「元気にしていたか?」
「見ての通り、至って健康です」
「何よりだ」
先輩との出会いは士官学校。偶然同じ小隊に配属され、何だかんだと卒業までを一緒に過ごしたチームメイトと言うのが関係の全て。
そして、一番近くで先輩の背中を見て来たのはあたし。
先輩は凄い。才能は周囲と比べて頭一つ抜け出していたし、常に努力を怠らない姿勢は足を止めずに全力疾走を続ける兎の如し。
なのでトントン拍子の出世も当たり前。噂ではラウンズの候補にも挙がったらしいけど、先輩ならそれくらいは当然とさえ思っていた。
「先輩、一つ質問しても宜しいでしょうか?」
「何かな」
「どうして私を副官などに?」
対して、あたしは何処にでも居る凡人だ。
一度だけ交わった道も唯の偶然。先輩とあたしは住む世界が違う。
どうせ卒業すれば縁も切れて終わり。そんな風に思っていた頃が懐かしい。
だって初任地で待っていた上司って先輩なのよ?
しかも偶然じゃなくて、画策による必然って何さ。
あたしは青田刈りされるほどの天才じゃないし、別れた頃と比べても大きな成長を遂げられない十把一絡げの騎士だと胸を張って言える。
なのに―――。
「不服と?」
「身に余る光栄です……が」
「が?」
「何故、私なのでしょうか」
「君が優秀だから」
「嘘は止めてください。身の丈は自分が一番よく知っています」
正直、複雑だった。確かに先輩とは普通の先輩後輩を超えたレベルで仲良くしていたし、男女の関係には成らなかったにしろ、私生活の相性も良かったと思う。
本音を言えば、昔と同じように先輩と肩を並べられることは嬉しい。
だけど、それは甘え。もしも温情で後輩を引き抜いたと言うのであれば、あたしは絶対に先輩を許さない。
無能が天才の隣に立てるのは、失敗を許されるモラトリアムまで。一兵卒ならまだしも、多くの人の命運を左右しかねないポジションは分不相応だ。
「私は嘘を好まない。自分に不利な事象であろうと、ありのままを話す主義だ。君ならそれくらい知っているだろうに」
「そのせいで、何度私が火消しに奔走したことか……」
「その節は助かった……が、今は本題に戻ろう。アンヌは自分の能力を過小評価している。確かに総合成績は中の上だが、それはそれ。私が評価する才能は個の力ではない」
「まさかの美貌とか言いませんよね?」
「ノーコメント」
「予想通りの回答を有難うございます」
「魅力はさておき、当時を思い出して欲しい。私が君に求めたポジションは単純なFWか? 否、断じて違う。求めたのは、後方からの情報戦と指揮だった筈」
「あれは、私が後ろに居ても余裕なくらい先輩方が強かったからでは?」
確かにあたしと先輩にもう一人を加えた小隊は、卒業による自然解散まで無敗。
だけど、最強の理由は上級生ズの技量に寄るものが大きい。
主に裏方を受け持ったあたしには無関係だと思う。
「背中を任せられるからこそ、前衛はその力を発揮出来るのだがね」
「うーん?」
「それに突出した能力が無いと自虐的に言うが、逆説的に何でも人並みにこなせる汎用性は立派な武器だと私は思う」
「器用貧乏なだけです」
「いざとなれば狙撃の真似事すら出来る者を、器用貧乏とは言わない。私のような一芸特化型も必要だが、オールBの万能型も時に必要なのだよ」
「それが私を欲した理由でしょうか」
「実は違う」
「この空気の読まなさ……いつまでもブレませんね」
「それはそれとして」
「て?」
「今更言うまでもないだろうが、ワンマンアーミー気質の私に指揮は無理。ついに部下を抱え込む羽目になったテファルと言う駄目人間には、背中を無条件で預けられる副官の確保が急務なのだ」
あーそう言うことですか。
上の立場になってしまった先輩に、年貢の納め時が来てしまったと。
出世すれば、自然と部下が出来るもの。
何時までも孤高を貫ける訳がない。
「そこ、威張るとこじゃないですよね」
「得手不得手は誰にでもある。虚勢を張っても意味が無い」
「さいですか」
「で、だ。アンヌの指揮能力の高さは、小隊が最強だった事で証明されている。突っ込むしか能の無かった馬鹿二人を上手い事コントロールし、勝利へ導く手腕は君だから出来たことだろう」
「褒められた気がしないのは何故でしょう」
あれー、知らない所で凄い評価されてたっぽい。
言われてみれば、兵站も含めて縁の下で相当頑張った気がする。
手間隙を惜しまなければ誰にでも出来ることながら、末期には機体のセッティングに始まり、戦術の立案まで全てやらされたんだっけ。
「さらに言えば私の人となりを把握し、一番生かせる頭脳は間違いなく君だ」
「完璧超人にしか見えない先輩が、その実豆腐メンタルな駄目人間で且つビビリってことを理解しているのは、あたしくらいでしょうけど」
「うむ。本質を掴んでいるアンヌでなければ、指揮権委譲はちと怖い」
あたし以上に先輩の思考を先回りして察せる人は、何処にも居ない自負はある。
先輩にとってのライトスタッフは……あたし以外に居ないのかも。
「……上手くやれたのは、たった三人の小隊だったからかもしれませんよ?」
「大丈夫、自分を信じろ。それが難しいならアンヌを信じるテファルと言う男を信じろ」
「……ミスっても、責任取れませんよ?」
「それは責任者たる私の仕事。気にする必要はない」
「口煩く、気軽にガンガン言うかもしれませんよ?」
「むしろ昔の様に、フランクな方が望ましい位だ」
「わた……あたしは、手加減出来ませんよ?」
「それでこそ姉御属性の面目躍如だろう」
「この人は、年下相手に何を言っているのかしら」
真顔で全てを肯定されてしまうと、悩んでいたことが何とも馬鹿らしい。
「ああ、それともう一つ」
「はいはい、なんでしょ」
「面倒なので、私生活のサポートも候補生の頃と同様に頼む。これが部屋の鍵とクレジットカードの予備。うまいことやってくれ」
「あたしは先輩の母親じゃないんですけど。てか、預金まで任せるって」
「はっはっは、使う暇が無いのでゴッソリ溜まっているぞ」
「笑ってごまかすなぁ!?」
た、確かに寮生活ではハウスキーパー紛いの事をやっていたけど、まさかこの期に及んでまで請け負うことになるとは、ビックリを通り越して呆れるばかり。
まーた昔と同じく、通い妻とか愛人みたいな風評が広がりそうね……。
「部隊の風紀が、激しく疑問形ですマイロード」
「私がてっぺんでルールだ。虎の威を全力で使い、五月蝿い輩は黙らせろ」
「はぁ」
口には出さないけど、先輩は少なからずあたしに好意を抱いていると思う。
これが自惚れなのか、真実の一端なのかは分からない。
でも、あたし自身は穴あきチーズのように欠点の多いテファルという騎士が好き。
今は傍に居られるだけで十分。高望みをしちゃダメ。
「風紀を問題にするなら、名義上だけでも嫁に来るか?」
「死ねばいいのに」
この男はたまーに本気でろくでもない事を言い出すから心底救えない。
「簡単にそんな冗談言ってると、本気にした娘に刺されますよマイロード」
「いや、君だから言っている。他の誰にも言うつもりはない」
「……せ、先輩?」
「気軽に偽装結婚を頼めるのは、アンヌくらいだ」
「お疲れ様でしたー」
き、気を持たせるような発言を。
ホント、この人は乙女心が分かってないんだから!。
「そうか。では、予約で二年待ちのレストランはキャンセルだな」
「行きましょう」
「帰るのでは?」
「ロハでご飯が食べられるなら、世迷言の一つや二つ受け流せるあたしです」
「何が悪いのか分からないが、とりあえず機嫌を直してくれただろうか」
「空気の読めない性格、よーく知ってるから出来る芸当よ。普通の女の子ならとっくにブチ切れて裁判沙汰だと思う。懐の広い後輩に感謝してよね」
「了解した。見捨てられないよう努力する」
やっぱりこの人には、あたしが必要らしい。
それが分かっただけで自然と笑顔が零れちゃう安い女ですよ、ええ。
「……見捨てるもんですか。先輩が望む限り、ずっと隣で支えてあげますよ」
ぎゅっと先輩の腕に抱きつき、そっと呟くあたしでしたとさ。
TURN10 「罪と罰」
「君がテファルの選んだパートナーか。これから先、無理難題を命じる事も多々あるとは思うが、宜しく頼む」
「いえいえいえ、殿下に頭を下げられては立つ瀬が無いというか何というか。と、とにかくマイロードの為に粉骨砕身働かせて頂きます!」
「ははは、公の場を除き敬語は不要。そうだろう、我が騎士」
「はっ、その通りで御座います」
「えーと、容赦なく敬語ですけど……」
「僕の騎士はこれで平常運転さ。私生活でもパートナーと聞いているけど、二人きりの時は違うのかい?」
「あーと、大体こんな感じかもです」
「ま、無理強いはしないよ。但し、僕は気安い方が好ましいとだけ覚えていて欲しい」
「わっかりました。僭越ながら、フランクな応対を心掛けますね」
「その調子で宜しく」
「あの、それはそれとして聞きたいことが」
「何だね?」
「マイロードの隣で死んだ魚みたいな目をしているのが、噂の妹さんですか?」
「その通り。アレの名はファンナ。法的にも道義的にも妹に分類される女の子かな」
「ええと、今にも首を吊りそうな感じの女の子に対するフォローは?」
「不要」
「……殿下はそう仰ってるけど、兄としてはそれでいいの?」
「殿下の判断は常に正しい。何よりこれは自業自得の末路、これくらい凹んで妥当だ」
「なんだかなー」
黒の騎士団の横槍で完全勝利こそ逃したにしろ、結果的にナリタは落ちた。
政庁で勝利の一報を聞いたアンヌは腕によりをかけて料理を仕込み、翌日戻ったセリエル一同をもてなす祝勝会の場を設けたのだが、何とも空気が悪い。
正確に言えばファンナだけが捨てられた子犬の様な雰囲気で、兄と想い人は至って明るく平常運転。しかも二人揃って少女の事を、意識的に無視している節すら見受けられる。
「えーと、ファンナちゃん?」
「……何でしょう」
「何をやらかしたの?」
「……命令違反です」
「そ、それは何と言うか救えない感じね」
「……転属前は相棒と一緒に命令を無視してハシャいだこともありましたけど、必ず結果を出して何も言わせませんでした。でも、今回はダメです。殿下の指示を聞かなかった挙句、KMFはスクラップ。兄さんが来なければ多分死んでいたと思います」
「ヘ、ヘビーだなぁ」
「はい、極刑をかせられました……ぐすん」
言いながらぽろぽろと涙を零す少女の姿は、可憐なだけに見る者へ罪悪感を抱かせる。
それはアンヌも例外ではなく、義妹になるかもしれない少女の惨状に胸が痛む。
そして同時に感じたのは、肉親へ気遣いを見せる素振りの無い主への怒りだ。
「ちょっとテファル、妹の減刑に尽力とかしなさいよ」
「皇族の命に背いた罪人に温情? 本来ならば、軍法会議無しで即刻死刑だぞ」
「そりゃそうだけど……」
「そもそも愚妹に課された刑を知らないから、そんな温い事を言う」
「そうなの?」
「砂糖に蜂蜜を加える程度には甘い処遇だろう」
「……ねえ、ファンナちゃん。どんな罰を受けたの? 減給? それとも懲罰房送り?」
「殿下が口をきいてくれません」
テファルからエル家の人間は身内に甘いと聞いていたが、予想の範疇を大きく超える勢いである。これでは騒いだ自分こそがピエロではないか。
「子供の喧嘩か!」
「年齢だけ見れば子供だがな」
「なんて言うかさ、あんた達って兄妹だわ。揃ってメンタル弱すぎ」
「言うな」
お家芸の自覚はあったらしい。
「よーし、気にせず食べるぞぅ! 殿下、これなんて自信作。うちの馬鹿上司が大好物な、エリア11の郷土料理です」
「芋と肉の煮込み……確かテファルの母親の得意料理だったか。この独特の風味、本当に懐かしい。テファルも良い嫁を持ったものだ」
「いえ、嫁じゃないです」
「まだ恋人かね」
「いえ、唯の副官です」
「……大変だな、君も」
「いえいえ、身分差の激しい殿下ほどでは」
「ならば僕が先か、それとも君が先か。一つ勝負といこう」
「望むところ」
この人の下でなら働ける、そんな感想を抱いたアンヌに気づいたのだろう。
テーブルを挟んでほっと胸を撫で下ろしたパートナーは、珍しく笑顔を浮かべている。
それから一人を除いて談笑は続き、セリエルが時計を気にし始めた時だった。
「時にアンヌ、明日の予定はどうなっている?」
「ええと、昼からマイロードの政庁訪問に同行します。その後は例の鹵獲機の件で特派とウチの開発陣で打合せをして……夕方以降ならフリーですね」
「なら、この後一晩付き合って貰おうか」
「ひゃいっ!?」
飛び出したのは、まさかの爆弾発言だった。
これには泣く子も飛び上がり、あうあうと所在なさげである。
「いやそのあの所望されて大変光栄ではありますがあたしみたいな下々の女と関係を持たれては後々に御自分の為にならないというかなんというかその……せ、先輩?」
「私の物は殿下の物、殿下の物は殿下の物との格言がだな」
「せ、せめて初めては好きな人に捧げたかった……」
「すまん」
今度はアンヌが半泣きだ。
まさか結婚を考えている相手から、他の男に抱かれて来いと言われるとは。
数分前までの、話が分かる良い上司像は偽りだったのだろうか。
かと言ってNOの言える相手でもなく、逃げ道が何処にもない。
「楽しい時間は過ぎるのも早い。少々時間が押しているので、先に失礼する。テファルよ、彼女を借りていくぞ」
「ご存分にお楽しみを」
テファルは放心状態の娘に付いて来るよう促すと、ファンナを一瞥。
しかし決して言葉は交わさない。
腕を引かれ、無理やり連れて行かれるアンヌの無理やり作った笑顔が痛々しさ。
二人が去り、兄妹だけが残された部屋は静寂に満ちていた。
「兄さん……殿下はわたしが嫌いになっちゃったのかな」
「さあな」
「アンヌさん、わたしなんかよりずっと綺麗だもんね」
「あれは中身もいい女だぞ」
「わたしと比べたら?」
「殿下がどちらを選ぶのかは分からないが、私はアンヌ一択だろうな」
「駄目なわたしじゃ……捨てられて当然です」
ぺたんと座り込んで泣きじゃくるファンナは、兄の目から見て年相応の小さな子供だ。
セリエルにはキッチリ苛めておけと言い含められているが、さすがに妹の泣き顔を見て喜べるほど人が出来ていない。
義母の手料理を母の味と認識するように、血の繋がりは無くとも、兄として義妹を愛していることに変わりは無いのだ。
「ナリタでの一件。私が合流してから動いていれば、全てが上手くいっていた。はっきり言うが、コーネリア殿下のお命など無価値。お前の働きは全て無意味だ。」
「……」
「そもそも大切な人を失う事の怖さは、今のお前が感じている絶望を遥かに超えると理解して居るか?」
「……お父さんの時に痛いほど」
「私たちは騎士であり軍人だ。必要なら捨て駒も役割だが、不必要に命を危険に晒す意味は無い。人の手はいくつある? たった二つだ。自然と救える命にも限界がある」
「……うん」
「お前はセリエル殿下の騎士。他人への義理も人情も些事であり、優先されるべきはあの方の意思のみ。私はラウンズとして表向きは陛下に忠誠を誓っているが、仮に殿下が皇帝を討てと命じたならば、喜んで命を果たすだろう。果たしてお前に私と同等の覚悟が本当に在るのか?」
兄の問いかけは最後通牒。
答え次第では妹だろうと切り捨てる、と暗に言っている。
「世界が敵になっても、わたしはでんかさまのお側から離れません。例え兄さんが敵に回ろうと躊躇わずに殺す覚悟は、このリボンを賜った瞬間に出来ています」
「なら、お優しい殿下に心配を掛ける真似はやめろ」
「二度と間違えません。絶対にです」
「分かったなら良い。殿下へのとりなしは私に任せ、今晩は大人しくしていなさい」
「イエス、マイ・ロード」
問題を片付けたファンナだったが、もやもやがもう一つ。
「ところで兄さんは、アンヌさんが殿下の寵愛を受けてもいいの? 妾の一人や二人、皇族なら当たり前かもしれないけど、わたしは義姉が好きな人のお手つきとか……本音では嫌です」
理性では理解していても、少女の潔癖が許せない。
出来ることなら、妾なんて一人も持って欲しくないのである。
そんな複雑な心境を顔に出していたファンナは、優しく頭を撫でてくる兄の笑顔に困惑気味だった。
「やれやれ、本気で殿下が部下の女を寝取る鬼畜だと思うのか?」
「実際にこれから……その、えっちな事を」
「確かにアンヌは、これから暫く夜のお相手を務めるだろう。しかし、果たしてソレは誰のためかな?」
「?」
「この意味は遠からず分かる。お前は無駄な自己嫌悪を止め、己の魅力を磨く努力に専念しなさい。ファンナはちっぱいで童顔の軽ロリ枠なのだから、それを生かす格好をだな」
「死にますか? ねえ兄さん、喧嘩なら買いますよ?」
思わず拳銃に手が伸びるファンナだった。
「そういうところが子供なんだ。大人になれ大人に」
「ぐぬぬ」
「先ずは、女らしさをアンヌから学べ」
「何やら誤魔化されている気が……」
「いいから、駄目な自分を今日中に捨てろ。明日からは出来るνファンナだぞ?」
「NEWじゃない辺りが、兄さんらしい……」
「はっはっは。殿下に負けないくらい愛しているよ、我が妹」
「わたしもアンヌさんと同じくらい愛しています、兄さん」
こうしてファンナの心に小さな棘を残しつつ、反省会は終わりを告げるのだった。