ガンダムビルドファイターズ アナザートライ 作:慢性睡眠不足
6月に入り、ついに待ち望んだ大会の日がやって来た。朝日を浴びて輝く真新しい立て看板には黒々とした「第13回全日本ガンプラバトル選手権大会 チームバトル部門」の力強い文字が書かれている。
「早く来すぎではありませんか?」
「待ちきれなかったんだ、しょうがないだろ。」
「ははは、まあ気合の表れと言う事にしよう。」
待ち合わせよりも30分以上早く来ていた三人は互いに顔を見合わせて笑う。去年の敗戦から1年、そして世界への挑戦をはじめて4年。全ては今日からの戦いのために積み上げてきたものである。はやる気持ちは皆同じであった。
会場の入り口を抜ければ、そこには少なくない人がいた。彼らもこの日を待ち望み、そのために実力を磨いてきたのだ。その内に秘めた闘志はすでに抑えきれないほどに熱く、開始前だというのに早くも会場の空気を熱し始めていた。
その空気に三人分の熱量を加えながら、拓也たちは観客席の片隅に今日の陣地を確保する。
「では私と賢さんは大会の受付にいって参ります。」
「拓也、荷物と観察は任せたよ。」
そういってその場を離れた二人を見送り、拓也は双眼鏡を片手に早速会場にいる選手の顔ぶれを確認し始めた。
もう少しすれば拓也の兄、陸や綾の姉の結衣が応援に来るはずだったが、それもまだしばらく後のことだ。荷物を放っておくわけにもいかず、この場から動かずとも会場内の観察が出来るようにとの事前に準備してきた。
綾と賢士郎が戻ってきたのはそれから十分ほど後のことだった。双眼鏡からは目を離さず、片手のみを上げて二人を出迎えた拓也に綾が受付でもらった大会プログラムを手渡してきた。
以前は大会数日前にはネット上で組み合わせを公開していたのだが、大会前の闇討ちが何度か発覚したため数年前より大会開始直前まで公開は控えるようになっていた。
「おっ、ありがとう。」
礼もそこそこに拓也は早速組み合わせを確認する。二人はここに戻ってくるまでにすでに目を通していたので、拓也がプログラムに目を通し終わるまでに自分達が感じた今大会へのひとまずの印象や見解を交換することにした。
「去年とは少し顔ぶれが変わっているね。常連のチームはほとんど出ているみたいだけれど。」
「そうですね。去年のベスト8は全チーム出場しますし、前回は参加していなかった強豪チームの名前もいくつか見られます。上位チームの欠けが少ない一方で。未知のチームの参加が多い。場合によってはかなり荒れるかもしれません。」
近年、チームバトルの人気は上昇しており、そのレベルも急激に上がっている。一部においてはガンプラバトルの最高峰に位置するオープントーナメントに匹敵する、と言う人も出てきた。
ガンプラの性能や技量以上に戦術や戦略、そしてコンビネーションといったトーナメントには無い要素が重味をもつバトルに魅力を感じる人が増えてきたのだ。
当然注目が集まれば参加者も多くなり、強い人も増えてくる。二人とも厳しい予想をしていたが、拓也も同意見であった。
「まあ、誰が相手だろうと勝つしかないんだ。何時ものようにやればいいさ。」
対戦表に目を通し、立ちはだかるであろう強豪チームの名を心の内に刻み続けながらも拓也は答える。その気負いのない意見に会場の熱気に当てられそうな意識を引き戻した賢士朗が肩の力を抜いて言った。
「そうだね。考えてみれば去年も同じだった。気負わず、緩まず、楽しんで。そして勝ちにいこう。」
賢士朗の言葉に綾も同調し、二人はバトルへの心構えを新たにした。やがてプログラムに目を通し終わった拓也も会話に参加する。
要注意チームとその対策、他のブロックの勝ち抜けチームの予想に、常連チームの戦力増強の見積もりなど話し合うことはいくらでもあった。
「そう言えば、君たちが言っていた例の兄妹のチームはどれか分かるかい。」
プログラムを見ていた賢士朗がふと思い出したように言ってきた。
「そういや名前は聞いたけど、チーム名はお互い言ってなかったような……。」
ハイテンションであやふなになっていた記憶の詳細を探る拓也に先んじ、綾が答える。
「そう言えば、聞きそびれていましたね。私としたことがうっかりしていました。どうしましょうか。」
首をかしげ、困ったように二人を見た綾だが、不意にその視線をさらに後ろに転じて言った。その眼には楽しげな、しかし油断のない冷たい光が浮かぶ。
「……ああ、でも大丈夫でしょう。分からなければ本人たちに直接尋ねてみればいいのですから。」
その言葉に引っ張れるように後ろを向いた拓也の目に近づいてくる3人組の姿が写った。その内の二人には見覚えがある。
「2ヶ月ぶりだな、道野 拓也。それにそこの女子も。忘れてはいないと思うがもう一度名乗っておこう。チーム〈ユニバース〉のリーダー、宇野 啓太だ。」
堂々と見せつけるかのように歩いてきたケイタは、拓也たちに語りかけてきた。その両脇には彼の妹の他にもう一人、見知らぬ男子がいる。拓也よりやや背が高く、くせっ毛の強い髪の下の明るい目からは楽しげな視線を送ってきている。
「妹の凜歌ともう一人、チームメイトの世良 克彦だ。この地区のオーブントーナメントの上位ファイターだか、今年は俺のチームで戦ってくれることになった。」
「やあ、よろしくな。」
メンバーを紹介するケイタの前に進み出て、克彦は快活に挨拶すると握手を求めてきた。一方の凜歌は黙ったまま小さく礼を示しただけである。馴れ合いは好まない性格らしい。
「ああ、よろしく。道野 拓也だ。そしてこっちが……。」
「リーダーを務める土浦 賢士朗です。先の一件を聞いて戦えるのを楽しみにしていました。」
「前は名乗りそびれてしまいましたね。緋川 綾と申します。」
端から見れば穏やかな紹介を交わしているだけかもしれない。だかチームの間にはすでに見えない火花が散っていた。言葉を多く交わさずとも、侮ってはならない相手だと互いに察していたからだ。
静かに緊迫感を増していく空間に楽しげな声が割って入ったのはその時だった。
「なかなか盛り上がっているな。私も混ぜてもらおうか。」
それは忘れたくても忘れられない声だった。去年の自分達に敗北を与えたものの声。途端に拓也達全員の意識がその方向へと向けられる。
その集中した視線の先にいたのは十代後半の女性であった。肩の上で切り揃えられた髪を会場に満ちつつある熱気になびかせながらゆっくりと歩いてくるその顔には不敵な笑みが浮かんでいる。やがて拓也達の元へとやって来た彼女は悠々と自らの名を名乗った。
「チーム〈可能性の獣〉のリーダー、日向 美鳥だ。あいにく他のチームメイトは不在だけどその顔を見れば紹介の必要はないか。」
その乱入者に拓也達は身を固くした。
チーム〈可能性の獣〉。昨年度のこの地区の優勝者にして全国ベスト8の強豪チームである。過去4年の全国連続出場チームにして、上位入賞の常連。
彼女達こそ世界を目指す拓也達が越えるべき最初の壁であった。
「¨トライ¨に¨三本足¨とは面白い組み合わせだな。」
その言葉を告げ、その場の一同を見回した美鳥はまず啓太へと向き直り、楽しげな口調で話しかける。。
「この地区から出場とは気の早いリベンジだな、¨三本足¨。わざわざ予選から当たりに来るとは思わなかったよ。それだけ気合いも入っているなら去年の対戦と同様に楽しめそうだ。最も勝ちを譲る気は全くないが。」
その自信に満ち溢れた物言いは決して彼女の性格だけによるものではない。三年連続ベスト8以上に勝ち残っている実績に裏付けられたものだ。
その強者を感じさせる威に一瞬気圧された啓太だが、直ぐに気持ちを立て直してた。
「ふん。この地区から出場する事になったのは偶然だが、去年の雪辱を晴らす機会が早まった幸運を逃すつもりはない。あなた達に勝って我々は堂々と全国へ行かせてもらう。去年とは違う我々の実力を思い知らせてやろう。」
啓太の強い決意と意思を込めた答えにチームメイト二人分の闘志が上乗せされて美鳥へと返される。だか彼女は悠然とした態度を崩さない。
「そうか。なら楽しみにさせてもらおうか。」
挑戦を受け取った美鳥は今度は拓也達へと話しかける。
「さて、トライの諸君。去年の決勝戦は非常に楽しませてもらった。また今年もあのようなバトルを期待させてくれ。」
ウインクと共に述べられた言葉には一見こちらを軽んじているようにも聞こえた。だがそうではない事を拓也達三人は理解している。警戒しているからこそ大会前にわざわざ挨拶と称して探りを入れて来たのだ。
「こちらこそ。よろしく。」
その短い言葉に想いを込め、さらに強い意思と闘志を加えて彼女に返した。
「さて、では挨拶も済んだしそろそろ行かせてもらおうかな。他に挨拶をしておきたいチームもあるし。それでは皆さん、良いバトルを。」
その言葉と優雅な一礼を残し美鳥はこの場を後にした。
「相変わらず、気取った人だなあ。」
「ああ、全くだ。」
その背を見送った賢士朗が心の中をもらすと、啓太が同意を返す。他の面々も同じ感想を抱いているようだ。
意を共にした啓太に向かって笑いかけた賢士朗は組み合わせのプログラムを示して言った。
「これを見る限りだと順調に勝ち進めば君たち〈ユニバース〉は準決勝で彼女たち〈可能性の獣〉とぶつかる事になるのか。どうやら私達とはどちらかとしか戦えないようだね。」
「問題はない。さっきも言った通り、我々の全力を尽くして勝つだけだ。そちらこそ油断して途中で敗退しないようにすることだ。要らない世話だろうが。」
賢士朗の言葉に再び決意を述べた啓太は二人を促しその場を後にしようとした。だが数歩も行かない内にその足を止めると振り返って質問してくる。
「そういえば、また聞き忘れるところだった。悪いがチーム名を教えてくれ。」
その言葉に拓也達三人はあっと同じ声を上げた。今まで正式なチーム名を名乗るのを忘れていたからだ。普段は略称や通称の〈チビっ子チーム〉などと呼ばれていたせいもあって失念していたのである。
「すまない、言い忘れていた。〈トライ〉だ。チーム〈アナザートライ〉。」
謝罪と共に賢士朗が代表してチーム名を名乗る。
チーム〈アナザートライ〉。命名は拓也の兄、陸によるものだ。拓也達が愛用するガンプラがアナザーと呼ばれる初期三作の主人公機であることに因んだものだが、別の意味も含んでいた。
「成る程。〈
その意を理解した啓太はそう感想を述べると楽しげな笑いと共に去って行った。
〈アナザートライ〉。それは年齢その他の壁を乗り越え、無茶とも無謀とも言える挑戦を選んだものたちの呼び名だ。そしてその困難な夢へ向かって進むものたちのことである。
ガンプラバトルチーム部門。その世界最高峰を目指し、挑戦する者たちの戦いが今始まる。
ようやくチーム名の登場。べ、別に忘れていた訳ではありません。