卑とはまた違った形でやりにくい相手だ。

 

「黒ねー、……あ」

 

 鷹月が手を伸ばしてきて、一つのアイテムの画像をクリックする。

 拡大されて映ったのは、細いチェーンに繋がれた、細かな装飾が取り除かれた十字架(ロザリオ)。全体が黒に近い灰色で、光沢を消した暗銀色というのが近い。

 

「なるほど。灰人、ですもんね。好きな黒に近いイメージですし、コレはブレスレットですからIS学園の制服なら早々目立ちません。良い感じじゃないでしょうか」

「先生もそう思いますか?灰人くんって目立つの苦手そうですし、隠れそうで隠れないこの辺りが狙い目かなって思ったんですけど」

「……どれでも同じだろ」

「「違う(ます)!」」

「ハイ、済みませんでしたっ!」

 

 なんで俺が怒られるんだろう。

 一応これは俺のなのに。

 

「それじゃあこれでいいですか、結城くん?」

「はい」

「では――」

 

 先生が少しPCを弄ったかと思うと、目の前のリヴァイブが消えて一つのブレスレットとして俺の手元に現れた。咄嗟にそれを掴み取り、目立たないように左の手首にそれを巻く。

 

「うん、良い感じだと思うよ結城くん。似合ってるわ」

「そうですね」

 

 ……女子二人から見てそうなら、一応最低ラインの基準は合格しているのだろう。

 

「あ、せっかくですし何か設定の変更をしましょうか?これから一週間後までアリーナを使って武装を試していくことになりますが、気になる武装などがあれば今の内に入れ替えておくことも可能ですから。このパソコンもセットで渡しますから、ここからその打金にアクセスできますよ。あ、ついでにそれも収納可能に設定しておきますね」

 

 折りたたまれた薄いNPCを受け取る。

 それを開くと、色々な武装のリストが画像や説明文と共に映し出される。

 

「ISには収納限界もありますから、その辺りを注意して下さいね。それでは一週間後、頑張って下さい」

 

 そういって山田先生は去っていった。

 あの人もIS学園の教師なので、十分忙しいのだろう。

 

「それじゃ結城くん、せっかくだし、ちょっと早いけど夕食食べに行こっか?」

「……分かったよ」

 

 今ならまだ、俺に嫌味などを向けてくる同級生もそういないだろう。

 俺はISにパソコンを仕舞い、彼女と一緒に少し早めの夕食へと向かったのだった。

 

 

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