それはよくぞ乗り切れた、と自分を褒めたくなる大変な日々。
命令一つで世界各地を飛び回り、毎日が絶対に敗北を許されない戦いの連続。
戦争、戦争、祝勝会、戦争の割合で、何とか果たして来たラウンズとしての務め。
しかし、戦は得意分野。決して苦ではなかった。
私の胃を苦しめたのは、お偉方の集まる晩餐会やら何やら。
貴族、金持ちの娘が飴に集るアリのように群がる地獄は、ぶっちゃけ吐き気さえ催すおぞましさ。
アンヌが弾除けになってくれなければ、今頃は胃に穴が空いて長い闘病生活を送っていただろうよ……。
「あたしは副官だから何処にでも付いていくけどさ、あらぬ噂と言うか既成事実を作られて困るのはマイロードよ?」
「構わない」
「え?」
「他の誰にも私のパートナは勤まらん。と言うか、嫌だ」
「ほほう」
「逗留が短いか長いのか分からないが、丁度これから新天地での生活が始まる。これを機に、いっそ本当に結婚しないか? そうすれば五月蠅い虫も黙―――」
「打算でプロポーズするなぁ!?」
エリア11へと向かう船旅の中、相棒とのふとした世間話の流れで殴られた。
避ける事も出来たが、火に油を注ぐことは経験則で分かっている。
これも彼女の愛情表現。無抵抗で受け入れるのが男の矜持だ。
「最近は実家からの縁談話が一気に増えて困っている、と愚痴っていたのは君だぞ」
「そりゃそうだけど……」
「富と名声を持ち合わせた、気心も知れた間柄。容姿や性格の好みはさて置いて、お買得の物件と我ながら自負している。何が気に入らない」
「それが分からないから、マイロードの株は底値を動かないのよ。まぁ、切羽詰まったら考えてあげる。きっと一生軽蔑するけど」
「……仕事で必要に迫られての好意だったとは」
信用度SSSを誇るブリタニア国債並みに評価されていると思っていただけに、かなり凹む。
確かに情けない姿や弱みを色々と見せて来たとは思う。
それにしてもあんまりだ。
「次の休暇は南の島に傷心旅行でも―――」
あれ、行って何をすればいいのだろう。
泳ぐ……体を鍛える訓練。疲れるだけで、何も楽しくない。
惰眠……職業柄、物音一つに反応する眠りの浅さ。熟睡さえ無理だ。
美食……偏食舐めるな。人参、要らないよ。
女遊び……それが出来るなら、最初から苦労していない。
そもそも遊ぶとは、バカンスの定義とは何だ?
心躍るわくわく、が一番的確な表現でいいのだろうか?
だとすると、ドキドキが止まらなかった新型装備のテストはバカンス……ではないな。
他には……ああ、母校で候補生たちを纏めて捻り潰した時は腹の底から楽しかったな。
事前に調べておいた名簿から、鼻持ちならない貴族だけを徹底的に攻撃。
見所のあるルーキーにのみ、正しい嚮導を行ったアレくらいだろうか。
ちなみに彼らは揃ってスカウト済み。
特に殿下の親衛隊候補として目をつけたマリーカ君の成長が楽し……待て、全部仕事絡み?
落ち着け、冷静になれ私。
普段の休日を、今までどう過ごしていた?
「ちょ、何で黄昏ちゃってるの!?」
先週はアンヌに連れられてKMFリーグの観戦。服を選んで貰った後、部下への差し入れを見繕って終わり。その前も、やはりアンヌに勧められるまま釣りに興じた気が。
これはこれでマズイ。完全に副官へ依存している。
記憶をどれだけ遡っても、自主的に余暇を消化した形跡が皆無とは如何なものか。
「そこまでショックを受けるなら、もう少しデリカシーを学んでくれないかしら。その、四六時中一緒に居るのよ? 嫌いな訳ないでしょ」
「一世一代の告白を棒にした女がそれを言うか……」
「あーもう、本当にメンタル弱い駄目騎士様なことで。時と場所を考えて、きちんと同じセリフを吐いたらOKしてあげるわよ。私はね、好きでもない男の世話を何年も甲斐甲斐しくするような女じゃないの。分かった? 分かったなら返事っ!」
「イ、イエス、マイ・プリンセス」
「罰として、次の休暇はキョウト史跡巡りの供をしなさいよ」
「承知」
「その前にお仕事山積みだけどね。ホント……休みなんて何時取れるやら」
先に赴任している妹が受領済みのアグレスティアは、名目上の所属がナイトオブファイブ直轄。さっそく盛大に壊してくれたようで、様々な請求がこちらに来ている。
それらの処理に加え、エリア11赴任に関する申請書が溜まりに溜まっていた。
何せこのやり取りの間も、延々とタブレット端末で書類を捌いていたアンヌ様。
自分でも夢物語と理解していることを口にして、虚しくなったのだろうか?
遠くを見つめるその瞳は、現実から目を逸らした証拠に思える。
「政庁には同じエル家派閥の特派が居る。あわよくば仕事を押し付け、負担を軽減出来る気がしないでもない」
「腐ってもウチは独立採算のラウンズ。任せられる訳無いじゃない……」
「それはさておき、仕事を一分間忘れてくれまいか」
「何かしら」
「呆れないで聞いて欲しい。いまいち恋だの愛だのを理解出来ていない私だが、アンヌが傍に居ると落ち着く。傍に居ないことを考えられない」
「ふーん」
「多分、私は君を愛しているのだと思う」
「ここで多分言いますか……」
「続きは婚前旅行までに必ず考えよう」
「不器用な事で」
「無骨物と笑うか?」
「いーえ、それでこそ我が主。大好きよ」
水平線の向こうに見えてきた大地の如く、前に進まなければ見えない未来がある。
そんなことを考えていると、呼び出し音が鳴った。
体を寄せてきたアンヌに悪いと思いつつ、通信機を取る。
告げられた内容は、ちょっとしたサプライズ。しかし、それは好ましい物だった。
一言二言を交わして通信を切り、寄りかかったままの伴侶の肩を抱く。
「面白い話? 顔がにやけてるわよ?」
「間もなくナリタで総力戦が開始されるとの朗報だ。別に請われている訳でもないが、ここは一つゲストとして颯爽登場し、度肝を抜こうじゃないか」
「新型のお披露目に相応しい舞台ってことね」
「うむ。剣としての任は妹に譲ったが、盾としての役割は誰にも渡さない。現地入りされているという殿下が不測の事態に巻き込まれる事態に備える意味も込め ”いざ、鎌倉” だ。悪いが、セットアップを至急頼む」
「高速輸送ヘリへの搭載も含めて、四半刻だけ頂戴。アレは私にとっても苦労に苦労を重ねた我が子みたいなもの。うんと派手にやっちゃえ」
「任せられた。お前は予定通り政庁に向かい、巣作りに励んでいて欲しい」
「引っ越し祝いも兼ねて、ご馳走作って待っててあげる♪」
「現場には妹も来ている。連れ帰るので、腕によりをかけて頼むぞ」
「はいはいっと。じゃ、パイロットスーツに着替えたら下に来てね!」
「了解」
やはり優雅な船旅は、軍人に縁の無い物らしい。
手早く着替えを済ませた私は、如何なるときも手放さない愛剣を掴み格納庫へと向かうのだった。
TURN08 「震える山」
「やはり間に合わなかったか……」
次々と出撃していくコーネリア軍を見送るセリエルは、苦々しい思いを顔に出しながら隣の人物へ問いかけた。
「無理ですよ。ランスロットなら螺子一本まで把握していますけど、アグレスティアは僕の管轄外に近い。本格的な補修作業はナイトオブファイブが連れてくるスタッフ待ちかと」
「僕も技術屋の端くれ、実は無茶だと分かっている。結局、ランスロットより基礎フレームを軽くしたことで強度不足が発生したんだろ?」
「ですねぇ。設計上の不具合ですし、現場でどうこうできる話じゃありませんって」
サイタマゲットー、そして河口湖で得られたデータにより発覚したアグレスティアの欠陥。
それは全力稼動時の負荷を、脚部が受け止めきれないと言うものだった。
もっとも、問題の解決策は本国の開発チームが確立済み。
後は代替部品と共にこちらへ向かっているナイトオブファイブ専属KMF開発班 “マンチェスタ” さえ到着すれば、直ぐにでも解消される予定である。
しかし、それでは遅い。遅すぎるのだ。
「それに通常型の1.3倍まで性能を引き上げた、ファンナちゃん専用カスタマイズ……仮称F型サザーランドも、グロースターを上回る高性能機に仕上がってますって。あのデバイサーの腕前なら、アレでお釣りが来るんじゃないですか?」
「確かにアレはやっつけ仕事の割に自信作。十分といえば十分だけどさ」
日本における反ブリタニアの拠点 ”ナリタ連山” 。不遜にも憚ることなく要塞化されたこの場所には、関東全域から集められた約五万のブリタニア軍が勢揃い。四方をぐるりと囲み、蟻の一匹も逃さない陣を敷いている。
対するは、篭城の構えを見せる日本解放戦線の総勢約一万。
いつぞやのサイタマゲットーが児戯に思える戦力差から透けて見えるのは、面子の掛かった国際会議への横槍&最愛の妹に銃を向けられたコーネリアの怒りである。
セリエルとて気持ちは分かる。分かるのだが、事件から僅か一週間で総攻撃を仕掛ける性急っぷりは如何なものか。
てっきり補給を絶ち、日干しにした後の掃討と思っていセリエルにしてみれば、これは寝耳に水の話。参戦する為の準備がまるで整っていなかった。
問題の発覚したアグレスティアの修理、運悪くオーバーホールを始めたばかりのランスロット。
作業は山積み。しかし、時間は有限。これにはセシルも立ちくらみを起こす始末だ。
と言うか、これだけの部隊を動員する準備をこの短期間で済ませるのがおかしい。魔女は不可能から一文字を削るくらい、平気でやってのけるとでも言うのだろうか?。
お陰で特派は通達を聞いたその日から、火を噴くような忙しさ。
補修を諦めたアグレスティアに代わる代替機の組み上げ、そしてランスロットのリビルドを不眠不休の体制で続けた結果、全ての作業が終ったのは出立の前日である。
「時に殿下、僕の玩具は?」
「姉上に不要と斬り捨てられたよ」
「せめてランスロットの神経接続をスザク君に最適化していなければ、ファンナちゃんを乗せて送り出せたんですけどねぇ……」
「また機会も来るから、焦るな焦るな。今は総督の怒りを買わないように、大人しく言うことを聞くことこそ肝要。さすがの僕でも湖でファンナがやらかした件から間を置かず、連続で姉上の逆鱗に触れることは出来かねる。実働データの蓄積は、どこぞの管轄区を篭絡してから考えようじゃないか」
「楽しみにしってまぁす~」
これぞ根っからの技術屋。ロイドはセリエルのプランに満足したのか、不機嫌だった表情を一変させる。
さすが見た目は大人、中身は無駄にハイスペックな子供を地で行くマッドサイエンティストにしてみれば、目的さえ叶うなら過程はどうでも良いと言ったところだろう。
「ファンナ、聞いての通りだ。今回はF型で出撃を」
「仮にもラウンズを目指したわたしです。乗り物が何であれ、それ相応の槍働きは果たして見せます!」
そっと隣で出番を待っていた少女に目を向けると、力強い返事が返ってくる。
しかし胸元でぎゅっと両手を握りしめる姿から感じられるのは、残念ながら頼もしさより可愛らしさ。実力は折り紙つきなのだが、やはり見た目で損をしている部分は多い。
「サイタマ戦とは違い、今回ばかりは親衛隊も総掛かりで攻略に取り掛かっている。まさかこの布陣でどうこうされると思えないが、万が一を常に頭に入れて動くように」
「暴れてこい、ではないのですね」
「ここからはオフレコ、皆も聞かなかった事にして欲しい」
「は、はい」
「知っての通り仕掛中のナリタは、エリア最大の抵抗勢力。これを圧倒的な力で蹂躙し、テロリスト共の精神的支柱を折る……と言うのが本作戦の趣旨だよね?」
うんうん、と頷くファンナ達。
「首脳陣は余裕と楽観視しているが、僕は一波乱あると想定している。しかし、どうすればこの戦力差を覆せるのかさっぱりだ。それこそ奇跡でも起こさなければ無理だけど、あえて敗走も視野に入れた最悪を想定して備えたい」
「ゼロが何か仕掛けてくると?」
指揮官の発言へ、真っ先に反応したのはスザクだった。
「ぶっちゃけ、ここが落ちればこの国の抵抗勢力も終わり。見捨てるにしろ加勢するにしろ、次代のリーダーを気取るなら、ここで名を売らなければ後が無い。大局を読める人間が、指を加えて眺めているとは到底思えないね」
「仰る通りかと」
「そこで僕も考えた。荒唐無稽でも、成功確立が限りなくゼロでも、成し遂げられればブリタニア軍に一泡吹かせられる策を。妄想の粋を出ない内容であることは自分でも良く分かっているけど、これでも休日返上で働く技術スタッフに負けじと学校をサボり、徹夜を続けて練り上げたプランだ。世迷言と笑い飛ばさず、是非とも聞いて欲しい」
「では、画面を出します」
目配せを受け秘書役のセシルが端末を操作すると、大型ディスプレイにナリタを俯瞰する地図が浮かび上がる。
「第一に目的をはっきりさせようか。この数のブリタニア軍を全滅させることは、完全武装のラウンズを勢揃させても難しい。まして装備も人員も貧弱な日本軍では、黒の騎士団が加勢しようとも不可能。この前提を念頭に置きつつ、最大の戦果を目指そう。スザク、君ならどうする?」
「日本解放戦線の上層部を逃がして恩を売り、今後の足がかりを作ります」
「ふむ、じゃあファンナ」
「えっと、要塞を守り切るのも無理ですよね?」
「戦力差が馬鹿馬鹿しい上、援軍の来ない篭城と言う最悪のシチェーションだからね」
「でしたら、頭を獲ります。狙うはコーネリア殿下の首一つ」
「正解、後でご褒美を上げよう」
「こ、子供扱いはやめて貰えませんか!」
「なら無しで」
「あぅ」
「冗談だから悲しげな顔をしない。っと、話が逸れたので戻そう。で、姉上の首を狙うとしても、結局は普通のやり方で成せる道じゃない」
ハンドサインで画像を進めさせ、セリエルは続ける。
「そこで先ず地の利を生かす。下から攻めてくるは確定なのだから、エネルギーの宝庫である高さを活用しなければ損だ。だけど落石じゃあ手緩い、いっそ非常識なレベルの土砂崩れを起こすなんてのはどうだろう」
「ですが、それでも難しいかと」
「僕もそう思う。なら、もう一手間をかけようか。前提条件にこちらの布陣がリークされていることを追加。計画的に部隊を分断し、局所的な有利さを作り出せたなら?」
「……行けるかもです」
「ちなみにナリタで天変地異級の地震を引き起こすことは、科学的見地から見ても不可能じゃない。そうだろ、ロイド」
「この辺りは地下に水脈も伸びているみたいですし、溶岩を一気に流し込むか、超高出力のレーザーを直接叩き込むかすれば……と言う妄想の部類ですけどねぇ」
「所詮は裏付けの取れないシミュレーション。可能ってだけで十分の回答さ。それにほら、敵には奇跡の藤堂とやらも居ると聞く。彼のご加護で天災が偶然起きる可能性も残されていると思わないか?」
「えっと、笑う所ですか?」
「さて?」
ルルーシュは環境を利用し、相手の思惑を根底から崩すのが得意な男である。
様々なゲームで地形を活用する戦術を好むライバルに苦渋を舐めさせられて来たセリエルは、今回も同様の手口で大逆転を狙っていることを半ば確信していた。
そもそも ”不可能” と ”不可能に近い” は、まるで意味が違う。
どうせ今回は前者を為さねば、明日を失うのだ。
この程度の難題、超えてくればければセリエルとしても困る。
「では解散、そろそろショーの始まりだ。僕の妄想が当たらない事を祈って欲しい」
戦乙女の失墜を願う少年は、口とは裏腹の思いでゼロに期待を寄せるのだった。