これは幸せだった頃の記憶。
今では踏み入る事を許されないエル家離宮の筆頭騎士を勤めていた父の関係で、わたしたち兄妹が護衛とは名ばかりな皇子の遊び相手を任されていた頃の大切な思い出。
「でんかさま、わたしがおおきくなったらおよめさんにしてくれますか?」
「ファンナ、でんかさまじゃない。殿下、もしくはセリエル様と呼べ。僕達は護衛であって、対等の身分ではない。特に公式の場では特に気をつけろ、まかり間違っても父様に不利益が発生する事態は許されないのだから」
「うー、もうしわけありません兄さん」
「殿下、我ら兄妹は御身の為ならば死をも厭わぬ覚悟でございます。どうか寛大なお心で愚妹の失言をお許しを」
少し年の離れたテファル兄さんに頭を下げさせられ、わたしは悪い事をしたのだと悟ったものだ。
まだ身分の差を本当の意味で理解しておらず、似たような発言は多かったと思う。
もしも神経質で有名なクロヴィス殿下あたりに仕えていたとしたら、容赦なく処罰されていたでしょう。
でも、歳も近くお優しいセリエル殿下だからこそ恋をした。
嫌いな人間には昔からドライだったわたしなので、これだけは自信を持って言える。
その点、兄さんは凄い。見習いの従騎士として何をすべきか理解し、常に最善を尽くそうと努力を欠かさなかった背中は幼心にもしっかりと焼きついています。
「ここなら人の目もないし、プライベートで細かいことを気にする必要はないさ」
「ですが……」
「シュナイゼル兄上の次に信頼する君たちだ。盲目的に従わず時には諌めてくれる事にも期待しているのに、親愛の情に満ち溢れた言葉遣い程度で目くじらを立てる意味が無い。繰り返すけど、私の場ではフランクに行こう。未来の我が騎士テファル、これは勅命である」
「イエス、ユア・マジェスティ」
「そしてテファルが僕の騎士になるのなら、ファンナは僕のお嫁さん候補。これからもずっと三人一緒に生きていこう。これは約束、セリエル・エル・ブリタニアの名において宣言する確定した未来だ」
「はい、でんか!」
小さな指を絡め約束を交わす。
お母様に教わったもうひとつの故郷の風習は、ブリタニアでは知る者も僅かな絶対遵守の誓い。
兄さんにも教えていない、二人だけの秘密の符丁だった。
この時のわたし……ファンナ・レストレスは、描いた未来が訪れることを全く疑っていなかった。
そう、あの事件が起きるまでは。
TURN01「黒魔女と吸血鬼」
ごっ、という擬音の似合う手ごたえを感じたファンナはゆっくりと目を開く。
未だ大人にはなりきれて居ないが、小さかった頃の夢はとても楽しかった。
これでまた暫く頑張れる、こんなにも清清しい朝は本当に久しぶりだ。
「イ、イレブンの分際でこの私に手を上げるとは、何時もながら身の程知らずだなぁ貴様は!」
せっかく幸せな気分に浸れたと思えば、目覚めに飛び込んできたのは逆毛。
士官学校時代から配属先まで延々と続く、腐れ縁のルキアーノの怒り顔だった。
額を赤くしている事から察するに、防衛本能が働いたのだろう。
何せこの男は名門貴族の子弟の癖に殺人が趣味であり、既に片手で収まらない数の領民を手にかけている凶状持ちときている。
そんな危険人物が拳の間合いに踏み入ったのなら、それは明確な敵対行動。
というか相部屋とはいえ、女の子の寝込みに忍び寄ってくる時点で有罪と言えよう。
「わたしはれっきとしたブリタニア人です。それよりも仕切りを越えて進入するとは良い度胸ですね。妙な素振りを見せたら警告なしで撃つと言いましたよ?」
「手が滑り、愛用のペンがそちらに飛んでいってしまったのだよ。私に幼女趣味は無いから安心したまえ」
「どこを見て言いやがりますか」
「自分の胸に聞くのだなぁ」
「誰が上手いこと言えと」
何を隠そうファンナは、日本がエリア11と言う名の属国になる前にブリタニアへ嫁いだ日本人の連れ子。
つまり国籍はともかく流れる血は純度100%日本産であり、色々とボリュームたっぷりなブリタニア人と比べると貧相な感は否めない。
が、本人は自分の容姿にコンプレックス無し。何を言われようと涼しい顔でどこ吹く風だ。
何故ならこの顔、この体は、今でも想いを寄せる皇子に可愛いと賞賛されたもの。
烏の濡れ羽色のようだ、と褒められて以来伸ばし続けている黒髪は絹の様な滑らかさ。
起伏に欠けるスレンダーさだって、体のラインを綺麗に出せていると自負している。
確かに胸やら背丈がもう少し欲しいと思う瞬間はあるが、それはそれ。
自らの容姿に不満を持っていない以上、有象無象にネタにされようと欠片も響かないのである。
「遺言はもういいの? そろそろ一番大切な物を略奪しますよ?」
「私の口癖を真似するなぁ!?」
「その遺言、ご家族にちゃんと伝えますからね」
そんな訳でイレブンと迫害を受けることも多いファンナは、護身用にお休みからお風呂まで拳銃を肌身離さず持ち歩く ”犯られる前に殺れ” がモットーの少女だ。
基本的に殺ると言ったら殺る。この基地に赴任したばかりの時も、安直なセクハラの報復として先任を射殺一歩手前に追い込んだ実績はルキアーノの記憶に新しい。
そんな怪物が拳銃の引き金に指を掛けたのだから、さすがのルキアーノも顔色が変わった。
単純な力比べならば圧倒出来るが、総合能力ではシリアルキラーの自分に引けを取らないのがこの娘。
ここで譲歩しなければ撃つと確信するが故に、両手をあげて降伏の意を示すことにする。
「分かった、今回だけは非を認めよう。だから銃を仕舞いたまえ。私と貴様が争えばただではすまないし、これから始まる愉快な皆殺しをふいにしてはお互い困ると思うのだが?」
「では、貸し一つで手打ちです」
「強欲女め……これだから、たかることしか知らない貧乏人は嫌なんだ」
「給料同じですけどね」
「今更ながら何故にこの私が貴様のようにナンバーズ……しかも貧相な女とセットなのだろう?」
「こっちだって不本意ですとも。早く圧倒的な戦果を挙げて、あなたの居る部隊からおさらばしたいものです」
「久方ぶりに意見が一致したなぁ。私も同意見だよ」
肩をすくめて天幕の向こうへ姿を消した友人(?)とは、まだまだ別れられないようだ。
生い立ちに難のあるファンナと、人格的に破綻しているルキアーノ。
十把一絡げのイロモノ枠は会話を交わす相手が殆ど居なかった事もあり、口では色々言いあいながらも地味に仲が良いのが現実なのである。
「準備でも始めますか」
どんな事情であれ、起きてしまったからには仕方がない。
本来の予定より一時間近く早い起床を有意義に過ごそうと、ファンナは着替えを始める。
ちょっとしたコネで年齢を詐称していることもあるが、やはり身の丈が軍の基準に足りていない。
お陰で規格品ではサイズが合わず、特注品となってしまった軍服に身を包み髪を梳る。
最後に命よりも大事な古びたリボンで髪を一房纏め上げ、鏡で身嗜みに乱れが無いか最終チェック。
皇帝陛下の前に出てもおかしくない事を確認すると、少女騎士は新しい一日を始めるのだった。
-格納庫-
「よう嬢ちゃん、最終チェックかい?」
「はい、バランサーの微調整を済ませたくて来ちゃいました。今日は大物狙いなので、この子にも無理をさせると思います。壊してしまったら御免なさい」
「死なずに帰ってくるだけで俺たちゃぁ満足さ。いくらKMFが優位だからって戦車の一発は簡単にコイツらをおしゃかに出来る立派な兵器だぜ? 甘く見ちゃいけねえ」
「あはは、耳に痛いですねー」
「いいか、扱う獲物が違っても最後に物を言うのは人。素人の機関銃より玄人のナイフが勝る事だってザラにある事を忘れるな。何よりナイトメアは無敵の兵器じゃねえぞ」
「ですね。1%でも生存確率を上げられるよう努力します」
「それでこそ俺の見込んだ騎士様だ。手を入れたくなったら呼んでくれ、出来る限り要望を聞いてやるからな」
いかにも現場主義といった風情のメカニックに笑顔を振りまいて、ファンナは愛機へと体を滑り込ませる。
祖国ブリタニアが世界に先駆けて生み出した、最強の陸戦兵器ナイトメアフレームことKMF。
世界初の正式量産型として採用された記念すべき機体 “グラスゴー” へと。
以降の世代へ標準装備となる高機動用の外装ホイール “ランドスピナー” 。
多機能情報収集センサー “ファクトスフィア” 。
そして武器にも移動にも使えるアンカー “スラッシュハーケン” が融合した傑作機だが、残念ながら今や主力兵器とは言い難い。
何故なら配備の進む次世代機 “サザーランド” の性能向上は著しく、グラスゴーはもはや旧型機扱い。
軍の機種転換もほぼ完了しつつあり、見かけることも稀という物悲しさである。
「要望はいっぱいあるけど、改善は無理。新型欲しいなぁ……」
しかし、そうは言っても遅れてKMF開発に乗り出した他国などグラスゴーの劣化コピーが最先端。
未だに戦場で優位を保ってくれているから、ファンナは頭が上がらない。
しかし、やはり少女にとっては物足りない相棒である。
人型が生む行動の自由度は素晴らしいと思う。が、いかんせんレスポンスが悪すぎる。
特に三次元的な動きへの追随が酷すぎて、思うような動きが出来ずに辟易することの何と多いことか。
これがKMFという機械の限界なのか、それとも旧式の定めなのかは分からない。
果たして正解は前者なのか、それとも後者なのか。
後者であってほしいと願う少女は、技術の進化に想いを馳せつつコンソールへと手を伸ばした。
「モーメントチューニングOK、反応値も限界になっている……と」
整備の人間は基本的に信用しているが、どこまで行っても血の宿命が付き纏う。
この基地に配属ほやほやの時など嫌がらせでランドスピナーを弄られるわ、不良品のアサルトライフルを掴まされるわで散々な目にあったファンナだ。
それでも順調に戦果を挙げ伸し上がった少女は、実力で整備班を味方に付けて周囲を黙らせることに成功。
ぐうの音も出ないエース級の地位を不動の物にした現在こそ表立った嫌がらせを仕掛ける馬鹿は少ないが、やはりゼロと言うわけでもない。整備を疑うつもりは無いにしろ、やはり最後は自分の目で確かめなければ不安なのである。
「うん、完璧。これなら次の無理ゲーも乗り切れる」
しかし幾ら戦果を上げようと、嫌われ者の地位はだけ変わらない。
司令官なんて露骨に汚物を見る目で蔑視を止めないし、周囲が続々と機種転換を続ける中でも今だサザーランドが支給される気配もなし。
無理難題を押し付けられることも恒例行事。今日も今日とてルキアーノと二人だけで基地を一つ落として来いとの無茶ぶりを受けている。
二人が囮として撹乱している間に本隊が突入、一気に勝負を決めるとのこと。
遠まわしに死ね、と言われているとしか思えない。
「普通の人が匙を投げる状況こそ星を稼ぐチャンス。目指せ殿下の騎士っ!」
ファンナ・レストレス、14歳。
諸々の事情で軍属の道を選ぶしかなかった少女は、故郷も遠い中東の地にて灼熱の太陽を仰ぎ見るのだった。