「で、成果は?」
「概ね予定通りかと。正直言えば釣り針が見え見え過ぎる計画を危うんでいましたので、蓋を開ければ釣堀真っ青の入れ食いに困惑気味ですわ」
「でも、その程度の連中だからこそ切り捨てられる」
「ですわね。どうせ淘汰されるのであれば、わたくしが彼らを金蔓として使い潰しましょう。それで宜しいのですよね?」
「釘を刺さなくても君の騎士……オルドリンだったかな? 彼女の専用機の開発は特派が責任を持って請け負うし、ラウンズの試作型は最低でも一機以上をグリンダ騎士団へ回すさ」
「助かります」
セリエルとマリーベルが会談を行っていたのはジェミニ宮の一室だった。
しかし、これは常識的に有得ない出来事と言えよう。
何せ他家の宮殿は別の血脈を持つ兄弟にとって、敵地に等しい危険地帯だ。
過去を紐解けば事故を装った謀殺やら、致死性の毒物の投与やら、無事に帰還できぬ者の何と多いことか。
しかもメル家の皇女は、最後の盾となる騎士すら外で待たせる無防備っぷり。
はっきり言って空腹の猛獣の前に餌を置く所業だが、今回ばかりはこれで正しい。
何故なら呼びつけられた理由は、おつかいの駄賃を渡す為とマリーベルは最初から知っている。
「但し、これは投資であることを忘れないで欲しい。それなりの手間を賭ける以上、コストに見合うリターンはデフォルト。結果を示せなかった場合は覚悟するんだよ?」
「お任せを。マリーベル・メル・ブリタニアの名に賭けて、テロの撲滅をお約束致しましょう」
「なら、話は以上。君の愛剣の切れ味は、次の機会に確かめさせて貰おうか」
「兄様に失望させぬよう、早速行動に移ります」
婉曲なお開き宣言だったが、兄の意図を読んだ妹は一礼して回れ右。
けちの付けようのない優雅な所作で、颯爽とセリエルの視界から消えてしまった。
「……消すには惜しい逸材だ。レースに不参加で本当に良かったよ」
マリーベルは賢く、機転も利き、しかも強い。
その証拠に彼女は自ら起こした不祥事により皇籍を剥奪され、平民として放り込まれた軍学校を落第することなくクリアした叩き上げだ。
常識的に考えれば蝶よ花よと育てられてきた姫君が軍隊生活を耐えられる筈がないのだが、この皇女様に限っては話が違う。
厳しい訓練を泥を啜りながらも乗り越え続け、気付けば主席で卒業。
その努力を皇帝に認められ、再び皇位継承権まで取り戻した化け物である。
しかもこの妹は何だかんだと美意識に順ずるコーネリアやルルーシュと違い、目的の為なら汚れ仕事を好んで選ぶタイプ。
もしも反逆罪という致命的なミスを犯していなければ、政敵としてどれほどの脅威だったやら。正直、考えたくも無いセリエルだった。
「幸いにも彼女の理想は国益に適う。猫には鼠を自由に狩らせるのが吉」
それだけの能力を持ちながら権力に執着しない少女だが、彼女にも野心……と言うか絶対に譲れない目標があった。
それはかつてルルーシュと同じくテロにより母と妹を殺され、しかし父に些事と切り捨てられたことに起因する。
マリアンヌ事件と同様に背後関係の調査さえ放棄した父に対し、激昂のあまり剣を向けた彼女はその時誓ったのだ。
自らと同じ、理不尽に涙する遺族を二度と産んではならない。
国が、皇帝がテロの存在を許容するならば、自分だけはそれを許さない、と。
故に望んだ。あまねく害悪を撲滅し、理想を実現する剣の所有を。
それこそがマリーベルが推進する対テロ特化型遊撃部隊 ”グリンダ騎士団” 。
シュナイゼルと言う魔法使いが二心を持たないと認めた姫騎士に与えた、理不尽な暴力をそれ以上の暴力で踏み潰す血塗られた魔剣である。
「さて、こうしては居られない。虎の次は吸血鬼退治だ」
「血を吸われ、返り討ちにあうかもしれませんよ?」
「その時は器量不足と諦めるさ」
「さすがは小娘の飼主。肝が据わっていらっしゃる」
マリーベルと入れ替わりに別室から音も無く滑り込んできた白騎士に対し、セリエルは机に肘を付きながら手を組み鷹揚に応じた。
彼に比べれば、肉食獣でも絶対に歯向かわない妹などオードブルに過ぎない。
この純白の騎士服を纏うナイトオブテンこそメインディッシュ。
ファンナをだしにして呼び出した狂犬を口説き落とさない限り、セリエルの描いた絵は画竜点睛を欠いてしまうのだから。
第二十三話「西洋の太公望」
「ま、寸劇は式典で満腹ですからねぇ。茶番は止めて本題に入りましょうか」
「あれ、気付いてた?」
「半信半疑でしたが、会話を聞かせて貰って確信に変わりましたよ。つまり馬鹿と皇女殿下の諍いは出来レース」
「続けて」
「資金繰りの難しい最底辺皇族の姫殿下はエル家に楯突くことで愚かで無能な存在であることをアピールし、担ぎやすい神輿として差別主義者の取り巻きを確保。噂の親衛隊に必要な経費を、接近してきた貴族からこれ幸いと毟り取るつもりでしょう?」
「正解」
今回の即興劇でマリーベルが周囲に示したのは、大きく分けて二つ。
一つはエル家の人事に口を挟める発言力。
もう一つは、ブリタニア人至上主義者と言う立ち位置だった。
これで状況が変わった。今までは何を考えているか分からない凶状持ちへ誰も近づこうともしなかったが、共感できる思想を持ち、政治的な力も兼ね備えているなら話は違う。
皇帝の座は無理としてもシュナイゼルのお気に入りと言う勝ち組に属し、しかも手垢の付いていない宝石が転がり出たのだ。
確かにヴィ家の筆頭だったアッシュフォードのように神輿の事故に巻き込まれて没落する可能性はあるかもしれないが、やはり皇族の右腕は家名を上げるチャンスである。
博打と分かっていながらも擦り寄る貴族は少なくなく、しかも最安値の今だからこそ恩を売りつけようと援助を惜しまない。
結論から言えば道化を演じた姫君に対し、観客は拍手とおひねりを投げた。
無一文の彼女にとって、これ以上のメリットは無いだろう。
「そして殿下はあのガキが、三人ものラウンズと縁を持つ特別な存在であることを上の連中に知らしめた。如何にクソ女の外面がイレブンだろうと、これで小娘を軽く扱える奴はそう居ない。つまり今回の一件の主題は、ファンナ・レストレスの地位向上を計ったお遊戯会。違いますか?」
「満点回答だよ。やはり兄妹仲が周知されていないのか、テファルの名前だけじゃ弱くて」
ファンナの問題点は、道端に咲く所有者不明の花であること。
セリエルの愛でる花は害虫や病気に負けない強い生命力を持っているが、引っこ抜かれれば散ってしまうし、何かの拍子で手折られてしまうかもしれない。
故に無事な内に対策を打つ必要があった。
しかし、一番簡単な選任騎士の地位はまだ使えない。
ならばと考えたのが、襲名直後で衆目の集まるラウンズを利用する変化球だった。
そこでルキアーノはともかくジノならば確実に引っ掛かる脚本を用意し、悪役令嬢として雇ったマリーベルを配置。人の目を集めた上で一芝居打ったのである。
結果は大成功。ルキアーノの言うとおり、ファンナは今やシンデレラだ。
虎の威を借りる狐? 大いに結構。
所詮は皇妃の座に辿りつくまでの繋ぎ。周囲が黙ればそれで十分なのである。
「で、私を呼びつけた本当の理由は? まさか本気で飼い犬を助けた礼などとは言いますまい?」
「お互い時間の無い立場だから率直に言うけど、僕の派閥に入る気は無い?」
「これ以上の出世は面倒だと考える私に、何かメリットが?」
「一つ目は、君が喉から手が出るほど渇望する最強最高のKMFの提供」
「私は自分の開発チームを持てるラウンズですがねぇ」
「でも、完成するのは何時になるのかな?」
「ぬ」
「僕の経験上、天才が不眠不休で頑張っても設計に半年。試作機開発に一年。その他諸々のテストを続け、ざっくり三年は必要だ。しかも完成する頃には世代が変わっているかもしれない」
「まぁ、確かに」
「そしてその間は、ずーっとサザーランド級のカスタム機に乗り続けるわけだ」
「他のラウンズが専用機の中、私だけ量産機……いや、ジノも同じ筈っ!」
「残念ながらナイトオブスリーのKMFは、ほぼ完成済み。遠からずロールアウト予定だけど?」
「……」
「そして平騎士のファンナに至っては、既に第七世代でストレスフリーな毎日」
「格差社会!?」
「そんなブラッドリー卿に朗報です。今なら現行機最強と名高いランスロットタイプを、もれなく丸ごと一機プレゼント。自由にカスタマイズして、お好みのKMFを手軽に手に入る最大のチャンス!」
「ほ、他の特典も聞かせろっ!」
葛藤の色を見せるルキアーノに対し、セリエルは今が好機と次の矢を放つ。
「二つ目のメリットは、エル家が実権を握る限り戦争が終らないこと。あの穏健なオデュッセウス兄上でさえ世界をブリタニア一色に染める覚悟だし、コーネリア姉上系の肉食は武力で他国を全て滅ぼしたがっている。しかも実際問題として、残る敵はEUと中華連邦だけ。彼らが実権を握ってしまえば、長く見積もっても半世紀掛からずに表面上の戦争はこの世から消えるねぇ」
「いやいや、誰が舵を取ろうと同じ結末では?」
「ウチだけは違うんだ。何せ僕らは世界征服なんてナンセンスな真似を望んでいない」
「は?」
「だって内ゲバ怖いし、不良債権を押し付ける他国は必要だろ?」
「いやまぁ、最後の敵は身内でしょうが……」
「国内の余剰生産力の受け皿となる不平等な関税を押し付けた大陸のマーケットも欲しいし、公害だの人権だのを気にせず資源も安く買い叩きたいね。ついでに国内の不穏分子……例えば裏切る気満々のユーロブリタニアの対抗馬として、何時でも踏み潰せるEUは残さないとマズイ。ちなみに民度も怪しい中華の併合は、金の無駄だから有得ない。これはシュナイゼル兄上も同じ考え」
「ふむ」
「なので戦争は各地で緩やかに継続される。君にとっても、その方が望ましいと思うんだ」
「ええ、一方的な虐殺が許される戦場が維持されるのであれば」
事前にルキアーノのプロファイリングを終えているセリエルは、理を持って吸血鬼の懐柔を推し進める。
口先の契約は足元を掬われるだけ。
腹を割っての交渉こそ最短ルートと信じて。
「……一つ伺っても?」
「どうぞ」
「この話、ジノには?」
「残念ながら彼を誘うつもりは無い。ブラッドリー卿だけへのオファーさ」
「理由は?」
「だって彼は陛下に忠誠を誓う、綺麗ごと大好きなラウンズだ。誘うだけ無駄だし、目を付けられても困る。とても交渉の余地があるとは思えない」
「でしょうなぁ」
「その点で君は合格だ。当代の平和が大嫌いなナイトオブテンには、戦争を長期的に持続させるつもりの僕と組む以外の選択肢が無い。そう、他ならぬ自分の為にね」
「くくく、自由に人も殺せない世の中なんて、想像するだけでうんざりですなぁ」
左手で顔を覆い、嬉しそうに笑う化け物は何を思うのか。
何となく腹の底が読めるセリエルは、自身も同属なのかもしれないと苦笑する。
「オファーを蹴ってもペナルティーは与えない。どうせ答えは君の中で出てるんだろ? そろそろYESかNOで答えてもらおうか」
「当然、YES。ルキアーノ・ブラッドリーは、セリエル・エル・ブリタニアが私の望む主である限り剣を捧げることを誓いましょう」
「君らしい宣誓だ。僕を見限ったなら、何時でも寝首を掻いて結構」
「……まな板魔女の発狂が怖いので、先にアレを始末してからにしますがね」
「違いない」
吊り上げた大魚には、一匹でマリーベルの釣果を超える価値がある。
契約成立の証として握手を交わしながら、ふとセリエルは思った。
本国で着実に力をつけている自分と同じく、エリア11で大攻勢に備えた組織作りを進めている筈のルルーシュは今頃どうしているのだろうか。
身元バレ対策として念には念を入れて連絡は取っていないが、内情を探らせる為に出向中のジェレミアとリーライナの報告が微妙に楽しみになってくる。
果たして、良い意味で予想を裏切るサプライズはあるのか。
ライバルへの期待に、思わず口角の上がるセリエルだった。