どうやら戦争が始まるようです。
青く、途方もなく広く、静かな海の上を、今は戦争の音が埋め尽くしていた。空は硝煙弾雨に彩られ、海は朱色に色付けられている。
あるものは腕を失い、あるものは腹に風穴を開け、あるものは四肢をもがれ泣き喚き、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図という言葉がピッタリな光景だ。
その中を、私は毅然と進む。
私が引鉄を引くと同時に轟と、とてつもない熱量を秘めた熱波が押し寄せ、砲弾が殺意を纏って深海棲艦へ飛んでゆく。
視線の先には頭から上を鮮やかな赤の花と化した深海棲艦だったものが映っている。綺麗だったであろう彼女の顔は、今や砲弾によって乱雑にすり潰された肉塊と化している。私が殺したのだ。
知らぬ間に近づいてきたのだろう、飛びかかってきた別の深海棲艦の腹に砲弾を撃ち込む。肉片が飛び散り、苦痛に顔を歪めながら彼女は臓物を汚らしくぶちまけた。これも私が殺した。しかしあまりに近かったので返り血を浴びてしまった。
撃ち殺し、打ち殺し、討ち殺す。そうしている間に、私の体は真紅に染まっていた。
しかし、私の身体を赤で彩り、まるで絵の具のようにこの体を染めるその血、その匂い、その熱さに思わずクスリと口を歪めてしまう。なぜならばこの血がどうしようもなく愛らしく、悲しく、そして嬉しいと感じてしまうからだ。
――きっと、おそらくは、この血があまりにも愛おしかったからだろう。
1
日もまだ昇りきらない早朝に私が起床し、急いで朝食を取りに向かうと、広いはずの食堂はすっかり人で満たされていた。どうやら遅刻してしまったようだ。
私が何とか空いている席を確保し食事を取ろうとすると、私に近づくように足音が聞こえた。
「吹雪ちゃん、隣いいかにゃー?」
聞き覚えのある声に横を振り向くと、やはりそこには私の友人の睦月ちゃんが立っていた。
「うん、いいよ。睦月ちゃんも今来たの?」
彼女が隣に来るのは別段特別なことでもなく、私も特に考えもせずに答えた。ただ彼女にしては少々起きるのが遅いとは思いはしたが。
「うん、ちょっと寝坊したのね! えへへ」
そう言い、特に褒めたわけでもないのに胸を張り自慢そうにする彼女のその顔は言葉とは裏腹にどうやら照れているようであり、思わずこちらも顔を赤く染めてしまいそうだ。しかし、きっと彼女はさっきからいたのだろう。私を待ってくれていたのかもしれない。
彼女とはここ、呉鎮守府に配属された時から常に一緒だった。いわゆる同期であり、今もこうして一緒に食事を取る仲だ。地味な私とは対照的に明るく元気な彼女は、本来ここではなく他の仲間達の中心に居るべきだと思うのだが、彼女は私の隣が良いと言っていた。だから私も一緒に食事をとっているし、彼女が嬉しそうにすると私も良い気分になるのでやめられないのだ。
その後しばらく黙々と朝食を食べ、何ともなしに横を向いてみる。そこには栗色の髪を揺らしながらパンを頬張る彼女の姿があった。こうして見ると、黙っていれば美少女とも言えるのだが……
「吹雪ちゃん、私の顔に何かついてるのかにゃ?」
「あ……いいや、何もついてないよ? ただ見てただけ」
どうやら口調は癖なようで、これから先彼女の口調が直ることは一切ないだろう。彼女から残念美少女の汚名が払われるのは一体いつになることか。だが確かに、この口調が抜けたら抜けたで、おそらく誰だか分からなくなるだろうし、それも含めて彼女の魅力だ。
その後、私達は数回口を交わすと、また食事へ戻った。
「睦月ちゃん、そんなに口に貯めて大丈夫なの?」
あまりにも頬が膨らんでいるので少し心配になった私が聞くと。
「にゃ? うん、大丈夫だよ?」
そう返すので、きっと大丈夫なのだろう。
2
その後、朝食を終えて彼女と別れると、とうとうする事がなくなってしまったので、仕方なく鎮守府の中を散策する。いつもなら演習や出撃など、やることに欠かないのだが、たまたま私は一時的に任務から外されており、その為にこのような暇を味わわなければならないのだ。
暇というのはそれだけで人を殺せるようなものだ。だから、私も何かしたいのだけれど……どうにも見つからない。しかしこのままぶらついているところを発見されるとそれはそれで不味いので、私は訓練場へ向かうことにした。
呉鎮守府――呉とは昔の海軍鎮守府から引用したようである――、その海上に一際目を引く一つの巨大な訓練場が存在する。
総面積七十五平方キロメートル、過去に日本の首都に存在していたと言われる球場のおよそ六倍である。この言葉だけでもその途方もない広さは伝わるだろうが、重要なのはそこではない。この訓練場は訓練用艤装から最新兵器――勿論使用するにはそれなりの権限が必要になる――と幅広く揃えており、更にはそういった最新兵器の試験場も兼ねているのだ。この広さから、呉鎮守府への配属を希望する少女達は後を絶たないのだとか。
やはり私以外にも暇な人はいるようで、誰も使っていない適当な空きレーンを見つけると、私は訓練を開始した。
息を大きく吸い込み、ゆっくりと、確かめるように吐く。こうすることで思考が白く、クリアになる、そう先輩に教えられたからだ。
準備が整うと、私は砲を構えた。
「ふぅ……吹雪、行きます!」
最早いつも通りとなったかけ声を上げると、私は的へ射撃を開始する。
一発一発を撃つたび、轟という熱が襲い、反動に身を貫かれる。ただ、それさえも心地良いものだ、そう感じている自分がいる。
3
訓練を終え私が恍惚としていると突然、耳を
この鎮守府に配属される少女達が最初に驚くのは訓練場の広さでも食事の美味しさでもなく、ここにある。ここ呉鎮守府は深海棲艦とこちら側の境界線、つまり最前線に位置しており、その位置関係上攻め込まれやすい場所なのだ。そして、いつものように攻め込まれるため自然と私達も慣れてしまう、というわけである。
4
慣れたように敵の艦載機に対空砲火を浴びせる。爆撃というのは対地だと大きな効果を発揮するのだが、対艦娘となると途端に効力を失う。と言うのも、私が今やっているように迎撃してしまえば良いし、そもそもの被弾面積が小さいからだ。つまり、私達にとってはどうということはないのだ。むしろ、それなのに飽きもせず爆撃を続けている深海棲艦側の気がしれないとも思う。私ならとっくにやめにしているだろうに。
対空砲火にも飽き始め、撃破した敵艦載機の数を数え始めると、何かに気付いた。そう、敵の艦載機の数があまりにも少ないのである。それだけなら良いのだが、私はこの現状に一抹の不安を覚えていた。
そういえば、過去にもこんな事例があったそうだ。いつものように敵の攻撃を凌いでいたところ、一人の艦娘が異常に気付いたと。敵の数が余りにも少なかったそうだ。そしてその後鎮守府へ戻ると……そこには爆撃を受けて焼け、原型をとどめていない鎮守府の姿があったのだ。
そこまで考えて、私は気づいた。敵が何をしようとしているのかを。もし私達を襲撃する艦載機の中から数機を鎮守府に向かわせていたのなら……。
ハッとして鎮守府の方を振り返る。しかし特に異常はなかった。それもそうだ、もし鎮守府に向かっていった艦載機がいるのなら私達はとうに気づいている筈だ。やはり私の思い違いだったか、そう私が安堵していると突然に。
――地を裂くような轟音が響き渡った。
何を落としたらこうなるんだ、そう思うほどの爆風が起き、その余波が冗談、比喩を抜きにして私達を襲う。方向は鎮守府の方であった。
私が正気を取り戻して振り向くと、そこには燃え盛る炎に包まれる私達の鎮守府の姿があった。
どうしても前、後と分けると文字数が少なくなりますね……。
前と後を合わせて6000字で一話を構成するように考えているのですが、なかなか上手くはいかないようです。