俺とアプリと、幼なじみ   作:ケイトラ

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思いつきです。
次回は勇回らしいので、書いてみたくなりました。
そんなに長い話には、ならない予定です。


7月22日  ~終わりの前日~

「……ん」

 

 

 その夜、俺がそれまでと同じようにベッドに横たわりうつらうつらとしていたら、身体の上に柔らかい感触を覚えた。

 触れ合っているだけでも細く、長い身体ということが分かる。

 その感触は今夜で二度目だけど、昨日に続いて慣れない。

 

 

「――あ、あぁ。翔(かける)」

 

 

 ちょっとばかりボンヤリとしていた瞳が、俺に焦点を合わせた。

 そして、作っているのがバレバレな余裕気な声を出す。

 ついでに、表情も整えようとするけど――おい、口元が震えてるぞ、お前。

 いや、俺の顔も人のことは言えないんだろうけどさ……。

 

 

「ふーん……今日は、私が、こっち、か」

「き、昨日は――俺が、そっち、だったからな」

 

 

 こっちとそっち。

 この言葉を、俺たちはこの数日間で何度交わしたんだろうか。

 それも今日で終わりだと思うと、目の前ですっとぼけようとしながらも顔を赤らめている女子に、一抹の名残惜しさを覚えたりもする。

 明日から、また「いつも通り」の生活に戻れる、というのに――

 

 

(……いつも通り)

 

 

 そこで、はたと考えてしまう。

 俺たちの「いつも」は、どっちなんだろう。

 年数から言えば、コイツとの付き合いの方が長いから――それこそ、今までこそが「いつも」だったんだろう。

 とはいえ……

 

 

「ちょ、か、翔……も、もう少し、顔のポジションを、ね」

 

 

 ついに取り繕うことが出来なくなったのか、俺の目と鼻の先でソイツは表情を崩してしまった。

 いつものことだ。事態が予想できるなら準備をしてから来るけど、ボロが出るのも早いのは。

 とはいえ、仕方のない面もある。

 そもそも、いきなり自分の身体が他人のそれと触れ合っているのなんて、仮に二桁台に至るまで繰り返しても慣れやしないだろう。

 

 

「わ、悪い……でも、昨日と同じらしいな」

「はぁ――ホント、振り回されっぱなしの数日間だったわね」

 

 

 俺もまた顔が赤らむのを感じながら返すと、目の前で彼女はプイと顔を背けた。

 長い黒髪が、俺の頬に少し触れた。

 相変わらず、トリートメントに余念がないらしく、透き通るような感触が――

 

 

「……翔。あなた、ろくなこと考えてないでしょ?」

「……あのアプリのオプション、か?」

「なわけないでしょっ!」

 

 

 ジト目の彼女に、俺は戸惑いながら返す。

 すると、口を大きく開いて、思い切り否定するのだった。

 いや、まあ――あのアプリに一番狂わされたのは、俺もそうだけど……

 

 

「もう……そうよ。あれさえなかったら、私だって」

「ストップ。さっき、もう十分……発散しただろ?」

「――そ、それは、そうだけど」

 

 

 数時間前のことを思い出しながら、俺はそう釘を刺した。

 コンビニで確認したファッション誌、巻末にある「結果」、そして――

 

 

「か、翔に、あんな姿を見られるとか……ホント、屈辱だったわ」

「それ言ったら……数日前、『これ』が始まってから、もう」

「く……」

 

 

 顔と顔の位置を出来る限り調節して、触れ合うことをなるべく避けながら、俺たちの軽口は続く。

 とはいっても、頬と頬が触れ合って、ふとしたことで互いの肌を感じることになるのは避けられないから、そこら辺は妥協点だった……正直、キツい。

 この数日間、理性が飛ばないでいられたことに感謝した。

 

 

(……そっか)

 

 

「そ、それは、翔に見せたら、からかわれるって――」なんて言いながら焦る彼女の横顔を、俺は見つめる。

 長い黒髪、赤らんだ頬、メイクとかも外してスッピンのはずなのに整った顔立ち――

「さすが読者モデル……」と感嘆するより先に、胸にこみ上げる気持ちがあった。

 

 

(――残り、三分か)

 

 

 チラッと時計を確認し、この「現象」が終わるまでの時間を確認する。

 ついでに、枕元に置いてあったスマホを見て、思い出すメッセージ――

 

 

 ――いいですか? 最後の夜に「あれ」をすれば……――

 

 

「……ちょ、ちょっと、翔」

「どうかしたか?」

「――ヘンなこと、考えてないでしょうね?」

 

 

 

 鋭いヤツだった。

 スマホから目線を再び彼女に持っていったら、ジト目で追及してくる。

 

 

(――こういうジト目も)

 

 

 そういえば、いつもはからかう調子でしかやって来なかったっけ。

 口元に笑みを浮かべながら、相手を小馬鹿にする調子でちょっとだけジト目をしてきた彼女。

 それが今では、頬を染め上げながら口元を震わせて見るからに恥ずかしそうにしながら、そうしてくるようになっていた。

 

 

 ――この数日間のことは――

 

 

 思い出される、あのメッセージ。

 目の前の彼女と、それまでの彼女。

 いつも調子を狂わせるような表情だったコイツと、今目の前で感情を露わにしているコイツ。

 幼なじみ兼読者モデル、撮影会、選考……。

 

 

「……まあ、翔がヘンなこと考えるのは今に始まったことでもないけどね」

「そうだな――ところで、後二分だぞ」

「ん、ああ、そっか……はぁ。やっと、今日でおしまいなのね」

 

 

 目の前で、万感の思いを込めて溜息をつく。

 その表情は安心感が八割くらい占めているように思った。

 ……付き合いの長さで、残り二割の感情も、何となく分かる。

 

 

(――ほんの少しの)

 

 

 寂しさ、なのかもしれない、と。

 

 

 

「……勇」

「な、なによ?」

 

 

 そこで「現象」が起きてから、初めて名前を呼んだ。

 ドギマギとした様子を隠さない彼女に、もはや数日前の面影は殆どない。

「これ」が起こるまでの余裕綽々とした、どこかポーカーフェイス染みた表情。

 

 

 ……あのメッセージを、どこまで信じられるのか、それは分からない。

 ただ、思った。今のままの勇を、もっと見てみたい、と。

 

 

「――いい、か?」

「……あ」

 

 

 真正面から見つめて、ほんの少しだけ口唇を上げる。

 俺を凝視する勇の頭から湯気が立ち上るのが見えるようだった。

 

 

「さっき、あそこで言ったよな?」

「あ、あれは、忘れてって……」

「ごめん。さすがに無理だって、それは」

 

 

 きまり悪そうに横に目を逸らす勇に、俺は続ける。

 

 

「――この数日で、どれだけ俺がお前に困らされたと思ってるんだ?」

「その言葉、そっくりそのまま翔にお返しするわよ?」

 

 

 そう言ったら、再び正面に顔を戻し、勇が俺を睨みつけてきた。

 俺も一応、それに乗っかる形で、見つめる。

 

 

 残り一分。

 お互いに睨み合うこと数秒。

 デジタル表示の時計を見る。残り五十秒、四十五秒、四十秒……。

 

 

「――それじゃ、一つ約束」

 

 

 ボソッとした調子で、勇が声を震わせながら言う。

「な、なんだ?」と、やっぱり焦りながら、俺が返すと、

 

 

「……め、目をつぶることっ! い、以上!」

 

 

 と言うや否や、勇は目をギュッと閉じた。

 少しばかり呆気に取られた後で、俺も彼女に従うことにした。

 からかって目を開けたままでいるつもりはなかった。

 目をつぶった時の、もう数日前とは別人のように子どもっぽく見える勇に、何とも言えない感情が湧き起こってきていた。

 

 

 チラ見する。残り十五秒。

 ふむ……いくか。

 

 

「ま、まだなの? は、早くしてよ? す、するなら……」

 

 

 言葉に呂律がまともに回っていない。

 どうやら、口調をコントロールする気も、全て失くしたらしい。

 無理もない。きっと、俺も――

 

 

「……い、いくぞ、勇」

 

 

 勇からしたら、笑ってしまうくらいに声が震えてただろうから。

 

 

 残り十秒――

 静寂が包み込む中、勇の朱色の口唇の位置を確認してから、俺は少しだけ思い返してしまう。

 思い出したのは、ほんの一瞬だけだったけど、本当にギュッと凝縮されたような感覚のまま、この数日間の光景を――

 

 

 

 ――ね? 二人とも……このアプリ、知ってる?――

 

 

 全ては、コイツの友達兼俺のクラスメイトから始まったんだなぁ、ということから――




時系列で言えば、クライマックスです。
思いついた場面から書いていく所もあるので、色々と破綻があるかも……ご容赦を。
あと、久世橋先生の話の続きは、もう少々お待ちを……すみません。
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