大変な事になってしまった。
何処の誰の差し金か知らないが、狙いがこの僕……セリエル・エル・ブリタニアじゃなくて本当に助かった。
しかし無傷とも言えない。何故なら、とばっちりで大切な身内が巻き込まれてしまっている。
「まさか僕の手駒を削りに来た? 違う……その割に不明瞭な点が多すぎる。偶然の産物と考える方が自然か」
親族間での権力闘争も当たり前。一つしかない皇帝の椅子を奪い合う事が義務として課せられる皇族にとって、謀は魚にとっての水だ。
しかし今回の事件は、エル家と無縁のヴィ家での出来事。
笑顔で毒を吐きあう他の兄弟とは違い、それなりに友好的な間柄であるルルーシュの母にして、憧れのマリアンヌ様の暗殺事件が全ての発端だった。
「まったく訳が分からない」
現場は不審者どころか蟻一匹通さない鉄壁のアリエス離宮。
どうやって侵入したのやら、とにかくテロリストが紛れ込んでマリアンヌ様を射殺したとのこと。
しかも目撃者は皆殺されて事実上のゼロ。緘口令の影響で詳しく調べられなかったけど、唯一生き残ったナナリーも心を病んでまともな証言が出来ない状態らしい。
うーむ、露骨に怪しい。
そもそもマリアンヌ様って、最盛期には一人でラウンズを皆殺しにした化けものだ。
現役を退いた今でさえ、気紛れにフル装備のナイトオブワンを一蹴する騎士を暗殺?
常識的に考えてテロ風情には無理。やり方があるなら是非ご教授して頂きたい。
「せめて、あのお転婆が壊れてなければなぁ」
ここで問題となるのは、偶然その場に居合わせてしまった僕の最も信頼する騎士、セーガル・レストレスの処遇だ。
彼は正義の人だったから、騎士として皇妃を守るために戦ったに違いない。
無数の弾丸を浴び、死力を尽くし、それでも力及ばず絶命したことは死体検分によりほぼ確定。さぞ無念だったろうさ。
常識的に考えればこれは美談だ。英雄的活躍だと思う。
しかし、現実は非常だった。
結論から言うと皇族を守れなかった罪に問われて貴族位剥奪。賞賛されるどころか、汚名を着せられるあたりに闇の片鱗が見て取れる。
「くそっ、打てる手が無い……」
とまぁ上からの圧力により、背後関係を一切洗わずに終結したこの事件。
何をするにしても情報が足りず、手の打ちようがないんだよね。
だって既に政治で頭角を現しているシュナイゼル兄上ですら、何も掴めていないとのこと。
ダメ元で当事者のルルーシュに鎌をかけて来たけど、向こうも寝耳に水だったらしく精神的にいっぱいいっぱい。
今なら勝てるだろうとチェスの勝負に持ち込み、久方ぶりの白星を掴めたのが唯一の収穫だった。
「テファル、このチェックメイトが掛かった状況で何が最善の一手だと思う?」
「ここは流れに身を任せるべきかと。所詮は他人事、そう割り切ってしまうのが最善でしょう」
「しかし、だ」
「はい、我ら兄妹も咎に問われます。どのように繕っても殿下のお傍に居続ける事は不可能かと」
「……二人は孤児院行きだそうな」
「既に根回しは終わられていましたか」
「すまん」
当然ながらセーガルの肉親もまた処罰対象で、直系の子供である兄妹もその範疇。
仮に連座制が無くても、咎人の身内を宮中に留められる道理が無いのだ。
悔しいが今の僕では二人を守れない。力が絶対的に足りていない。
傍らで無言を貫いていた騎士に内面を隠さず、ありのままの感情を込めた顔で謝罪する。
笑ってくれ、普段から半身と言い続けた結果がこの様だ。
「殿下、勿体無きお言葉です。大丈夫、まだまだ約束した未来への道は残されています。時に御願いしていた件はどのように?」
「問題ない。士官学校への中途入学は捻じ込めた」
「ならば後は私の問題。マイナスをより大きなプラスで打ち消すことが出来るのが、ブリタニアの良いところです。武勲を上げ、殿下が選ぶに相応しい騎士になれば何も問題はありませんとも」
「妹はどうする」
「アレも同じこと。私が殿下の騎士を目指すように、妹もまた大きな夢に全てを捧げる覚悟が出来ております。帝国騎士の頂点たるナイトオブラウンズ……険しい道のりですが、不可能と切り捨てることも無理でしょう」
「確かに平民が皇族の隣に立つ道はそれしか残されていない。ラウンズから皇妃への実例を作ってくれたマリアンヌ様には本当に頭が上がらないな」
「ですな」
「しかし……」
良い機会なので言っておこう。
「目標ではなく過程としてラウンズを目指すとは、さすがに子供の約束と笑えなくなってきた。僕はファンナが愛しいが、それは妹に向ける感情だ。いつぞやの嫁になれ発言を未だに覚えていて、ここまで好いてくれるとは予想外だよ」
「アレは中々の器量良し。性格も悪くなく、血筋を採点に含まないのであれば好物件かと」
「寝首をかかれる心配も皆無だし、顔も知らない姫を娶ることを考えれば満点の娘さ。しかし近すぎるのも困りもの、異性として認識が難しい。いや、LIKEなのは間違いないんだけどね」
「御意。妹に負けぬ評価を頂けるよう、魅力ある男を私も目指すといたしましょう」
庇護者を失い宮殿を去る事になったテファルだが、その表情は明るい。
どんな手段を取ってでも、僕の騎士になる夢を叶えてみせる。そんな決意が痛いほど胸に伝わってくる。
僕は本当に得難い臣下を手に入れた。
ならば、こちらも彼らが全てを捧げるに相応しい主を目指そう。
「で、だ。この瞬間が直接会うことの出来る最後のチャンス。僕達の絆の証として、これを持っていって欲しい」
用意したのは一振りの剣。
傷一つない、白金に輝く優雅な長剣だ。
「本来は君の父へと準備していた物だ。彼の意思を継ぐ君にこそ相応しいと僕は思う」
「よろしければ、叙勲も御願い致したく」
「分かった」
両手で差し出された抜き身の剣を受け取り、親友の肩を軽く打つ。
「テファル・レストレス。汝ここに制約を立て我が騎士となり生涯を共にすると誓うか」
「イエス、ユア・マジェスティ」
正式な手順とは程遠く、法的効力を持たない儀式かもしれない。
けど、僕達にとっては神聖な誓いだ。
「何時までも待っている」
「必ず」
最後に交わした握手を、僕は生涯忘れないだろう。
友情ではなく、親愛でもなく、言葉に出来ない思いは通じている。
「ファンナにはこれを渡して欲しい。剣に比べると安っぽいけど、そこは御愛嬌ということで」
「物質的な価値より、込められた心が肝要。妹も喜ぶでしょう」
慕ってくれるファンナに渡すこのリボン、あえて語らないが特別な品だ。
何せ早くにこの世を去った僕の母親の、数少ない形見なのだからね。
金には替えられない宝物を送る……これが今の僕に出来る最大限の誠意だった。
「……やれやれ、迎えが来てしまった。しかし、さよならは言わない」
「はい、またお目にかかれる日まで、しばしお暇を頂きます」
新たに派遣されてきた護衛が近づいてくる。
この僅かな時間さえ皇族の力を使い、ゴリ押しで作り出していたものだ。
もう何一つ僕に出来る事は無い。
最後に愛しい妹分にも会いたかったが、諦めよう。
小さくなっていく半身の背を見送りながら僕は思う。
一度くらい距離を取ることは悪い事じゃない。
失うことの辛さ、傍にいてくれる事の大切さを再確認する良い機会だと捉えよう。
今の僕がやらなければならない事は、彼らの父の汚名を晴らす為の証拠集め。
そして、それを成すだけの力を蓄える事だ。
「闇を晴らす力を手に入れよう。必要なら皇帝の椅子だって掴み取ってやるさ」
覚悟には覚悟を。
思い返せば、ある意味ここが全ての出発点だった。
僕にとっても、生涯の仲間たちにとっても。
TURN02「戦場に咲く」
浮かせた片足のランドスピナーを振り回し、あえて機体の重心を狂わせる。
そのまま無理やり姿勢制御を行い一回転。サザーランドなら苦も無く出来るその場での旋回も、グラスゴーでは一手間かかる作業である。
「これで……じゅうくっ!」
得られた遠心力を主武装の電磁ランスへ乗せて突き出せば、タンクに手足が生えたようなナイトメアもどきの ”パンツァーフンメル” を穿つ必殺の一撃となる。
このランス、本来ならばサザーランド以降の第五世代KMF用装備だ。
しかし、その有用性に気付いた整備班がファンナへ採用を打診。
試験的に使ってみたところ第四世代のグラスゴーへ装備するには様々な問題があったが、思いのほか乗り手との相性が抜群だった。
取り回しに足りないパワーは技量でカバー。
狂った重量バランスも経験で補正。
一般人は欠陥機と断じるこのセッティングも、乗り手の少女に言わせれば大人しいポニーちゃん。
さらなる暴れ馬を望むファンナにとって、この程度のアジャストは造作もないのである。
「はははは、楽しいなぁ! どうしたぁ、私の命も奪ってみせろぉ!」
同伴するのは、同じ嫌われ者ながら実家の権力で乗り換えたルキアーノのサザーランドだ。
こちらは新型強みでランスを片手で振り回しつつ、アサルトライフルの弾丸をばら撒いている。
ファンナが崩し、ルキアーノが射程を生かして殲滅。
阿吽の呼吸で死角を補いながら進む二機は破壊の風。前へ進む足は決して止まらない。
「そろそろ弾切れ?」
「貴様は嫌いだが、空気を読む能力は素晴らしい。弾薬の予備も使い果たした所だ、早く次を寄越せ」
「わたしも大っ嫌いです。ほら、早く装填しちゃって下さいよ。周辺も片付いたことですし、ぼちぼち司令部を潰しますよ?」
「ちっ……火力の貧弱なオンボロを後ろに回しても意味がない。不本意ながらここから先の前衛は貴様に任せよう」
「はいはい、吸血鬼様の有難いご配慮に感謝します」
相棒の為にマウントしておいた予備弾倉を投げ渡し、そのままランドスピナーを全力回転。敵を蹂躙しながら、トップスピードを落とすことなく最終目標へ突き進む。
並べられた戦車の砲撃をスラッシュハーケンによるトリッキーな三次元軌道で回避すれば、後に続くサザーランドが一気に距離を詰めてライフルを連射。
瞬く間に敵を排除して前を行く僚機へと追従してくれる。
そんな無抵抗な非戦闘員すらも好んで虐殺する姿から、誰が呼んだか “吸血鬼” 。
これがルキアーノの二つ名だ。
そしてそんな化け物と肩を並べるファンナにも、当然ながら字が与えられている。
それこそ “黒魔女” 。既に魔女とも戦乙女とも呼ばれる皇女がいるのでスケールダウンしている感は否めないが、類を見ない不可思議な挙動で破壊を振りまく魔法使いの姿は他の二つ名に劣らぬ恐怖の対象である。
『最後の勧告です。武装を解除して投降すれば命までは取りません。ですが、速やかに返答を頂けないのであれば考えを改めます。返答やいかに』
もはや防衛線はずたずたに引き裂かれ、直営の僅かなナイトメアしか残されていない司令部の建物へと槍の切っ先を向けてスピーカー越しに問う。
答えは地下格納庫よりせりあがってきた陸戦兵器の混成部隊。最後の一兵まで戦う覚悟らしい。
「言葉を解さぬ猿に、交渉を持ちかけるからこうなるのだよ。無駄な時間をとらせたものだなぁ」
「いえいえ、無駄じゃありませんって。ほら、少しでも機体を停止できたおかげで、熱を持っていた関節の冷却が出来ました。この子はサザーランドと違ってデリケートなのです」
「最初からそれが目的か。さすがは魔女、抜け目がない」
「お褒めに頂き恐悦至極。おっとり刀で本隊も来ていますし、手柄は根こそぎ私たちの物にしちゃいましょう。但し、成果は山分けですからね?」
「いいだろう。さぁ……お前たちの一番大切なものを寄越せぇっ!」
嬉々として突っ込んでいく吸血鬼に合わせ、黒魔女はランスを槍投げの要領で振りかぶる。
使い続けるには酷使し過ぎてボロボロだが、最後の一働きには問題ない。
「せーのっ!」
ランスと同じく機体もまた限界だったのだろう。
メイン武装の投擲は新手の中で一番の大物だった大型多脚戦車の横っ腹を食い破ったが、同時にこちらの腕も基部から千切れ飛ぶ。
これが格闘に特化した最新鋭のグロースターならば、まだ持ったに違いない。
しかし、乗機は格闘より銃撃を重視する汎用機グラスゴー。
無理をかけないよう騙し騙し操縦しても、この辺が限界である。
「第二ラウンド開始!」
普通のパイロットなら、これで戦闘終了だ。
が、痩せても枯れてももつ名持ちは伊達ではない。
まだ終われないと残った片腕にスタントンファーを展開させ、どこまでも貪欲に疾走する。
全ての武装を失いエナジーフィラーが尽きる迄戦い続けた結果、築いたのはクズ鉄の山。動く物は僚機だけと言う圧倒的な破壊が顕現していた。
「さ、さすがに疲れました。人間、無理だ無理と思っていても何とかなる不思議……」
「無茶を通せば道理が引っ込むのだよ。こんな真似が同期で可能なのは、ジノくらいだろうがね。我々が化物という証拠であり、実に誇らしい」
「褒められているのか貶されているのか、乙女心は複雑です」
残党狩りは本隊に任せ、英雄たちはぐったりと突っ伏していた。
まさか囮だけで拠点を落とすと思っていなかった司令は開いた口が塞がらず、機体の破損を理由に後退する二人を止められなかったのである。
「そう言えば、ジノにラウンズの内定通知が来たとか何とか」
「ドイツで英雄扱いの大活躍したご褒美だろ?」
「一方でわたしたちは下っ端街道まっしぐら! どうして待遇改善されないんですか? 控えめに言って、ジノに負けず劣らずの無理難題をこなしているのに、どーしてサザーランドすら貰えないんですかっ!?」
先ほど知ったのは、士官学校時代に三羽烏としてつるんでいた友人の出世話。
確かに彼は名門貴族の嫡子で品行方正なエリートと言う三拍子揃ったサラブレッドだが、実力そのものは伯仲していたはずだ。
たまに来るメールでも、戦果はどっこいどっこい。
何処で差がついたのかと落ち込むファンナである。
「落ち着けぇ! 私も不本意ではあるが、変化は徐々に起きているから安心しろ。我々の名は本国でも上がるようになり、陛下のお耳にも入っているらしい。これは奴と同じルート。このまま一騎当千を続けていれば道は開けるのだよ」
「え」
「私は最前線で生き血を啜り、喜悦を無限に感じていたい。その為には誰よりも優れた最高のナイトメアが是が非でも欲しい。そしてそれを可能とするのは、専属の開発チームを得られるナイトオブラウンズのみ。早く栄光の白き騎士服を纏いたいなぁ……くくっ」
「ひょ、ひょっとして私もその仲間に?」
「認めたくないが、貴様と私は同レベル。コーネリア皇女殿下には及ばずとも、小さな魔女の異名は有名になりつつあるぞ。上手くいけば同期から3人ものラウンズが輩出されるかもなぁ」
ルキアーノはニヤリと笑うと、定番となっている特定部位に視線を動かす。
しかし、いつものようなツッコミが来ない。
不審に思い、俯いたまま固まっている少女へ手を伸ばした時だった。
「兄さんと同じミスをやっちゃいましたよ!」
「はぁ!?」
「本国の風評なんて知りません! 頑張り過ぎてもダメってどういう事ですか!?」
「意味が分からないのだが」
「ええ、わたしだって分かりません!」
「駄目だコイツ、早く何とかしないと」
ファンナの未来設計は前線で華々しく活躍し、何時かはラウンズにお呼ばれ。
何年か実績を積み上げた後、堂々と初恋のセリエルと婚約。
ゆくゆくは寿引退して皇妃へ……と言うのが幼少期からのプランだった。
しかし、状況は一年前に変わった。
全てはセリエルの選任騎士に就任する筈だったテファルの ”うっかり” が悪い。
諸々の事情で主の元に馳せ参じることが不可能となった兄のお陰で、本来埋まっている筈の椅子が空いている。
ぶっちゃけ地位も名誉も所詮はおまけ。
王の隣に居られれば満足なこともあり、これ幸いと目標を変更していた矢先にコレだ。
「どうしよう、どうしよう」
欲しかったのは、皇族が自らの片腕として指名するに相応しい名声だけ。
今更見切りをつけたラウンズなど、心の底からノーサンキューなのだ。
申し訳ないが、腹の底から皇帝の飼い犬は真っ平ごめんなファンナさん。
突然降って湧いた地雷に、嫌な汗が止まらなかった。
「ルッキアーノッツッ!」
「な、なんだね。目が怖いぞ?」
「あくまでも陛下のお耳に入った、だけ?」
「あ、ああ」
「よかった、もしも招集って話だったら悲観に暮れる所でしたよ」
「……普通、大喜びでは」
「複雑な事情がありまして」
全く訳が分からないとブツクサ呟くルキアーノは、本部からの呼び出しを受けて立ち去っていく。
残されたファンナは、すっかり固くなった全身を解そうと大きく背伸びを一つ。
少しだけ冷えた頭で考えてみると、本国のセリエルがこの話を知らない訳が無いことに気づく。
「聡い殿下なら手を打ってくれてるとは思うけど、確認だけはしておこうかな……」
上昇志向ばかりのブリタニアでは珍しい、過度に出世したくない騎士の苦悩は続く。