「これに着替えてくれる?」
「……仰せのままに」
世界は絶望で色を失っていた。
遠くない未来、あの人に捧げるはずだった純血をこんな形で失う悪夢。
逃げたい。だけどそれはダメ。不敬罪は一族郎党にまで責が及んでしまう。
自分と大切な人たちを天秤に掛けた結果、傾いたのは後者の側。葛藤を受け入れたあたしに許されたのは、人形の従順さで頷くことだけだった。
「僕はこの先の部屋で待つ。女性にこんなことを言いたくは無いが、手早く頼むよ」
「イエス、ユア・ハイネス」
ポジティブに受け入れたとしても、初めてがコスチュームプレイ……かぁ。
どんなプレイを強要され―――って、あれ? これって作業服?
ちょっと意味が分らない。性癖なのかしら。
だけど、悩むより先に動けが軍人の本分。
案内された更衣室で手早く着替えを済ませ、覚悟を決めて外へ。
殿下が姿を消した先へと進み、ゴクリと唾を飲み込みえいっと開けた先。
そこは寝所なんて場所じゃなかった。
想像していたのは、退廃的な甘い香料の漂う退廃的な感じ。けど、実際に匂い立つのは、熱い討論を続ける男女の発する汗の香り。
見覚えのある図面の映し出された大型モニターを前に、少なくない数の人間が議論を交わす光景が飛び込んでくる。
しかも居並ぶ面子の大半は、気心の知れた貴下のご同輩たち。
ひょっとして部屋を間違えたのかしらと、あたしは困惑を隠せない。
「これで全員揃ったね」
「ですな」
「ならばこれより、極秘プロジェクト ”僕の考えた最強のKMF建造計画” の始動を宣言する。が、その前にアグレスティアの件を先に片付けてしまおう」
は? 何でウチの開発主任が殿下の音頭に乗っかってるの!?
「ではマンチェスタを代表して、主任たる私がお答えします。ロイド伯爵もお気づきだとは思いますが、そもそもアグレスティアの欠陥は脚部基礎フレームの強度不足が原因です。シュミレーション上は問題なかったのですが、ランスロット比にして二割の軽量化は無理だったのでしょうな」
「対応策は確立済みと聞いてるけど?」
「はい。研究中のシュロッター鋼をベースマテリアルとして採用したパーツを、本国より持ち込んでおります。これにより従来比1.8倍の強度を確保。今後ファンナ嬢が今後どれだけブン回そうと、同様の破損が発生しないことを保障致しましょう」
「ご苦労。時に例の玩具は完成を?」
「滞りなく。改修と平行して、ブツの取り付けもお任せあれ」
「頼んだ」
んー?
「……よし、ならば皆もお待ちかねの本題に入ろうか」
あの。
「知ってのとおり、KMFの最先端は特派謹製のランスロット系列。やっと配備の始まったグロースターすら赤子扱いする第七世代は世界最強……の筈だった」
え、違うの?
「ナリタで鹵獲したKMFを調査したところ、驚くことにランスロットに比肩する性能を持つことが判明している。つまり、既に我々は頂点じゃない。少しでも足を止めれば、追い抜かれるところまで来ている同率一位。これは技術屋として由々しき事態だろ?」
「「「YES! YES! YES!」」」
「同意を得られて嬉しく思う。そんな僕と同じで天辺が大好きな諸君に要求したいのは、後続がちょっとやそっと頑張ろうと容易に追いつけない絶対的アドバンテージを持つKMFだ。他が次なる第八世代を目指す中、我々だけがその先を目指そう。無駄な過剰スペックを追求し、誰よりも先に第九世代へと至る道を切り開いて欲しい」
なにそれ恐い。
ラモラックの時点でインチキ性能なのに、その先を目指すってどんだけ……。
「資金は僕が責任を持って確保する。とりあえず手土産として、アッシュフォードを強請りガニメデのパテントと実機を毟り取ってきた。煮るなり焼くなり、好きにしたまえ」
「「「ランスロットの母体にして、新発見の宝庫のガニメデっ!」」」
「先ずはコレを徹底的に研究し、技術を盗―――インスパイアしようか。ついでに偶然にも転がり込んできた、日本製の紅蓮とやらも丸裸にひん剥け!」
「「「ヒャッハー!」」」
あたしが金魚のように口をパクパクさせている間に、話はトントン拍子に進む。
口々に皆が叫ぶのは殿下を崇める肯定の声。
揃って目をギラギラと輝かせ、正気を疑うプランを次々と提示する狂気!
「だけど、注意して欲しいことが一つだけ。幾ら僕と君たちが昔からズブズブな関係でも、ラウンズの開発チームを僕の都合で拘束するのはマズイ。陛下にバレぬよう、外部への秘匿は絶対条件だからね?」
「「「イエス、ユア・ハイネス!」」」
「まぁ、仮にバレてもシュナイゼル兄上の黙認は取り付けてあるし、国益にも反しない悪戯だから無問題。なので、全てのケツは僕が持つ。安心してハシャいでくれたまえ」
「「「イエス、ユア・ハイネス!」」」
い、今起こった、ありのままを話すわよ?
処女を散らすと思っていたら、いつの間にか謎の暗躍に巻き込まれた。
って、誰のスタンド能力なのよコレ!?
「ハーケンブースター流用で、腕をズガァっと飛ばしたい」
「いやいや、複数のKMFを変形合体させてこそ王道」
「それはシュタイナー家の試作機で実装が確定しているらしい。二番煎じは寒いぞ」
「マジかよ……」
ふと我に戻ったあたしの耳に飛び込んできたのは、今まで見たこともないほど晴れ晴れとした笑顔を浮かべながら討論を続ける部下たちの話し声。
あたしは技術畑じゃないけど、皆にフラストレーションが溜まっていることは何となく察していた。
そりゃそうよ。だってマイロードの好みは革新より堅実。
けん玉フレイル、ホーミングブーメラン、etc。
幾らスタッフが知恵を絞って新機軸を提案しようと、先輩は全て却下して来た。
これでは面白いはずが無い。
ある意味、彼らの本気はラモラックでは発揮出来なかったのだと思う。
「あの、殿下」
「何だね」
「夜のお付き合いって、ひょっとしなくても連中の手綱を握れって話ですか?」
「大正解。君には一晩と言わず、PMとして今後の進捗管理やら何やらを全て任せたい。本来なら専任を雇うところなんだろうけど、如何せん外部に漏れると痛くも無い腹を探られてしまう。口の堅い有能なデスクが必要なのさ」
「はぁ」
「ちなみに ”白の騎士団” 計画に使う汎用機の設計も同時並行ね。かなり大変だろうけど、特別ボーナスをたらふく出すので頑張って欲しい」
「めちゃくちゃ嫌な予感しかしません。てか、何ですかその露骨に不穏な名称は」
「一人で棋譜を並べる、虚しい王様の遊び相手を引き受けてやろうかなーと。詳細は後ほど話すよ」
「……殿下、一つだけ質問を」
「何か」
「企みに参加した場合、マイロードはどうなります? 何か罪に問われますか?」
いくら先輩が盲信しても、あたしの主はこの少年じゃない。
優先すべきは愛する男の将来。必要なら陛下への直訴だって躊躇わないあたしです。
「特務総監に、立場を弁えろとネチネチ言われて終わりかな」
「それはウザイと言うか、何と言うか……」
「逆を言えば、お説教以上の処罰は無いってこと」
「本当に?」
「君も少し熱くなっているようだね。そもそもにして、ナイトオブファイブの指揮権は正式に僕が賜っている。つまり、僕の言葉は陛下のお言葉。勅命を受けて動く君たちが、罪に問われることは在り得ない」
クールダウンして発言を振り返ってみると、シュナイゼル殿下のOK出てるんだっけ。
ブリタニアの諸葛亮が問題無しと結論付けてるのに、あたしは何を言っているのやら。
「ですよねー、独断専行じゃありませんもんねー」
「時期皇帝の席を狙うエル家の人間が、自分の足を引っ張る真似をするわけ無いじゃないか。影でこそこそ動くのは、それが愉快なだけ。せっかく謎の第三勢力をでっち上げるなら、真相を知る人間は少なければ少ないほど面白い」
「……今、聞き捨てなら無いことをさらっと」
「はっはっは」
「こんちくしょーっ、マイロードも殿下も手のかかる子供なんだからっ! ええ、やってやりますよ。どうせウチの連中が絡むなら、飼い主として看過できませんし! で・す・が、隠し事は無し。いいですね?」
「契約成立だ」
今のあたしには知る由も無かった。
これから始まる殿下の戯れが、どれだけの火遊びなのかと言うことを。
この日を境に、ストレスで酒量が増える日々が始まるのだった。
TURN11 「嵐の前に」
「黒の騎士団も、たまには人の為に働くものだねぇ」
「褒めるとは意外だな。お前の立場を考えると、忌々しい限りだと思っていたが……」
「僕は麻薬が嫌いだ。治安を悪化させ、生産効率を落とす忌々しいアレを撲滅してくれるなら、例え悪魔だろうと賞賛するとも」
「清濁併せ呑むと言うことか」
「泥水と下水程度の水質の差だけどね」
「濁しかないぞ!」
話題は正義の味方を騙る黒の騎士団について。
概ね水戸のご老公的立場で汚職や不正を断罪していく彼らは、ついに麻薬撲滅にまで手を出したのである。
最近、イレブンの間で蔓延しつつある中毒性の高いリフレイン。
大本は大陸なので根絶は不可能ではあるが、受け皿を潰し続けるだけでも効果は大きい。
武人らしく麻薬嫌いのコーネリアが主要流入ルートである九州を叩くまで、この調子で働き続けて欲しいとさえセリエルは思う。
「と言うか、黒の騎士団は義賊気取りのテロ屋。為政者サイドから見て、彼らの何処を賞賛すればいいのか分らない」
どれだけ自浄作用が働こうと、統治者から見た黒の騎士団は害悪そのもの。
麻薬組織を潰そうが、法では裁けない悪を断罪しようが、それはそれ。
地域の安定を招く役割を果たしても、所詮ヤクザはヤクザ。
反社会組織の本質は何も変わらないのである。
「大体、イレブンは虐げられていると不満を垂れ流すけどさ、彼らの多くは帝国の管理と技術力の恩恵を受けて、それなりに裕福な暮らしを感受しているじゃないか。甘い汁を吸っておきながら、どの面下げてゼロの正義とやらに追従するのか理解できないね」
「……お前はゲットーの廃墟を見たことが無いのか? あそこに暮らす人の不遇を考えたことは無いのか?」
何故かファンナは遠巻きに距離を置いて護衛に立ち、スザクも生徒会で不在。
昼休みの屋上でパンを齧る皇子たちは、珍しく二人きりで舌戦を続ける。
「その発想は、この生クリームワッサンをイチゴオレで流し込む以上に甘い」
「……あえて言わなかったが、その組み合わせはおかしい」
「はっはっは、甘党を舐めるなよ」
指についたクリームを舐め取り、セリエルは続ける。
「ルルーシュは途上国の惨状を知らないから、そんなことが言えるんだ。僕が視察した南アフリカの方なんて食うに困った餓死者が蔓延し、ちょっとした病気でバタバタと死人が出続ける地獄だったよ。あの辺と比べれば、ゲットーは天国だと思う」
「……比較対象が悪すぎる」
「治安を維持し、人道的見地から無駄と知りながらもゲットーを含む全ての地域に水や電気のインフラを保障しているのは誰だ? 安定した仕事を与え、適切な対価を与えているのは誰だ?」
「だがっ!」
「そもそもイレブンの地位が不満なら、市民権を得て租界に来れば良い。簡単な申請で名誉ブリタニア人への道を用意してやっているのに、権利の保障されない日本人で居ることを選択しているのは彼ら自身さ」
これこそ、セリエルの理解できない日本人の精神性だった。
文句を垂れ流して日々をだらだら生きるのは、緩慢な死を待つのと同じこと。
それならば一発逆転の夢を抱いて新大陸に移住を決めたブリタニアの祖と同じく、征服者の側で伸し上がる努力をすべきではないのだろうか?
さすがにファンナは特例にしても、過去に名誉ブリタニア人から出世を果たした例は皆無ではない。
現にイレブンのスザクとて、己の技量を頼りに栄達を掴みつつあるではないか。
輝かしい未来が欲しいなら、それは自分の力で掴み取れ。
それが嫌だと言うのなら、一生底辺を彷徨い続けるべきである。
「宰相補佐官として言わせて貰うなら、救いの蜘蛛糸は常に垂らしていると断言するよ。にも関わらず、これ以上馬鹿の側に擦り寄れと? 実にナンセンスだ」
「……ブリタニア人からは軽視され、日本人からも裏切り者扱いされる地位を甘んじて受け入れろと言うのか!?」
「全ては我らが祖国に敗れた日本が悪い。どうせ逆の立場なら、彼らが僕たちを踏みつけていた」
「……その点は否定できん」
勝者が敗者から全てを奪って何が悪い。
嫌なら負けるな、勝ち続けろ。
ブリタニアの繁栄が羨ましいなら、勝利を積み重ねて強者の側に回れ。
有史以前より、弱肉強食こそ世の常だ。
「今やエリア11はブリタニアの土地だ。僕は恭順する人間には寛大だが、差し伸べた手を振り払う漂泊の民に容赦はしないし、する必要性も感じない」
「……あの男の言いそうな台詞を」
「と言うかルルーシュ、お前は誰の味方なんだい?」
「なん、だと」
「要介護な妹と表舞台に出られない兄を匿っているのは、お前の大嫌いなブリタニア貴族。つまり、臣民の血税で生かされていることを理解しているんだろ?」
「……ああ」
「口ではブリタニア憎しを公言する癖に、不自由の無い生活を送る為の糧はブリタニア頼み。この矛盾は何だ? 答えてくれよ、ルルーシュ・ランペルージ君」
「それ……は」
「即答出来ないのであれば、この場で無意味な復讐心を捨てるべきだと僕は思う」
真顔で言い切られたルルーシュは口を噤んだ。
アッシュフォードの庇護下で日々を暮らし、それでいて父への憎しみを捨てられない己。
腹の底では理解しているのだ。人は平等ではなく、勝者が敗者を虐げることで世界が回ることに。
才覚一つで作り上げた黒の騎士団とて資材を奪い、人を駒として使い潰す事で成り立っている。
そもそも強者が罪ならば、全ての市場原理は成り立たない。
必死に働いて、財を築いた金持ちは悪なのか?
努力を怠り、その結果として発生した弱者に救済は必要なのか?
「……お前は手厳しいな」
「僕の信奉する宗教は、現実主義教だからねぇ」
黒の騎士団が掲げる弱者救済の御旗、あれとて所詮偽善の塊でしかない。
判官贔屓を是とする民衆に媚を売り、手駒を強くする為の方便をセリエルはしっかり見抜いている。
正直、こうも見て見ぬフリをしてきた急所を連打されるとキツイ。
思わず修羅の道を歩む覚悟が揺らぎそうなルルーシュだった。
「で、質問の回答はまだかい?」
「……即断は無理だ。考える時間が欲しい」
「なら暫く学校を休むから、次に僕が登校した時ってことで」
「本国にでも帰るのか?」
「趣味と実益を兼ねたエリア内小旅行。行き先は土産のネタバレになるからヒミツ」
「常習犯の俺が言えた義理ではないが、サボリは程ほどにな」
「その辺は土産と言う名の賄賂でカバーするさ。ナナリーの分も買ってくるから、これを機に約束した面会もセッティングしてくれよ?」
「心得た」
区切りを得たところで時計を見やれば、間もなく予鈴が鳴る頃合だ。
ルルーシュ的に本日の勝負は完全敗北だが、次戦も負けるつもりは毛頭無い。
先ずは、気持ちの整理から始めよう。
迷いを抱えていては、今後の活動にも支障をきたしてしまう。
「それはそれとして、友人として忠告を一つ送っておくよ」
「忠告? サボリの件でシャーリーに何か言われたか?」
「あえて何とは言わないが、火遊びは程ほどに」
「!?」
まさか、とは思う。
バレる筈がない。失策は何一つ打っていない。
「リヴァルの誘いで打った賭けチェスだけどさ、いきなり暴力沙汰に発展してびっくりしたよ。アレが日常的に起きるなら、護衛が居ないルルーシュには危ないって」
「……お前が煽ったからじゃないのか? 俺は一度も荒事に巻き込まれたことは無いぞ」
「ふむ」
一瞬ゼロの正体が発覚したのかと焦ったが、幸いにも違ったらしい。
握り締めた掌は汗で濡れ、未だ鼓動は落ち着きを取り戻せずに居る。
これ程に肝が冷えたのは何時以来だろうか。
「俺と違って金に困るお前でもあるまい。ファンナが泣くから、馬鹿の口車に乗せられるのは止めろ」
「既に泣かせたし、これからも泣かせる」
「……最悪な男だな」
「じゃあ、チェスで決めようか。僕が勝てば今後も続行。怒るファンナの懐柔にも手を貸して貰う」
「受けてやる。おっと、ハンデは必要か?」
「お言葉に甘えて先手は僕な。白が黒を討つ、王道展開と洒落込もう」
嫌な例えだった。
本当は全て知った上での言葉遊び。そんな懸念がどうにも拭えない。
「ぼけっとしてると、置いて行くよ」
「あ、ああ」
直接対決の時は近い。