まだ少し8日の分が続きますが、どうかよろしくお願いします。
あと新キャラがまたたくさん出てきますので、近いうちにキャラ紹介ようのページを作ります。
体育館の中は非常にザワザワしている。暇を持て余した生徒達が話をしたりしてるせいである。意外と同じ小学校からの持ち越しが多いようだ。
そんなことを葉子は思っていると、灼も暇を持て余してるのか振り返ってきた。
黒の長髪はゆうに腰まで届き首の後ろで黄色いリボンを結んでまとめてある。そんな灼の瞳は黒色の綺麗な瞳で、肩ごしに葉子を見据えて「暇だよぉ~」と訴えかけている。
そんな灼の前には今朝知り合ったばかりの身長がさほど変わらない女の子がいる。名は瀬笈 水菜という。その子の髪もまた長髪で灼よりも短く、髪を耳の方にまとめてピンクのピンで止めている。そんな水菜は母に似ていて、まだ顎のラインは緩やかだが将来は尖って仕事真面目な顔立ちになるだろうと思わせる。しかも、子供の視点で見るにとても美人だ。
そんな水菜は真面目で喧騒とした体育館のなかでも沈黙を守っている。
「葉子ぉ~暇だよー」
さっきまで目で訴えていた灼だったが我慢できなくなったらしく、いつの間にかこちらに向き直って話しかけてきていた。
「あと2クラスだよ。我慢我慢」
そう返したが灼は普通に葉子と喋りたいだけらしく、また軽く微笑みながら口を開き始めた。
「どうせ周りも喋ってるんだしいいでしょ~?それに葉子も暇そうな顔してるし」
既に周りの状態については諦めているらしい。
自分も正直なところ暇なことには変わりない。
「ねぇ葉子、体験入部ね。あたし初心者を装って行こうと思うんだけど、どう?」
どうやら「あー可愛い初心者だ。俺(私)が教えてあげよう!」って近づいてきた先輩に、「あーどうしましょ!私できないわ!」と嘆いてる可哀想な子を演じて、「吹いてごらん」と言った瞬間の先輩の顔を見るらしい。
しかしそんな灼の野望には問題点がある。もちろんそれは持ってきているホルンのことだ。ホルンを持っている=少し以上は吹ける と思わせてしまう。
だけどそんなこと灼もわかっているはずだ。その解決策を葉子は聞いてみたくなった。
「だけどホルンがあるよ?どうするつもり?」
灼はニィーと歯を見せて笑顔を作ると、葉子の耳元までその綺麗に整った大人びた顔を寄せてヒソヒソと言葉を紡いだ。
その方法を聞いた葉子はそのダメなところを指摘した。
「でも困るんじゃないの?」
灼は首を振って言った。
「ちゃんと了承のうえだよ?大丈夫うまくやってみせるから」
そう言って灼は葉子の元から離れて元の位置に戻った。
「このあとがとても楽しみだよ」
また肩ごしに笑顔でそんなことを言ってきた。
「そうだね」
葉子も笑いかけて言った。
それからまた数分たつと、マイクの音がキィーンと響いて、多数の生徒とその親御達の拍手は一瞬にして止み、喧騒が静寂に早変わりだ。
そんな体育館のステージには髪の少なくなった白髪の老年の男性が立っていて、小さな封筒のような白い紙から折りたたんだ紙を取り出していた。おそらく校長で式辞でも読むのだろう。
世の学校では恒例とも言える長い話は眠気を誘うもので、ついさっきまで喧騒の中で沈黙を守っていた水菜がすでにダウンしている。中学校の入学式で居眠りしてしまった事実はもしかしたら真面目な彼女の心を後々蝕むかもしれない。
そんな水菜の後ろにいる灼といえば、水菜の頭が落ちかけてカクンとなるたびに小さく微笑みながらそんな水菜の背中をツンツンしている。
水菜は突かれるたびにビクッと背筋が伸びるのにまたすぐ折れて同じ姿勢に戻ってしまって、見てる葉子でさえも少し笑ってしまう。
そんな長く眠気ばかり誘われる校長の言葉も終わり、在校生や新入生の言葉に続き、それが終わると次のプログラムを喋るための紙を持った在校生らしいスラッとした女生徒が、控えのマイクを持って隅っこに現れアナウンサーのような落ち着いた口調で喋り始めた。
「えー続きまして、部活動紹介を行うので、各部の部長はステージにお上がりください」
部活動は全てで60も種類があって、そのうちの10が文化系の部活動だ。
夕紅島中学校の運動系部活動は全国大会への出場が常日頃で、私が知っている知識では、運動部のとくに野球部とサッカー部、ホッケー部にバスケ部と有名なスポーツの部活動がとくに強いと記憶している。
しかし残念なことに吹奏楽部の大会出場などは一度も聞いたことがなく、どのような特徴があるのかなどは全く持って皆無だ。だから唯一の情報源は、今日この時間に行われるこの部活動紹介だけだ。
葉子はそんな夕紅島中学校のクラブ情報を思い出しながら吹奏楽部の紹介のときは真剣に聞こうと思った。
そんなことを思っているとクラブの部長と数人の部員を連れた小団体が10隊ほど並んだ。どうやら数部に分けて一気に進めるらしい。
静寂を保っていた体育館はまた喧騒を取り戻し少しザワザワとしだした。
カクンカクンと首を上下させていた水菜の両の脇腹を、灼がここぞとばかりに両手で後ろからガッシリと掴んだ。
脇腹はなぜか他人に触られるとこそばゆいもので、葉子もいつも灼につつかれたり、軽く触られて、くすぐられたものだ。しかも灼はそれを楽しんでしてくるうえに不意にそれをしてきて、振り向けば心底楽しそうに無邪気な笑顔を浮かべてくる。
案の定水菜もよく感じるようで「ひゃっ」と声を上げ身をよじった。
振り返った水菜の顔は少し困り顔だったが、おそらく無邪気に笑ってる灼を見たのだろうそんな水菜の顔も釣られてか顔がほころんだ。
そんな微笑ましい光景に葉子もつい微笑んでしまった。
水菜はそんな葉子に気づいたようでほころんだ顔を少し微笑ませた。
そんなやりとりをしているうちに部活動紹介は始まった。
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さすがに50もある運動部の紹介を聞いていると、葉子もウトウトし始めていつしか目を閉じて俯いていた。
葉子がすぅすぅと小さな寝息を立てている間に、司会者が文化系部活動の紹介プログラムを読み上げ始めたときだった。
そんな葉子に灼は気づき振り向いてどうしてやろうかと考えていた。
葉子が式典やなんらかの催しで眠ってしまうことは珍しく、灼はあんまりそんな葉子をいじったことがなかった。
吹奏楽部の紹介は間もなく始まるはずだ。
「よーし」
灼は小さく呟いて葉子の鼻を軽くつまんでみた。
「んぁ・・・」
変な声を小さく漏らすと葉子は目を開けて灼を見つめてきた。
そんな葉子に灼は笑顔を返して「もうすぐ始まるよ」と言ってあげた。
葉子はすぐに「あ」という顔になって前を向いてステージに目線を送りはじめた。
吹奏楽部は2番目ですぐに始まった。
「私達、吹奏楽部は日々明るく楽しくをモットーに活動しています。近年著しい進歩は遂げられておらず、現在は吹奏楽コンクールでの入賞を目標としています。3年生の先輩や顧問の先生、副顧問をしている先生も皆優しくて、初めての人でも高校生前にはとても上手になります。後ろで演奏されている部員は皆2年生で1年生の時は音を出すことさせ難でしたが、現在はあのように自在に演奏ができるくらいに成長しました。初めてでとっても不安な方もいるかもしれませんが、吹奏楽部の人はとても優しくて素敵なので、不安を打ち切って体験入部などに来てください。以上で吹奏楽部の紹介を終了します」
そんな紹介を終えると現部長らしい3年生の女生徒は一歩後ろに下がった。
それを聞き終わった葉子を見れば「ふぅーん」と小さく言って、次の部活動の話を暇そうに聞く姿勢になった。
そんな葉子を肩ごしに灼はチラ見してすぐ前に向き直ると水菜がこちらを肩ごしに見ていた。その目はなにかにとても不安なものがあるような目で、「なぁに?」と軽く小首をかしげてやると水菜は軽くこちらに体を向けて言った。
「灼さん、私もうまく楽器を扱えるようになる・・・かな?」
それは1時間半程度前に葉子が灼に耳打ちした「水菜さんが楽器の事に対して不安そうだよ」という言葉を思い出させるのに十分だった。それは灼や葉子も同じように、初めて一郎からホルンをやってみないか?と言われた時、音楽なんてものを自分で吹いて表現できるか?とか、もしかしたら途中で投げ出してやめてしまうんじゃないか?とか、とても不安に駆られた。しかし悩む事はあってもちゃんとできるようになったし、それは楽しくて、出来ている身からすれば推して勧めてあげたいくらいだった。だけどそんな不安は応援や励ましじゃどうにもできないことで、その解決は灼や葉子のようにできるようになることで自然と解消される。
ギターやドラムとかを成人してから始める人は多いけど、金管楽器や木管楽器のような唇を使う楽器は、唇の柔らかい子供のうちが吹きやすくやりやすいらしい。だけど吹奏楽とかで音楽を挫折する子供は、今水菜が悩むような不安に駆られて精神的苦痛を帯びていつか諦めてしまうらしい。一郎が言っていたのだ。
だから水菜がおそらく求める答えを灼の口から言うことは、ある意味では水菜に対して嘘をつくことになる。だから灼の返事は未来にいる彼女の状態などではなく、それに対して水菜がどのくらいやれるかだ。
きっと優しい葉子なら「もちろん」とでも言ってしまうだろう。
そんな葉子は灼とホルンを習っていた時、数回やめようか迷っていたことがあるくらいだ。おかげで少し後ろ向きな音が特徴となってしまっていて、それは彼女の一部の性格の現れだ。このかた葉子と全く違うと言った行動をとった事がない自分だ。葉子のことは端から端まで知っていると自負している。
だから本気で音楽をやりたいと考えていた自分の思いを持って、水菜に自分の意見を述べてあげた。
「あなたはどのくらい必死になれる?」
ザワザワとした喧騒のなか灼は水菜に真剣な目つきで言う。
その瞬間水菜は「え?」と困惑の表情を浮かべた。
灼はもう一度そんな水菜に同じ言葉をかけた。
「あなたはどのくらい必死になれる?」
困惑な表情のままの水菜はどうにか固まった思考を動かし言葉を紡いだ。
「わ、私は・・・えっと・・・その・・・音楽が・・・その好き・・です」
小さく深呼吸を入れて水菜はまた言葉を紡ぐ。
「だから私は音楽をできるようになるためならどんなことでも、何時間でもやってみせます。例えそれが中学生のうちにできなくても私には高校生があります。絶対に音楽をマスターするまで諦めません」
深呼吸を入れて灼に向き直った水菜の目はとても真剣で、確かなやる気と意思を、灼は感じ、言ってあげた。
「そう、約束だよ?私忘れないからね?もしできなかったら言うこと聞いてね?」
灼はマシンガンのように水菜に問いかけて、その細く白い手を掴んで無理やり小指を自分の小指と絡ませた。指切りだ。
「は、はい・・・」
水菜もやられるがままに灼と指切りを切った。
切れた瞬間に灼は意地悪な笑顔を作って軽い放心状態の水菜を見た。
水菜は灼が思っていたよりも自立心が強いらしく、灼の想像を遥かに超える返事をしてくれた。一番の決めてはさっきの返事に「~したいです」と自分の望み的に言葉を紡がなかったことだ。大抵の子供は「お前はどうする?」と言われた時、「~したい」と返事をすることが多く、具体的にどんな状態にするかまでは答えない。それは曖昧な返事でしかなく、聞き手が求める答えではない。
そして水菜は灼に対してその求める答えをくれた。しかしその答えは灼の想像にはなかった。だから軽い照れ隠しに、マシンガンのように言葉を紡いで無理やり水菜に指を切らせた。
そんな灼と水菜の沈黙に対して空気を読むかのように、「教室に戻って先生の指示をあおぐように」と司会者が言った。
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教室に戻るとさっそくホームルーム(HR)が始まった。
30分程度で終わるようで、プリントが数枚配られた。
プリントはこの後さっそくある体験入部のことが書かれた紙で軽く説明を受けた。他にもいつから授業があるとか体育時の注意点、最終下校時刻、スクールバスの利用についてなど、学校生活に必要な情報が丁寧に説明された。
それからはもう放課後として扱われるらしく、この時間からは体験入部への生徒と下校への生徒に別れる。もちろん葉子と灼と水菜は吹奏楽部の体験入部へ行く。
葉子の予想していた部活動の部屋当てというのは大きく外れて、吹奏楽部の活動部屋は3棟全てが対象となっていた。人数が多いので1パートにほぼ1部屋の割合で割り当てられていてとても贅沢だ。しかも3棟の4階の部屋のうち2部屋は繋がっていて、合奏時に使うらしい指揮台とたくさんの椅子が積み上げられている。さらにそのとなりに楽器庫があるようで、盗みとられたりしないように厳重な鍵がかけてある。もちろん外から中は覗けないように黒い紙などが窓に詰められている。
そして今葉子らは紹介時に省いた説明を合奏部屋で受けていた。
体験入部にはざっと見てもわかるくらい大人数で、数えると45人程だ。
「さぁ、ではさっき言った通りこれからそれぞれの担当したいパートに分かれてもらいます」
新入生に話をしていた女生徒・・・部長の赤坂 見登(あかさか みのり)は、そう言って手をパンと叩いて行動の合図をとった。
そのあとザワザワと新入生達は分かれて、それぞれ希望のパートの部屋へと歩いて行った。そんな中葉子らも3階の部屋・・・具体的には11組の部屋に到着した。今回水菜はホルンを体験してみたいらしく、葉子らと一緒に来ている。
葉子が部屋の前で二人に振り返ると後ろには後4人くらい同じ気持ちの生徒がいた。そんな水菜の肩にはホルンが背負われていて、静かそうな雰囲気をまとった水菜がホルンを吹いている姿はなんとも不思議な上品な気品を帯びたものだろう。と想像させた。
それを確認して葉子が前を向きドアを引いた。
中には10人の先輩らしき生徒がいて、皆手には、見た目的にイエローブラスの金色のホルンを持っている。その中の一人は銀色で、Fの菅とB♭の菅が少し離れるように設計されたホルンを持っている。
その銀色のホルンを持つ女性が立ち、「ホルンパートへいらっしゃい!新入生の諸君歓迎するよ!」と言って、自分の周りにいる部員に椅子を用意するように指示した。
椅子が用意され新入生のとなりに在校生が入る形で円を作って座り、自己紹介などをすることになった。
「じゃ、まずは私からだね」
そう最初の切り出しをしたのは銀色のホルンを持った女生徒だ。彼女は一息置いて自己紹介を始めた。
「ホルンパートのパートリーダー兼譜面保管係長の夕弦 愛海(ゆづる あみ)だ。今年から3年生で受験生だから新入生の諸君とは短い付き合いになるが、よろしくな。ちなみにあたしはホルンを小学5年からやってるぜ。新入生の先輩の中では一番長いからなんでも聞いてくれな。じゃ、右回りに行こうか」
そんな風に話を進める中、後ろの扉がおもむろに開き一郎と水菜母が入ってきた。
水菜がちょっと視線を送れば水菜母は水菜に対して小さく手を振った。
愛海の隣には水菜が座っていて、そんな水菜に愛海は「じゃ、君だな?行けるか?」と優しく言っている。水菜はそれに頷き前を向いて喋り始めた。
「夕紅島南第4小学校出身の瀬笈 水菜です。ホルンは始めて半年になります。まだまだ音を鳴らすことでさえままなりませんが、どうかよろしくお願いします」
水菜は意外と人前で何かを喋ることに対してそんなに抵抗がないらしく、噛んだりすることもなく丁寧に話した。
しかし、そんな水菜の言葉に水菜母は目を少し見開いていた。そんな水菜母に一郎は鋭い勘と灼のチラチラ見る視線を見て事態を察し水菜母に耳打ちして教えた。葉子はその様子を灼の反対側の席で見て少し楽しそうだと思ったのだった。
そう、灼が初心者を演じる上での問題解決方法は、水菜が灼のホルンを持って経験者を装い後で種明かしをするというものだ。
水菜の自己紹介に拍手と「ほー」という声があがった次は男子生徒で、落ち着いた雰囲気に丸い目は優しそうな感じを思わせる。
「あーえっとなんだっけ・・・?あ、そうそう、僕は海道 弘樹(かいどう ひろき)です。愛海と同じで今年から3年生だから、新入生とは短い付き合いになるけどよろしくね」
優しそうな雰囲気はあった・・・しかしなんというか無理やり作ったキャラを演じてる違和感を葉子は感じた。
上級生に拍手はなく、隣の1年生に番が移る。
次は葉子より小柄な体型で茶髪のショートカットな女生徒だ。葉子の脳内にある男子生徒を模した思考で言うと、いかにも”守ってやりたい”か弱そうな子で、見た目そのまんまな性格と声で喋り始めた。
「わ、私は東 由紀(あずま ゆき)です。え、えと・・・あ、夕紅島中央小学校出身です。ど、どうか・・・あの・・・よろしく・・お願いします」
拍手が終わると、次は少し太めのしっかりした顔つきの男子生徒だ。
その男子生徒が喋ろうと口を開けた瞬間、また扉が開いた。
扉から顔を覗かせたのは、メガネをかけた綺麗な顔つきに、男性のように短い髪で茶色っぽく見える瞳を持った女生徒だった。
その女生徒は何でも任せられそうな声で言った。
「え~2年生は至急合奏部屋に集合しなさい。あーそれと1年生の事はパートリーダーに任せます。顧問と部長、副部長と2年生はこれから華実小学校での演奏練習を体育館にて行います。ではあとはよろしくたのみますね」
女生徒はそう言うと顔を引っ込めた。すると2年生らしい男女の生徒がため息を軽くつきながら6人ほど立ち上がり、ホルンを片手に小走りで女生徒を追っていった。
2年生が去ると部屋には3年生4人と新入生7人が残った。人数的に新入生と在校生のワンツーマンのペアは作れなくなったが、部長が自分を指差して3本指を立てて、葉子の隣の女生徒と無言の会話をしている。葉子の隣の女生徒は2本指を立てて見せたあとに自分を指差し親指を立てて了承の意を表した。
いなくなった2年生の椅子を軽くどけてさらに小さな円を作ると、さっき言葉を遮られた男子生徒が口を開いた。
「えーと、俺は斎藤 悠(さいとう ゆう)だ。わかると思うが俺も3年で1年生の君たちとは短い付き合いになるが、よろしくな」
頼りになりそうな声で悠は喋り右隣の灼のほうに視線を送る。次は君の番ということだ。
灼は待ってましたとばかりに軽く笑顔を作った。
悠はその笑顔を間近で見てしまったようだ。一瞬のうちに目を奪われて心ここにあらずという状態になる。
そんな悠に気づかないフリをして灼は話始めた。
「あたしは佐々木 灼だよ。小学校は行ってません。まだわからないことばかりですがよろしくお願いします」
そう、葉子と灼は小学校には行っていない。夕紅島市の教育委員会は変わった制度を設けていて、家庭勉学制という家での勉強を塾などの施設の講師から学ぶものだ。しかも小学校レベルの勉学修了の証明さえとれたら、小学校での勉学を省略して良いというものだ。欠点は、めんどくさい中学手続きなどを家庭でやらないといけないことくらいで、夕紅島市にはこの制度の利用者はそんなに少なくもない。
灼の紹介はが終わると拍手は一拍遅れて起こった。悠は「ハッ」と我に帰って何もなかったように拍手を遅れてした。
灼の次は2年生のはずだが、残念なことに先ほどお呼び出しされたためおらず新入生だ。
灼の次は男子生徒で黒色の髪に丸い顔の普通の生徒だ。
「僕は果奈実小学校出身の柳根 宏太(やなせ こうた)です。僕は小学校の時金管バンドでコルネットを1年だけ吹いていました。ホルンについては全く初心者ですが、よろしくお願いします」
果奈実小学校は夕紅島~第~小学校とは違う独立の小学校で、そのほとんどは私立だ。
そんな宏太のささやかな拍手の後に喋り始めたのは女の子で、本の少し銀色がかった髪が特徴な外国人っぽい気品を持つ子だ。
「私は宮本 友理奈(みやもと ゆりな)です。私も灼さんと同じように小学校には行ってません。ピアノを7歳からやっています。金管楽器はやったことがなくてわからないですが、どうかよろしくお願いします」
友理奈はそう言うと椅子に座りながらも頭を下げた。
友理奈が顔を上げるとともに友理奈の隣に番が回る。
次の生徒も1年生で短く切った髪はサッカーをやっていた感じを思わせる顔つきをした男子でそれなりにカッコイイと葉子は思った。
「あーえっと・・・田沼 皆斗(たぬま みなと)です。小学校では外のクラブでサッカーをしていました。音楽は始めてで素人ですがよろしくお願いします」
そう皆斗は丁寧に言うと友理奈と同じく頭を軽く下げた。
番は次に回って葉子の隣まで来た。
次は先ほどパートリーダーの愛海と目線と手で会話していた女生徒だ。クセのある短い髪は勉強より運動の方が好きだと想像させるに十分で、尖った細い線のある顔と華奢だけど腕には確かに筋肉の筋が少し見えるのがそれをさらに強調していた。
「私の名前は天名 美津(あまな みつ)だ。ホルンパートの副リーダーで基本吹奏楽のパンフレット作り担当だ。短い付き合いだけどわからないことがあったらなんでも聞くんだな」
葉子も何度かパンフレットを見たことあるがとても見やすいもので、紹介の欄やパート一覧など見やすく区分してあって、とても知りたい情報だけを取り出しやすかった。
葉子が頭の片隅にパンフレットの絵柄を思い出していると美津は葉子をチラッと見て、「君の番だ」と言った。
葉子は小さく咳払いをしてカフェで身につけた愛想笑いを浮かべて口を開いた。
「私は佐々木 葉子と言います。小学校は行ってません。私は今年、ホルン5年目になります。まだうまくできませんがよろしくお願いします」
そういうと愛海は「おぉーっと私より先輩な子が登場しちゃったねー」と灼のような陽気な声で呟いた。そんな愛海に弘樹は「愛海ちゃんもそろそろ潮時だねー」っと冗談っぽく言っている。
そんなやりとりに葉子は軽く笑っておいた。
葉子への拍手も終わり愛海が一回だけ手をパンっと合わせると、椅子から立ち上がって言った。
「じゃあ1時間しかないけどペアを作って行動にあたろうか。できるだけ楽器経験者の子は私と美津が見るから、全くの未経験者の子をワンツーマンで見てあげてね」
愛海はそう言って弘樹と悠の顔を交互に見た。それに二人は小さく頷いた。
「じゃ、葉子ちゃんと水菜ちゃんと友理奈ちゃんは私がみよう!美津は宏太くんと皆斗くんを頼むよ。灼ちゃんと由紀ちゃんはそこの先輩を選んでいいからね」
愛海は素早く決めて話を進め、両手で水菜と葉子の肩に触れ友理奈に目線を送った。
水菜と葉子と友理奈は小さく頷いて愛海と一緒に教団前の席に移動した。それと同時に美津も立ち上がり宏太と皆斗に「来い」と手招きして、教室後方に移動した。
そんな中灼と由紀はどっちにするかを決めていた。
「由紀ちんはどっちがいい?」
灼は由紀に勝手にあだ名をつけて話をふった。
「えーと・・・灼さんが勝手に決めてもらっていいですか?」
「いいよぉー」
陽気に答える灼だがどっちにしろ強制的に仕切るだろう。
頭の片隅にそんな灼の性格を思い出しながら葉子は横目でそれを見ていた。
「じゃあ私は悠先輩とやりたい!由紀ちん、弘樹先輩でもいい?」
由紀にいい?と聞くのは灼の小さな気遣いだ。そんな由紀はフンフンと頷いた。
「じゃあ悠先輩!お願いしまーす!」
灼はまた笑顔を作って悠に言った。おそらくテンションが高いのは灼だけだ。
悠はそんな灼の笑顔を見て、目が一瞬違う方向を向いた。
そんなやりとりに愛海達3年生が静かに微笑んだ。
「じゃ3人ともまずは音を鳴らしてみようか。マウスピースをたくさん持ってきたから選んでね。自分のやつがあるならそれ使ってもいいよー」
愛海は葉子達に言って机の上に綺麗に並べられたマウスピースの箱を置いた。
さすが夕紅島市唯一の中学校だ。楽器の数も楽器のための道具も豊富みたいだ。
葉子は自分のマウスピースを使うためケースを開いて、その吹口が純金の小さなマウスピースを取り出した。
水菜は灼にホルンを渡されているが、さすがに灼のマウスピースを使う気にはなれないらしく、友理奈と一緒にどれを使おうか悩んでいる。
そんな様子を愛海は見て言った。
「自分の口で確かめてみるといいよ。初心者用のマウスピースなんて存在しないんだ。だから自由に口につけて、自分にあったものを選ぶといい」
それを友理奈達は聞くと、おそるおそる手にひとつ持って唇につけてみた。
だがしかし・・・よくわからないらしい。二人ともに首をかしげている。
「まぁ、そうなるね。じゃあこっちを使うといい」
そう言って二人に6Cと刻まれたマウスピースを渡した。
「じゃ、やってみようか。君たちは多少でも音楽に関心があるけど、初心者的に扱わせてもらうよ」
葉子達はそれに頷くと、愛海は自分のホルンからマウスピースを抜き取り口に軽くつけて吹いてみせた。
ホルンのマウスピースの音は、ホルンの音から深みを少し取り除いたような音で「ブゥー」というふうに聞こえる。
愛海はやってみせたあとに、「やってみなさい」というふうに手で伝えた。
葉子達もマウスピースに口をつけて「フゥー」と息を吹き込む。
もちろん葉子は鳴ったが、水菜と友理奈は鳴らずに「スー」という音だけが響いた。
「ふふふ、まぁホルン初心者はそんなもんだな。じゃ、愛海のホルンレッスンだ。今日のレッスンはマウスピースとホルン本体の軽い練習だ」
葉子も一応向き直って聞く姿勢を作る。
「マウスピースは音を作る部分で、ホルン本体と体を繋ぐ場所でもあるのだ。音を作るということがどういうことか分かるか?友理奈ちゃん」
愛海はたびたび質問を投げかけて答えさせるらしい。
友理奈は微妙に首をかしげたあとおそるおそる答えた。
「唇によって音がなるから音の扱いは自分次第ということですか?私の例えだと、ピアノの鍵盤に対する力加減みたいな・・・」
愛海は一度頷くと話を続けた。
「そう、マウスピースで鳴る音は直接楽器に繋がる音だ。それは調節によって音が固定されるピアノとは違って、唇の振動によって音の高さが決まるということ。つまり音の発声も音の高低も唇次第・・・自分次第ということだ。学校で練習する意味はそれの扱いをマスターするということ、だから音の発声と高低・・・それの扱い速度の技術と譜面さえ読んで表現ができたらホルンはマスターしたと言っても過言じゃない」
「だが・・・」と愛海は続けて言う。
「ホルンは世界一難しい楽器というふうに世間に知れるくらい難しい楽器だ。どれだけ長いことこの楽器を扱う人でも音を外しやすい楽器なのだ。しかも難しさを挙げるならば・・・マウスピースが丸くなく直接通じるように真っ直ぐな穴で、つまり唇の振動・・・音が直接響く楽器ということだ。しかも出せる音の広さが半端じゃないくらい広い・・・これはあやつる音が多いということだ。だからとても難しいと言われるんだが、まぁこれもホルンらしさと言えばそうだからな。外れないホルンはホルンじゃないと言っていいくらいだし気にしなくていい。ま、難しいけど私らがしっかり教えるから安心しな」
葉子は一郎が言っていた似たようなことを思い出しながら横目に二人を見ると、友理奈と水菜は軽く目を見開いていた。まぁ無理もないだろう。
そんな説明を終えると愛海は「じゃ、マウスピースの音鳴らしについて教えるよ」と言った。
「じゃまずはこうやって唇をほぐすことから始めようか」
そう言いながら愛海は葉子と灼がカフェでやっていたみたいに、幼児の子供がお風呂場でやるみたいに「ブルブル」と唇だけふるわしてみせた。
友理奈と水菜も真似してやってみようとするが、二人は唾が飛ぶことに抵抗があるらしい。少し控えめにしかしなかった。
「ほらほら、二人とも恥ずかしがってたり、控えめだと始まらないよ。ちゃんとやってみて」
そんな二人を愛海は見て言った。
友理奈と水菜はお互いに視線を絡めてしぶしぶやってみた。
葉子もその間同じようにやっていた。
「葉子ちゃんみたいに大きく息を吹いて大きく唇を動かしてみてね。しっかりほぐさないとうまく吹けないことがあるからね」
愛海がそう言うと水菜と友理奈の視線が葉子に向けられる。ちょっと恥ずかしい・・・。
5分程たったか・・・愛海は手で「注目!」という合図を出すと口を開いた。
「じゃ、マウスピースを鳴らしてみようか。唇に軽く押し当てて小さなこの穴に直接「フゥー」と吹き込むだけでいい。マウスピースのこの縁部分リムって言うんだけど、ここが唇を固定して唇のわずかな部分だけが振動するようにしてくれる。じゃ、やってみよう」
友理奈と水菜は言われた通りに唇にマウスピースを当てて「フゥー」と吹き込むように吹いてみた。
「ブゥー」と途切れ途切れだが音が鳴った。二人ともにだ。
「おー、できたできた!じゃ、今の感覚はしっかり覚えといてね!10分程練習してみよう!」
愛海は小さく拍手しながら感嘆の声を上げている。
水菜と友理奈は笑顔で葉子に向いて、事の報せをしてきた。
それに葉子も軽く笑顔で「できたね!」と返しておいた。
そんなことでマウスピースでの音出し練習が始まった。
そんななか葉子は灼に視線を送った。
灼と悠は向かい合って練習していて、灼はわざと途切れ途切れの音をマウスピースから出していた。そんな灼に悠は「しっかり息を真っ直ぐに同じスピードで出すことを意識して!」と教えている。
「灼ちゃん、ほら深呼吸してお腹いっぱいに息を吸って吹いてみて、灼ちゃんはとても音が出るまでのタイミングが早いからうまくできるはずだよ!」
経験者に何言ってんだと葉子は思っていると、悠が少し目線を違うところに向けた瞬間に灼と目があった。
葉子に灼は「えへー」と笑いかけてきた。
そんな灼に悠が視線を戻すとそこには、うまくできない初心者顔の灼がいる。本当にとんでもない少女だ。と葉子は心に思ったのだった。
部活動時間残り30分程度になった時だった。愛海が声をかけてきた。
「葉子ちゃんと水菜ちゃんは自分の楽器を使う?学校の楽器を使う?」
「私は自分の物を使います!」「私はできたら学校のを使いたいです」
葉子と水菜が口々に言うと愛海は頷いて立つと、教室の隅に置いてあるフレンチホルン・・・ベル部分が完全に接合されているホルンのユニークな形をした箱を取りに行った。
愛海が戻ってくると、その両手には新品どうようの黄色い金色のホルンが握られている。体験にはF管のみのホルンを使うらしい。軽そうな本体には3つのレバーと1つの音程用の管しかついていない。
それを水菜と友理奈の隣の机にレバーをした向けに置き、自分の椅子に座り言った。
「じゃ、愛海のホルンレッスンパート2だ。ホルンを鳴らしてみようか。今日はこれで終わってしまうけど、明日の体験入部も来てくれたら続きを施してあげよう」
葉子達は頷いてホルンに手を伸ばした。葉子だけホルンを出す作業に入ると、愛海は思い出したかのように「あ」と言って、水菜と友理奈に持ち方の説明を始めた。
「ホルンは左手の人差し指、中指、薬指をレバーに置いて、親指はレバーの下の支えみたいなくぼみに掛ける。小指はレバーの隣にある小さい掛け金に掛けるんだ。そして右手はホルンのここ・・・ベルというんだが、ここに手を入れて支えるんだ」
そう言って愛海はホルンのベルに手を差し込んで持って見せた。
水菜と友理奈はマウスピースをはめて、愛海を見ながら真似して持ってみた。
愛海はそれを見て「そうそう」と言うと、椅子に深くこしかけて葉子を待った。
葉子もデタッチャブルにベルを入れて持つと、「準備完了」の視線を送った。しかし葉子のホルンの違和感に気づいたらしい愛海は疑問が先に口から出た。
「葉子ちゃん・・・そのホルンなんかすごいね。4つも管ある上に小指のレバー2つもある・・・」
水菜と友理奈もこちらを見て「なんじゃそりゃ・・・」と目を見開いている。もう見慣れた光景だ。
「ま、まぁ・・・とりあえずやろうか・・・時間もないし」
そう言って愛海は調子を戻して口を開き始めた。
「じゃあまずは・・・そうだな。音を出してみようか。なんでもいい適当に吹いて音を鳴らしてみよう」
言い終えると愛海はホルンを構えて「フォーン」と音を鳴らした。愛海の音は綺麗で落ち着いた音だ。
水菜と友理奈も真似するように吹いた。二人とも少し息の流れる「スー」という音が混ざっているがしっかり音は鳴った。
葉子も一緒に「フォーン」と吹くと愛海はやっぱり口を開いてきた。
「私より音綺麗じゃないか。さすがは私のホルン的先輩だ」
「そ、そうですか?ありがとうございます」
葉子も照れるように笑って返すと愛海も笑ってくれた。
「じゃ、音階練習を残り10分前にするから、それまで自由練習だ」
そういうと愛海は一人で勝手に吹き始め、水菜達もそれに釣られて吹き始めた。
そんな中葉子は灼に視線を送ると、灼も葉子を見て「にぱー」と笑ってきてる。
そんな顔を灼がしていると、Fシングルフレンチホルンを持った悠が隣に座り「どうぞ」と渡した。
灼は悠からホルンを手渡されると、さっそくマウスピースをはめて勝手に吹き出した。
どうやらそろそろ種明かしをするらしい。
悠はとっさの新入生の判断についていけず反応が遅れて、「ちょっ」と言葉を漏らす。
そんな悠の言葉さえ無視すると灼は宇宙戦艦ヤマトのトランペットの譜面を勝手にホルンの譜面に変えた部分を吹き始めた。
トランペットのように明るく盛り付けを行う旋律は、灼の明るく元気なホルンの音によって完全に塗り替えられ表現された。
灼が吹いたのはそんな曲の一番トランペットが目立つ部分・・・本当に最初の旋律だけだったが、それは熟練者を思わせるのには十分でホルンパートの3年生全員を振り向かせるには、大きすぎる影響だった。
「えへへへー、悠先輩ごめんなさい。私実は今年5年目なんです。本当の初心者は愛海先輩のところにいる水菜ちゃんです。驚いた顔をいただきました。ごちそうさまです」
そう言って悠の顔を見つめたあと、立って大きめの声で再度自己紹介の文句を告げた。
「改めて自己紹介させていただきます。私は佐々木 灼・・・家庭勉学制度により小学校には行ってませんが、ホルンは今年5年目です」
言い終わると水菜の下に置いてあるホルンのケースを取り、それからホルンを取り出して見せた。
そんな灼の行動に愛海は大きく笑って言った。
「面白い子が出てきたね。悠はまんまと引っかかったわけだ。灼ちゃんとっても面白いんだね!悠の間抜けな顔が見れたよ」
そう苦しそうに言うと愛海はまたお腹を抱えて「ククク」と漏らし始めた。
「おいおい、まじかよ。こりゃ一杯やられたわ」
悠も起きた事態を理解すると、笑ってそう言った。
灼は悠の下に戻って「ごめんなさい」と言うと、悠もわらって「いいよ」と言っている。
そんな光景を見ながら愛海が「じゃあもしかして・・・水菜ちゃん初心者?」と言いながら、水菜に視線を送った。
水菜は申し訳なさそうにしながら、「すみません・・・そうです・・・」と言った。
「そうかいそうかい、まぁわかるよ。どうせ灼ちゃんに詰められたんでしょ?あなたが私でも絶対乗っちゃうよー。ハハハ」
愛海はそう言って水菜を励ましたのだった。
灼と水菜の茶番があってから15分程度たったころだった。
愛海が葉子達に音階の練習をすると言った。
「愛海先輩、私と水菜ちゃん指使いわからないのですが・・・」
「心配しないで、私の見て真似すればいいからさ」
愛海はそう言いながら、黄色い細い山のような形をしたメトロノームの針を100に合わせた。
「よし、じゃあまずはFの音・・・ホルンで言うドの音ね」
フォーンっと愛海は音を出して、どんな音かを葉子達に伝えた。
「じゃ、やってみようか」
そう言うとメトロノームの針をズラして動かしはじめた。
カチッカチッと鳴り始めたとき、愛海は「私の合図から四回目で吹いてね。一つの音につき四回ずつ吹くから、ついてきてね」と言った。
メトロノームのカチッの音と同時に手で合図した。
友理奈と水菜は数回音が出なくなったり、途切れたりしながらもついてきて一回目をどうにか通した。
葉子はもう何回目かもわからないので普通に通した。
「二人とも全然上手にできるじゃん!始めての時の私より上手だよ!」
愛海は感嘆の声を上げていった。
それからは同じ音階を何度も何度も練習して、部活動の時間に終わりがきた。
「よーし!全員集合!もちろんホルンは片付けてね!」
愛海はパートリーダーらしい声で大きくそう言った。
水菜と友理奈がホルンの片付けに戸惑っていると、「マウスピースを洗ってきてね」と愛海は言って二人のホルンの唾抜きと片付けをした。
愛海はできるだけ初心者に手間をかけさせないらしい。見てて思うのはとても優しい先輩だということだけだ。
葉子と灼が自分のホルンを分解して片付け終わったくらいに、二人は戻ってきて洗ったばかりのマウスピースを小さな箱に片付けた。
そんなこんなを終えて全員集合すると、愛海は最後にパートリーダーとして口を開いた。
「今日はお昼で部活動は終了しちゃうけど、また明日も体験入部はあるからね。また吹奏楽部のこのホルンパートの体験に来てくれると嬉しいな。それに今日見てる限りだと、皆音はちゃんと鳴ってるし、初めてにしては上手だったからね。その他の楽器でも上手になれると思うし新入生のみんなは自信持ってまた来てね!」
言い終わると、「今日は解散!」と言って、手をパンパンと叩いた。
葉子達新入生はそれぞれが担当してくれた先輩に「ありがとうございました」と言って教室をあとにしたのだった。
そんなやり取りをしたあと、一郎と水菜の母に合流しバスに揺られていた。
「水菜ちゃん。ホルンはどうだった?」
水菜は緊張が解けて眠たくなったのだろう。目をこすりながら灼の言葉に返事をした。
「うん、とてもカッコよかった!でも私は他の楽器も体験してみたいかな」
灼はそんな水菜の言葉に笑いながら言った。
「ふふ、自分の大好きになった楽器をやるといいよ」
「だよね。灼ちゃんと葉子ちゃん今日はありがと」
葉子は横で話を聞いていただけだったが、名前を呼ばれて「どういたしまして」とつぶやいておいた。
そう言ったあと灼と水菜は何か話をしていたが、葉子の意識は朝から感じていた眠気によって遮られたのだった。