エルフ転生からのチート建国記   作:月夜 涙

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エピローグ:建国《エルシエ》

 ルシエが軽やかなステップを踏む、ゆったりとした衣装がひらひらと舞う幻想的な光景。

 ルシエの舞に合わせて、周りの女性が朗々とエルフの村の言い伝えを読み上げる。

 

「かつて、この世界は闇に覆われていた。魔物たちが地平を埋め尽くし、魔王が君臨し、ありとあらゆる街を飲み込んでいった」

 

 魔物と魔王。

 本来、マナが存在する世界には必ず現れる、自然現象。

 マナは恵みの力だ。その反動として、エルナと呼ばれるマイナスの力が現れる。

 

 それは、純粋な災厄の力。誰も制御できず、ただ周りに破壊と恐怖を撒き散らかす。

 エルナは、人々の恐怖を感じとり、その恐怖を形にすることで力に指向性を得る。

 

 獣が怖い、悪魔が怖い、自然が怖い。その感情により形を持ち、それらが魔物と呼ばれる存在になる。やがて、魔物の中から、それを統率する存在、魔王が産まれる。

 

 大抵、魔王は人型だ。なぜなら、人がもっとも恐れるのは人だから。

 

 そして、人の形になったエルナは知恵を持つ。知恵を持てばより強い恐怖を得て、さらなる力を手に入れようとする。その結果、魔王は人間以上の知恵を用いて効率的に恐怖を与える存在となってしまうのだ。

 

「世界は絶望に満ちていた。人々は怯え、やがて無気力になっていった」

 

 何を作っても壊される。どうせ死ぬ。

 そんな世界では、文明は発展しない。街から一歩出れば魔物が溢れている。そんな状況では、街同士の交流もない。

 

 閉塞し、衰退していく世界。そんな世界をいくつも見てきた。

 そうならないように、マナの恵みを捨てた世界も数多くある。マナが無ければ、エルナが生まれず、魔物も発生しない。だが、そうした世界は魔術そのものがひどく使いにくくなる。例えば地球のように。

 

「そんな中、立ち上がった者たちが居た。人間の騎士、猫人族の戦士、二人のハイ・エルフ。そして鋼鉄の体を持った天使」

 

 この五人は有名だ。帝国にも、そして多民族が共生するコリン王国にも、世界中に逸話が残っている。

 

「さまざまな、困難を乗り越え、やがて魔王を討伐。統率者を失った魔物たちはちりじりになった。だが、代償は大きかった。戦禍の中でいくつもの街が滅び、英雄たちも一番幼い、ハイ・エルフの少女を残して死んでしまった。その少女こそが、我らが始祖シュラノ様」

 

 文献では、大切な仲間を失い街に戻ったシュラノ様は、もう大丈夫、心配しないでと言って微笑んだらしい。

 絶望の淵で、それでも誰かのために笑顔を浮かべたシュラノ様。

 なぜか、その少女の顔が脳裏にちらついた。俺が魂に刻み付けた光景。

 

 脳裏にノイズが走る。おかしい、俺は魂に焼き付いた記憶は全て明瞭に思い出せる。

 過去のことについては、記憶しているか、記憶していないかの二択しかない。

 なのに、知っているかもしれないというおぼろげな感覚。

 こうなる原因は一つしか考えられない。【俺】が意図をもって隠している。

 

「シュラノ様は、魔王がやがて復活することに気付いていた」

 

 それも当然だ。魔王が滅びたことで、エルナは発散された。

 だが、いずれエルナは再び満ち、恐怖を読み取り新たな魔王が生まれるだろう。マナのある世界では、そうならないように日頃から魔物を積極的に狩り、少しでもエルナを発散させるのが常だ。

 

「シュラノ様は、もう二度と、悲劇が繰り返されないように旅をすることに決めた。そこに一人の大魔術師が現れる。名前をシュジナ。その大魔導師はシュラノ様に惹かれ、共に旅にするとを申しでた」

 

 音楽が激しくなり、ルシエの舞も動きの大きなものに変わる。

 

「シュラノ様と、シュジナ様は、世界を回り、世界樹を触媒とした九つの封印を施した。それは、邪悪な力を集め、その力を対消滅させるもの。それ以来、魔物も魔王も現れることはなくなった」

 

 俺は、その封印を聞いて面白いと思った。

 マナと違ってエルナはまともに制御できないし、発生を止めることもできない。

 

 なら、エルナをなんらかの外部の力で誘導して集め、それらをぶつけ合うことで消滅させるという発想は理に適っている。俺もそうするだろう。

 

 非常に高度で複雑な術式だが、世界樹という最高クラスの触媒があれば、俺と同等以上の魔術師なら不可能ではないだろう。

 

「封印の旅を終えると、シュラノ様は一人で戻られ、迫害されていたエルフ達を集め、一つの村を作った。それこそがこの村のはじまり。シュラノ様は生涯、この村を見守り続け、誰とも結ばれることなく、静かに眠りにつかれた」

 

 音楽がもの悲しくなり、ルシエの舞が終わった。

 エルフ達の拍手の音が鳴り響く。

 シュラノ様が封印から戻られたとき、大魔導士の男は共にいなかった。

 

 その理由は誰にもわからない。封印を終えて共にいる必要がなくなったのか、当時人間に迫害を受けていたエルフ達に気を使ったのか、推測は出来るが、明確な答えはない。

 

 ただ、シュラノ様に良く似た人間の女の子と共に居ることが目撃されている。

 シュラノ様の娘だという説もあるが、それはありえない。子供は母親と同じ種族になる。エルフのシュラノ様から人間は産まれない。

 

 そうだ、あの子はそんなまともなものじゃない、あの子は、世界樹とシュラノの一部で出来た封印の要で修繕機能、そして届かない彼女の代用品。俺が作ったシュラノの亜流《にせもの》、その名は……

 

『それは素晴らしい。もう悲劇には飽きたんだよ。それに今回の世界は俺にとって特別な世界だ。願わくば置き去りにしたあの子を……いや、いい。どうしたって俺にあの子は救えな……』

 

 夢の中の俺が最後に言った言葉がなぜか脳裏に浮んですぐに消えた。大魔導士と共に居た女の子への疑念も。

 まるで、漏れ出てしまった記憶を慌てて誰かが消したかのように。

頭に鈍痛が走る。

 

「なんだ、立ちくらみか」

 

 思わず声をあげる。妙に頭が重い、少し記憶が混濁する。数十秒間の記憶がない。

 シュラノ様が生涯独身を貫いたことに対しては、いくつかの文献でこう書かれてある。

 

 けして結ばれることのない禁忌の恋に身を焦がし、その恋に生涯を捧げた。

 もしかしたら、大魔導士は自分ではない誰かに恋い焦がれるシュラノ様と共に居ることが辛くなったのかもしれない。

 

「我らエルフは、どれだけの年月が流れようとも、シュラノ様のことを忘れてはならぬ。今の世界があることをシュラノ様に感謝し、次の世代に伝えていく。それこそが我らの使命だ」

 

 その言葉を最後に、舞が終わった。

 ルシエと目が合う。表面上は笑顔だが、その裏にある不安が俺には見て取れた。

 久しぶりの舞がうまく出来たか心配なのだろう。

 

「綺麗だよ」

 

 小さな声だけど、口の形を大きくした。

 ルシエの笑顔が輝く。十分伝わったのだろう。家に帰ったらいっぱい褒めてあげよう。本当に綺麗だったから。きっと、本物のシュラノ様に負けないぐらいに。

 

 やがて、拍手が終わり、ルシエ達が舞台から降りてきた。

 すると、村人たちに取り囲まれてしまい近づけなくなった。

 村長権限を使えば無理やりルシエを連れ出せるだろうが、そんな無粋なことはしない。この祭りは村人たちのためのものだ。幸せな気分に浸っておいてもらおう。それが明日の活力になる。

 

 村人たちはルシエを褒めたり、ナンパしたり、求婚したりしていた。

 いい度胸だ。顔は覚えたから、後でひどい目に合わしてやろう。

 場の空気が一層盛り上がる。五年間、ずっと披露されることのなかった神楽。それが披露されたことで、やっとこの村が自由を取り戻したのだと気付いたのだろう。

 

 俺は、酒を舐めるようにしながらこの空気を楽しむ。

 村の皆が笑っている。たったそれだけのことが喜ばしく、誇らしかった。

 

「さて、今日の最後の仕事をするか」

 

 そろそろ、頃合いだと考え俺は一人舞台にあがる。

 そして、村人たちのほうに体を向けた。

 

「みんな、聞いてくれ。大事な話がある」

 

 大いに盛り上がっていたのに、俺がそう言うと、皆意識をこちらに向けてくれた。

 きっと、それだけ俺のことを重要視してくれているのだろう。

 

「今日の戦いで、完全に帝国と手を切った形になった。どうやっても戻れないところまで来た」

 

 そう、これだけの大きな戦いをした。そして勝ってしまった。帝国は俺たちを絶対に許さないだろう。

 

「もう、この村は、帝国が支配する一つの村じゃない。だからこそ、必要なことがある」

 

 強く、希望を持って、前向きに、俺のもてるエネルギーを全て込めて言葉にする。

 

「ロレウ、それがわかるか?」

 

 たまたま、舞台に近いところに居るロレウに質問を投げかけた。

 ロレウはいきなりのことで少し慌てていた。

 

「えっ、あ、強くなることか?」

「それは大事だけど違う。それじゃ、コンナは?」

 

 次は、それなりに可愛いエルフの少女に問いかけた。

 

「えっと、食料を確保する?」

「それも大事だけど一番じゃない」

 

 俺は首を振って否定する。

 

「今、一番にしないといけないことは、自分が何者かを言葉にすることだ。ここはもう、帝国から自立した一つの共同体だ。この村は、既に一つの国なんだ!」

 

 そう強く言うと、エルフたちは、驚き目を丸くする。

 

「シリル村長、こんな小さくても国なのか?」

 

「ああ、そうだ。誰の庇護も受けず、自分達の力で全てを決める。そう決めた瞬間、そこは一つの国だ。だから、ここで俺は建国を宣言する。俺たちの国、その名は……」

 

 身振り、手振りで村人たちの注目を集めるだけ集める。

 途中で少しだけルシエのほうを見て、悪戯じみた表情を浮かべて見る。

 

「エルシエ。この村は、今日から、ただのエルフの村じゃない。俺たちの国、エルシエだ。それを今ここで俺は宣言する!」

 

 エルシエは、一晩考えて俺がつけた名前だ。

 祝福を意味する【エル】そして、ルシエの名前。その二つを掛け合わせて作った造語。

 単純に訳すと、ルシエに祝福を。……もしくはルシエの祝福だ。

 俺にとっては、後者の意味合いのほうが強い。

 

「国、俺たちの国、エルシエ」

「もう、帝国とは関係ない、私たちの国」

「いい響きだ」

 

 村人……いや国民の皆、その名前を噛みしめる。

 

「これから様々な困難があるだろう。今日で戦いが終わったわけじゃない。まだ始まったばかりだ。だが、俺たちなら、どんな困難も乗り越えられる。この、エルシエの皆なら!」

 

 エルフ達の歓声と拍手、口笛の音が響き渡った。

 漠然とした気持ちや覚悟を、この場で形にした。

 さあ、ここからがはじまりだ。

 俺たちの国、エルシエと帝国の戦いの。 

 


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