『レストレス卿、念の為の確認を宜しいでしょうか?』
「どうぞ」
『これは、あくまでも技術交流。特派のZナンバーと、当家が開発を進めるIFX系の交戦データを収集する為だけの実機テストですよね?』
「えっと、オブラートに包んだ回答を要求されていると判断しても?」
『ほ、本音でお願いします』
「……出力リミッター及び実弾使用&武器制限無しの時点で、最初から手加減無用の真剣勝負です。少なくともわたしへのオーダーは主音声が ”胸を借りて来なさい” でも、副音声は ”全力で紙飛行機を叩き潰せ” でした。シュタイナー卿も同様と思っていましたが、その様子では違うみたいですね」
『いやまぁ博士も口では ”勉強させて貰おうか” と言いつつ、親指を力強く下に向けるジェスチャーを強調してましたけど……』
アグレスティアのコクピットに座るファンナは、ディスプレイの向こうで幸薄そうな溜息を見せる線の細い美形に ”お互い大変ですね” と苦笑を返す。
彼の名はレオンハルト・シュタイナー。
実家が経営するシュタイナー・コンツェルン専属のテストパイロットであり、同僚で仲の良いマリーカがベタ惚れの婚約者と言う微妙に他人とも言い切れないな間柄の少年だ。
しかし、それはそれ。これはこれ。
倒さねばならない相手は、世界にも稀な第七世代同士の戦闘経験を持つファンナでさえ初見となる空戦特化型KMFを自在に操る騎士だ。
僅かでも手心を加えれば勝てない。喰われるのはこちら。
そう思わせるだけの威容を ”ブラッドフォード” は備えているのである。
その証拠に―――
「それは兎も角、変形による空力変化を利用した急制動。そして従来の戦闘機をも上回る機動性能を兼ね備えたKMFが、ここまで厄介だとは知りませんでした。スザクや兄さんにさえバシバシ当てる私の射撃が、まさか延々と空を切るなんて……くっ、沽券に関わる問題です」
『いやまぁ、飛行能力の代償に装甲薄めのブラッドフォードですよ? 通常の滑空砲ならまだしも、重装KMFすら一撃必殺で葬るヴァリスは絶対に耐えられません。それが分かっているからこその超回避。普段やらないマニューバー全開で、僕は吐きそうです』
「でも、そろそろ慣れてきました。よーく狙って……ていっ!」
悠々と空を舞う敵機にロックオンさえ振り切られることに業を煮やしたファンナは、精度を落とす覚悟でファクトスフィアを広域検索モードに変更。
元よりセンサー系の弱いアグレスティアでは、高高度の敵を捉えきれないのだ。照準システムの予測に多少の誤差が生じても、追えないよりは余程マシである。
早くもターゲットマーカーが不規則に揺れているが、そこは長年の経験と磨き抜いた勘を信じるだけのこと。
マニュアル補正による偏差射撃なら影くらいは踏める、そう信じて少女は引き金を引く。
「惜しい」
『い、今のは掠りましたよ!? レストレス卿は、何だかんだで僕を殺す気満々ですよね!?』
「一方的にレールガンを命中させている人が言う台詞じゃないです」
『と言うかレストレス卿、そもそも避けるつもりが無いと思うのですが』
「そちらの射撃が凄いだけですよ、多分」
『照準のブレを嫌っただけでしょうに……』
ブレイズルミナスで弾ける豆鉄砲は、歯牙にも掛けないファンナさん。
安定した射撃を重視し、あえて足を止める作戦は見え見えだったらしい。
「主兵装のMVSは届かず、当然ながらハーケンも射程不足。頼みの綱のヴァリスさえ、対空性能はいまいち。しかも―――」
スティックを操り、空弾倉を落として最後のカートリッジを装填する。
「これを撃ち切れば弾切れ。ふふ、砂の世界で戦って以来の困窮です」
お互い決め手に欠ける現状、引き分けに持ち込むことだけなら簡単だ。
しかし全力を出し切り、主に栄光の二文字を捧げずして何が騎士か。
思わぬ苦戦を強いられ安全策に徹してきたが、見るべきものは見終えた。
さぁ、そろそろ反撃と行こう。
「思い返せば、あの頃の苦労は積み上げた箪笥の高さ。今回も使えそうな玩具が、引き出しの中から見つかりましたよ」
勝ち筋を見出した少女の、レバーを握る手に力が入る。
「先ずは状況作りから始めますか。MEブーストっ!」
地に伏せる虎は、空を泳ぐ龍に貯めたバネを解放するのだった。
第十九話「イカロスの翼」
話はファンナが戦いを始める少し前。
セリエル一行がシュタイナー・コンツェルン本社を訪れた頃に遡る。
「空戦能力を達成する代償に、必要最低限の陸戦能力さえ維持出来なかった本末転倒の試作可変 KMF ”プロト・サマセット” 。アレは浪漫を愛する僕にさえ ”制空権確保は飛行機に任せればいいのでは?” と思わせた駄作だった」
「新機軸の処女作はその様な物です。聞けばZ-01の試作一号機も、起動試験でユグドラシルドライブの暴走にサクラダイトが連動して盛大な自爆を遂げたと伺っておりますが?」
まさかのブーメランに、思わず言葉の詰まる少年だった。
しかし、当時のセリエルはMVSの基礎構築に掛かり切り。ランスロット建造はロイドとセシルに丸投げ状態であり、自分は無関係だと訴えたいのが本音である。
が、現場が誰だろうと責任者は他ならぬセリエル・エル・ブリタニアだ。
この事実がある限り、幾ら取り繕うと無駄。恥の上塗りにしかならないのが辛い。
「……ナイトオブシックスの開発チームも砲撃戦特化KMF ”ゼットランド” 用試作ハドロンランチャーの収束に失敗して試験場を更地に変えたらしい」
「大火力を愛するアールストレイム卿の派閥は、帝国最先端を走るハドロン粒子研究の第一人者と聞いております。そんな彼らでさえ完全制御に至っていないとなると、ハドロン砲の実用は今暫く先になりそうですな」
「だと思うよ」
本国の特派本体は技術検証用実験機 ”ガウェイン” へ独自仕様の内蔵式ハドロン砲の搭載こそ成功したらしいが、やはり粒子収束の問題をクリア出来ていないと聞いている。
現時点では、前に散弾として放つのがやっと。
何処に飛ぶのか分からないノーコン仕様なので、外に漏らせる話題ではない。
「こんな風に探せば同様の大失敗は多い。統計的に我らが偉大な帝国の科学者は、皇室や臣民の為にウィットなジョークを提供する習慣を心がけているもの。つまり僕や君がやらかした事例は、ブリタニアの技術者である証さ」
「無理やり纏めましたが、妥当な落とし所かと」
「そもそも、これ以上の古傷の抉りあいはナンセンスだろ?」
「イエス、ユア・ハイネス。本題に戻ると致しましょう」
これぞ上流階級特有のブリタニアンジョーク。
セリエルが投げたボールを涼しい顔で打ち返してきたのは、一見してアスリートさえ見間違う程に絞られた体躯を持つシュタイナー・コンツェルン開発主任のウィルバー・ミルビル博士だ。
彼は貴族でありながらKMF開発に従事する変り種だが、セリエルとて皇族でありながら自らの手を油で汚すことを良しとする異端児である。
直接会うのは今回が初めてでも、やはりそこは似た者同士。
どうせ言葉を交わすなら互いの得意分野だと、無言の了承は得ているのだった。
「……これ程の容積を確保出来るなら、アレへの換装も可能か?」
軽いジャブを打ち合った後は、当初の予定通り技術交流を開始。
渡したウイングバインダーの設計図を見た博士が顎に手をやりブツブツと呟き始める姿をちらりと覗き見て、直ぐにセリエルも借り受けたタブレットに映し出された図面へと視線を戻す。
一機目は陸戦と空戦の両方でバランス良く性能を発揮する折り畳み型可変KMF ”サマセット” 。武装が椀部コイルガンのみと火力面に不安はあれど、省スペースに収納可能&滑走路無しで制空権を奪える使い勝手の良さが素晴らしい。
最強だけを追求してきた特派では、絶対に産まれなかったKMFだろう。
そして、二機目こそ本命。
開発コードIFX-3F7、可変式空戦特化型試験機 ”ブラッドフォード” 。
サクラダイトをベースマテリアルに採用した基礎フレーム。
新式のコアルミナスを内蔵する第二世代型ユグドラシルドライブ。
ハーケンブースターの亜種と思しき、大型メギドハーケン。
映し出された新型機のデータを見たセリエルは、頬が緩むのを止められなかった。
「ロイドとセシルは大喜びだろうなぁ」
この三点セットこそ、特派がランスロットで培った第七世代KMFの標準パッケージだ。
既に各ラウンズの専属チームもこの規格を用いて各々の主に即した専用機の開発を進めていることは、政治の中枢に携わるセリエルとて知っている。
しかし、それは予算無制限のワンオフ製作に特化しているからこそ出来ること。
そもそもパッケージを用いたKMFはオーバースペックで、一般人には乗りこなせないモンスターを産み出す土壌だ。
当然ながら建造コストは鰻上り。テストパイロットの確保すら難しく、量産どころか完成させることさえ難しい採算の取れない事業なのである。
はっきり言って、儲かる要素が無い。
せめて軍工廠で進められている量産前提のデチューン型汎用規格が制定されるまでは、間違っても民間企業が着手するとは想像さえしていなかった。
これぞ嬉しい誤算。
追い抜かれる可能性のある競争相手の増加は喜ばしい限り。
敵はラウンズ開発チームや、黒の騎士団には限らない。
この事実を知れば、ロイドを筆頭に負けず嫌いの部下達は一層奮起することだろう。
若干の行き詰まりを見せつつある第九世代KMF開発へのカンフル剤として、良い影響を与えてくれれば幸いである。
「一つ提案が」
「聞こう」
「設計書と稼動データを見る限り、弊社がブラッドフォードで確立したプラズマ推進モーターを組み込めば、真珠の天使は本当の意味で空を飛べると思われます」
「ほう」
「宜しければ、私に天翔ける翼を提供させては頂けないでしょうか?」
助言に留まらず、部品そのものを提供したいとの申し出にセリエルは一考する。
特派が開発を進める飛行モジュールは、ヒッグス場の制御と電気熱ジェット推進を組み合わせたフロートシステムと呼ばれる別系統。空中停止やゼロ距離旋回さえ可能な画期的発明ではあるが、エネルギー消費が激し過ぎる問題点を未解決と言う不完全な代物である。
対して電磁推進システムは従来型航空技術の発展系で、熟成の大幅に進んだ安定の技術だ。
高い導入コスト以外にコレと言った問題点も無く、エネルギー消費も穏やか。
もし現時点でコンペを行えば、間違いなくフロートシステムの負け。
空を目指すのであれば渡りに船の提案だが、果たしてどう応じたものか。
「開発期間は?」
「完成まで一ヶ月程度かと。幸いにも推進制御システムの基盤は元々当社の物ですし、ハードも既存の翼に若干の手を加えるだけで再利用可能。外付けエナジーフィラー格納庫としての機能を損なうことのない品をご用意致しましょう」
「毒食らわば皿までの精神で、サマセットも二機貰おうか」
「御意、交換部品もお任せを」
差し出された手に透けて見えるのは、先を見越した打算だ。
セリエルが見抜いているウィルバーの狙いは二つ。
一つは実戦データの収集。
世界でも類を見ない武装勢力が蔓延するエリア11で経験地を稼ぎ、可変機の有効性を軍に示しつつ次世代機へ続く礎を築くこと。
二つ目は中央とのパイプ作り。
エル家に貢物を差し出すことで恭順を示し、周囲に対して立場を明確にすること。
技術屋にしては政治が出来ると感心した少年は、新しい玩具が貰えるなら多少の面倒も致し方なしと判断。
契約成立の証に握手を交わし、上機嫌なビジネスパートナーに不安要素を問うことにする。
「ちなみに僕はカタログスペックを信じない性格でね。博士を疑う訳じゃないが、可愛い愛娘に搭載されるパーツの実働を直接拝見しても?」
「でしたら実際の性能を発揮し易い、KMF同士の模擬戦で証明致しましょう。しかし、仮にもブラッドフォードは第七世代準拠。並の相手では勝負にさえなりませんので、ここは殿下の持ち込まれたアグレスティアにお相手を願いたく存じます」
「構わないが、僕の騎士は手加減が苦手なんだ。貴重なテストベッドを大破に追い込む羽目になろうと、恨まないで欲しいね」
「ははは、ご安心下さい殿下。当方の騎士はスマートさが身上。レディへ怪我をさせないよう、タングステンブレードで急所を一突きするよう厳命させましょう」
和やかな雰囲気が、一瞬で変容した瞬間だった。
互いに負けず嫌いで、己の作品こそ最強と思い込んでいる二人である。
流れとはいえ、いざ優劣を競うとなればもう止まらない。
「勝負はセットアップの時間も含めて三十分後。模擬戦ではありますが、実戦に近い形式をお望みの殿下に合わせて武器制限無し。実弾を用いた一本勝負は如何ですか?」
「OK。敗北条件は単純に戦闘不能で行こう」
「場所は屋外の荒野フィールドを準備させます。では、また後ほど」
互いに手袋は投げつけた。
謎の急展開を見守っていたファンナは、嫌な汗を拭いながら考える。
身内揃いのエリア11とは違い、本国における自分の立場は唯の護衛。
隣に寄り添っていても許可が無ければ発言さえ出来ず、状況を見守ることしか出来なかったのが辛い。
「と言うことで、紅蓮以外で初となる特派が関わらない第七世代KMFとの勝負が決まった。これも良い経験になるだろうから、胸を借りる気持ちでエスコートしてあげなさい」
「は、はいっ!」
目の奥の光は本気の証。
何を求められているのかを察した少女は、心の中で合掌しながら思った。
喧嘩を売るなら相手を選ぼうよ、と。
「さあ、トレーラーで待機中のマリーカと合流してブリーフィングだ。身の程を弁えないドンキホーテを精神科に追い返す準備を始めようじゃないか」
「イエス、ユア・ハイネス!」
かくして大人げない代理戦争は、火蓋を切ったのであった。