下手な文ですが、気楽に見てもらえたら嬉しく思います。
オリジナルな地名が存在しますが、お気になさらず。
軋む音は年代を思わせる証拠だ。
築50年以上になるこの家の階段は人生全うするには最適な場所なのだろう。
ゆったりとした作りの階段は腰が曲がってもしっかり歩けそうだ。
「おはよう、二人共」
そんなまだまだ元気な張りのある少し高くなった声はまだ若い者には負けんと言わんばかりだ。
そんな声の主に、ヨウコとヤクは声を合わせて大きく返事を返した。
「おはようございます おじい様!」
どこぞの軍隊のようなやりとりだが、朝の挨拶ほど接客業と人に見せる姿にふさわしいものはないだろう。
そんな元気な張りのある声を出した人物は、ヨウコとヤクがおじい様と呼ぶその人のことだ。
その人は、名は佐々木 一郎と言う。
ヨウコとヤクが8歳の時に施設から養子として迎い入れた張本人で、現在は小さなカフェのマスターをしている。
一郎は二人の元気そうな声を聞いて、少し微笑みながら言った。
「朝食は作っておくから洗面所で顔を洗ってきなさい」
カウンター越しにそう言うと一郎は後ろを向いて、また作業を始めた。
ヨウコとヤクは「ハーイ」と返事をしてから、カウンターの奥のすだれを潜って居間を経由して洗面所へ行った。
洗面所は大して広くもないが、狭くもない。
ヨウコとヤクが二人並んで立てばピッタリと収まる程度の広さだ。
二人は自分の歯ブラシに歯磨き粉をたっぷりとつけシャコシャコと磨いていて良い音を出していた。
鏡に映った自分の長くもない髪を見つめながらクセ毛が立っていないかをヨウコは気にしていた。
そんな念入りな視線を鏡に向けているせいかヤクが気づいたように顔を向けてきて、ヨウコの後頭部を目だけで笑いながら指差してきた。
いつものこと、ヨウコは後頭部正面からでは気づかないところに綺麗にピンッと髪の毛が跳ね上がるクセがある。
ヨウコはため息をつく素振りをしながらそろそろかと思い、口に水を含んだ。
二三回水を捨てると口のなかはスッキリとして歯磨き粉の影響か、息を吸うととてもひんやりとくる感覚を覚えた。
「ヤク後ろ髪直してくれない?」
言いながらヤクを見るとまだ水を捨てていた。
どうやらうまくスッキリしないらしい。
もちろんいつものことだ。
ヤクは手で待てとばかりに手のひろを向けて水を何度も捨てている。
七回目だろうか、ようやくスッキリとしたらしく手をおろした。
「どれどれ?」
ヨウコはヤクに背中を向け応対を待った。
すぐに、髪の一部分が触られる感覚を覚える。
今回はいつもよりひどいらしい。
「今日はひどいね」
鏡に映るヤクは苦笑いしている。
ヤクは丁寧にヨウコの髪に櫛を通すと、はねている部分に水を含ませてさらに櫛を入れてほぐしてくれた。
ヨウコはこれを自分でやると半日悪戦苦闘するかもしれない。
「できたよぉー」
髪が長いとこういうことには慣れっこなのかもしれない。
少し考えてる間にそんな朝の災難を退けてくれた。
「ありがと」
素直に感謝するときっとヤクは笑顔でいてくれるだろう。
「えへー」
振り向いた瞬間に大人っぽい顔を子供のそれに変化させるのだから、ある意味で男性からしたら敵かもしれない。
そんな笑顔を軽くなぜるとより一層深くなるかもしれない。
そんなやってみたい思いを我慢して、ヤクの髪の毛を上から下に見ると、なぜかクセ毛どころか跳ね一本見つからない。
なにをどうしたらこんな状態になるのかヨウコは不思議で仕方がなかった。
「どしたの?」
小首をかしげてさっきまでの子供の笑顔はどこにいったと言いたくなるキョトンとした顔付きになっていた。
「なんでもないよ」
洗面台に向き直り冷たい水を両手いっぱいにすくって顔にあてがった。
とても冷たいけど朝の目覚ましにはこれが一番効くかもしれない。
二三度顔に水を当てれば、眠気などもうどこにもないシャキッとした顔が見えた。
タオルで顔を拭うとヤクもタオルが必要になったのか端っこをつまんできていた。
そのまま手を離すと持ち直して顔を拭い始めた。
「ふー」
ため息なのかよくわからない息を吐きだして、ヤクはタオルを掛けた。
「さ、おじい様を手伝いましょう!」
ヤクは言って、ヨウコを押しながら洗面所を後にしたのだった。
「その前に食事ね」
途中そんなことをつぶやいたのだった。
カフェのカウンターに行くとすでに、出勤前のサラリーマンの男性らが数人テーブル席とカウンター席についてた。
一郎は相変わらず、カウンターの向こう側の同じ位置でグラスを磨いたり、珈琲を淹れたりしている。
「おじい様済ませてきました!」
子供っぽく笑顔で大きな声で、ヨウコとヤクは合わせて言った。
すると、数人のサラリーマンは少し新聞の向こう側で微笑んだ気がした。
なるほど、子供っぽさはここで使えるなと思えなくもない。
「では、朝食を済ませない。カウンター席の奥にサンドイッチと紅茶を淹れておいた」
言われて、ヤクと同じタイミングでそちらを見ると、スクランブルにした卵と薄く切ったハムにキャベツと一緒に薄い耳のないパンに挟んだものが、二つずつ皿の上に乗っている。
あとは、その横に二つのカップがあってまだ湯気がもうもうとたっていた。
「はーい」と語尾をわざと長くしながら、ヤクと一緒にカウンター席に着くとカップからダージリンの強い香りが漂っていた。
ヨウコは基本紅茶は香りは楽しむ派で合って、砂糖などで甘くして飲むことがとても少ない。
逆にヤクはストレートで飲むことが希にしかないほど、甘党で毎回砂糖をたくさんいれて飲む。
小さなスプーンに山のようにすくった砂糖を二杯も入れたヤクは、ちょっと嬉しそうな笑顔を浮かべながらカップをかき混ぜていた。
「ふむ・・・」
そんなヤクの行為を少し不満気な目で見つめていると、ヤクはそれにすぐ気づいたらしい。
顔はそのままに、目で見つめ返された。
なんでもないというふうに、目を逸らすとヤクはカップの中身をまだ湯気が立っているにもかかわらず、一気に飲み干し二つのサンドイッチをもそもそと食べ始めた。
ヨウコはちびちびと紅茶を飲みながら、サンドイッチも片手に一口ずつ味わって食べる。
ヤクはもそもそと食べる割には口の動きが早く飲み込むまでそんなに時間がかからないうえ、美味しそうな笑顔まで浮かべているのだから、本当にかなわない。
ヤクはおそらく無意識にやっているのだろうが、一番入口に近いカウンター席に着く男性サラリーマンが、少し微笑んでいるのが横目で見えて苦笑いものだ。
「お仕事ですね」
ヤクは食事も切り替えも早いのが取り柄だ。
ヨウコはまだ一つ残ったサンドイッチを片手に食べているのに、ヤクはすでにカップと皿の上を空けている。
そんなヨウコをよそにヤクはカウンターの内側へ回り込んで、おじい様から仕事を受けている。
小さな小切手の切れ端を一枚大切に持って、こちらへ戻ってきてしまった。
どうやら、お使いのようだ。
「夕紅島量販店にコスタリカ産の珈琲豆とダージリンの葉っぱを仕入れてもらったんだって、契約は済んでるから現物と引換えてきてくれだって」
定期的に頼まれるお使いというのは、店が朝の喫茶のかわりにもなるために、絶対必要不可欠なものだ。
飲み物は朝の調子を整えるのにはとても役に立つ。
しかもそれが珈琲や紅茶と言った朝の調子に拍車をかけるものならなお一層だ。
お使いの内容を確かめるように、一口のサンドイッチを口に放り込み、冷めかかったぬるい紅茶をグッと流し込み朝の朝食を済ませた。
まだ、足の届かない固定椅子から降りると早速一つ目のお仕事をしに店から出た。
もちろん出る際に「行ってきます!」は忘れない。
サラリーマン達がまた笑顔で頑張れと手を振ってくれた。
日差しが暖かくなって来たとは言えまだまだ、半袖とワンピースというのはなかなかに目立つものだ。
朝の7時頃は間断なく人が歩いていて、ヤクの手を取っていないとはぐれそうで少し不安になる。
そんなヤクはしっかり預かった小切手を小さな肩掛けバッグに入れて、大事そうにその蓋を片手で抑えて歩いてた。
その小切手にはカフェの当座預金からお金を引き出す力があるのだ。
周りが全員敵に見えて仕方がなくなるかもしれないと、ヨウコは少し同情の念を抱えていた。もちろんヨウコにだってそれはとても重要なことだ。
カフェから量販店までの道のりはさして遠くはない。
道路を何枚か挟んだ向こう側にあるのだから歩いても10分程度で着いてしまう。
しかし、今日は人が多いせいかそんな近い道のりもちょっと遠く感じてしまっていた。
「む・・・」
何度か人にぶつかりながらもなんとか前に進んで、歩を進めた。
気づけばその量販店は視界に入った。
スーパーのような大きな店構えに立派な看板が乗っている。
夕紅島量販店はこの夕紅島市が出来る寸前からある有名な量販店だ。
入口も最新のドアが取り付けられていて、扉が自動でパァっと開くようになっている。
まだ自動ドアなんて最近発表されたばかりで、小さな店ではその機能を買うだけでも破産しそうなものだ。
中は綺麗で、米や野菜、お菓子に小麦粉、インスタント食品までもがずらりと並んでいる。
スーパーのようなとは言ったが、スーパーを兼ねてると言っても過言ではない。
夕紅島量販店は消費者に対しての小売も行っていて、その扱う商品はスーパーの比ではない。
そんな広々とした立派な量販店の中を歩き暇そうにしている店員にヨウコは声をかけた。
「あのー夕凪カフェから商品の引き取りにきたのですが・・・」
店員は身長は高くスラリとした体型に綺麗に整えた髪をした大学生風の男性だった。
その店員はヨウコの要件を聞くと、ここで少し待つようにと小さく言って、店の奥に小走りに引っ込んでしまった。
言われたとおりにヨウコは近くのアイスバーを覗き込みながらヤクと待つことにした。
ヤクは少しソワソワしているけどいつものことで、あんまり来る予定の無い所に来ると、周りを観察したい好奇心とかで少し迷っているのだろう。
そんな迷いがあるのはきっとヨウコの左手を掴んでいるせいかもしれない。
ヨウコはアイスバーから自分の興味を引く品物を見つけては手にとって、裏を眺めていた。
そんなことをして少し時間を潰していると、またさっきの男性店員が小走りに戻ってきて、「お待たせしました」と言った。
広い店内はきっと歩いていたら、ヤクと二人だけじゃ迷ってしまうだろう。
男性店員はこの広い店内を完全に把握したかのように、スイスイと品物の間をくぐり抜けて職員用の扉を開けて中へ入るようにと促してくれる。
きっとここでは自分達は子供じゃなく一人の商人なのだっと小さく頭の四隅でヨウコは思いながら、その暗く狭い道を先に先にと進んだ。
やがて、突き当たりの扉に入るように男性店員に言われ会議室のような、白が目立つ四角い部屋に入れられしばらく待っていると、先ほどヨウコ達が入ってきた扉から、オーナーの名札を提げた顎に少しヒゲをはやした男性が入ってきた。
「いやーこれはどうも、夕凪カフェから商品の引き取りに来たと聞いたから、一郎様が来られるものばかりと思っていましたよ。まさかこんな可愛らしい娘さんお二人が来られるとは、はたまたどのような風の吹き回しでしょうか?」
さすがに、地域に転々としてある店舗とはいえ、そこを任されるオーナーだ。
よく口が周り、ほとんど息継ぎなしで喋りかけてくるのは、子供にとっては雨に打たれるように言葉を遮りにくい。
「一郎じい様は今年78になられます。自らの足で赴くには少し負担が大きいと言っておられました。ですので、まだ元気な足がある私達が赴くことにしました。それだけのことです」
もちろん最後はちゃんと愛想笑いも入れておく。
「なるほど、さすが一郎様ですね。全く表情の裏に何を持っているか分からない娘様をお育てになられたものです。立派なことです。良き商人になるでしょう」
オーナーの男性は微笑みながら何度もうなずいた。
「では、商品の引き取りをしたいのですが、契約書と現物を用意していただけますか?」
「ええ、しかしながら商品の引き取りとは言えども、二人の娘様ではどうにかなる商品の山ではありません。私どもは今後とも夕凪カフェとの関係は良好なものでありたいと考えていますので、今日は私の意向でトラックをお一つお貸しします。この旨をどうか一郎様にお伝えくださいませ」
商品の山は少し思っていたが、まさかトラック一台貸してもらえるとなると、十分な黒字な気がする。
信用と親交でここまでサービスを受けられるとなると、なるほど・・・経済も面白くないこともないかもしれないとヨウコは思った。
「ええ、夕凪カフェはまだまだ存続の道にあります。ぜひ今後とも夕紅島量販店様とは良き関係でいたいと思っております」
これは店自体を取り仕切るものの言葉だが、自分は店を代表してこの場にいると思うと、少しそんな言葉を言いたくもなるものだ。
「では、契約書にサインをしていただけますか?」
「あ、その前に・・・トラックドライバーも貸していただけますよね?」
オーナーの男性は目が点になっていた。
「あ、ああ、もちろんですよ」
オーナーの男性はまた微笑みに表情を変えて言った。
ヨウコはおそらく単純な言葉の理解をしていたらしい。
隣に座っているヤクが小さく吹き出して笑っていた。
「し、失礼・・・ではサインですね」
ヨウコは夕凪カフェの印鑑を押して、自分の名前を書き込んだ。
「契約成立です。娘様方はトラックの助手席にお乗りください」
ヨウコとヤクは席をたちオーナーの男性と軽く握手し、オーナーの男性に先導してもらい荷上場へ向かった。
荷上場には5台ほど夕紅島量販店の名をデカデカと掲げたトラックが入っていた。
ヨウコが背伸びしても、トラックの背丈には届くはずもなく逆に見上げるような形になってしまっている。
そんなトラックの助手席に乗ると思うと、少し面白そうで興奮してしまっていた。
「では、こちらのトラックにお乗りください」
案内されたトラックもやはり大きいものだ。
意外と夕紅島量販店が夕凪カフェと良好関係にありたいのは、結構本気かもしれない。
そんなヨウコの胸中を見透かしたのか、オーナーの男性が口を開いた。
「我々夕紅島量販店では、近年珈琲豆や茶葉の食品業界で劣勢にあるのです。売れずに余ってしまうと、商品の価値はどんどん下がるもので、少し高い値段でもお買いしていただけるお店とは少しでも良い関係のないと利益がありませんのです」
ヨウコはオーナーの男性の言葉を聞き入っていた。
「おっと、失礼こんなことを言ってはいけませんね」
ヨウコは首を振って言った。
「いいえ、私もまだまだ勉強と修行中の身にありますゆえ、今のお言葉大変な勉強に預からせていただいきました。逆に感謝の気持ちで溢れてしまいそうです」
オーナーは笑顔になって、「ありがとうございます」と言った。
ヨウコは後ろにいるヤクに小切手を出すように促し渡してもらった。
「えっと25万円ですね」
「ええ、コスタリカ産の珈琲豆が17万分と茶葉8万分ですね」
「では、これで・・・」
ヨウコは紙にサインと金額を書き込みそれをオーナーに渡した。
「ん・・・確かに頂きました」
オーナーはにっこりと微笑んで、後ろで待機していたドライバーに一声かけ、ヨウコらにトラックに乗るように言った。
ヨウコとヤクが登りにくそうにしていると、身長の高いドライバーはひょいと運転席から引っ張りあげてくれた。
「では、夕凪カフェに商運あれ。またのご来店お待ちしております」
「夕紅島量販店様とはこれからも良き関係でありますよう、お祈りさせていただきます。ではまた、その日まで」
オーナーと周りにいた数人の職員は深々と頭を下げた。
ヨウコらを乗せたトラックはそんな職員達のいる夕紅島量販店を後に道に出た。
トラックから見上げる道路はとても高く、少し怖く感じたが楽しさもそれなりに感じられた。
トラックは5分と経たない内に夕凪カフェの前に到着し、先ほどのドライバーはせっせと荷物運びに移っている。
たくさんあった荷物も10分程度のうちに完全にカフェの店内に移動し、ドライバーはニッコリと笑って「またのご利用お待ちしております」と言っていた。
なるほど・・・よい店は態度が良い店なのかと納得してしまった。
「おつかれさん、二人共」
そんないつもの声を聞いた途端にヨウコはドッと疲れが出たような気持ちになった。
「オーナー様がおじい様によろしくと言っておりました」
報告は大体ヤクがこなしてくれる。
「そうか・・・二人共頑張ったな。しばらく休憩していていいぞ」
ヨウコは疲れた頭を休めるために、テーブルの小さなかごにあった角砂糖の袋を開けて口に放り込み、一番奥のテーブル席に腰掛けたのだった。