「やはりレオンは危険な近道より、安全な回り道を選びましたか。それでこそ我が夫。このままファンナちゃんの魔手に捕まらず、無事に帰って来て下さい……」
ぎゅっと手を握り、騎士の誇りを賭けた勝負を見守るのはマリーカだ。
形勢はレールガンとメギドハーケンを用いたヒットアンドアウェイを徹底するブラッドフォード有利。手堅い安全策を前面に押し出すレオンハルトの策に、さしものファンナと言えど苦戦は免れない様子である。
「君は誰の味方なんだい?」
「私は殿下の忠実なる騎士ですが、同時にレオンハルト・シュタイナーの婚約者でもあります。腕の差は歴然で、最初から勝負の決まっている決闘に挑む夫の身を案じることくらい、寛大な殿下ならお許し頂けると思った上での発言です」
「君も言うようになって来たね。順調にウチに染まりつつある証拠かな?」
「そ、そうでしょうか? 実は気安過ぎたと、自己嫌悪気味なのですが……」
「残念、まだ硬い。リーライナなら ”絵の具を撒いた張本人が何を言いますか”って返してくるところさ。君はもう少し砕けても良いと思うよ?」
「善処致します」
お堅い少女の歯に衣着せぬ物言いは、心の距離がまた一歩近づいた証拠。
しかし、まだ安心は出来なかった。
マリーカはセリエルも認めた幹部候補だが、絶対の忠義を誓うはずの円卓の騎士でさえ皇帝に反旗を翻すことも皮肉な現実だ。
現実の名は ”血の紋章事件” 。
シャルル・ジ・ブリタニアの皇位継承を認めない皇族・貴族が企てたクーデターに対し、ナイトオブラウンズ総勢12人中10人までもが反皇帝派へと加担。
そんな近代ブリタニア史有数の死者を出した大事件の生々しい実情を、たった一人で当時のナイトオブワンを含む主だった反逆者を駆逐した英雄から聞かされて育ったセリエルだ。
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。
自らの円卓には、ユダの候補生すら座らせないと幼少期に誓った少年である。
故に警戒心を解いた段階のマリーカはまだ弱い。
目指すべきは、少し意味合いの違う水魚の交わりだ。
あらゆる手段を用いて品種改良を進め、特定の水でしか生きられない魚に変貌させる迄がスタート地点。水は魚を入れ替えられても魚は水から離れられない関係を構築しない限り、決して少年は油断しない。と言うよりも出来ないと言った方が適切か。
「……あ、状況が動きました」
それは兎も角、とセリエルは頭を切り替えた。
どうせ真の主従関係は、一朝一夕で構築出来る物ではない。
人工の促成培養より、天然の熟成こそ肝要。
焦らずゆっくり信頼を積み重ねる為、先ずは目の前の案件を片付けよう。
「いよいよ決着だ。果たしてレオンハルト卿は生き残れるかな?」
「フ、ファンナちゃんは空気を読んでくれると信じていますっ!」
「はて?」
送られてくるデータを精査しつつ、セリエルは首を傾げた。
ラウンズの妹にして皇族子飼いのファンナをミルビル側が害せない様に、今後の付き合いを考えるセリエルもシュタイナーの御曹司へ迂闊に手は出せない。
つまり遺恨を残さない為、互いに人的被害は厳禁。
パイロットには危害を与えず、KMFだけを無力化するのが勝負の大原則だ。
これは実家の看板を背負うレオンハルトは勿論、倒せとだけ命じられたファンナでさえ察している暗黙のルールである。
にも関わらず、マリーカだけが本気の決闘と誤認している不思議。
普段の彼女からは考えられない鬼の霍乱は、年相応の未成熟さを秘めた証か。
恋心による視野狭窄は微笑ましいが、飼主からすればマイナス点だ。
しかし恋は盲目、愛は現実と古人は言う。
聡明な少女は、一時の甘い夢を見ているだけ。
目覚まし時計が鳴れば、飛び起きると信じて待つのも器量だろう。
「君の眠りは浅いのかな? それとも深いのかな?」
問いを投げかける先は、主に仇なす凶鳥を滅ぼさんと翼を広げた天使だ。
マリーカと対を為す鏡越しの少女の完成度を、少年は未だ把握しきれていない。
第二十話「雛鳥の囀り」
ブラッドフォードの武器は大きく分けて二つ。
一つは大型化したハーケン内部にブースターを仕込むことで射程と破壊力を増大させ、同時に従来型では不可能とされていた半自立行動をも可能とさせた ”メギドハーケン” 。
二つ目はKMFモードではタングステンブレード。飛行形態のフォートレスモードではリニアレールガンとして運用される可変武器 ”デュアルアームズ” 。
但し武器としてのメイン機能は前者。射撃はあくまでも補助であり、基本はフォートレスモードで距離を詰めた後の斬撃こそ正しい運用方法である。
「卓上の相克ルールなら、シュタイナー卿の選択は大正解なんですけどね」
愛機を縦横無尽に走らせることに集中していたファンナは、幾度か故意に受けたレールガンのダメージをチェックする。
計器上の問題は無し。装甲を一部失っただけのオールグリーン。
さすがはサクラダイトフレーム、場所さえ選べば豆鉄砲程度でビクともしない。
もしもペイント弾を使用するポイント制の試合なら致命傷だったが、これは物理的に破壊されない無問題な実戦想定ルールだ。
布石の代償と思えば、十分お釣りがくる手間賃である。
「よしよし、その調子。攻撃に夢中になって下さいよ」
時折機体をふらつかせつつ、気づかれない程度にランドスピナーの回転を下げる。
演出するのは追い詰められた姿。ばら撒いた幾つもの餌に誘われ堪らず鳥が止めを刺しに来るのを誘った少女は、釣り針に獲物が掛かるのをじっと待った。
ファンナの見立てが正しければ、レオンハルトは良くも悪くもセオリー通りの騎士だ。
弱みを見せれば必ず付け込んでくれると確信している。
そしてついに無防備に晒した背中へ一直線に降下してきた鳥の姿を見て、ファンナはガッツポーズを取った。
計算上、そろそろレールガンは打ち止め。
ならば次に選ぶ手は―――。
「バインダー展開、リミッター解除っ!」
メギドハーケンが発射される兆候を読み取ったファンナは、待ってましたと気合を込めてブーストレバーを力強く引く。
一瞬で最高速に乗った相機を制御して目指すは空。河口湖以来延々と改良を重ねられたウイングバインダーを全開に広げ、急速反転と同時に大跳躍。
急激なGに肺が潰れるが、呼吸が出来ない程度で泣き言は言えない。
外面の余裕は騎士のマナー。諭すような声色で平然とファンナは口を開いた。
「さぁ、お勉強の時間ですよ優等生さん」
『謀られた!? だけど、それでも僕の方が早いっ!』
通常型のハーケン以外に飛び道具を持たない天使にとって、飛来する猛禽の爪は逃れられない脅威であることはファンナとて認めよう。
相対速度を加算して迫る点の攻撃は、例え運よく切り払えても推進器による追尾が働く必殺にして必中の一撃。足場の無い空では、ラウンズでさえ対応の成否は運任せだとさえ思う。
そう、単純な防御を考えるのであれば。
「講義そのいーち。現場では、本来の用途以外にも道具を活用すること!」
ファンナが選んだ対抗策は、スラッシュハーケンによる迎撃だ。
但し目標は間もなく到達するメギドハーケンでもなければ、射程外のブラッドフォード本体でもない。狙ったのは、両者を繋ぐワイヤーケーブルだった。
『ハーケンの威力はこちらが上っ! 相殺は無理なのに何故?」
スピーカーから漏れ出す困惑の色を尻目に、ファンナは指先に全神経を集中する。
ここから先は機械に頼れぬマニュアル操作。言葉に出来ない感覚の世界から得た情報を元に、繊細且つ大胆なコントロールを徹底せねば。
先ずはステップ一。
メギドハーケンの先端部を避け、気流を利用しつつ後方へ半回転。
成功。
次にステップ二。
敵のケーブルを軸に、こちらのハーケンを巻き込みながらぐるぐる巻きつける。
成功。
最後のステップ三。
テンションを確認しつつ巻き上げ開始。
連結成功、メギドハーケンも逸らせて万々歳。
『ハーケンでハーケンを絡め取る? あれ、夢でも見てるのかな……?』
「理論上は可能ですよ、理論上は」
『実際出来てるけど、嘘だぁぁぁあっ!』
これは世界でも少女だけが有する技術。老朽化したグラスゴーで生き残る為、必死にKMFの可能性を模索し続けた少女の努力の結晶だ。
ランスは一発限りのミサイル代わり。
スタントンファは盾の代用品を務められる。
なら、スラッシュハーケンにも別の使い道があるのでは?
そう考え試行錯誤を繰り返した結果、ワイヤーそのものを武器として活用する術を見出すあたりが魔女の魔女たる由縁だろう。
時に敵を縛るロープに。
時に切り離してワイヤートラップへ。
KMF数機を支えられる強度を持った糸は、構造が単純なだけに応用力ばつぐん。
特に何かに結びつけ、動きを封じるのがファンナの得意分野。
揺れる針に糸を通す無茶も、少女にとっては可能の範疇なのである。
「講義そのにっ。思考停止は絶対駄目、危険を感じたらとりあえず逃げること」
『に、逃げられない時は? 具体的に言うと、拘束された今の僕がそうなんですけど!』
「残念、魔王……もとい魔女からは逃げられません」
『そんな答えが帰ってくると、薄々気づいていましたけどね!』
「一名様地獄にごあんなーい!」
KMF形態では分散している推進器を集約し、進行方向に対して推力を集中させる変形機構は、圧倒的な足回りを騎士に保障する優れたシステムである。
しかし言い換えればフォートレスモードは、小回りが利かない状態とも言えるはず。
この点こそ付け入る隙。そう分析していたファンナはワイヤーの巻上げに強弱を付けることでバランスを崩し、あっさり墜落体制に陥ったブラッドフォードへとMVSを抜刀。
制御を失って落下する空騎士が立て直そうと必死になるも、ラウンズの候補生に名を連ねた魔女の前に抵抗は無駄。動きを逆手に取られ、機体のコントロールをさらに乱す始末だった。
『ま、まだっ!』
「スザクならまだしも、意外性ゼロのシュタイナー卿に大逆転は無理です」
『え』
ブラッドフォードが戦闘機なら、ハーケンに拘束された時点でゲームセット。
しかし、若き騎士が駆るのは可変KMFだ。
遠距離武器を失おうと、人型に戻れば二本の腕と剣が残されている。
高みへ位置する地の利を生かし、交差の瞬間にタングステンブレードを用いた全身全霊の一撃を叩き込めば或いは。
そんなレオンの甘い夢は、圧倒的な経験地を持つ少女の掌の上の出来事。
レオンが覚悟を決めて変形を解除した瞬間、まるで動くのを待っていたかのように二発目のスラッシュハーケンが左足を穿つ。
え、と少年が思うのも束の間だった。
新たに生まれたベクトルに蹂躙されたオートバランサーは即座に停止。魔女の魔法に操られたカラスは、自由を失い無様に落下する他無かった。
「赤点ギリギリですが、戦場を知らない実家育ちなら及第点。最後まで諦めない姿勢は見事です」
引き寄せた獲物が間合いに入るやいなや、天使の手から放たれたのは銀閃だ。
腕が、足が、頭が。無数の金属片へと刻まれ、落ちていく。
陽炎を纏った翼が羽ばたく度、地上へ降り注ぐのは夢の欠片たち。
コクピットを避け、破壊の限りを尽くした残骸をキャッチした少女は思う。
テファルに鍛えられたリーライナはまだしも、マリーカやレオンハルトのような真面目一辺倒はイレギュラーに弱過ぎる。
自分の常識が覆される出来事は、戦場において日常茶飯事。
何事にも揺れない心と、不測の事態に対応できる技術を是非とも磨いて欲しい。
『喜んでいいやら、悲しむべきやら』
「そう思うのなら、教科書を盲信しないこと」
『はい』
「この世はわたしに比肩するナンバーズや、訓練無しで第七世代KMFを乗りこなす化け物が闊歩する魔境です。エリア11では彼ら特有のインチキに惑わされ、大勢の行動を読まれやすい正統派騎士が命を落としていることをお忘れなく」
『魔境の住人にインチキを披露されると、嫌が応にも説得力が凄いですね。何と言うか、負けて当然とさえ思える力の差でした……』
「分かって頂けたなら何よりです。とにかく、もう少し視野を広くして下さい。ころっと死んで、可愛いお嫁さんを泣かせちゃ駄目ですよ?」
『むしろ、大喜びだと思いますけど』
「え」
幾度と無く惚気話を聞かされていたファンナは、思わず耳を疑った。
『僕は剣より本を読む方が好きな性質でして、マリーカさんには子供のころから軟弱者と敬遠されて来ました』
「あう?」
『僕の感情は兎も角、彼女は夫となる人間を好ましく思っていない。所詮は貴族同士の政略結婚。本人同士の意向を無視した良くある話でしょう?』
「いやその、一度きちんと腹を割って話し合ったほうが……」
『歩み寄る余地があれば、僕ももう少し希望がありました……』
何処で足場を踏み外せば、こうも見事なすれ違いが起きるのか。
親友の恋路に立ち込める暗雲の存在を知ってしまったファンナは、命がけの戦場でさえ感じなかった緊張に心拍数が急上昇。
いつの間にか、からからに乾いた口を無理やり開いて続けた。
「ふ、二人きりの時のソレイシィ卿はどのような態度を?」
『いつもツンケンしてますね。僕は彼女の笑顔を見たことがありません』
婚約者に会える日は、嬉しくて眠れなかったと聞いていた。
「照れ隠しの可能性は?」
『殺人的に辛いミートパイを、山盛りで押し付けられた時の表情は真顔でした』
始めて振舞う手料理に舞い上がり、うっかり多量のペッパーを撒いてしまったが、何度も作った得意料理のため味見を怠り気づかなかった。
あれは人生最大の汚点。是非とも挽回したいと言っていた様な。
「ちなみに、シュタイナー卿のタイプはどのような女性でしょう」
『お淑やかで包容力のある、メイド系で巨乳の女の子が好みです』
ホバリングにより徐々に落ちていくのは高度。
しかしファンナの心境は、助かる見込みの無い自由落下に等しい追い込まれっぷり。
何がマズイって、この通信はオープンチャンネルだ。
少年はトレーラーで待機している婚約者の存在を知らないらしく好き放題言っているが、快活で、小心者で、ささやかな胸のマリーカも確実に会話を聞いている。
反射的に回線を切り替えた少女は、一縷の望みに賭けて思い人へと問う。
「……で、殿下。彼女の様子は?」
『……頭を壁に打ち付けた挙句、部屋の隅で泣きながら膝を抱えているよ』
「……わたしも殿下が陰で全否定していると知れば、世界の終わりみたいなことになります。どどどど、どうしましょう? とりあえず戻っても大丈夫ですか?」
『流れ的にツンデレを拗らせた自業自得っぽいし、下手に同情する方が傷口に塩を塗りこむと思う。僕達は淡々とスケジュールを消化することを重視しよう』
「イエス、ユア・マジェスティ」
主のお膝元に広がる地獄を想像すると、身震いが止まらない。
回線を切り戻す前に、吸って吐いて大きく深呼吸。
額に浮かんだ汗を拭い、平静さを装うファンナに余裕は無かった。
「思いのほか長引いた模擬戦の影響で、時間が押しているとの連絡が入りました。申し訳ありませんが、わたしはこの足でトレーラーに戻ります。回収はそちらのスタッフに頼んで下さい」
『それが宜しいかと。感想戦は今夜の肴ということで』
「あ、その手が」
『はい、シュタイナー家はヴァインベルグに代々仕える重臣。僕も祝典には列席しますので、時間があれば講義その三以降についてもご教授願います』
「承りました。では、これにて失礼」
パーティーでは身の振り方さえ危ういと言うのに、また一つ憂鬱の種が増えてしまった。
貴族なら公式の場に婚約者を伴うのが作法。
虚ろな目を浮かべるであろう友人の前で、悩みの種と何を話せというのか。
「……た、他人事じゃないですね。私も頑張って牛乳を飲まないと」
ファンナを分類するなら、概ねマリーカと同じ属性である。
かつてルキアーノも、ジノも、子供には興味が無いと言い切った。
そして三例目となるレオンハルトまでもが同様の反応を見せた以上、統計的にセリエルも同じ穴の狢である確立は高いとファンナは邪推してしまう。
視線を落としても、アンヌやリーライナと違って視界の遮られないこの体。
目指せユーフェミアは無理……だが、せめて並盛り。否、大盛くらいなら。
現実に背を向けて夢想する少女は、地に足が付くと同時に逃げるようにして機体を滑らせるのだった。