お昼頃の授業はお腹が空いて、集中力が欠けてくるものだ。お腹が小さく「グゥー」と鳴るのが、聞こえた。周りには聞こえてないのを横目で確認し、また空腹に意識を戻した。
そんなことをもう2回も繰り返している。おそらく後ろにいる葉子にはすでにバレてるかもしれない。どちらにしろこの数学の授業が終われば、お昼の時間だ。今日はじい様が作ってくれたサンドイッチがお昼なのだ。とても楽しみで仕方がない。
正面に意識を戻せば、先生は熱心に+と-の積の関係を説いていた。私にとってはすでに頭に入っているから、次の話をしてほしいと思うものだ。
周りの生徒は皆熱心に勉強している子ばっかりだ。まぁそれもそのはず、この学校で成績の悪い人ほど目立つ人はいないからだ。さすが、巨大校舎の進学校なだけある。この学校ほど大きな予算が割り振られた公立校はないだろう。
そんな退屈な考えをしているうちに、チャイムの音が鳴ってしまった。「キーンコーンカーンコーン」という誰でも想像つく伝統的な音。鐘の音に混じって、太い弦の音、コントラバスっぽいのが聞こえるやつだ。
「Oh、鳴ってしまったか。じゃあ今日の授業はこのへんで終わりだ。起立!」
先生の合図で全員立ち上がり、「礼!」の合図で頭を下げた。このあとの挨拶はない。顔を上げたら先生は立ち去ってしまうというもの。
まぁそんなことはどうでもいい。待ちに待ったお昼がついに来たのだ。さっそく席にい座りなおすなり、たくさんの具材の入ったサンドイッチケースを取り出す。夕凪カフェのマークが入ったケースは特製品で、サンドイッチ20個は入る代物だ。
ちなみに、保管がめんどくさいということで、私と葉子のサンドイッチは同じところに入っているのだ。まぁさすがに運動質な私と言えども、一人で20個はきついが。
「灼?今日はサンドイッチなんだ。自分で作ったの?」
前にいる水菜が椅子を後ろに回転させて、そう聞いてきた。基本は水菜と葉子で一つの席を囲って食べるから、必然的に真ん中に座ってる私は同じ状態になる。葉子は私から見て左側にやってくるのだ。これはもう皆定位置となってしまっている。
「違うよー。じい様が作ってくれたの。とっても美味しいんだよ?食べてみてー」
そう陽気に言って、水菜に卵とハムのサンドイッチを渡してやった。そんな水菜のお弁当はきっちりしたもので、バランス的には5:5といったところの良いものだった。
水菜はさっそくとばかりに、一口パクッと食べると、「ホントだ・・・」と目を見開いてサンドイッチに見入ってしまった。初めて来たお客さんも同じ顔をして、数分後にじい様に感謝の言葉をこぼして帰るくらいだから、相当なものなのだろう。
夕凪カフェのサンドイッチはわざとほんの少し焼いてあるのだ。薄く切ったパンを焦げ目が若干見えるくらいに焼き、トーストのようなサクサク感をほんの少しだけいれる状態にしている。あとは具の方なのだが、これといって変わったことはしていない。だから私が作った時に同じ反応をされなかったから、きっとじい様の技術的な問題なのだと思う。
そんな中、葉子は横から手を伸ばして、サンドイッチを一個持って行った。水菜に「でしょ?」と声をかけながら。
そんな和やかな雰囲気の中、右の方から声が聞こえた。
「楽しそうだね。三人方」
灼が右に目を向けると、いつからそこにいたんだと思わせるように、頬杖をついて丸い目が特徴のショートカットの女の子と髪が完全な茶色の身長の小さい子だった。ちなみに手前の頬杖の子は見た目的には身長は私より高いと見て取れる。
その二人には見覚えがしっかりとある。吹奏楽部の体験入部で一度だけ喋った子達だ。頬杖の子の名前は、鮒夏希(ふな なつき)と言い、高めのテンションを維持出来る子で、話が尽きなかったりと面白い子だ。もう片方の茶色の子は、広有 雪奈(ひろあり ゆきな)と言って、彼女の性格は基本は静かで、ふざけたりすることはないが、非常に友達思いな子だ。
「あら?なつきん、どうかしたの?」
わざと変な言葉を使って夏希に聞く。
「いやぁー。ちょっと前に灼と話した時から、面白いなーっと思って探してたんだよ。短い休み時間を全部削って隅々まで探して、ようやくこの教室だって見つけたから、今日は遊びにきたのさ」
夏希は照れるように声を出して笑いながら、小さな弁当箱を机の上に置いた。気づけば、椅子に座っているようだった。後ろにある二つの席から椅子だけなくなっている。
「あ、思い出した。コントラバスの子とパーカッションの子だ」
葉子がハッとした顔でそう言った。水菜もつられる感じで思い出したようだ。ふたり揃って同じ反応をするとは、なかなか面白いところを見れた気がする。
夏希もそんなふたりの顔を見て、「やっと気づいた。葉子ちゃんに水菜ちゃん」もちろん二人にはちゃんとちゃん付けだ。まぁ私が強制したからそうなんだけど。
夏希はそう言いながら、弁当の蓋をとると、おもむろにこんなことを聞いてきた。
「ねぇ灼、これからも私達ここに来ていい?いつも雪奈と囲んでたら、だんだん寂しくなっちゃってさ。周り大勢のグループばかりで、負けそうなんだよ。それに世間話はよくわからないから、一番話できるのここかなって思ってね。ダメかな?」
別にそんな理由がなくても、彼女達を避けたりはしない。もちろん賛成だ。
「いいよ。二人ともいいよね?」
一応聞いておくのも忘れない。まぁ答えは分かってるが。
二人共「うん」と頷き笑顔を見せてくれている。OKのサインだ。まぁどちらにしろ、必然的に彼女達とは関わることになるだろう。仲良くしてて問題はないはずだ。
「やたー、じゃあ今日からよろしくね。葉子ちゃん、水菜ちゃん、それと灼。あ、雪奈もよろしくしてね」
その呼びかけに雪奈は軽くぺこりと目をつむって、頭を下げた。初めて夏希と喋ったときも雪奈は隣で問いかけに対して、一言二言しか言わない無口な子らしい。
雪奈が顔をあげたとき、軽く微笑んでいるのが分かった。無口なわりに可愛い顔ができるなと内心思ったのは私だけではないはずだ。
横を見れば、物言いたげな葉子の目線とぶつかった。やっぱり同じことを思っているらしい。二人で頷いてその確認だけしておいた。
新しいメンバーが二人増えた。これからも長く付き合っていくだろう。
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「はーい、1組から4組はこっちねー」
保健体育の先生が呼びかけ、160名程の人数がそわそわと動く。この中学校の体育は4クラス同時の授業で、それぞれのクラスの人数に選択科目が割り当てられる。男子はサッカー、バスケ、野球、バレー、卓球、マット運動、ダンス、剣道、柔道、数は豊富だ。一方女子も負けずに、サッカー、バスケ、バレー、卓球、マット運動、新体操、ダンス、柔道がある。
一人3科目も選択できるのは嬉しい。まだ未体験な科目もしっかり体験できるから、今のうちに体験しとこうという気持ちが湧くものだ。そういう私はすでに選択は決めた。バスケとダンスと柔道だ。バスケはかっこいいと思ったのと、ダンスは音楽を聞いていると自然とやってみたくなったからだ。柔道はただたんに怪我の予防にでもなればいいかと考えているが、日本の伝統ある武道の一つなら、体験してみて嫌になることはないはずだ。とは言いつつ、私は養子にもらわれてすぐに弓道の経験がある。たった1年だったけど、集中力と礼儀はたくさん習得できた気がするのだ。
「灼、もう科目決めた?」
後ろから葉子がそう声をかけてきた。すっかり自分の世界に入ってしまっていたが、葉子の希望にそって科目選択するのも悪くないかもしれない。だから、今は嘘をつくことにした。
「まだだよ。葉子は決めたの?」
葉子を振り向けば、若干困った顔をしていた。元々運動の苦手な葉子にとっては、どの科目も苦手分野に入るのかもしれない。
「どうしたらいいかわからなくてさ。灼の選ぶ競技ならいいかなって思ってね」
葉子は目線をそらしながら、そんなことを言った。私の選択に合わせて、葉子が付いてこれなくなるのはいやだが、私がサポートできるならそれのほうがいいかもしれない。
「決めた。バスケとダンスと柔道だよ」
「わかった。じゃあ私もそれにする」
即決らしい。葉子らしいと言えばそうだが、もう少し自分でしっかり情報収集し、自分のレベルに合わせていかなければならないとも思う。
葉子と相談をしていると、前の子、水菜から小さい紙が回ってきた。女子用の科目選択用紙だ。葉子に紙を回し、すぐに記入した。
「灼ー、鉛筆貸してー」
葉子はまたしても筆記用具を忘れたようだ。どことなく抜けているのは昔からだ。もう少ししっかりしてほしいものだが、おそらく私がいることに安心しきっているのかもしれない。自信過剰かもしれないけど、葉子の助けになれればそれで良い。
「はい」
後ろ手に葉子に鉛筆を渡し、用紙回収を待った。
用紙が回収されたあとは、自由選択で科目に別れる。ちなみに今回はマット運動へ行くつもりだ。簡単な柔軟とマット上での技の練習をするのだ。大体の技は、前転、後転、開脚前転、開脚後転、伸しつ前転、伸しつ後転、後転倒立、逆立ち、側転、最後にマット一枚逆立ち歩きだ。バランスには自信があるが、さて、うまくいくか。
さっそく体育館に向かった。男子と女子は共同でやるのだが、さすがにペアまではありえない。先生は3人だ。大きめの体育館にはマットが20枚くらい並んで置いてある。今回のマット運動参加人数は35人だ。そんなに多くもないので、マットを13枚片付けた。
今日の体育は水菜と葉子、私の三人一緒に参加しようってことで、三人揃ってマットだ。参加者の割合は男子が14名、女子が21名だ。マット1枚にそれぞれ5名ずつで、女子が一人、男子のほうにいく形だ。
誰が行くのかと思っていると、先生と目があった。熱烈に運動系部活動に勧誘してきた先生だ。その先生は私と目があった瞬間、他の先生に耳打ちしはじめた。
「佐々木 灼さん、行ってくれますか?」
予想はついていたが、葉子の隣にいれないのは残念だ。さっさと終わらせて、待ってる間に葉子の補助に回ろうか。
先生がそう言った瞬間、男子の方でざわざわと言った感じの音が聞こえて来た。まぁそんなことはどうだっていい、早く授業に入りたいのだ。
「はーい」
軽く返事をし、4人グループの男子の最後尾にトテトテと歩いて、座った。前の子には「よろしく」と笑顔で言っておいた。小声でうまく聞こえなかったけど、「うん」と聞こえた。
「よし、グループに分かれたところで、柔軟体操から始めましょう。灼さんは私が担当するので、それぞれ2名のペアに別れて、指示通りに行いなさい」
先生は私のもとまで来ると、「まずは、片方が足を投げ出して座り、左足のほうに体を倒しなさい。
私は体をストンと腰おろし、足を開いて、先生が後ろに立つのを待った。長い髪を左側にまとまるように結び直し、某紅茶館の某吸血鬼の妹の髪型っぽくした。これなら逆立ち中でも手で髪を巻き込むことはなくなるだろう。髪の一番先っちょに球を作って、広がらないようにした。一見見ると、毛糸の途中で球が出来てしまってる状態に見えなくもない。
そんな準備を一瞬で終わらせ、先生が押してくれるのを待つと、先生の手にはあまり力が入っておらず、自然なままでは全然柔軟にならなかった。だから自主的に体を動かすと、先生は「灼さん、すごいですね」と驚いてくれた。私の体は、普段の柔軟で元々柔らかいのだ。基本体は全倒しで、口は膝につくし、手はさきっちょを介した上で、かかとに届く。無理をして、痛みを我慢してるのか?って言われても、痛みもかゆみもない。むしろに普段座ってる時となんら変わりない感覚だ。
それからは察するとおりの状態だ。先生はもはや手伝わなくてもいいと思ったらしい。まぁそうなのだが、指示と指摘だけに行ってしまった。
そんなこんなあって、ようやくマット運動だ。休み時間から授業は始まっているから、まだあと40分も授業が残っている。真面目な子ばかり揃う学校がこんななのかと感じるものだ。
前転は難なくクリア、後転も難なくクリア、続いても難なくクリア。終わってからは葉子の指摘に移っていた。葉子は後転があやふやで、横にこけてしまう。手の位置と首の位置がおかしいのだ。首が少し曲がっていて危ないうえに、手の位置がしっかり固定できてない。簡単に手ほどきすると、意外と対応は早く、形だけでもできるようになった。
逆立ちが来た。ちょっと不安だったが、やってみると、少しフラフラはしたものの、二回目でコツを掴んだ。もう歩けそうだ。逆立ちの種目中だったことも忘れ、トテトテと歩いていくと、先生が「灼さん、早いですね。あなたのような生徒は珍しいですよ」と言われた。確かにそうかもしれない。そんな先生の言葉にちょっとだけお遊び心がついた。片手でやってみよう。
三回目の番の時、逆立ち中にわざとフラつく振りをし、右手だけに重心を預けた。フラフラはしたが、なんとか持ちこたえた。右手への重心をどうにか保つと、自然と集中力がそこに行った。顔が次第に熱くなるのがわかる。きっと今日一番集中してるのだろう。10秒程度で体感したところで、そのまま片手の側転に移り、周りを見ると、先生の目が点になっていた。みんなもなぜかこっちを見ている。葉子に至っては「またか」と言った顔つきだ。水菜が小さく手をたたいている。拍手らしい。
そんな皆の反応を無視して、何食わぬ顔で列に戻った。また時間はゆっくりとだが動き出した。みんなの変な顔を見れたのは「ごちそうさま」というべきだったか、集中していてそんなこと考えていなかった。
マット運動成果報告カードを、そんなことを考えながら書いていると、ドン!と誰かが倒れた音が聞こえた。目をやると、葉子がマットから外れて、床に倒れていた。水菜が近くにいるが、葉子はうずくまっている。その光景にいてもたってもいられず、用紙を投げ出して向かった。
「葉子!」
無意識に発した言葉の確認もしないままに、水菜を軽くどけて葉子の肩を抱いて起こした。倒れ方を見るに、どうやら逆立ちの途中で横にこけたのだろう。左手で右の肩をギュッと抑えていて、私が触れた一瞬だけ「ッ・・・」と小さく洩らした。こけたときに強打したのだろう。
葉子が何も言えずにギュッと目を閉じているのに気づいた途端、先生の指示なんか待つべきじゃないと本能で考え、葉子の右手があまり動かないように、右手で軽く支えながら、背中に右手を回し、左手を足の下にまわした。葉子の体重は私とあまり変わらないが、私にとって葉子の重さは楽器に等しいくらいだ。逆立ちをしていたせいで、力がうまくはいらなかったが、無理やり力をいれて、葉子を抱え上げると、無我夢中で保健室のあるほうに走ったのだった。体育館シューズを履いていることも忘れて。
気づけば体操服のままで葉子が横になる長いソファの横に丸椅子を置いて座っていた。体育館シューズを脱ぎ、靴下だけの状態だが、そんなのどうでもいいことだ。葉子は肩を強く打っただけで、体への影響はないから、湿布とか貼っとけば治るらしい。大事に至らずに良かった。
先ほど体育の先生が来た。勝手な行動はしないようにと注意されたが、その行動力は大事にしろと褒められた。
「ぅ・・・やく・・・?」
葉子の弱々しい細い声が聞こえた。どうやら大丈夫なようだ。
「葉子・・・良かった無事で」
葉子は薄めを開けて、私のことを見ている。今にも泣きそうな表情だが、そんな表情される筋合いはない。
「灼・・・ごめんね。心配ばかりかけて、私いつも灼に迷惑ばかりかけて困らせてるよね?」
正直葉子のこうやって自虐的な性格に迷惑しているのが正解なのだ。だからもう一度しっかり言ってやろうと思った。
「葉子」
葉子は急に名前を呼ばれたことにか、いつもなら優しく慰めてくれるはずの声じゃなかったことにか、とても驚いた顔をした。それもそうだ。いつもなら自虐すればそうじゃないと否定してくれる存在がいたのだから。
「私が迷惑だと思っているなら、こんなことまでして自分の時間を削ったりしないし、私はここにはいないと思う。もう、自虐的になるのはやめて、次そんなこと言ったら本当にそうなるように捨てるからね」
そう言うと、葉子は目に涙ためて私を見つめていた。その葉子の目を本気だぞって真剣な目で睨み返した。
葉子は私の目から逃れるように、目をそらすし、「ごめん・・・」と言った。
体を起こした葉子の右側に座り直し、ポケットからハンカチを取り出し、涙を拭いてあげた。そうして拭ってあげたあと、左手で葉子の首元に手を回し、逃げられないようにすると、そのままほっぺたにチューしてあげた。
葉子は目を丸くして今起こったことを理解できずにいた。何をしたのか疑問そうに訴える目に返事をしてあげた。
「家族だもん。チューくらい変じゃないでしょ?」
そう笑顔で言うと、葉子は一瞬ためらったが「うん」と言った。だけどいきなりのことにビックリしたのか恥ずかしくしていた。保健室の先生は私の後ろにいるから、一部始終を他人に見られたことが恥ずかしかったのかもしれない。
「葉子、立てる?次の授業は国語だよ。肩痛めてるから無理しないでね」
葉子に手を貸して、立つのをサポートしてあげ、保健室の先生に事情を説明して、更衣室へと向かったのだった。