「大口を叩いてこの程度ですか」
『まだ負けてないもん!』
「やれやれ、力量の差をまだ理解できないとは驚きです。これだから家柄しか取り得のない猿の相手は嫌なんですよ」
ファンナとリリーシャが操るのは、特別なセッティングを施していないシミュレーション用のサザーランド。互いに機体性能は五分で、セッティングもフラットという均一さ。
にも関わらず、二人の差は歴然だった。
リリーシャの実力を見たいという主の意向に従い前哨戦に選んだ射撃戦では、それなりの才覚を見せるも全般的な照準の甘さを露呈。細かなフットワークで狙いをつけさせまいとする足捌きには光る物があったが、やはり物足りないと言わざるを得ない。
「はい、本当は今のヘッドショットで終わりでした。あえてブレードアンテナを狙ったのは温情なので、運よく外れたとか思わないように」
『ぐ、偶然で―――』
「何か?」
『射撃はリリーシャの苦手分野だから、悔しくなんてないのです!』
梃子摺っていると勘違いされても癪なファンナは一発目で左の角を打ち抜き、直後に実力であることを示すべく反対側もピンポイントショット。
本来なら勝負が決していることを示しつつ、しかしライフルを放り捨てて決着を拒否する。
「何でもありだと勝負になりませんね。得意分野は何ですか?」
『先祖代々ゴットバルト家に伝わるは馬上槍っ! KMF用ランスなら、撃ち合いのような遅れは取りません!』
「では、ここからは電磁ランス一本でお相手しましょう。そこで武器データのロードと、機体のバランスチューニングに一分の猶予を与えます。何か異論は?」
『くっくっく、その余裕が命取りなのですよ。30秒で支度するので、首を洗って待っているのです!』
「……わたしも槍は得意分野ですけどね」
ファンナ個人の採点では、既にリリーシャへ不合格の烙印が確定事項だ。
その理由は挙動のあちこちから透けて見える経験不足の色。ファンナが仲間として認めているリーライナ、マリーカ、そしてジェレミアと比べ、いまいち安定感に欠けている。
これでは怖くて背中を任せられない。実地で仲間に足を引っ張られる怖さを痛感している実戦経験者には、誤射の可能性を抱えた少女など不発弾にしか見えないのである。
『好みの調整も万全っ。伝家の宝刀で大逆転……って、腰に予備弾倉が残ったままですけど、装備変更に伴うパラメーター修正は大丈夫なのですか?』
「そもそも何一つ弄っていませんけど?」
『えっ』
「戦場で急場の装備変更は日常茶飯事です。この程度の重量変化は慣れていますし、田舎貴族程度が相手ならこれで十分だと判断しました」
『イレブンの癖に余裕ぶるとか許せませんっ!』
「囀るのは、無傷のわたしに土をつけてからにしてください。ほら、先手も譲ってあげますよ? 早く打ち込んでみては如何?」
『うにゃーっ!』
本来は装備さえ出来ない電磁ランスを無理やりグラスゴーで振り回していたファンナにとって、癖のないサザーランドは自由な絵を書けるキャンバスである。
背伸びをしなければ手が届かない程度の不備はなんのその。
いちいちイーゼルの調整をせずとも、筆と絵の具さえまともなら支障はないのだ。
最近は自分専用に整えられたアトリエに篭っていたので汎用機が返してくる反応の遅さには辟易するが、そこに文句は言えない。
かつてスザクに語ったとおり、どんな道具でも使い方次第で玉にも石にも変わる。
与えられた装備を活かすも殺すも自分次第。それを忘れてはいけない。
『少し様子を見たい。猶予を二分与え、それを過ぎれば倒して構わないよ』
「イエス、ユア・ハイネス」
主の命を受け、騎士は時計の針が二周するまで亀となることを決める。
こちらからの攻撃は牽制のみ。教え子に施した教導を思い出し、積極的な受身でリリーシャを気持ちよく攻めさせなければ。
さて、調子を上げて貰うためにも初手は重要だ。
回避などもっての他。腕の装甲を捨て、手応えを演出するとしよう。
そんな風に決断したファンナは、片手ランスチャージの姿勢で突貫してくる敵に対し意図的に一挙同遅らせる。
『遅い、隙ありっ!』
見せたかったのは、構えの崩れた左の隙。
大切なのは惜しい、これなら次はいけると誤認させること。
匙加減の難しい操作だが、この程度のことが出来ずして筆頭騎士は名乗れない。
「餌を与えていない釣堀並の入れ食いは有り難いです」
皮一枚の見切りを狙うファンナは、敵の動き出しを見て反応を開始する。
操縦桿を操りランドスピナーを用いた超信地旋回を行い、リリーシャに対する機体の角度を僅かに修正。後は攻撃をマタドールのようにやり過ごせばミッションコンプリート。
そう、思っていた。
TURN25「蜜柑の大器」
『左腕いっただきーっ!』
「え、わたしがランスの射程を見誤った? そんな馬鹿な!?」
『ふふふ、これだから植民地人の浅知恵は困るのです。このリリーシャの実戦で磨かれた魂の技。リリーシャ永遠の憧れなマリアンヌ様ならともかく、お前のような七光りが初見で対応できるほど安くないのですよ!』
コクピットに響くアラート音は、闘牛士の目算が甘かった証拠だ。
肘から先を失いデットウェイトに成り下がった左腕をパージし、同時並行でセリエルに対する通信機をオン。
速度を殺さず駆け抜けていったリリーシャが弧を描いて再アタックに迫る姿を注意深く観察しながら、ファンナは静かに口を開いた。
「殿下、加減しても侮らなかった結果がこれです。彼女は何者ですか?」
『僕も今さっきプロフィールを見て知ったんだけど、分かり易い肩書きで言うならチャンピオンかな。KMFジョスト・インターミドル個人部門で二連覇中、プロからも熱い視線を注がれている将来有望な騎士といえば納得できる?』
「それはつまり軍属ではない……?」
『正解。リリーシャ・ゴットバルトはアスリートであり、本来は君のような本職の騎士に守られる民間人だ。但し武器を限定した純粋な一騎打ちに特化している分、挟撃やら味方の火砲を意識してしまう軍人と比べて迷いがない。その辺を注意するように』
「イエス、ユア・ハイネス」
『さすが兄上の推薦してきた人材、格闘戦に限れば粒揃いの若手が揃うグラストンナイツでも通用しそうな槍捌きだよ』
「……殿下はわたしが負けると?」
さすがに勝利を疑われては心外である。
思わず眉を潜めてしまったファンナに対し、セリエルは苦笑しながら言う。
『僕が言いたいのは採用予定である以上ここで伸びた鼻っ柱をへし折り、自分の立場を教育することが後々の為になるという話さ』
「し、失礼致しました」
『皇妃になれば、失言が致命傷に成り得る言葉遊びが目白押しだ。今の内に対人関係の洞察力をもう少し身につけようか』
「はい。勉強の時間を作る為にも、目の前の雑事を片付けてきます!」
ドレス姿で愛しい人の隣に立つ姿を想像して俄然やる気を出した少女は、時計の針を見ながら思案する。
時間的にも次の交錯が最後の猶予。三度目の接触において一撃で処理する為、先ずは手品の種を暴くところから始めよう。
頭を本気モードに切り替えたファンナは片腕で槍を構えファクトスフィアの解析に神経を尖らせつつ、乗り手の性格を現すかのように真っ直ぐ突っ込んでくる敵を待ち受ける。
『これでお仕舞いです。ひっさつっ!』
引き絞られた上半身による加速と、肩を入れることで射程を延長する術はファンナ自身も稀に使う技。この程度の小手先で目算が狂うはずがない。
つまり仕掛けはこの先。接触する寸前に行われる何かこそが仕掛けの正体だ。
『ゴットバルト流、コロネルチャージ!』
「見えた」
今度も異様な伸びを見せるランスを自分の獲物に巻き込むようにいなし、リリーシャの脇を擦り抜けて無防備な背後を取る。
あまりの決定的チャンスに無意識は攻撃を命じるが、時計の針が頂点に達するまで後八秒。こちらからの手出しはまだ出来ないと、ぐっと我慢するファンナである。
「手品の種は見破りました。まさか握り手を瞬間的に緩めることでグリップ部分をスライドさせ、戦術コンピューターの予測を狂わせているなんてビックリです」
『そ、その通りですけど、初見殺しの魔法を二度で見抜いたのですか?』
「何が来るのか分かっていたからですけどね。もしもオールウェポンフリーの戦場ルールなら、もう少し梃子摺っていたでしょう」
『でででですが、まだ完全には見切れて居ないと見ました! しょせんこの勝負は後腐れのない一本勝負、全容を把握される前に倒しきればよいのです!』
ミスの許されない現場で叩き上げてきた効率最優先のファンナにとって、すっぽ抜けのリスクがあっても盲点を突いたリリーシャの技は目新しく、そして新しい可能性を見せ付けられた気分だった。
突き出しに併せて握力を落とし柄を手の中で滑らせ、握り返しが間に合うタイミングを見計らい強過ぎず弱過ぎずの力加減で槍を制御するこの奥義。
電磁ランスが軍の正式装備である以上、射程や威力と言ったデータは敵も味方も戦術システムにインプット済み。
そこを逆手に取り機械の予測と人の経験を上回る新手を生み出す発想力と、凡才には不可能な繊細且つ大胆なKMFコントロールは紛れもなく天賦の才を秘めている証拠だ。
「しかし、残念ながらあなたの敵は筆頭騎士。主が望めばラウンズにさえ勝利を収める義務を持つわたしに対し、同じ技が何度も通じると考えるのは思い上がりです」
『止められるというなら、止めてみるのです!』
「論より証拠を見せましょう」
既に時計は12時の鐘を鳴らし終えた。
馬車はカボチャへ。ドレスはボロ布へ。
魔法が解けた少女には、そろそろ現実にお戻り願わねば。
時間の鎖から解き放たれたファンナは再加速を終えて肉薄するリリーシャに対し、始めて能動的な攻撃を開始した。
構えはリリーシャの鏡写し。見えない部分で自分なりのアレンジを加えてはいるが、見た目だけなら同じモーションだ。
「ええと、必殺……コルネルチャージ!」
『コロネルです! 海賊版はNGっ!』
刺突タイミングは同時。互いの槍の側面が擦りながらすれ違い、ノーガードの胴体へと吸い込まれいく。
但し似ているのは見た目だけ。ファンナの刃が駆け抜けたのは、リリーシャが放った突きの内側だ。
「踏み込みのタイミングまで同じ攻撃を繰り返すと―――」
今度も電磁ランスが驚異的な伸びを見せた瞬間、ファンナはフットペダルを蹴ってギア比を変更。低速域のトルクに物言わせ、握り手が解かれた無防備な槍目掛けて真横からの力を一気に加えた。
結果、固定されていないリリーシャの愛槍はいとも簡単に空を舞う。
もしも教導であればここで手を止めていたが、残念ながらこれは決闘である。
衝撃に姿勢を崩した敵機を見逃さず、手首をコントロールすることで電磁ランスの軌道を即座に修正。スポーツ少女が驚きの声を上げる暇を与えず、きっちりとコクピットまで食い破る一撃をお見舞いするのを忘れない。
「返し技でこの通り」
『うううううううう』
「実機であればパイロットが即死の損傷を負ったわけですが、勝敗に何かケチでも付けますか? 文句くらいは聞きますよ?」
『や、痩せても枯れてもこのリリーシャは誇り高いゴットバルト家の娘。負けは負けと認め、例え相手がイレブンだろうと素直に頭を下げてやります!』
「面倒臭い性格は誰に似たのやら……」
『このリリーシャを下したレストレス卿は、疑う余地のない立派な騎士なのです。本当のこととはいえ、蔑称を使って申し訳ありませんでした』
「わたしはブリタニア国籍ですからね?」
『それはそれとして』
「この人、実は悪いと思ってませんよ!?」
『ごほん。おそらく無様な戦いを見せたリリーシャは不合格ですが、レストレス卿の腕前は本物でした。もしも奇跡が起きた暁にはお前を団長として認め、素直に剣を預けてやるのです』
声色は照れを含んだ友好的なもの。
素直に参りましたと言えない辺りはプライドの高さか。
『リリーシャ・ゴットバルト、中々の戦いぶりだった』
『光栄であります』
『しかし、僕は奇跡と言う言葉が嫌いだ。人事を尽くして天に祈らず、成功すべくして成功する必然こそ最善の道だと信じているのでね』
『正しいお考えかと』
『その点で君は合格さ。ラウンズに順ずる力を持つファンナに一矢報いた技量、それはしっかりと積み上げられた努力の証に他ならない。まだまだ未熟ではあるが、秘めた大器は十分に見せてもらった。五年後の成長に期待し、我が騎士団への入団を許そう』
『イエス、ユア・ハイネス! リリーシャ・ゴットバルト、身命を賭してお使えさせていただきます!』
シミュレーターの中で主と新しい仲間の会話を黙って聞いていたファンナは、根は素直で真面目そうな少女を意外と嫌っていない自分に驚いていた。
彼女はイレブン、ナンバーズと蔑むが、それは外見だけを見ていただけのこと。
かつて純血派に粛清されそうになったジェレミアが間一髪スザクに命を救われ態度を豹変させたように、リリーシャも実力を示したファンナの見方を変えてくれている。
「喜びを表すにはこれ! オールハイルブリタニァァアァァッツ!」
「騒がしい」
「申し訳ありませんっ!」
テファル子飼いで最初から友好的だったリーライナ、マリーカ。
貴族の癖に人種差別を抱かない変り種のレオンハルト。
彼らとスタートの友好度こそ違うリリーシャだが、きっと上手くやれるだろう。
「敵になるなら容赦なく潰しますが、味方になるなら歓迎しますよ」
筐体から飛び出しさっそくセリエルに怒られている新人を眺めるファンナは、微笑を浮かべながらそう呟くのだった。