「―――と言うことで素顔を見られた可能性が高い訳ですが、同様の不思議体験をご経験のジェレミア卿はどのように思われます?」
「前後の記憶がなく、しかも身に覚えのない行動か」
「です」
「いよいよ催眠術の存在が現実味を帯びてきたが、今回に限れば問題あるまい。元よりリーライナ、マリーカの両名は、意図的に名前を流布した撒き餌。素顔の露出も織り込み済みである以上、計画通りではないか」
白騎士団の初陣で名を叫んだのは、ミスでもうっかりでもなく予定調和の演技だ。
目的は不自然なほどの情報通が、何処まで軍の機密にアクセス可能かを図る試金石。
具体的にはゼロが食指を伸ばすであろう両名の登録をデータベースから抹消した後、ゴットバルト家へ代々仕える譜代の家臣という改竄データを配置。
果たしてどんな反応を示すのか、確かめるというものである。
私的に回りくどいとは思うが、そこはそれ。
情報を重視なされるセリエル殿下らしい作戦なので、異を唱えるつもりはない。
そして日を置いて得られた結果は、白か黒かの判別が難しい灰色だった。
何せ人懐っこい性格と、仮面では隠し切れない容姿を兼ね備えたリーライナが真摯に黒の騎士団に尽くして一定の信頼を得られた後、何でもペラペラ喋ってくれる玉城を筆頭とする幹部の反応を確かめたところ、未だ誰も彼女たちの素性を詳しく知らない不思議さ。
司令官として全てを把握している筈の藤堂でさえ、私と卿らの関係を聞き
”出奔した主に変わらぬ忠誠を捧げるとは天晴れ。これぞ武士の鑑”
と賞賛する謎っぷり。
まぁ、策士として名高いゼロのこと。
こちらの意図を読みきった上で意図的な情報統制を行っている可能性は否定できないが、最終的な判断は盤を挟んで睨みあう棋士のお仕事だ。
ナイトの駒は主の指に従うだけ。今は余計なことに頭を使わず、前の前の難題を片付けることにエネルギーを割きたい。
「むしろ問題はシュナイゼル殿下襲撃への協力要請であるな」
「ほんとですよ。わたしたちの仕込みと比較するのも馬鹿らしいくらい宰相閣下のスケジュールは機密なのに、何処から漏れたのやら」
「まったくだ」
「しかも打倒ブリタニアを詐称している以上、ゼロの支援要求を拒否れないわたしたち。これって白騎士団最大の窮地じゃないですかねぇ……」
コーヒーカップを両手で包みこむように覆い、テーブルに項垂れるリーライナの気持も痛いほどわかる。
同じ皇族に挑むにしても勝利を約束されていた埠頭の時とは違い、今回はゼロの旗の下で不確定要素を孕んだ戦いを強いられるのだ。
せめて王の指示を仰ぎたかったが、本国に戻られた殿下への連絡はリスクヘッジの観点から許されていない。
現場の判断で動くしかない以上、無い知恵を絞りだす他ないのである。
「……で、ゼロへの返答をどうしましょ。さすがに一兵卒には政治が絡む決断は無理。騎士団の長を務める隊長がご決断を」
マリーカの言うとおり、決めるのは白騎士団団長を務めるこの私。
しかし、難しく考えても無意味ではなかろうか。
「宜しい、ならば戦争だ」
「ですよねー。ここで躊躇する姿勢を見せれば、苦労して築いた信頼関係が水の泡。拒否る選択肢なんてあるわけナッシングっ!」
「分かっているではないか。殿下の兄君へ剣を向けるのは断腸の思いだが、ここは主命を果たすために胸を借りて全力で挑ませて頂くぞ!」
「はっはっは、そんなに深刻な顔をしなくても大丈夫ですよ。確かにわたちたちは機体スペックで正規軍を凌ぎますが、所謂マイロードのような対処不能の化け物では在りません。囲まれれば墜ちる程度の騎士が数人加勢したからといって、素人民兵集団が天才率いる部隊を突破出来るなら職業軍人が不要になります。どうせ作戦を逆手に取られて返討ちですよ」
「そういう問題ではないっ! 帝国騎士が全身全霊をもってお守りせねばならぬ至高なる皇族の方々に対し、偽りだろうと直接剣を向ける行為そのものが許されんのだっ!」
「あっ、はい」
まったく、最近の若い世代は実に嘆かわしい。
マリーカ卿もファンナ卿も実力と忠誠心は十分だが、騎士の根幹を成す精神面があまりにも未熟。ここは人生の先達としてこの案件が片付き次第、不肖このジェレミア・ゴットバルトが純血派と同レベルを目指して徹底的に教育せねば!
「天に唾吐く大罪を犯す以上、この一戦をもって黒の騎士団内部に蔓延る白騎士団への不信を確実に取り除かねばならぬ。分かるな?」
「イエス、マイ・ロード。必要なものは圧倒的な戦果。どれだけジェレミア卿が己を捨てた祖国に恨みを抱いているかを行動で示しましょう。目指せ完璧なモグラ! 究極なる同化政策! 仕事と割り切ってイレブンと仲良くしますか!」
「その意気である。全ては我らが主の為、決意を新たに唱和せよ!」
「はいっ!」
「「オールハイルブリタニァァァァッツ!」」
うむ、発声だけは及第点。何故か恥ずかしがるマリーカ卿にも見習わせたいものであるな。
「聞いての通りだ。進路変更、ゼロとの合流地点へ舵を切れ!」
完熟訓練を兼ねて海の底を悠々と進むペレスヴォーの中で決意も新たに叫んだ私は、おそらく最初で最後となる帝国最高頭脳への挑戦に胸の炎を盛大に燃やすのであった。
第二十八話「甘く、苦く」
「この状況をどう判断すべきか……ええい、情報が足りなさ過ぎる!」
東京湾を一路西南へ。打倒シュナイゼルを胸に大海原にぽつんと浮かぶ式根島に精鋭部隊を率いて乗り込んだルルーシュは、土壇場での想定外に頭を抱えていた。
悩みの種は三つ。
第一に最大の目標、シュナイゼルの座乗艦たるレクレールが未だ寄航していないこと。
もっとも無線を傍受した限り、これは基地側にとってもイレギュラー。曰く機関不調による遅れらしいが、鵜呑みにしてよいものやら。
何せ敵は帝国の要、シュナイゼルだ。未来を容易に見通す鬼才ならば、黒の騎士団の到来を読んだ上で意図的に時間をずらした可能性も否定できない。
そして第二に敵の数が想定内に納まっている点。
念には念を入れ白騎士団と自軍の潜水艦に近海を隈なく調査させているが、陸、海、空、あらゆる即応可能な距離に伏兵の姿を確認できない怪しさ。
何と言うか余りにも都合が良過ぎる。良過ぎるのだが、重箱の隅をつついてもデメリット皆無のお膳立てだ。客観的に見て黒の騎士団の行動領域を見誤ったのだろうとルルーシュとて思うが、実はこの思考さえも誘導されている不安が拭えなかった。
「迷うくらいなら撤退しろ。どうせ藤堂もこの作戦には乗り気ではなかったのだし、喜んで従う筈だ」
「妖怪食っちゃ寝が正論を吐くなんて世も末だ……」
「これが年の功だよ坊や。確証のない冒険の末路は、甘い目算で仕掛けたゲットーで身に染みたとばかり思っていたぞ」
「その通りと首を縦に振りたいところだが、残念なことにゼロとは奇跡を常態化する存在。つまり、有利な状況で尻尾を巻いて逃げられん」
「確かに一寸先が闇の道に腹の底では怯えつつ、しかし余裕の涼しい顔を見せてこそ一流のペテン師の証。リスクを理解した上での行動なら口を噤もう。精々頑張って結果を出せよ、大嘘つき様」
「元より不安要素の塊のような作戦だ。当初の予定通り無理はせず、いよいよなれば棚からぼた餅で遭遇した副総督の首を狙うのみ。最低でも周囲を納得させるだけの材料は確保して帰るさ」
そして最後のネックは、ユーフェミアというイレギュラーの存在だった。
何の気まぐれか宰相の出迎えとして基地を訪れた彼女は、身を守ってくれる騎士を持たず、姉のように協力無比な親衛隊を引き連れてもいない無防備な雛鳥である。
例えるなら護衛も付けずにスラムへ迷い込んできたお忍びの姫。苦もなく討ったクロヴィスと比較してさえ容易に手折れる花は、美しいだけで酷く脆い。
「……しかしだ。出来レースのコンクールで空気を読まずにイレブンを表彰し、ナンバーズからの嘆願を普通に受理する副総督様を、あえてこのタイミングで処分するメリットが無い。長期的な利益を考えれば、黒の騎士団にとってマイナスにさえなり得るだろう」
副総督として赴任して以来、時にスポーツで名誉ブリタニア人を称え、時に絵画や演奏を始めとする芸術分野でイレブンに賞を授与してしまう支配者に対する日本人の感情は好意的だ。
この暴挙ともいえる行動、普通のブリタニア人ならともかくルルーシュには得心がいく。
何故なら彼女は差別を嫌う博愛主義者だった。
もしも優しい世界を愛する少女が本質を変えずに成長したならば、格差というには余りに厳しい現状に一石を投じようと動くのも当然の流れである。
「いきなり日和るなこの童貞!」
「そう言わずに先ずは最後まで聞け。そんな偽善者の蛮行は、差別主義たる姉との間に致命的な亀裂を生じさせつつある。やはりここは上手く煽れば大火に育ちそうな火種を消さず、安全地帯から油を注ぐべきだ」
「いやまぁ、それだけ聞けばローリスク、ハイリターンの案件か?」
「俺好みのな」
止めとばかりにそんな妹の奇行の煽りを受けた姉も多方面から突き上げを食らい、せっかく高めた名声という株価が現在進行形で右肩下がりのおまけ付き。
もう、排除する方が勿体ない。どこの世界に放っておくだけで敵の中枢に継続ダメージを与えてくれる姫を、好き好んで倒す馬鹿がいるのやら。
「ああもう、好きにしろ。但し、例外処理をこれ以上増やすな。お前の歩む覇道は、地獄を定員オーバーにしてやっとスタートライン。半端な甘さは捨ててしまえ」
と、幾ら理論武装をしても所詮は言い訳探し。
不機嫌そうに口を尖らせるC.C.に見抜かれた通り、冷徹なゼロの判断を甘ちゃんルルーシュの私情が無理やり抑え込んでいることは自分でも分かっている。
魔女の提唱する効率だけを追求する生き様は、目的達成への最短ルートであることはルルーシュとて認めよう。
しかし、腹を括った復讐鬼とて感情を持つ人間であることを忘れないで欲しい。
「……自己欺瞞は彼女で最後にするさ」
ルルーシュが躊躇う理由は簡単だ。
幼少期を共に過ごした彼女こそ、初めて異性を意識した初恋の相手である。
今も目を閉じれば鮮明に思い出せるユーフェミアの無垢な微笑みは、太陽のような眩しさと暖かさ。
穏やかで甘く、明日の幸福を疑わなかった頃の象徴をどうして害せよう。
もし、そんな少女を切り捨てる行為に抵抗を感じなくなれば、おそらく人として終わり。
越えてはいけない一線を越えた瞬間から歯止めが利かなくなり、一切の手段を選ばず効率だけを追求するモンスターへと変容してしまうだろう。
しかし、だ。
それで復讐を遂げられたとして、振り返った先に何が残るのか。
初恋の相手の次は生徒会の友人、そして最後は生きる意味と等しい大切な妹。
気付けば足を引っ張る可能性を全て排除して最短ルートを疾走する、目的と手段が入れ替わった本末転倒の悪夢を招かないと誰が保障してくれるのか?
『ゼロ、この島に近付く艦影を補足した。しかし……レクレールじゃない。ブリタニアのエンブレムが刻まれているが、データベース登録なし、未知の新型艦に対する以後の指示を頼む』
「こちらに気付いた様子は?」
『ラクシャータ博士謹製のステルス装置のお陰か、今のところ大丈夫だ。不鮮明だが最大望遠で撮った映像を送るので、手早く見極めて貰いたい』
「至急対応する。偵察班はリスクを犯さない範囲で監視を続行。何らかの動きがあれば即時の報告を入れてくれ」
『了解した』
思考の袋小路に迷い込んでいたルルーシュだったが、斥候として放っていた団員からの一報を受けてはたと現実に引き戻されてしまう。
しかし、どうせ仮定に仮定を積み重ねた予測に正しい答えが出る筈などないのだ。
ならば悩む暇があるなら前進し、この瞬間の自分が正しいと思うことを積み重ね、自分が納得できる過程を経てゴールを目指す方が建設的だろう。
後に振り返って
“あの時、こうすればよかった”
と後悔することがあっても、それはそれ。
妥協の産物が招いた最低の未来より、余程諦めも付く。
「時にC.C.、ゼロの代名詞は何だ?」
「実情に目を瞑り最大公約の評価を述べれば、不可能を可能にする奇跡の采配」
「逐一嫌みを混ぜ込むのはやめろっ!」
「断る」
「地獄に堕ちろ腐れ悪魔め。とにかく世間一般が万能の英雄と崇める俺が、たかが女の一人や二人を見逃した程度で躓くと思うか? 俺は思わない。結果として多少の難題が発生しようと、苦もなく解決するのがルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの真骨頂。守るべきものは守り、倒すべきものは倒す。が、その基準は俺が決める」
「ほう、突然目から迷いが消えたじゃないか。最近の女々しい姿とは見違えたぞ」
「お前は褒めたいのか、それとも貶したいのか……」
「それはさておき、その傲慢さを忘れるな。お前は王の力を授かった選ばれた存在だ。唯我独尊? むしろ一緒にするなと嘲けってやれ。そして息を吸うような自然さで私を含めた他者を平然と巻き込み、支配者として思うがままに振る舞う姿こそ正しい」
真顔のC.C.から飛び出した言葉は一般人が聞けば正気を疑う内容だが、不思議と妙な説得力に満ち溢れていた。
何故なら語られた内容は、全てルルーシュが歩んできた道程の縮図。ギアスという超常の力で敵味方の心を操り、大衆を扇動し、偽りの夢を信じる被害者たちを何の感慨も抱かず使い潰す “ゼロ” の在り方そのものである。
そして “ルルーシュ” の甘さを補填するのは、黒の騎士団団員の命。
それを分かっていながらセリエルを、そしてユーフェミアを見逃した時点で反論の余地は無い。
「下の顔色を窺う卑屈な王など私は要らないし、打倒ブリタニアなど夢のまた夢。自分を信じる強さの一点に絞れば……ええと、セリエルだったか? あの失敗を嘆くことはあっても、選択を後悔しなそうな小僧を見習うべきだと私は思う」
「確かに奴の本質は “黙って僕についてこい” 。人の意見は聞いても参考程度で、決して自分のルールを曲げない独裁者気質なところがあった気が……」
「対するお前の根っこは、非常になりきれない善人だからな。情に厚く義理堅い、覇道よりも王道がお似合いの男が修羅を装うから迷う」
「ふん、舐めるなよ魔女。発破をかけられずとも、俺に流れる血は悪名轟くブリタニア皇族のもの。忌わしいあの男を気取るつもりはないが、世界最高の独裁者を凌ぐ程度は簡単だ」
そう言いつつ妹を、友人を、身内を捨てられないのがルルーシュである。
しかし仮面で素顔と本心を隠し、ゼロという名の配役を演じるなら話は別だ。
「期待しているよ坊や。さあ、世界でただ一人、お前と同格の共犯者が最後まで見届けてやる。口だけじゃないところを行動で見せてみろ。具体的には今すぐ!」
「と、言われても新型艦の素性が判明しない限り手の出しようがない」
「それもそうか。どれ、口を動かしすぎて少々疲れたので昼寝、昼寝。何か動きがあれば、適当なタイミングで起こせ」
「……見届けるとは何だったのか」
何だかんだと役に立つ相棒を乗せる為に複座型に変更した無頼のコクピットは狭く、少し振り返るだけで早くもスヤァと寝息を立て始めた魔女が。
軽くイラっと来たが、どうせ説教は馬耳東風。時間の浪費を嫌う少年は舌打ち一つして別回線を開いた。
「カレン、準備状況は?」
『 ”徹甲砲撃右腕部” 及び延伸バレルのアイドリング良好。何時でもいけます……が、正直なところ試射も済ませていないぶっつけ本番に、不安がないと言えば嘘になりますね』
「初陣のナリタといい、何時もすまない。しかし、君ならば出来ると信じている」
『はい、お任せをゼロっ!』
対シュナイゼルを想定し、準備した切り札は三枚。
一枚目にして最強の手札なカレンと紅蓮の組み合わせには、鬼気迫る勢いで開発を進めたラクシャータ謹製の新装備を山盛り増量済み。
例え白兜が出ようが、ラウンズが湧こうが、今度こそ彼女は負けない。
終始互角以上に渡り合い、鬼の爪で勝利をもぎ取ってくれる筈だ。
「さて、ショーダウンの前に不確定要素を排除するとしよう」
およそ十年越しの対局が今始まる。