ちょっとくどいかな?
流石は呪術の名門だ。保健室の保険医も凄腕の医療呪術の使い手で、軽いとはいえ俺の脱臼をいとも簡単そうに見えるほどあっさり直した。
どれだけいとも簡単そうにやったかというと俺が膝小僧をすりむいたのを自分でもそもそと救急箱を取り出して絆創膏等で治療するより速く、適格にだ。
もうすでに痛みはかなりひいている。明日になる頃には完治しているというから驚きだ。
この第一渋谷高校を、俺は心のどこかで少し侮っていたのかもしれない。
――――これなら演習で怪我を気にしなくても別に良かったのではないか?
なんてふと思ってしまう。
怪我など気にせず飛び込んでしまえば、あんなやることなすこと全部相手の掌の上なんて事にはならなかったかもしれない。
罠を見破った!といい気分にさせておいてそれを含めて罠とは本当に意地悪な罠だ。
まあ、結局こんなの終わった後にする。ああすればこうすればという後悔にすぎないのだが。
なにより俺が愚かだから相手はああいう手を選んだのだろうし、もしあの二重の罠に引っかからなかったにしてもその後一体なにをすればいいのか。
呪術を使おうにも展開が遅くて、体術も自信がない。
不甲斐ない自分たいする苛立ちからか、ボソっと独り言がでる。
「あーちくしょう。妄想の中でぐらい勝たせてくれてもいいだろうに」
まあ、勝たせてくれないのではなくこれも結局勝ち方がイメージできない想像力もない自分のせいなのだが。
さて、それでどうしようか。
いくら凄腕の治療とはいえ今日中は脱臼した肩は動かすなと言われてしまっている。もちろん演習は強制見学コースだ。
一応サボりではなく怪我が原因だと先生方にも伝わってるはずなのでもうボーっとつっ立ってても怒られないだろうし、成績にマイナスもつかないだろう。
なにせ真面目にやった訓練の結果の怪我なのだから。
まあこの腕、正確には肩の関節を動かないように固定してるこのギプスをみてサボってるなんて思う人は流石にいないと思うが。
そんなことを考えながら見学しに校庭へ行くために保健室からとでようと椅子から立ち上がる。
出入り口へと近づこうとすると、自分がドアを開ける前にドアが開いて教師と思われる人が入ってきた。
ただ入って来たのではなく、その手には担架の取っ手が握られていて二人で誰かを担ぎこんでる様子だった。
重症を負ったのか、それとも訓練に疲れて気絶でもしたのか。
運ぶ邪魔にならないように横によけながら一体どのようなやつがと、好奇心から担架に載せられてるヤツをみて――――
驚愕した。
「え?」
担ぎ込まれていたのは――――俺がさんざん恐れていた一瀬グレンその人だった。
口からは血を吐き、意識を失っているようだった。
それを担架で運びこんだ教師たちが「一瀬のクズの癖して手をかけさせやがって」などととても教師が生徒に言うようなことではない、だが『一瀬にたいしては当たり前と化したこと』を言いながらカーテンの向こうのベッドに一瀬をねかす。
どんな怪我をしたかは分からないが血を吐くほどだ。この後すぐに治療をしに俺の腕を直した保険医が戻ってくるだろう。
このままいても邪魔になるだろうと思い保健室を出る。
そして廊下を歩きながら考えた。
なんであんな大怪我をしているのだろうと――――
実際はそんなの疑問に思うのは可笑しいことだ。ただクズで、女の従者に守られっぱなしの腰抜けの一瀬グレンが無様に負けた。それだけのはずだ。
でも、俺にはみんなの感じない一つの疑念がある。
初登校のときのあの何故か不気味に見えたあの目。
それに得体の知れない恐怖を感じ、近づかないようにした。
なにか、そのうち大きな厄災の火種になるのではないかと思って。
でもあの傷はどうなのだ?いくら彼が本性を隠していたとしてもこんな吐血までするような致命的な傷は、完全ではないにしろここまで重症にならないように避けるのではないか?
もしかしたら……もしかしたら本当に周りの言うとおりの従者に守られっぱなしの無能の主なのか?
自分の感じたあの恐怖は虚像だったのだろうか――――と、思いはじめる。
むしろ、もともとはただの勘だ。ただ目が一瞬あっただけ。それが正しい方が変ではないのだろうか?
所詮俺の勘なんて、相手の罠を見破った気になって、逆に罠に嵌るような勘だ。
自分の中にあった――――『一瀬グレンへの恐怖』が、虚像が、崩れていく気がした。
「は、ははは」
思わず乾いた笑いがこぼれる。
思い返せばなかなか笑える話だ。
中身のない無能のクズで、学校ぐるみで苛められ蔑まされてる生粋の苛められっ子。
それに目が一瞬あっただけで今の今まで怯えてきたのだ。
これが笑い話でなくて、いったいなんなのだ?
――本当に……本当に俺は臆病者だな……。
改めて自覚する。
いつもそうだ。確証もなく一瞬の疑惑を固定化し、真実がわかるまで馬鹿みたいに信じ続ける。
なんでこんなやつになっちまったんだろう。
おそらく最初からだ。
人肌にほとんど触れず幼少期を過ごした結果だ。
他人達がもっている教えるまでもなく育つはずの『心の基礎』を養わず育った結果だ。
どういう事でどういうことになるかを結果でしか分からない。
理由もなくただ殴れば殴られた相手は怒るという程度の単純なことなら分かるが、人間関係はそんな単純なことで出来ていない。
表情一つ、声色一つで意味がかわってしまう。
それがさらに多重に結びつき、さらにわけが分からなくなって行く――――
どれがどれにつながるか、心の配線が分からなくて、他人においてかれてしまった無知故の結果の臆病さと中途半端な勘。
本当にどうしようもないなと思う。
そのうち、懲りずにまた似たようなことになるだろう。
思考に浸るのをやめる。
といつの間にか下駄箱についていた。
結局……俺が恐れていた一瀬グレンは評判どうりだったというわけだ。
恐れることが減ったせいで体が軽くなった気すらした――――
◆
昨日の後日にあたる今日の帰りの前のHR
「さーて明日からついに初の選抜術式試験がはじまりますよ!」
担任の男の先生がものすごい興奮したテンションでそんな事をいった。
『選抜術式試験』
それは生徒同士がトーナメント形式で戦う実戦形式の試験だ。
術式とあるが実際は武術なども含めた総合試験で呪術以外の戦闘行為も評価内だそうだ。
おまけに、相手を殺してしまっても評価が多少下がるだけ、だそう。
おそらく試験で本気を出し切らせるための配慮だろう。当然なるべくそうならないように審判がいるだろうが。
とにかくこの学校の最重要試験、流石に昔のクイズ番組みたいに今までこつこつ頑張った点がすべて無駄になってしまうほどではないが、それでもかなりこの試験で得られる点はかなり大きい。
それこそ、そこそこの成績の差なら逆転できてしまうほど。
俺が、この学校で生き残るための最大の壁。
一瀬グレンに対する恐怖は確かに失せたがこれは疑いようがなく恐怖の対象だ。
この優秀なやつが盛りだくさんの学校で勝ち抜き戦。
正直、初戦敗退しそうだ。
でもそうなればこの学校で生き残れる可能性は著しく下がるだろう。
才がないのに無理をしてここにいるのだ。大きく踏み出せない以上、一歩つまづけばもう終わりだ。
「では、黒板に対戦の組み合わせを張りますから後で各自確認してください!くれぐれもいくら明日試験だからといって今日は無理して練習をしないでくださいね!本番でつまづいたらダメですからね!!」
と教師が言う。生徒を思っていってるようにみえるが多分半分ぐらい自分のためだろう。これは先生にとっての試験でもあるのだから。
自分がどれだけ生徒に適格な指導をできているのかという試験。先生も必死になるはずだ。
先生の話が終わり黒板に貼ってある試験の組み合わせを見る。
一回戦の相手のクラスは九組だ。
あの一瀬グレンがいるクラス。
それと同時にこの学校で一番優秀な奴らが集まったクラスでもあるそうだ。
顔から、血の気が引いたのを感じる。
昨日の脱臼は一夜で完治しているから万全ではあるが、ただでさえ、この学校で他人を倒すのがキツイというのに更に最優秀な奴らが相手。
絶望的すぎる――――
なんて、思いながら自分の名前を探して。
おもわず――――安堵した。
一瀬グレン
あの、みんなが弱い弱いといっているやつが相手。
雑魚の、相手。
学校ぐるみでいじめられている。一瀬の次期当主。
引いていた顔の血の気がもどっていくのを感じる。
……やった……やったぞ――――!!!
何百分の一の確率だろうか、そのなかで、対戦相手があの一瀬グレン。
なんという奇跡!
希望がみえてきた――――
つい最近まで恐怖がまさか、他の恐怖をこえるための糧となるとはなんという因果だろう。
無能で勝ちやすく。なおかつ学校ぐるみの嫌われものだ。審判も一瀬が勝たないようにしてこちらの肩を持ってくれるだろう。
きのうの敵は今日の味方とはよく言われるが、この場合昨日の恐怖は今日の安堵と言ったところか?
なんて、余裕ができたおかげでそんなことを思い浮かべる。
それでも試験は試験。勝ち負けでだけではなく内容も必要だ。
明日に備えて、早々に帰路につこうと教室をでて――――
廊下で、明日戦う相手を見かけた。
廊下でまた苛められでもしたのか倒れており、二人の従者に慰められている。
その姿の一瀬か、それともこんなのに中途半端な勘で怯えていた自分に対してか。
本当に、惨めだと思った。
自分が恐怖したのが、本当にこんなにも悲しい、ただの苛められっこだったとは。
もう……いい。帰ろう。
振り返り下駄箱へとむかって行く。
明日の試験。
学校が設定した。はじめから確定されたような勝利。
だが――――
少年は、一片の『
オリ主「 も う な に も 怖 く な い 」
ああ……なんか青髭の旦那が恐怖には鮮度がうんぬん言ってるのが聞こえるよ……