全体的に細いイメージとなっています。
「もう少し真面目にやらないか? さすがに今ので本気とは言わないだろ?」
「セリエル兄様のばかーっ!」
「ぐはっ」
皆で仲良くトランプで遊んでいると、連続でビリを ”引かされた” ナナリーの機嫌が悪くなる。
そこへ、止めとばかりに実行犯からの煽りです。
昔から短気で癇癪持ちの彼女が耐えられる筈もなく、堪忍袋の緒は即ブチっと。
殿下に殴りかかるモーションは、さすがマリアンヌ様の血筋でしょう。
堂に入った拳は閃光の残り香。素人とは思えないキレだと認めてやります。
でも、ちゃんと本職の稽古を受けているわたしほどじゃない。
「でんかさまに何をするかぁっ!」
父様直伝の技で暴漢を投げ飛ばし、さらに追撃に備えておく。
相手は強敵だ。手を抜けばやられてしまう。そう判断したわたしは殿下の前に壁となって立ちふさがり、あっさり起き上がってきたライバルに睨みを利かせた。
「いかにマリアンヌ妃が喧嘩を奨励しても、こんな場面を見られれば不敬罪で取り締まられそうです。本当によろしいのでしょうか」
「もしもの時は武術の訓練として口裏を合わせよう。狭い箱庭でしかない僕たちの世界、楽しまなければ負けだ」
「お心遣い、感謝いたします」
意識を外に向ければ、兄とルルーシュ殿下が談笑を交わしている。
兄は兄なりに遊んでいるようで何よりだ。
わたしも負けずに親交を深めなくては。
「ファンナっ!」
「ナナリー!」
向かい合うわたし達は、間違いなく敵だった。
但し、強敵と書いて友と呼ぶ方のだけど。
だってわたしが脅威を感じてたのは、見目麗しいユーフェミア皇女だけ。
もしもナナリーが血の繋がらない女の子でも、きっと殿下は相手にしない。
でもあの方は違う。お淑やかで優しくて美人。おまけに好意を持って接してくるので、殿下の心象も鰻登り。
皇族は、その気になれば親族との結婚も許される。
恋敵筆頭、単純な武力を除けば何一つ敵わない恐ろしい存在なのです。
とは言っても、ユーフェミア様はルルーシュ殿下がお気に入りとのこと。
安全だとは分かっていますが、軽く嫉妬してしまうのは悲しい性ですとも。ええ。
「トランプと同じくワンパターンが過ぎますよ、皇女殿下」
頭を色恋に支配されても、冷静さは決して失わない。
猪のように突っ込んでくるナナリーの足を刈り取り、再び地面に這いつくばらせる。
天気が良いからと、芝生に出てよかった。
大理石の床が相手なら、致命的に痛かったでしょうし。
「ファンナは元気ですね」
「君はもう少しお転婆でもいいと思う」
「私もそう思いますけど、お洋服を汚すような事をするとお母様に叱られちゃいます。その点、お姉さまなら笑って許してくれるのですが……」
「コーネリア姉上は武人だからな。君の所の教育は極端すぎる」
「あら、ヴィ家だって同じようなものじゃありませんか。お転婆で体力担当のナナリーと、引きこもりで体を動かさないルルーシュ。私とお姉さまみたいでしょ?」
「だなぁ。さすがはお姫様としての素質を備えたルルーシュだよ」
「間違っている、間違っているぞ! 俺の何処が姫だと言う!?」
「虚弱で頭でっかち、おまけにツンデレだ。同じ守られるにしても、僕が悠然と構えるのに対して、お前は騎士様の腕に抱かれて怯えるイメージしか無い」
「くっ、言わせておけばっ」
「確かにルルーシュは王子様よりもお姫様ですね。私、守っちゃいますよ?」
「ユフィーッ!?」
アリエスの宮殿で遊んだあの日。
セリエル殿下、ルルーシュ殿下、ナナリー、ユーフェミア姫殿下、兄さん、そしてわたし。
また同じ風景を揃って見られる日が来ることを願う。
TURN05「翼、広げて」
「準備はどうなっている?」
「何時でも出せます。レストレス卿もスタンバイOK!」
セリエルらがトレーラーで乗りつけたのは、東京から離れたサイタマゲットー。姉にしてエリアの全権を握るコーネリアの計画した、不穏分子掃討作戦の現場だった。
作戦内容を見た限り、今回のゴミ掃除は演習に近い内容である。
何せ皇族最強の誉れも高いコーネリアが直接指揮を執り、しかも正規軍に加えて子飼いの親衛隊を投入する力の入れっぷり。
確かに最近のイレブンはやる事が派手だが、大抵はKMFを持たない烏合の衆だ。大仰な組織名を掲げようと、他脚戦車と小火器がやっとの民兵に負けろと言う方が難しい消化試合なのである。
しかし、結果の見えた勝負だからこそ好都合な場合もある訳で―――
「戦況も頃合いか。ファンナ、聞こえているか?」
『はい、殿下』
「これより試作嚮導兵器 “アグレスティア” を用いた実戦テストを行う。シミュレーション上も、元になっているランスロットも好調なので特に問題は無いと思われるが、いかんせん初回稼働。どんな問題が起きるても不思議じゃない」
『イエス・ユア・ハイネス』
「姉上の了承を得ていることを忘れず、何らかのトラブル発生の際には速やかに友軍へ回収を依頼。間違っても無理をするんじゃない。これは命令だ」
『整備不良のグラスゴーと比べれば、新品のアグレスティアは抜群の信頼性です。お任せください、殿下。あなたの騎士は信頼を裏切りません]
「期待している」
実践で証明されない理論は、どこまで精度を上げようと机上の空論。
そこで目をつけたのが今回の一件だ。
邪魔はしないからと頼み込み、無理やりアグレスティアを作戦に捻じ込んだのは宰相補佐官の手腕である。
本当はランスロットも投入をと思ったが、そこまでは総督も甘くない。
やはりスザクはイレブンであり、ブリタニア国籍を持つファンナとは違う。
湖の騎士は裏切り者で、聖杯の乙女は正当なるヒロイン。
伝説の名を与えられたKMFを駆る少年と少女は、現代においても符合する立場なのだった。
『では、行って参ります!』
真珠の騎士は、その存在を証明するべく戦火へと身を投じていく。
先ず聞こえて来たのは、ランドスピナーのモーター音。続いて慣らしの終っていない関節が金属の軋む音を奏で、一人オーケストラの様相を呈す騒がしさ。
出だしは上々。リアルタイムで送られてくるデータを精査するようにオペレーターへ指示し、セリエルは本部となっているG1ベースへと向かう。
根城としているトレーラより皇室専用の移動指揮所たるG1ベースの方が設備は整っているのだが、仲が良くても母親の違う兄弟は本当の意味で身内にはなり得ない。
特派はシュナイゼル、セリエルの属するエル家直轄の事業。ランスロット、アグレスティアのデータをむざむざ他家に渡すつもりは毛頭無いのだった。
「来たな、セリエル」
「今日は勉強させてもらいます、姉上」
指揮所に上がり、敬愛する姉の堂々とした王者の貫録に首を垂れる。
シュナイゼルが宰相を天職とするように、コーネリアもまた軍を率いる事が天分だ。
しかも嬉しい事に、この人もまた次期皇帝の座を狙わない根っからの武人。
等しく兄弟を愛でてくれる母性溢れる人柄もあり、セリエルにとってはKMF操縦を仕込んでくれた師とも言える間柄である。
「お前は、奴が救援に現れると思うか?」
「微妙ですね。少々お膳立てが過ぎたかと」
「ほう?」
「ゼロは中々の切れ者。ここまでシンジュクゲットーと同じ環境を整えられれば、罠と気づくのではないでしょうか? 少なくとも僕なら来ません、そもそも勝てる戦力差じゃありませんし」
「ふむ……実はな、そこまで意図したわけでは無いのだよ。お前は知らぬようだが、この手の役に立たんイレブンの巣窟は何処もこのような物。テロリスト共を掃除しようとすれば似たような事になるのでな」
「毎度毎度、皇族が出てきませんよ。それとも姉上は全国行脚を?」
切れ味鋭い弟の切替しに、思わず苦笑い。
一本取られたとセリエルの成長を誇らしく感じる。
今は “シュナイゼルの弟” の肩書が付きまとうが、遠くない未来に施されたメッキは剥げて地金の輝きを見せる事を感じさせる才気だ。
「そこまで、と言っただろう。駄目元で仕掛けた罠であり、本来の目的は最初からテロリスト共の排除。まぁ、私の予測では九分九厘現れる。奴は劇場型の犯罪者、罠だからこそ喜んで踏み込んでくる愚か者故な」
「失礼、そこまでの深いお考えがありましたか」
「良い、失敗から学ぶことも多い。私は年上だぞ? そうそう上をいかれては困る」
「深慮遠謀を身に着けられるよう、努力いたします」
「うむ……しかし、ファンナだったか? あの娘は凄いな。機体スペックもさるものながら、暴れ馬を完全に制御する技量も尋常ではない」
モニターに映るアグレスティアの光点が縦横無尽に動くと、通過地点の敵マーカーが片っ端からLOST表示へ変わっていく。
その速力は精鋭で知られるブリタニア兵が、誰一人付いていけないレベルの一騎駆け。しかも留まる所を知らない。
「我が騎士をお褒め頂き恐悦至極。確か、姉上手ずから稽古をつけたこともありましたか」
「筋の良い娘だとは思っていたよ。あれの兄も今ではナイトオブファイブ、恐ろしい家系だ」
「時に一つだけ聞いても宜しいでしょうか?」
「許す」
「ファンナを、どう思います?」
「素晴らしい騎士だ。人となりも知らぬ仲ではないし、好感を持っているぞ」
「あれ、枢木をイレブンと毛嫌いしていると聞きましたが?」
「アレはイレブンだ。しかし、お前の騎士は違うだろう? 血筋は確かに大切だが、法的にも道義的にもファンナはブリタニア人。純潔派のような連中も一つの道理だが、私は感情論で差別などしない。枢木とて技量は認めているぞ? しかし、他国と自国をランク付けするのは国策なのだ」
ずっと本国でブリタニア人だけに囲まれてきたセリエルには実感は無いが、コーネリアの思想は正しい。
そもそもブリタニアは厳格な階級社会だ。上下関係はしっかりすべきである。
「仮にあの娘を娶るとすれば、賛成して頂けますか?」
「公人としては反対だが、私人としてならば祝福しよう」
「正直、意外です。否定されるとばかり思っていました」
「私も一軍を率いる身、優れた人材の調べは一通りついている。スタートはお前が手を回したにしても、その後の結果は全て努力の賜物だ。好きな男の傍に戻る為だけに底辺から登ってきた娘に共感しない女はいな……む、賭けは私の勝ちだな。連中の動きが目に見えて変わり始めた。悪いが軍務に集中させてもらうぞ」
「はっ」
今までの統率の取れないバラバラの動きに一貫性が生まれ、増援として現れたKMFの加勢も合わせて潮目が変わっていく。
これは間違いなく指揮者が変わった。まるで小学校の音楽会がウィーンの演奏会へ進化したような変貌ぶりに、何者かの介入を感じ取ったのだろう。
ブリタニアが誇る魔女は、報告を待たずに確信を得ていた。
「ゲシュター隊、通信途絶!」
「G4方面に敵影を確認、敵は我が軍のサザーランドを鹵獲して使用している模様!」
「ポイントワンセブンの橋が落とされました!」
次々と増えていく自軍の損害、しかしこちらの指揮官も負けては居ない。
「ここまでだな。全部隊に通達、後退を指示せよ」
これ以上の被害は無駄と判断し、潔く下がることを決断。
部下達はまだ戦えると進言するが、彼らの敬愛する戦姫は聞き入れない。
セリエルとしても腰を据えて戦えば負けは無いと思っていただけに、意外な決断に驚きの色を隠せなかった。
しかし帝国の先槍の異名を持つギルフォードや、腹心で将軍のダールトン達は笑みを浮かべて余裕の様子。
思い返すと未だ二人を含む親衛隊を温存したり、采配におかしな箇所がちらほらと見受けられる。
ひょっとすると、最初からこの敗走は織り込み済みだったのではないだろうか?
「最後に勝つのは私だ。セリエルよ、搦め手も有益な手段だと覚えておけ」
「……最初からこれが狙いでしたか」
「うむ、奴の狙いは鹵獲機の味方識別コードを悪用した乱戦だ。しかし、ノイズが混ざる前に一般兵を下げれば徒労に終わる。後は優秀な個で集を崩せばチェックメイト。さあ行け、我が騎士ギルフォードよ」
「御下命、ありがたく存じます」
マントを翻し、待っていましたと出撃していく騎士の姿にセリエルもつい見惚れてしまう。
自分の騎士は可愛いであって、格好良くは無い。
どちらが優れているわけではないのだが、男として憧れるのはやはり前者だ。
「姉上、我が騎士にも活躍の機会を頂きたい」
「許す、自分の口で伝えるが良い」
「感謝致します。通信兵、アグレスティアへ回線を繋げ」
「イエス、ユア・ハイネス」
『ファンナ、後退命令は聞いているな』
『はい、現在進路上の敵機を排除しつつ後退中です』
『たった今、ギルフォード卿率いる親衛隊が出撃した。エナジーに余裕があるのなら、指揮下に入り敵を殲滅するんだ。おそらく敵はクロヴィス兄上の時と同様の手口で、味方を偽装した兵を点在させている。怪しい機体は全て排除しろ』
『イエス、ユア・ハイネス!』
殿を務めようと主戦場に留まっていたファンナは、主の命を受けて目を輝かせた。
初陣の弊害か各所にアラートは出ているが、騙し騙し機体を操る事には慣れている。
出来る限り戦場に長く留まる必要があると感じていただけに、渡りに船の命令だった。
ぶっちゃけ、まだ暴れ足りないのである。
『こちらギルフォード。レストレス卿、聞こえているか?』
『感度良好、通信状況は至ってクリアです』
『殿下は指揮下と言ったが、いきなり親衛隊との連携は無理だろう。卿には担当地域のみを指示する事にし、単機での行動を許可する』
『イエス、マイ・ロード』
彼の言い分は真っ当だ。そもそも命令系統が違うので、仮にギルフォードの指示を無視しても大きな罪には成らない。そんなイレギュラーに手間隙をかける位なら、好き勝手にやらせた方が好都合なのだろう。
『私はどちらを担当致しましょう?』
『ポイントD3及びその近辺を頼みます。殿下の仰る通り、味方の識別コードを出している機体も敵と断定して構わない。威嚇なしの破壊を許可する。現在、この場に居るのは親衛隊のグロースターと卿のアグレスティアのみ、そう考えて頂きたい』
『イエス、マイ・ロード』
通信を切ると同時にフルスロットル。
目指すポイントに付くや否や、素人丸出しで動くサザーランドを腹の下からMVSで両断。逃げようと射出されたコクピットをスラッシュハーケンで打ち落とし、潜んでいた伏兵のマシンガンを避けるために空へと大きく跳躍する。
「ウイング展開!」
アグレスティアの外見上、最大の特徴となるコクピットブロックに直付けされた複雑な形状の翼を広げ、空気抵抗に変化を与えて落下の角度を無理やり変える。
予測射撃の軸線から外れると、眼下に位置する敵機へとスラッシュハーケンを叩き込んだ。
地上戦ではデッドウエイトでしかない装備だが、別に飛行ユニットと言う訳でもない。
未だ未完成の専用武装へ動力を供給するために備えられた、本体とは別系統のエナジーフィラーを格納するユニットなのである。
もっとも、それだけならば効率の良い手法は幾らでもあった。
しかし、開発スタッフの悪乗りによる “羽とか格好よくね?” 発言が皆を狂わせた。
ランスロットをベースにしながら各部のバランス調整をやり直し、結局上手くいかないからと、事実上の新設計を始めたところで誰かが止めればよかった。
しかし、責任者のセリエルが浪漫を理解する性格だったことで拍車がかかる。
どうせ採算度外視のワンオフ機と割り切り ”妥協せず好きにやれ!” と親指を立てて煽った結果がこれである。
シュナイゼルのコネで航空関連に強いシュタイナーコンツェルンに近づき、可変KMF用電磁推進器のノウハウを入手。それをベースに開発した独自の推進器を無理やり搭載し、飛行は無理でも瞬間的な加速や短時間のホバリングを可能とするエネルギータンク兼姿勢制御ユニット……それがアグレスティアにだけ備えられた天使の翼だった。
「慣れれば、これはこれで使い道が多いかも」
翼に蓄えられたエナジーは本体への供給も可能であり、原型機と比べても容量は5倍。おんぼろグラスゴーで培った低燃費操縦が得意なファンナの腕と合わせれば、現時点で世界一の稼働時間を備えているといっても過言ではない。
浪漫装備のせいでセッティングがピーキーだったり、ペイロードが足りずファクトスフィアの性能が低めだったりとマイナス面も多々あるが、ヒロイックな外見も合わせてオンリーワンであることは確か。
専用機であることを差し引いても、やはりこの機体はよく馴染む。
この新しい相棒となら末永くやっていける、そう確信するファンナだった。
「あれっ!?」
着地と同時に砕ける地面に思わず声が漏れた。
地下鉄か何かの路線を踏みいたと気づき、機体を立て直そうとするも時遅し。
無理が祟ったのか足首が砕け、オートバランサーが盛大な悲鳴を上げている。
これはマズイ。
転倒こそ免れたが、片足を地面に咥えこまれたせいで身動きが取れない。
「ヴァリスを一発でも残しておけばっ!」
コクピットに響くロックオン検知のアラートは、翼を傷めて地に落ちた小鳥を格好の獲物と見定めた獣たちが息を潜めている証。
ブレイズルミナスを展開すれば落とされることはないが、十把一絡げの雑魚相手に掠り傷を負うことなどファンナのプライドが許さない。
こうなれば脚部をパージして……いやいや、それも十分無様ではなかろうか。
『大丈夫かね、レストレス卿。試作機を過信しては危ないぞ』
「申し訳ありません。助かりました」
葛藤するファンナを救ったのは、誉も高い紫紺の騎士が振るった槍の乱舞だった。
物陰に潜むサザーランドを一蹴してアグレスティアを守るように仁王立ちするのは、状況を察したギルフォードの駆るグロースター。
その重厚で紳士的な背中を目にした少女が抱いたのは圧倒的な憧憬である。
普段から仲間という概念を持たず、他人を頼ることを忘れていた孤高の騎士にとって、打算抜きに助けてくれる友軍の存在は驚き以外の何物でもない。
これぞ今まで目にしてきた口だけの騎士もどきとは違う、本来あるべき騎士の姿。
自分もこの人のようになりたい。
いまいち自分が目指す理想像が見えていなかったファンナにとって、指針が生まれた瞬間だった。
『今のサザーランドで確認出来た敵は最後。作戦終了だが、動けるかね』
「ランドスピナーは無事ですのでお構いなく。お恥ずかしい姿を見せました……」
『いやはや今日の撃墜王が何を仰るか。とりあえず迅速に撤退して欲しい』
「イエス、マイ・ロード」
少々締まらないが、こうしてファンナのエリア11デビュー戦は終わりを告げる。
得られた戦果はエースの名に恥じない一級品。
精神面でも大きな収穫を得た少女は、悠々と凱旋を果たすのだった。
「人は成功体験を繰り返したがる……か」
敵戦力は壊滅し、こちらの被害は微々たるもの。
これは戦略レベルの敗北だ。しかも取り返しがつかないレベルの。
セリエルは、指揮官がゼロだと仮定した上で考える。
ゼロの持つ最大の武器は、不可能を可能にする奇跡の担い手であること。
ならば自らの神聖を保つべく、引き分け以上はデフォルトだ。
では、この場で可能な一発逆転の手とは何だろうか?
考えられる手段は一つ。キングの駒を盤外から奪う反則技しかない。
何せゼロには、穴熊の堅陣に篭ったクロヴィスを暗殺した実績がある。
同条件、同環境を整えてやれば、同じ手を取ることは想像に易いと言えよう。
しかし、世の中はそんなに甘く無い。
皇族の暗殺と言う未曾有の事件は徹底的に分析され、大まかな手口の解明は済んでいる。
手段はともかく、味方に紛れて忍び込む傾向さえ掴んでしまえば後は簡単だ。
あえて鉄壁の布陣に隙を作り、獲物が飛び込んでくるのを待てば良い。
つまり無駄に多く、広域に配置したKMFはネズミ捕り。
奪えば姿を隠して大胆に近づける移動手段を、ゼロがこれ幸いと利用することは目に見えていた。
「それにしても、最後の最後で失策を打つとはね」
果たして獲物は罠に掛かっているのだろうか?
そんなドキドキに胸を高鳴らせたセリエルだが、コーネリアによる全KMFパイロット一斉点検は半数の点呼を終えたところで突如現れたゼロにより中断。最早それどころではなくなり、現在は大掛かりな探索へと移行している。
「え、完全勝利では?」
「おそらく姿を見せたゼロはフェイク。本命が発見されそうになり、急遽投入された囮さ。特にコクピットの不調とやらで、最後までゴネていたサザーランドが怪しい。裏付ける証拠は何も無いけど、アレは当たりだったんじゃないかな」
「なるほど、さすがの慧眼です」
「だけどこの混乱に乗じ、獲物は網の外へ逃げてしまった可能性が高い。姉上が今やっているのは、穴の開いた網をせっせと引き上げる無駄な労力だよ。実にナンセンスだ」
「……この話、コーネリア殿下にお伝しないのでしょうか?」
「全て想像の話だから」
「それでも、です」
「本音を言えば姉上が何の成果も挙げられない対応策を打ち、醜聞を晒すのは僕にとっての好都合。兵士には悪いけど、だらだら無駄な時間を過ごして欲しいから黙っているんだよね」
「で、でんかっ!?」
民間人を殺せと言われても笑顔で実行出来るファンナだが、さすがにこれは悩む。
どうして自軍が間違いを起こす方が都合が良いのだろう?
どう考えても、主の思惑が読めない。
「次の皇帝の席には兄上か僕が座る。その為にも有力なライバルには、早めにレースから脱落して貰わないと困るんだよ。特に姉上は軍部の人気が高いし、求心力を弱める為にも無様な失策を積み重ねて貰いたいのさ」
「な、なるほどっ! 直接関わらない殿下には火の粉も飛びませんしね!」
「どうせエリアの一つや二つが荒廃しようと、我らがブリタニアは揺るがない。今後もゼロには、エル家の屋台骨を喰い散らかす白蟻の役割を果たして貰おうじゃないか」
「イエス、ユア・マジェスティ!」
常識的に考えれば最悪の発言だが、ファンナには咎めるという発想が無かった。
主が望むのなら、それを叶えてこそ騎士の誉れ。
少女の正義は、常にセリエルの正義と同じなのである。
「それに僕は、ゼロの正体を掴んだのかもしれない。今回、彼の打ち筋を見ていてそんな気がしたよ」
「打ち筋……ですか?」
「君の良く知る男に動機も十分、稀代の棋士が居るだろ?」
「まさか、ルルーシュ殿下!?」
「まぁ、今は深くは詮索しないでおこう。所詮は僕らが絶対に勝つゲーム。仮に推測が的を射ていたとすれば、チェスの借りを返すチャンスだからね」
「……火遊びは程ほどでお願いします」
「善処しよう。さて、この話題はここまで。この部屋のセキュリティーは盗聴対策を含めて完璧だが、間諜の耳が潜んでいないとも言い切れない。今の話はここだけの秘密だよ?」
「はい!」
それが帝国への背信行為であろうと、ファンナにとっては喜びでしかない。
秘密を共有により、不確かな絆がまた少し確かなものになる。
肝心の言葉を貰えていない恋する乙女には、蜘蛛の糸だって救済に見えてしまう。
「元気で宜しい。ついでにと言うわけじゃないが、珍しく二人きりだし、君に伝えたい言葉がある」
「……はい」
同じ “はい” でも、一気にトーンダウンした少女に思わず苦笑い。
本当に素直な娘だ。これは昔から変わらない美徳だとセリエルは思う。
「熟考した上での結論なんだけど、やはり僕は君が好きらしい」
「ふぇ?」
「昔は妹に対するLIKEだったが、今は違う。僕の為に全てを投げ打ち、ただただ純粋な思いを向けてくれるファンナを一人の女性として愛しく思う」
「え? ええええっ!?」
「色々と困難なこともあるだろう。それでも良いのなら、僕のパートナーになってくれないか?」
「一生お供します! させて下さい!」
「なら、契約金代わりの手付けを貰うよ」
テンパって目がぐるぐるの少女の顎を持ち上げ、躊躇せずに唇を奪う。
触れ合わせるだけの簡単な口づけだが、ファンナの脳はついにオーバーヒート。
顔を真っ赤にさせて気絶してしまうのだった。
「……早まったかな?」
権力の色眼鏡を通さずに己を見てくれるのは、後にも先にもこの娘たった一人だ。
だからこそ心が動かされるし、共に歩みたいと強く願ってしまうのだろう。
自分の中で答えを出したセリエルに、最早怖いものは何も無い。
何を言われようが、伴侶と決めた少女との関係を深めていこう。
必要なら、どんな労力だって厭わない覚悟は出来ている。
「僕が遊んでいる間に精々姉上を困らせ、その首の価値を高めるがいい。泥臭い鯉が龍に変貌できたなら、今度こそ本気で相対してやるよ」
この時点でルルーシュを捕縛しておけば、未来は変わったかもしれない。
しかし選んだのは、ライバルを野放しにした上で塩を送る事。
その甘さの代償がどれほどのものになるか、この時のセリエルは知る由もなかった。