日が傾いてさっきまで緑色だった斜面は真っ赤に染め上がっている。もう夕方だ。あいにく時計は持ってきていないから時間はサッパリで、大体の時刻しかわからない。5時くらいだろうか。
もう3時間ほど吹き続けたホルンをグルグルと回して溜まった唾を抜きやすい位置に移動させ、ウォーターキイを押し息を吹き込んだ。おじい様が買ってくれたホルンはかなり長いこと使ってもつば抜きなしに吹ける代物だった。そのせいかウォーターキイから出たつばの量はかなりのものだった。この調子じゃきっと抜き差し菅のほうのつばもかなり多いだろう。
そう思いながら、ホルンを縦向けにして抜き差し菅が下になるようにした。その状態を保ったまま二つ並んだ抜き差し菅を引っ張り抜き、つばを抜く。手入れの時にも引き抜くのだがその時よりはるかに重たい。かなり溜まってるらしい。中に水を少し流し込んだ時のようにつばが流れ落ちた。このホルンの構造と製作中の場面を知りたいものだ。
手前の抜き差し菅を再度入れ直し、次に真ん中の抜き差し菅を引き抜き、つばを流し捨てた。やっぱりかなり溜まっている。引き抜いたあとの口からもポタポタと少し滴っていた。帰ったら手入れをするときにしっかり拭いておかなくては、ヘタをすれば跡がついて見た目が悪くなったり、サビがつくことがあるから気をつけなければならない。これを初心者や素人が見たら中は大丈夫なのか?というかもしれない。中は外よりもサビや水分に対する耐性が高いから心配はない。しかし塩水をかけたりするのは絶対やめたほうがいい。サビが進行しやすくなってしまうからだ。
中の耐性が強いならつば抜きはなんなのだ?と思うかもしれない。1つは息と音の通り道と振動場の確保だ。水が溜まった状態では水に振動が響いて、直接菅が振動しなかったり、つばが溜まることによって人間が振動を作るために流している空気が途中でひっかかり水を押し出そうとして「ボッボッ」と変な音を立ててしまう。2つは中の耐性が強いと言ってもさすがにたくさんたくさん溜まっていれば、そこに雑菌が溜まったりもするし、なにより耐性を早くに削り取られてしまう。意味がわからないと思うが、要は中の構造も最終的には水分と触れる時間は短い方が良いということだ。だが、つばを抜けば完全に水分と遮断できたことにはならない。嫌でも何%かは残るし、さっきのとおりホルンの抜き差し菅を支える口からもいまだにつばが滴っている。だからこれ自体は仕方がないのだ。まぁ、もう少し工夫しようとするなら、抜き差し菅を抜いた状態で息を一気に吹き込めば大体は外に出てくる。
灼らのホルンはナチョラルホルンに変わるとおり、周りをぐるっと菅が囲い、その円の中に1~4番の抜き差し菅・・・全部で12本の抜き差し菅とその一番下から、主管の円形の囲いから突き出るように2本の主管調節菅が伸びている。なぜ2本もあるかはわからないが、そのうちの1本は伸びる箇所がたくさんある。変わった形だ。おそらく何段階にもおよんで調節ができるようにとなっているのかもしれない。しかも主管のつばを抜くときに一番たまりやすい部分にウォーターキイもついている。
一番ベルに近い部分の抜き差し菅を抜きつばを捨て、差し込んだ。そのまま主管抜き差し菅のウォーターキイを押し息を吹き込んだ。最初に押したウォーターキイはベルに続く主管の途中についているもので、主管抜き差し菅のウォーターキイとは別物だ。
とりあえずつば抜きは終わった。少し時間がかかったがいつも通りだ。あとはベルから少々たれているつばを拭き分解して葉子の下に帰るまでだ。今日は何の食事をつくろうか、もし葉子が元気そうだったら近くのお寿司屋さんにでも行こうか。どちらにしろおじい様は今日は遅くなるようだし大丈夫だろう。
そう思いながらデタッチャブルにはまったベルを左手でまた固定し、力を入れてグルグル回した。「ズリズリ」という音は最初聞いたときは大丈夫か?これ・・・と不安になったが、もう慣れた。「カポン」と変な音を立ててベルが外れた。先に本体をシャイニーに入れ、シャイニーの蓋の裏側の取っ手を引いた。平たい支えの下にはシャイニーを山のような形にさせるくぼみがある。そこにベルをいい感じに入れ、取っ手のマジックテープと蓋の裏側のマジックテープにつなぎ合わせた。最後に本体をマジックテープで固定し、チューナーと使った譜面模様のクロスを入れ、シャイニーケースを閉じた。
赤い色に塗変わった斜面の上に立ち、昼に買った栄養ドリンクとスポーツドリンクの残骸を袋に入れた。そしてシャイニーケースを持ち上げ帰路についたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
目が覚めるとカーテンからの赤い光が眩しかった。もう夕方だ。目をつぶるまで手にあった感触をまだちゃんと左手は覚えてる。灼はどこにいったのだろうか。
朝まであった苦しさと気持ち悪さは今はほとんどない。灼が作ってくれた食事のおかげだろうか。できたら今すぐにでも灼の顔が見たい。なぜか一人じゃ不安と孤独感にさらされてしまって、とても怖い。
まだ微妙に寒気が残る体をどうにか起こし、ベッドを降りた。半日以上眠り続けたせいで足取りがおぼつかず、そのまままたベッドに腰を下ろしてしまった。
もう一度どうにか立ち上がり、カフェへのドアを開けた。階段はゆったりしているけど、手すりに掴まっていないと転げ落ちてしまいそうだ。
「トッ・・・トッ・・・・」と家に自分しかいないように、足音が反響し少し不安になる。まだ熱の影響が残っているのか。
カフェに降りると、誰もいない。いつもならおじい様がグラスを磨いているはずなのだが、お出かけに行ってしまっているのか。そのまま簾を潜ってリビングへ行った。小さな机の上に書置きと千円札が2枚置いてある。どうやら今日は遅くなるのだろう。といことは今この家には自分一人だけということだ。灼は、ホルンが置いてなかったから私に気を使って外で練習しているのだろう。早く帰ってきてくれないかな。
「ケホッケホッ・・・ふぅ」
まだ少し跡残りがあるように咳が出た。もう少し寝ていたほうがよかったかな。
そう思いながら薄暗くなった部屋の電気をつけた。真っ白な光が一瞬で部屋のなかを照らす。その瞬間だった。
「ガチャ」と家の玄関の鍵が開く音がした。誰か帰ってきたようだ。
おぼつかぬ足取りはそのままに玄関への廊下に出て、帰宅者の姿を伺った。
「カパァ」とドアが開き姿を見せたのは、白いワンピースと麦わらの帽子を被って、黒いケースを背負った髪の長い少女。灼だ。
灼は私の姿を見た瞬間ニッコリと笑って「ただいま」と言った。私もちゃんと「おかえり」と言う。普通のやり取りだ。私は灼に駆け寄ろうと歩き出したが、途中で足が絡まって倒れそうになった。
灼がいつそこにいたのかというスピードで私の体を支えてくれる。不意に鼻をつく甘い匂いがそこに灼がいると分からしめてくれる。無意識のうちに少し嬉しさを感じてしまう。
「ふふ、葉子、寝すぎだね。足がちゃんと動いてないよ。でも元気になったみたいで良かったよ」
灼は私の体を正面から支えながらそう言ってくる。そういう私はまた灼の胸に顔を埋める感じの体制になってしまっている。
「灼のおかげだよ。本当にありがと・・・ケホッ・・・」
灼を支えにしながら立ち直してそう返した。
「葉子、元気そうだしお寿司屋さん行かない?もし私のご飯が食べたいなら作ってあげるけどどうする?」
灼が大抵こうやって選択しを出すときは前者が正解だ。
「どうせ私が元気ならお寿司屋さんに連れて行こうって思ってたんでしょ?灼の気持ちの赴くままでいいよ」
灼は笑顔になって言った。
「ふふ、バレちゃった?じゃ、お寿司屋さん行こう!ほら、早く着替えて!」
そう言って灼は私の手を引っ張って二階に戻ろうとした。またしても私はよろめき前に倒れそうになったが灼は咄嗟に振り返り、私の上半身を左手で押し、右手を足下に回してきた。まさかと思って抵抗したが、寝起きなため力が入らずなすがままにされて、抱えられてしまった。
「葉子軽ーい」
右に灼のニコニコした顔がある。シャイニーを背負ってるのに重たいなんていう感情は全く顔にない。そんなに私は軽いのか・・・。しかしこの体制はとても恥ずかしい。灼の肩に手を置いて少しの支えとしながら、ちょっとだけ言葉で抵抗してみる。
「や、灼恥ずかしいから下ろしてよ・・・」
「どうせこの家には私と葉子しかいないよ?恥ずかしがる必要なんてない。ふふ、でも葉子やっぱり軽すぎない?比率に合わない発泡スチロールみたい」
適当に返しながら灼は勝手に歩き始めてカフェから階段を登り始めた。私が降りてくる時よりも軽快に上がる様は本当に少女なのかと思わせる。
昔からそうだ。始めて会った時から四六時中走り回っても疲れた顔は病気の時にしか見たことがない。私とは全く逆の体質と性格だ。いつも陽気で自信があって、自己中でそれなのに他人想いのお人好し・・・まだ普及したばかりのコンピュータを使って調べたことがある男性が求める女性像というものに当てはまる性格だ。ただ違うのは陽気の中にしっかりとした道徳と彼女自身の善悪判断能力があるところか。まだ私と同じ中学1年生なのに考えられない思考を持っていると私自身思う。
「葉子?どうしたの?またボーッとしてる。あ、もしかしてまだしんどい?」
気づけば部屋の入口にいて、私はただ灼の顔に見とれてしまっていた。そんな私に灼はそんな言葉を投げかけていた。
「え?ああ・・・なんでもないよ」
「そう?じゃあ早く行こう!」
灼は私の体を下ろすと、背負っていたシャイニーケースもおろして、ベッドの下からハードケースを引っ張りだした。ホルンの入れ替えだけしてしまうのだろう。
私は着ているパジャマを脱いで、クローゼットからお気に入りのシャツと大きめのスカートを取り出した。シャツは黒く両肩から白いラインが下に降りている。スカートは黒いロングスカートで灼達がこの間選んでくれたものだ。
そして掛けてある薄着を上から羽織る感じに着れば、少し大人っぽい女の子ができる・・・気がする。大人っぽいっていう表現が灼と水菜のものだから私は確信できない。でも灼がそういうのだからきっとそうなのだろう。
「葉子、用意できた?」
「うん」
「よし、行こう!早く行こう!」
灼は相当行きたかったらしい。さっきから何度も急かされている気がする。
すでにホルンは片付けたらしい、右肩に可愛らしいいつものハートと音符模様の肩掛けカバンを持って私の手を取り引いてきた。やっぱり行きたかったらしい、手のひらから少し高めの体温を感じ取れたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
寿司屋はわりと近所にあるお店で、もう60年以上も営業をしているところだ。ちなみに夕紅島市に引っ越してきた時に、初めて言った外食店でもある。それからは時折二人で食べに行ってたから、まぁ行きつけの店だ。
”すし”ののれんを潜れば、カウンター席がキッチンをグルッと囲むようになっていて、店の中心・・・キッチンの中に巨大な水槽がある。中にはまだ生き生きと泳ぐたくさんの魚が見える。残念なことに私は魚には詳しくない。マグロとかシャケ程度しかわからない。
「お、最近見なかったお嬢様二名のご入店だな」
店の入口から真正面に見えるキッチンに、寿司屋のエプロン?格好をした女性がそう言った。綺麗な長い銀髪と透き通るようなエメラルドのような瞳は外国人の遺伝の証、すらりとした体型はまさにモデルのようだが、あいにく彼女は魚を触って捌く人間だ。
「優姐さん、久しぶりだね!今日はおじい様がいないから来てあげたよ!」
灼がそう言って手を振ると、優は「そうかい」と言って手元の細長い包丁を持ってニコッとしてみせた。葉子も軽く頭を下げて挨拶だけはしておいた。
「で?今日は何を食べていってくれるんだい?ちょうどあげた魚が今ないから、あげたてのピチピチの魚をさばいてやれるぞ?」
灼と葉子が席に着くのを見ながら優は言って、一旦包丁をシンクに置いて水槽から魚を出すための網を持った。網は小さいながらもしっかりしていて、もう何年も前から使ってるのを見ているが、ほつれはどこにも見当たらない。
「葉子、何するぅー?」
灼は手にメニューの紙を持って体を寄せてきた。この寿司屋のメニューは基本1000円あればお腹いっぱいになるメニューで、お昼と晩御飯はここで済ます人が多い。人気メニューもあるらしいが、私の好みのセットじゃない。
「灼は何にするの?」
私はサーモンが好きだから、サーモンのネタが多いメニューを頼むのだが、灼は決まって好きなメニューを決めることもなく適当な物を頼むから、たまには私も灼に便乗してみたい。
灼は少し考える素振りをして、すぐに決めたらしく顔をこっちに向けた。
「あたしはこの詰め合わせセットにする」
それは刺身を調理する人がオススメで揃えてくれるメニューで、寿司屋に来たけど何を食べていいかわからないとか、たまには知らないメニューが出てきたのを食べてみてもいいかなっと思う人のためにこの寿司屋が出したメニューだ。
好きではないネタを出されるのはあまり嬉しくないが、たまにはいいだろう。灼に便乗することにした。
「じゃあ私もそれー」
「お?葉子ちゃん珍しいな。いつもなら好きなサーモン系のメニューしか頼まないくせに、もしかしてもう大人になっちゃったのか?年が経つのは早いねぇ。お姐さん悲しくなっちゃうよ」
優は笑いながら言って、「ご注文は決まったね」と言い、小さい台座に足を乗せて水槽に網を入れた。結構大きい魚を器用にすくいあげ、魚をキッチンの上に置いて調理を始めた。
少し気になったが、生きた生き物に包丁を入れる瞬間は見たくないので、灼とお話して待つことにした。
「灼、今日はどうだった?ホルンの練習」
「ん?ああ、今日はね。ホルンの練習自体は全然好調だったんだけど、少しあたしの音感がズレていたみたい。Fの音が少し高かったよ」
音感がズレていると、もしパートのトップになったときなどにとても困ってしまう。だから、ズレてないのが良いのだがまだ始めて4年で簡単に身につくような正確な音感などない。ゆっくりとパソコンのプログラムのような微調整を加えながら確立する必要がある。ちなみに天才は別だ。
「そうか。帰ったらちょっと音の聞き取りだけ練習する?」
私よりも音楽という文学の面で優れている灼だ。こんな事言わなくても勝手に一人でやってしまうだろう。灼のように必死になれる性格はとても私にとって羨ましい。だから、私はたまに練習などの話をふって自分も一緒に便乗するようにして、少しでも練習できるようにしている。一人だとなんというかやる気が出ないからだ。
「うん、やるぅー」
ぶりっ子ぶるように言うと、なにか気づいたように「あ」と言って言葉を続けた。
「葉子、お風呂どうする?一人で入れる?」
おそらく私が熱で寝込んでいたために、のぼせてしまわないかという心配をしてくれているのだろう。大丈夫と言いたいところだが、”ダーメ”と言って結局は一緒に入ることになるだろう。素直に言ってみるか。
「一緒に入って・・・くれる?」
わざと少し上目遣いに見て、少し戸惑うように言ってやった。
灼は一瞬固まった瞬間に「わ、わかった」と言って、目をそらしてしまった。こんな返し方をしたのは初めてで、まさかこんな反応をしてくれるとは思わなかった。
「葉子ちゃん、どこでそんな返し方覚えてきたんだい?お姐さんさらに悲しくなってきたよ。去年まで言葉遣いもアマちゃんだった子が、一年でこんなに変わってしまって」
優は泣き真似をしながら、できた下駄のような皿?を二つ私達の前においてくれた。上にはたくさんの種類の寿司が乗っている。マグロにサーモンにエビに穴子に卵にはまちにと多い。私は見てるだけでお腹いっぱいになるが、灼と優姐さんとお話しながらならきっと食べれるだろう。
「今日はお姐さんからのおまけもちょっとあるから、しっかり食べておくれよ。あいにくまだ夜のお客様は来てらっしゃらないから、私はお嬢さん方の前にいるし、何かあったら言ってくれよな。あ、ちなみに最近の彼氏情報とかはなしだ。私は最近去ってきたから新しい人を探して必死なんだ」
聞いてもいないことをペラペラと話すのは優姐さんの性格で、とっても明るくて怒ってるときも怒ってるのかわからないくらいだ。通い始めたときから、彼氏とか最近のニュースとか色々なことを話してくれる。彼氏については今回で3回目だ。付き合いは長いけどしっかり行くとこまで行った話は一度も聞いたことがない。意外ととても慎重なのだ。
「またぁ?優姐さんこのお寿司屋さん継いで何年になるのぉ?早く良い人見つけないとこれから大変だよぉー?」
冗談めかして言う灼だが、意外とその心の下では心配しているのだろう。
「ふふ、私はこう見えても意外とモテるんだぞ?大丈夫さ、すぐに良い人が見つかるはずだ。ところで、お二人方は彼氏に良さそうな子は見つかったのかい?」
灼はさっそくマグロに手をつけながらその言葉に返事をする。
「いいえ、こんなあたしをリードできそうな男子は見なかったよー」
「むしろ、手中に収めそうな勢いでリードされそうな男子ばっかりだったしね・・・まぁ・・・私は見つかりそうですね」
優は大笑いして言った。
「まぁそうだな。灼ちゃんの横顔を見ながらリードできるような男性がいたら教えてほしいもんだ。葉子ちゃんはかよわい女の子だからね。きっと上手にリードしてくれる男性に会えると思うよ」
優姐さんの話を聞きながら私もマグロを口にいれた。さっき捌かれたばかりだからか、とても冷たいけどおいしい。口の中で溶けるような感覚がとてもたまらない。
「ふふ、中学生になったお嬢様方に私から良い男性の選び方を教えてあげよう」
さっきから何回も呼び方を変えられるのは、優お姐さんのクセだ。あと、恋路の話になればちょっとテンションが上がって、いつも男性の選び方を教えてくる。断って違う話題にさせるのもアレなので、私達はいつも通り聞く態度をとっておく。
「中学生の男の子はな。大体は異性と付き合うことにしか興味がないやつばっかりだ。もう成人した私の口から言うにバカばっかりだよ。今日はこの私が真剣な恋の方法についても教えてあげよう。まず一つ。恋とは何かだ。灼ちゃんなんだと思う?」
灼は卵ののりをはがして口に運びながら、優を見据えて言う。
「私にとっては、異性を好きになってしまうことだと思うけど?」
優は小さく頷き「そう」と言って言葉を続けた。
「恋は簡単に言えば、好きになることだ。じゃあ付き合うってなんだ?葉子ちゃん」
付き合ったこともない中学生なりたての雛に言ってどうするって話だ。だけど私だって恋についての知識くらいある。私なりの答えを出した。
「互いを知るための状態?みたいな?だと思う」
優は急に目を丸くして私を見てきた。
「葉子ちゃん・・・頭でも打ったのかい?なんで君はそんな答えが出せるんだい?賢いよ!」
どうやらかなり下に見られていたようだ。反論しようとしたが相手にしたら負けだ。
「まぁ、そういうことだな。葉子ちゃんの言ってくれたとおりだ。まぁこれは私の考えとも一致してるからいいとしよう。まぁ、このあと結婚するかは自由意思になるのだがな。じゃ、付き合うときに良い男性・・・とはどう言う意味か。それはだな。世の中色々あってな。女性を簡単に捨てたり、浮気出来たりする奴がいるのさ。そんな中で自分だけを見てくれる必死になってくれる男性はどんな人なのかを見分ける一つのポイントとするといい。たまに例外もあるが、まぁ聞いてくれな」
優は一息いれて話始めた。大体こういうタイミングの場合相槌などは入れなくてもいいから、私達はただ食事をしながら聞くだけだ。
「真剣になってくれる男性は本当に女性のことばかり思うことだろう。毎晩毎晩一人の女性ばかり考えて眠れない男性はとっても真剣になってくれる人だ。そんなプライバシー分かるわけないだろって思うだろ?必死になってくれる人は告白のときの言葉がとっても長くて支離滅裂だったりするし、付き合い始めてから「どこが好き?」って質問には答えを出さないのがお決まりだ。付き合いのうちで、どことなく小さいことにでも気づいてくれたり、そんなことまで・・・って思うようなめんどくさい作業までをも、熱心にこなして女性に尽くす人はとっても優しくて一途な人だ。だからこういう男性は女性に踊らされやすい。ようは騙されやすいということだな。だから良い男性というのは、私のどこを見て、どこまでして、どこまで思ってくれるかだ。こんな男性は珍しいが、きっとこの世の中一人はいる。だから、お嬢さん方は変なやつに振り回されちゃダメだぞ?カッコイイからとか親切だからとかでホイホイついて行ったら痛い目に会うから気をつけなきゃだめだぞぉー?わかったな?」
この手の話は半端じゃなく真剣に言う優だ。かなり真剣だと思わせるめつきが葉子らに向けられて、少し怖い。
「「はーい」」
しかしもう何回受けたかわからない。慣れた。
話されている最中に食べ終えた灼はお茶をすすって一服してる。それを横目に私は最後のサーモンの一口をパクっとしておく。やっぱりいつ食べても好きだ。いい感じに脂肪がついていてとっても美味しい。サーモンだけならあと何皿でもいける気がする。
「おっと、話してる間に食べ終わったのか。そろそろ夜のお客様が来られる頃合になるな。そうだ二人とも、もし銭湯行くなら無料券2枚あるのだがいるか?私はまだ仕事があるうえに、3枚もくじ引きで当ててしまって余分なんだ。もし9時頃まで待ってくれるなら、一緒に行ってあげてもいいが・・・」
優は懐から3枚のチケットを取り出し見せた。
灼に顔を向けると目があった。今日は行く予定がなかったが、せっかくの誘いを断るのもアレなので、行くことにするらしい。灼は目で”行こう”って訴えてくる。優お姐さんよりも断るのが難しい灼の提案だ。仕方ないから頷いた。
「行く!9時だね?着替え取りに帰るけどいい?」
優はにっこり微笑んで返した。
「おう!、仕事が終わったら迎えに行くから家で待っててくれ」
夜は遅くなるが、一郎と優お姐さんは知り合いだ。きっと説明すれば許してくれるだろう。
「「はーい」」
と言った。
それと同時に後ろの引き戸がガララと音を立てて開いた。新しいお客様だ。
長い事居座るのもアレなので、もう店はたつことにした。勘定は1980円程度でやっぱりいつみても良いお値段だ。
「じゃあ、姐さんまた後でね!」
そう言って灼と葉子は優に手を振って店をあとにしたのだった。