某騎士王と同じく、人の心が分からない王様ルートの結末は果たして?
『……日々の処理を上回るペースで書類が増えるているのは、果たして気のせいだろうか?』
「現実を直視しろ愚か者。そら、早く零番隊の編成表を寄越せ」
『……妖怪食っちゃ寝の癖に、こんな時だけ仕事が早いとか』
「ゼロ、ディートハルトが申請してきた広報予算のチェックを頼みます」
『……井上、三分だけ待て』
俺とC.C.のやり取りを無言、無表情でバッサリ切り捨てたのは一人の女だった。
彼女の名は井上直美。確か年齢は二十歳。さすがは同じ民族と言うべきか、何処か幼少期のファンナを連想させる黒髪のセミロングが印象的な和風の美人だ。
井上は旧扇グループから付き従う古参のメンバーであり、騎士団の黎明期から台所事情を一手に引き受ける組織の大黒柱。当初は仮面で素顔を隠す俺への不信感を隠そうともしなかったが、先の見えていた扇グループでは永久に為し得なかった ”結果” を出し続けるゼロに何かを感じたらしく、今ではビジネスライクながらも俺を認めてくれているから有難い。
黒の騎士団において藤堂が武の象徴なら、井上はさしずめ文の頭領。
絶対に失うことの出来ない、女王の駒とさえ言えよう。
「分かりました。ですがラクシャータ博士が上げて来た無頼及び月下の改善草案に、吉田の新規団員訓練消化状況報告。果ては藤堂司令官からの騎士団再編計画会議の要請と、至急を要する ”ゼロにしか出来ない” 裁可が山積みです。それをお忘れなく」
『……この調子では、ブリタニアと戦う前に過労で倒れるかもしれんな』
「安心しろ童貞。この通りエナジーフィラードリンク、クリムゾンブル、オロナミンC2、各種元気の出る飲料を冷蔵庫に突っ込んである。私は定時なのでボチボチ帰るが、これらを燃料に死ぬまで働け」
『地獄に落ちろ』
「職場に愛人を連れ込むことを黙認しているのですから、イチャつかずに一秒を惜しんで仕事を」
『井上も言うようになったな……ああ、やるさ、やってやるとも!』
半ばヤケになりつつある俺には、愛人発言を否定する気力も沸かなかった。
それもそのはず。お世辞にも自力とは言い難いが、結果だけ見れば宿願の藤堂及び付随する旧日本軍の遺産の全てを手中に収めた俺は、一時的に軍事行動を自粛。温存したリソースの全てを投入し、本格的な黒の騎士団再編成に取り組んでいる真っ最中。
終わりの見えないデスマーチの責任者には、冗談を言う気力さえ残されていないのだ。
『それにしても、法定労働を放棄したブラックな騎士団……か」
「口を動かす前に手を動かせと何度言えば」
『すみません』
こうなった原因はシンプルで、文官の絶対数不足に尽きる。
元々がキリギリス生活の扇グループは論外として、藤堂一派とて唯の職業軍人であり書類仕事は不可能。藁にも縋ろうとインテリ枠のディートハルトにも打診したが、当然と言うべきか所詮はマスコミ。メディア戦略ならともかく、この分野では役立たずだった。
自己保身の言い訳をさせてもらうなら、これでも事前にマンパワーの不足を予測してキョウトから少なくない数の人員を借り受けてはいたんだぞ?
しかし、結論から言えばまだまだ足りない。焼け石に水でもと地味に何でも出来るC.C.を説得し井上班に放り込んだが、やはり海の水を一掬いする程度の効果だった。
その点、フィクションだろうと物語の悪は本当に凄い。
たかが一軍にも満たない戦力を整えるだけでこの有様だと言うのに、本気で世界征服を狙えるトップダウンの組織を自力で作り上げる努力と根性は賞賛に値すると思う。
その癖まかり間違って覇権を握れたとして、待っているのは緩慢な滅びだ。
ブリタニアに限らず戦い続けなければ死を迎えるマグロ属は、決して平和を謳歌出来ない生き物。外に敵が居ないなら矛先は内部を向き、壮絶な権力闘争を開始する。
そしてふと気づけば版図もモザイク柄に変わり、統一帝国は崩壊を迎えることは歴史が証明している。
つまり、栄華は一瞬。苦労は半無限。
これでは余りにも割に合わない。
『……今更ながら、俺が手を下さずともブリタニアは自滅するんじゃ?』
世界に残る二強のユーロピアも中華も、チェックメイトまで十年を切っている。
黒の騎士団に固執するよりも現段階でギアスを用いた政治的工作に注力し、世界がブリタニアに染まった後の世界で勝負を挑む方が効率的だと理性では重々承知しているさ。
しかし、それでは遅い。
ナナリーが平穏に暮らせる世界の次に渇望する母さんの事件の真相は刻一刻と風化を続け、今なら手に入る情報も明日には当事者の記憶から消えてしまうかもしれない。
確かにギアスを入手する前のスケジュールではある程度の地盤を固めた五年後、十年後に立ち上がる予定ではあったが、前倒しは大いに結構。
人は感情の生き物だ。
例え愚かな道だと分かっていても、この茨の道を俺は進む他無いのだ。
「C.C.さんは、もうお帰りになりました。独り言は気が散るので止めて下さい」
『セ、セメント過ぎではないかね?』
「それはそれとして」
『分かっている。広報予算には目を通した。これで進ませてくれ』
「かしこまりました」
部下は冷たいが、頑張れルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
もう少し、後ほんの少し辛抱すれば屋台骨が出来上がる。
この鬱憤の全ては、ブリタニアに叩きつけろ。
目指せトーキョー決戦。年内には政庁を陥落させてやる!
『今晩で遅れを取り戻す。悪いが付き合ってくれるな?』
「……特別ボーナスを貰いますからね」
『善処する』
月月火水木金金。
分かっていても、そろそろ土日が恋しい今日この頃だった。
第十八話「土の力」
一方でルルーシュの活動自粛の煽りを受け開店休業状態となった白騎士団の王は、これ幸いと空路にて一路ブリタニアへと帰還を果たしていた。
「久しぶりの祖国を楽しむ前に、さくっと仕事を片付けよう」
「来訪予定のシュタイナー、ジヴォンの両家には予定通り到着の旨を既に連絡済です。車の手配も……はい、完了致しました。何時でも出立可能です、殿下」
「中々の手腕で一安心だ。その調子で秘書役を頼むよ、マリーカ・ソレイシィ」
「イエス、ユア・ハイネス!」
「あ、あの、わたしにも何かお仕事を頂けませんか……?」
「焦らなくても餅は餅屋。下手をすればエリア11よりも敵の多い本国で、僕の身を守る最後の壁は君だ。ファンナは僕の騎士としての役割を果たしてくれれば助かるなぁ」
「はいっ!」
先導のSPが安全を確保した後に皇族専用機から伸びるタラップを降りたセリエルは、やる気を出した傍らのファンナを伴いながらドアtoドアで空港を経由せずリムジンへ。
護衛と打ち合わせを済ませたマリーカが一歩遅れて乗り込んでくるのを待ち、加速の加圧を感じさせない丁寧な運転で動き出した車内にて、片付けるべき案件を振り返ることにする。
「一応確認だけど、今日のスケジュールは?」
「先ずはシュタイナー・コンツェルンの工廠にて、航空兵器部門のミルビル博士と対談。次にジヴォン家の私設研究所に向かい、新型KMFの開発進捗状況を視察と言うのが日中の大まかな全工程です」
「ナイトオブスリー及びテンのラウンズ襲名式と、祝宴会は何時から?」
「1800開始となります」
「戻りを1700に設定すると、あまり技術交流に割ける時間は無さそうだね」
「申し訳ありません」
悪いのは無茶な日程を立てた僕だけど、とセリエルは苦笑する。
全ては間近に迫った学生最大の関門、中間試験の日程が悪い。
そもそもの目的はジヴォン家に発注した大型KMFプラットフォームの進捗確認と、アグレスティアの電磁推進器に関する改良プランを、シュタイナーの専門家に相談すると言うものである。
元々が急を要する物ではない為、別に試験を終えてから来てもよかったのだが、不幸にも皇帝の気紛れでナイトオブラウンズの二席が同時に埋まるという異例の事態が発生してしまった。
せめてセリエルの立場が、コーネリアのような最前線勤務ならば話は別だっただろう。
しかし、少年は唯の休暇中。国家的行事を欠席するわけには行かない。
ノブレス・オブリージュを気取る訳ではないが、優先すべきは公事。何度もエリア間を往復するのが面倒だから纏めて片付けたいと言うだけの私事に皺寄せをするのは、皇族、そして宰相補佐官としての義務なのである。
「ま、休憩中の黒騎士的な意味でも時間は有限だ。兎にも角にも効率的に使い、足を止めない兎として今の内にリードを広げよう。いいね、僕の白騎士たち」
「「イエス、ユア・ハイネス」」
左手にファンナ、右手にマリーカを抱き寄せ両手に花を地でいくセリエルは、窓の外を流れる景色を眺めつつ、エリア11を経つ寸前に交わした表には決して出せないもう一人の家臣との会話をふと思い出していた。
『さすがは海軍力で世界最強と謳われた日本軍の血脈。貰った玩具は中々の性能だよ』
『お気に召して頂けたなら、幸いで御座います』
『まさかとは思うけど、アレの同型艦は他にも?』
『いえ、あの船は我らキョウトの総力を上げて産み出した最初で最後の夢の城。同型どころか、他に一隻たりとも潜水艦は保有しておりませぬ』
『その言葉は信じるけど、高いステルス性能、KMF運用ドクトリンに基づく設計。もしもアレが大海の何処かに敵として潜んでいたなら、沈めるにはどれ程の手間が必要だったやら。しかも予定では、ゼロの手に渡る予定だったんだろ?』
『紅蓮を奪われた不手際を理由に、わしが計画を握りつぶしました。ご安心を』
『ご苦労』
『そして殿下が感嘆なさる品を納めたわしの本気、ご理解頂けましたでしょうか』
桐原が懐柔した黒の騎士団の掃除大臣(?)からリークされてくる実情と、キョウトが把握する物資の流れからゼロの手札は概ね丸裸。
そして情報戦以外にも白騎士団の母船となったNAC謹製最新鋭潜水艦を格納する旧日本軍横須賀基地を改良した地下秘密ドックの解放に、熟練した整備工の提供と至れり尽くせり。
担いだ神輿の栄達が ”日本” の国益に沿うと判断した老人の献身は、互いの利益が一致している限り途絶えることは無いとセリエルは確信している。
『覚悟と誠意は十分に見せて貰った。僕のモットーは信賞必罰。既にエル家派閥の末端に名を連ねた翁と一族郎党は、例え背信がNACに発覚しようと必ず守る。だから、これからも迷わず従順に働け。自らの栄華の為にも仲間を売り渡し、友人を見捨て、セリエル・エル・ブリタニアに忠義を捧げよ』
『身命に賭けて』
細胞の一かけら、魂の一片に至るまでを共にするレストレス兄妹。
騎士として、軍務としての忠誠を誓う白騎士団の団員。
亡国再興の為、自らの栄達を叶える為に心を売り渡した桐原。
これから先、どのような人間が配下に加わるのやら。
先の見えない未来は、かくも面白い。
「あの、私は婚約者が居る身でして……」
「左手のハグは友愛だけさ。立場的に将来的には妾を持つ可能性は否定しないが、僕の愛情は右手の娘に注ぐ分しか持ち合わせていない。確かに清楚で可愛いマリーカや、お姉さん系美人なリーライナに食指が動かないといえば嘘だろうけど、残念ながら僕にとっての部下は等しく道具だ。大切にするし、愛着も持とう。しかし、恋慕の思いだけは抱かない。抱いてはいけないと決めている」
将帥は、駒一つ一つのエモーションに斟酌していては勤まらないもの。
かつて兄に教わったこの言葉を、鬼才の弟は何よりも重視していた。
既に特別枠にはレストレス兄妹が収まっている以上、例外は原則増やせない。
愛は必ず人を狂わせる。過去の偉人に勝るとも劣らない天才でさえ母への愛に歪むのだから、その他大勢の凡人は言わずとも知れているだろう。
故にセリエルは、他人との間に線を引く。
使い捨てられない駒を増やさない為に。
公平で客観的な判断を続ける為に。
これ以上の爆弾を抱え込まない為に。
「……お世辞抜きに素晴らしい考えです。私も愛玩動物として扱われるよりは、道具として使い潰して頂ける方が好ましいと感じます」
「本当に?」
「今更ですが、私はリーライナ先輩やレストレス卿、ファンナちゃんとは違い殿下の属するエル家派閥とは、実家も含めて無関係の新参です。特に殿下に対し特別な感情も無く、当初は皇族のお一人程度の認識。命令系統で上に居られるから従う、程度の忠誠しか持ち合わせていませんでした」
「だろうね、それが普通の反応だと思う」
「しかも配属されてみれば、任務はいつもグレーゾーン。上層部の認可は受けているからとテロに力を貸し、身内に銃口を向けろと命令される毎日には疑問ばかり。何を考えているか分からない殿下には忠誠を誓えない……そう思っていた事も否定しません」
「気持ちは分かる」
どう考えても、新兵の配属先にあるまじき所業である。
もしも精神安定剤としてリーライナを配置していなければ、暴発していても何ら不思議では無い。
「でも、ずっとお側に居て人と形を知り、他では侮られる年端も行かない女の子を一人前の騎士として扱って頂ける日々を過ごして、気持ちは徐々に変わっていきました」
「ほう」
「情に流されず、常に大局を見据える殿下の判断は最終的に正しい。例え今は争いの種を蒔こうと最終的な収支はプラスに持っていく采配を理解した現在、迷いは霧散しています。他の方々と比べると遅くはありますが、私も覚悟が決まりました」
「……ならばマリーカ・ソレイシィ、今一度だけ問おう。その血の全てを我に捧げ、剣としての忠誠を誓うか?」
「イエス、ユア・マジェスティ」
「僕は裏切り者を絶対に許さない。その事だけは肝に銘じておけ」
「御意に御座います」
皇族批判とも取れるマリーカの言を受け、腰の拳銃に手をかけていた少女をそっと制する。
悩み、迷い、それでも自分で結論を見出す人間こそ価値がある。
臣下が一皮剥ける為なら、一度や二度の泥は喜んで被ろう。
人は石垣、人は城。安心して眠れる場所を確保するコストとして考えれば、多少の無礼や失策は安い出費だと少年は思う。
「ちなみに薄々君の変化には気づいていたけど、自主的に溜め込んだものを吐き出すのを待っていた僕だ。お陰で白騎士団もやっと一枚岩。姉上に密告する素振りを見せたら処分しろ、とリーライナに命じていた保険が無駄になって本当によかった」
「ど、道理で妙に先輩が献身的だった訳です!」
「彼女も可愛い後輩を撃ちたくなかったって話さ。まぁ、踏み絵もクリアした君は晴れてシロ。エリア11に戻ったら、この件について礼を言ってあげなさい」
「イエス、ユア・ハイネス!」
なんとも言えない表情を一転させ、晴れやかな笑顔を浮かべた少女を見てセリエルは思う。
昔から効率主義で、他者にも同じ価値観を押し付けるきらいのあったルルーシュ。
周囲との軋轢を考慮せず、理に叶った行動でさえあれば暗黙の了解を得られると信じる性根は、ゼロとなった今も何一つ変わっていないことをペリノアとして確認済み。
果たして彼は、自分が思うほどに地盤が固まっていないことを理解しているのだろうか?
土の中で芽吹く疑惑の花の危うに、本当に気づいているのだろうか?
「せめて姉上を討つまでは、背中から刺されないことを祈るよ兄弟」
桐原の報告書により、頼りの綱の藤堂さえゼロに不信感を抱いていることもセリエルは知っている。
土壌改良を疎かにしたツケは、大飢饉か、はたまた土そのものが死ぬのか。
黒の王の前途多難っぷりに、他人事ながら合掌する白の王だった。