社会人って大変ですね。肉体的にも精神的にも……
まぁ、これはさておき、15話投稿です。
今回も楽しんでいただけると幸いです。
「じゃあ、よろしく頼んだわよ」
「ったく。面倒くせぇ。自分で持ってけよ……」
「……!」
「……っ…」
ミッドチルダ中央部のある喫茶店、そこに二人の女性がいた。
一人はレディ、もう一人は黒い髪に茶色の瞳という特に特徴がない女性である。前髪が目まで掛かっており、表情がよく分からない。廊下などですれ違っても歩き始めた途端に忘れてしまいそうである。
二人は何やらにこやかに会話をしながらトランクケースを渡し合っているが、よく見ると女性がレディの足をヒールの踵で踏んでいるのが確認できる。しかも、グリグリと執拗に痛めつけるというサービス付きだ。レディとしては、そっち方面の扉は開いていないし、開く予定もないので、そんなサービスは要らないのだが。
「いて!? いてててて!! 悪い、悪かったって!!?」
「ちゃんと持っていってくれるかしら?」
「分かった、分かったって! ちゃんと持ってくって!!」
レディがケースを受け取ってのを見て、ようやく足を浮かせる女性。レディは放された途端にしゃがみこみ自分の足を確認する。すると、なんと靴に穴が空いていた。
「やりすぎじゃね?」
「靴だけで良かったわね?」
恐らく、あそこで意地を張って『自分で持ってけ』とか言ったら間違いなく足に風穴が空いていただろう。『ドクターに頼めば直ぐに治るでしょ?』とか言って何の躊躇いもなくヒールをレディの足に押し込んでいたはずだ。他の妹たちと同じ扱いはしないで欲しいと心底思う。レディは戦闘機人ではないのだ。
「そういやその変装、似合ってねぇな。スゲェ根暗そうだ」
「当然でしょう。目立たないための変装だもの」
そう言いながら女性は自分の顔に手を当てる。
「もう、元の面影もねぇな」
「それも当然ね。自分の正体がバレるような変装をしてどうするの?」
実を言うと彼女はドゥーエである。
スカリエッティが造りし、ナンバーズの№Ⅱ。ISは【ライアーズ・マスク】。能力は自身の体を変化させる変身偽装能力であり、更に彼女自身がスカリエッティの手により時空管理局や主要世界などで行われる身体調査を欺けるように調整されていることもあり、彼女の変身を暴くことは不可能に近い。彼女はこの能力を使用することで、例え管理局が運営している研究所だろうが、重要資料の保管所だろうが、どのような場所であっても潜入することができ、更にそこからの諜報活動、内部工作までも行うことができる。
そして現在、彼女はその潜入能力を活かし管理局に潜入している。そしてスカリエッティに管理局の内部情報をリークしているのだ。しかし、彼女は今回は情報ではなく、ある物を盗み出してきたのだ。そして、それの回収役に選ばれたのが普段ミッドチルダを遊び歩いているレディなのである。
「それじゃ、そろそろ時間だから。きちんと持って行くのよ?」
「おう。任せろ」
「寄り道せずにまっすぐ帰るのよ?」
「…………おう、任せろ」
「……」
「まっすぐ帰ります……」
ドゥーエが足を上げる気配を感じてレディはすぐに言い直す。今度こそ足に穴を開けられるだろう。
「つーか、私のデザートがまだ届いてないんだけど」
「それなら待ってればいいじゃない。会計は私がしていくわ」
「お、さすがはお姉様!」
「……全く…調子がいいんだから……」
先ほどまでグチグチと文句ばっかり言っていたのに、あっさりと態度を反転させる妹にドゥーエは苦笑する。
「それじゃあね」
「おう。あと私達ばっかり気にしてないで、ちったァ自分の心配もしろよ。一番危険な橋渡ってんだから」
「……ええ。心配してくれてありがとう」
ドゥーエは思わぬ言葉に、ついキョトンとしてしまったが、すぐに言葉の意味を理解してお礼を言う。
この妹はいつもそうだ。何だかんだ文句を言いながらも、最後には同じ姉妹に気を使っているのだ。そんなちょっと素直じゃない妹に対してドゥーエは内心で苦笑したのだった。
■
場所は移り変わってスカリエッティラボ。ドゥーエに言われた通りに基地に真っ直ぐ帰ってきたレディは、心底嫌なものを見たと顔を歪めた。
周囲に視線を向けると、何時も通り散乱した機械類とそれを掃除しているウーノ。そして目の前には目の下に隈を拵えていながらも何時も通りのにやっとした笑みを浮かべている変態科学者。恐らくスカリエッティが徹夜で何らかの実験を行い、ウーノがそれの後片付けを行っているのだろう。何時ものこととは言え毎回、掃除を行っているウーノに流石のレディも同情を覚えるが、ウーノ自身が嬉しそうだからこれはこれで良いのかもしれない。
レディはこのカオスな部屋から一刻も早く脱出するべく、ドゥーエから渡されたトランクをスカリエッティに渡した。
「……? ……! おお! ついに来たか!!」
渡された直後は徹夜明けで頭が回っていないのか、トランクを手にしたまま少しのあいだ固まっていたが、ドゥーエからだとレディが伝えると直ぐに歓声を上げトランクをトーレ並みのスピードでトランクを開けた。徹夜したせいで脳のリミッターでも外れているのだろうか?
(いや、常に外れているか……)
なんて失礼なことを考えるが、スカリエッティはトランクの中身に夢中だし、唯一気づきそうなウーノは現在掃除中である。
「それ何?」
すぐに退室しようと考えていたレディだったが、トランクの中身に好奇心を刺激され、つい質問してしまった。
「うん? 気になるかね? よろしい、ならば説明しよう!」
スカリエッティの瞳が光り、レディはしまったと直ぐに後悔したが、時すでに遅しだった。しかも無駄にテンションが高い。
「これはジュエルシードと呼ばれるロストロギアだ。願いを叶える宝石などと言われているが恐らく、いや、絶対に願いを叶えることはできないだろう。人間には雑念が多く正しく願いを叶えることができないというのも理由の一つだが、それ以上に願いを叶えるなどという都合の良いものが存在するはずがない」
そんなご都合主義なものがあるなら、なぜアルハザードや古代ベルカは滅びたのか。
危険すぎるから? 訪れるであろう危険性すら願いで無くしてしまえば良い。
質量兵器の恐ろしさ? 質量兵器を滅ぼす願いをすれば良い。
聖王のゆりかご? そんなもの、願いを叶えるジュエルシードと比べれば、マックスコーヒーとブラックコーヒーの糖分量ぐらい違いがある。むしろ比べることすら烏滸がましい。
それ以前にアルハザードや古代ベルカの存続を願えば良いのだ。
実際に願いが叶ったという報告も見たことはあるが、度が過ぎていたり、使用者の考えとは異なった方法で願いを叶えたりと、正しく100%願いが叶ったという報告は見たこともないし聞いたこともない。
「故にジュエルシードが願いを叶えることはない。高エネルギー体として使用したほうが有意義だろう」
ようやくクソ長い講釈が終わった。レディは精神的に疲れきった体を背もたれに預ける。勿論、レディはスカリエッティの説明を途中で断ろうとしたのだ。しかし、それを妨害したのが、スカリエッティ命のウーノだった。彼女がいるせいで、暴れることもなく諦めてスカリエッティの説明を全て聞くはめになったのだ。
「で? そんな欠陥品、何に使うの?」
ここまで聞いたら気になること全部聞いてやると、レディはスカリエッティに疑問を口にする。
「先ほど言っただろう。高エネルギー体として利用したほうが良いと。私はこれをガジェットに組み込むつもりだ。これほどの高エネルギー体なら、どんなガジェットでも動かせるようになるだろう」
例えば更に高出力のAMFを使用できるガジェットや、どんな障壁でも突破できる砲撃を行えるガジェットなど湯水のようにアイディアが湧き出してくる。先ほどの徹夜による疲れなど、とっくに別の次元世界まで吹き飛んでいる。
「ナンバーズに組み込んだらどうよ?」
レディが口を挟む。
ガジェットのような指示しなければ動かないような機械に組み込むくらいなら、自分に意思で活動できスカリエッティに忠誠を誓っているナンバーズに組み込んだ方が効率的ではないか? レディはそう考えたのだ。
「……ふむ、確かにそうだね。どうやら私は自分の作品の完成度に酔っていたらしい」
スカリエッティはレディの意見を聞き、少し反省したように口を開いた。
スカリエッティが作製したナンバーズ。人体に機械を組み込むことにより、普通の人間よりも高い能力を持っている上に、魔法素質の有無すら設定することができる。調整が必要なことを除けばデメリットもないし、プログラムしておけば創造主に牙を剥くこともない。正に理想の駒だろう。スカリエッティが自信過剰になるのも仕方がないかもしれない。
「しかし、そうなると基礎フレームの問題が……時間がないな…………後続のナンバーズに組み込むことにするか……?」
スカリエッティがブツブツと考えを漏らし始める。
レディも考えを巡らしせ、思いついたことを次々と口にする。なんだかんだでナンバーズの魔改造が楽しみになっているレディであった。
「時間がないなら、固有武装に組み込んだらどうだ?」
トーレやチンクのように固有武装が小さいものや使い捨ての場合は不可能だろう。
しかし、例えばディエチ。彼女の固有武装である【イノーメスカノン】。あれにジュエルシードをエネルギー源として組み込んだらどうだろうか? 最強で最狂な砲撃手の出来上がりである。
例えばノーヴェ。彼女の【ガンナックル】【ジェットエッジ】に組み込んだらどうだろうか? どんな障害でも突破していく暴走人間が誕生するだろう。
ウェンディ。攻撃・防御・移動、全てを超高レベルに行うことができる超人が出来上がるだろう。
「……確かにそれは興味深い。それに戦闘担当であるトーレやチンクも基礎フレームを強化すれば、直接ジュエルシードを組み込んでも大丈夫だろう」
トーレとチンクにジュエルシード。結果を想像すらしたくない。
トーレの加速はソニックブームすら出るような気がするし、チンクの爆破もキノコ雲が出現するかもしれない。管理局どころかミッドチルダの危機である。
そしてトーレは間違いなくレディを模擬戦をしようとしてくるだろう。レディが研究所にいる時間がますます減りそうである。
(そのうち別荘でも探しとこ……)
レディは心にそう固く誓った。
「……最後発のナンバーズも今のうちから基礎フレームを強化して、ジュエルシードのエネルギーに耐えられるようにしておこう。ふはははは! 実に楽しみになってきたよ」
しかし、そんなレディの気持ちなど知るはずもなく、スカリエッティはどんどん改造計画を計画していく。
こうしてナンバーズの魔改造が決定した。
■
とある無人世界、普段ならその名前通り人影など一つも存在せず、この世界固有の生物が生を謳歌しているだろう世界。
しかし、本日この世界には二つの人影が存在した。
一つはレディ、もう一つはディエチである。
「あー。本日は晴天なり。絶好の実験日和だな」
「いや、そもそも今日何をするか聞かされてないんだけど……」
「……言ってなかったっけ?」
「聞かされてないよ……」
ディエチは、いきなりスカリエッティから連絡が入ってきて『イノーメスカノンの改造が終了したからレディと実験してきなさい』と言われただけである。
「何だ、分かってんじゃん。言葉の通り今日の実験はその銃の試し射ちだ」
それだそれ、とディエチが担いでいるイノーメスカノンを指さすレディ。
「………じゃぁ、何で今回はここなの?」
いつも実験はスカリエッティの基地で行われる。基地内にはきちんと実験専用の設備が揃っているし、チンクの【ランブルデトネイター】を至近距離で喰らっても傷一つ付かないほどの頑丈さも兼ね備えている。こんな何の設備もない世界で実験を行う意味が全く分からない。
「まぁまぁ、撃ってみれば分かるから」
そう言いながらディエチの体に様々な器具を取り付けていくレディ。大きなリュックを背負っていたから何が入っているのかと思ったら、どうやら持ち運び可能な実験器具が入っていたようだ。
ここまで道具を持ってきている所を見ると、どうやら本気でこの場所で実験を行うらしい。
(……どんな改造されたんだろ…………?)
こんな人もいない世界で人目を隠れるように行われる実験。良い予感がするはずもない。むしろディエチの心中は不安でいっぱいである。普段はこういった実験に参加しないレディがいる上に、楽しみにさえしているように見える。それがディエチの不安を増大させている。
「よし、これでいいんだろ?」
『うむ。ばっちりだ』
器具をディエチの体に装着していたレディがスカリエッティに話しかける。
そう、今回はスカリエッティまでモニターを通して見学しているのだ。
普段、スカリエッティが実験を直接見ることは少ない。記録されたデータや書類に目を通すだけだ。スカリエッティ本人が作った作品だ、結果を待ちきれない、直接目で見たいと思えるような作品を作らなければ、結果など製作段階で知れていて見る気にもなれないのだろう。
そして今回は、そんなスカリエッティが直接見学をしている。余程、イノーメスカノンの改造が上手く行ったのだろう。
スカリエッティはアルハザードの技術を用いて造られただけあって、とても優れた科学者だ。精神面に問題が見られるが、これは誰にも否定できないだろう。だから今回の実験も失敗することはないだろう、とディエチは思っている。
しかし、それでもなんとなく今回の実験は不安だ。
ディエチは勿論スカリエッティのことを信頼しているし、スカリエッティに命令されたなら、どんなことでもするつもりでいる。それでも今回の実験は不安だ。二回考えるくらい不安だ。
不安の理由ははっきりしている。いや、はっきりしすぎている。それは先ほど述べたレディの実験に対する協力体制だったり、スカリエッティの実験見学だったりするのだが、それ以上にディエチの不安を掻き立てるのがスカリエッティの目の下に存在している隈である。
数日前に見たときよりも明らかに濃くなっている。あと注意して見ると、レディの目の下にも隈が存在している気がする。スカリエッティとレディが協力しながら徹夜して改造した自分の愛銃。
(うわー……)
そう考えると、手に持っていることすら怖くなってくる。
しかし、いくらディエチが心の中で嫌がっていても声に出さない限り伝わらないし、ディエチにスカリエッティの実験を断る権利はない。あったとしても上の姉が怖すぎて、拒否する気さえ起きないだろうが……。
そして、ついに実験が行われた。
「まずは方向性のテストだな。あの鳥をうち落ちしてくれ」
「え?」
しかし、告げられた言葉は意外と普通の言葉だった。てっきり、地平線に見えるあの巨大な山に向かって力いっぱい撃てとでも言われるんじゃないだろうか、とでも考えてたディエチはつい口から疑問符が出てしまった。
「ん? 嫌か? じゃあ、あの月っぽい惑星に向かって力いっぱい撃ってみようか」
『ああ、それがいいかもしれない』
「いえ、あの鳥に向かって撃たせていただきます!」
自分の予想の遥か上をいった提案をディエチは即刻拒否する。
「では、いきます」
空を自由に飛び回る鳥(鳥と言うには大きすぎるが……)に向けて砲撃を撃つディエチ。砲撃は無事直撃し巨鳥を呑みこんだが、レディもスカリエッティも何も言わないので、ディエチはそのまま砲撃を撃ち続ける。
こうして動き回る相手の動きを読み無事着弾できるのは、あの世界での実践特訓が効いているということだろう。
『ふむ、いいだろう。次だ』
ディエチは一発も外すことなく巨鳥に当てたが、レディもスカリエッティも特に何も言わず次の実験に移る。戦闘機人ならそのくらい出来て当然だということだ。ディエチ自身もそう思う。
次の実験は連射性。数撃ちゃ当たる戦法で、ついでに水中での結果も記録しようと湖の魚を尽く消滅させていく。
そしてついに訪れる威力実験。
正直、ディエチには嫌な予感しかしない。実験の前にスカリエッティは、レディの『惑星撃ってみようか』発言に対して肯定の姿勢を取っていたのだ。つまり惑星まで届く可能性があるということではなかろうか?
それに、視界に移る、わくわくとした、まるでおもちゃを目の前にしたかのようなレディとスカリエッティを見るとその予感が膨れ上がる。
「ついに来たな……」
『ああ、ついに。ついにだ』
今までの苦労がついに報われるといった風の二人を横目にレディは指示された巨大な山に向かって標準を取る(流石に惑星とは言われなかった)。最後にディエチが『本当に撃っていいの?』的な視線を二人に向けたが、二人はその視線に対して頷くだけだった。明らかに撃てのサインだ。そのサインを見たディエチは溜息をつき、フルパワーで目標に向かって引き金を引く。
そして次の瞬間、ディエチの意識は闇に沈んだ―――
■
「……」
『……』
レディとスカリエッティ、二人は目の前に広がる光景に絶句する。普段浮かべている笑みさえも引きつっている。
「……まさか…ここまでとは……」
『……私の推測を遥かに上回っている。私もまだまだのようだ……』
二人の視界に収まっている光景、それはさっぱり綺麗になった森林と山だった。正確に言うなら標準とされた山の一部と、射線上、そしてディエチの周辺の森林だ。射線上にあった森と山に至っては、綺麗になりすぎて向こう側の景色がはっきり見えている。山なんて、ぽっかり穴が開いて天然のトンネルみたいになってしまっている。
『ふむ。あのままガジェットにジュエルシードを搭載していたら間違いなく暴走していただろう。もう少しエネルギー抽出ラインの調整を行わなくては』
「それと基礎フレームの強化だな」
しかし、そんなことは知らんとばかりに各々反省点を述べている二人。全く反省の色が見られない。というよりも、反省する気など全くないのだろう。
『ドクター、それよりも今はディエチの回収をお願いします』
そんな二人に口を挟んだのはナンバーズの長姉・ウーノだった。モニタに映る彼女の表情には、いつもとは違う怒りの表情が浮かんでいる気がする。スカリエッティ信奉者の第一人者であるウーノが、そういった感情をスカリエッティに向けること自体、珍しい―というか初めてではないだろうか―のだが、確かに二人の背後に転がっている妹の姿を見れば、信仰心も薄れるというものだろう。
流石のレディとスカリエッティも怒りのオーラをまとっているウーノには逆らう気も起きず、訓練された兵士のように回れ右を行い、背後に視線を向ける。
そこにあったのはナンバーズの№ディエチの成れの果てだった。
ディエチが引き金を引いたあの瞬間、イノーメスカノンが爆発したのだ。砲身は吹き飛び、エネルギーラインはちぎれており、もはや原型を保っていない。恐らくジュエルシードから引き出された高エネルギーにイノーメスカノンが耐え切れなかったのだろう。当然ディエチは打ち上げ花火のように背後に吹っ飛んでいき、ディエチが立っていた場所には巨大なクレーターが作り出された。
ディエチの体を見ると、勢いよく吹き飛んだからか体中に傷を負っている。その中で一番目を引くのが、その両腕だろう。爆発したイノーメスカノンを握っていたのだ、当然とも言える。右手はあらぬ方向に折れ曲がっており、左腕にいたっては手首から先が消失しており腕自体が肘から千切れかけている。意地でも離さなかったのか、離す猶予もなかったのか、未だに大破したイノーメスカノンを握っているのがなんとなく涙を誘った。
スカリエッティが手早く調査を行うと、体を支えていた下半身などにも大きな損傷が見られる。基礎フレームの修復から行う必要があるだろう。
どうやらトーレとチンクへのジュエルシード移植は、しばらく延期したほうがいいようだ。少なくともジュエルシードからの安全なエネルギー供給方法が確立するまでは。
『基礎フレームの強化を行い、今度こそ耐え切れるようにしてやろう』
スカリエッティの頭の中では、多くのナンバーズ改造計画へのアイディアが渦巻いていた。やはり反省などする気もないようだ。
「つーか、失敗したとは言っても一応制御しといてこの威力だろ? 管理局に直接、暴走状態のジュエルシード送り込んだほうが手っ取り早いんじゃね?」
ディエチの体を支えながら身も蓋もないことを言い出すレディ。ジュエルシードは資料によれば多くの次元世界を崩壊させてきたらしい。暴走寸前のジュエルシードを送り込み暴走させれば、あっという間にケリがつくだろう。
『それはダメだ。無駄な血が流れてしまうからね』
しかし、スカリエッティは確然とした態度でその案を却下する。
言うまでもなくジェイルスカリエッティは次元犯罪者だ。戦闘機人を始め、クローン技術『プロジェクトF』など人の命を、心を弄ぶような技術を数多く生み出している上、その過程で多くの人間を実験台といて殺してきた。
しかし、だからといってスカリエッティと殺人嗜好者はイコールではない。むしろ、スカリエッティは生命に敬意すら持っている。計算上では越えられない壁も人間は時として限界を超え突破していく。友や友人、家族、恋人といった自らの大切な人のため、野望や夢といった自分自身のため、と理由は人それぞれだが、人間はスカリエッティの計算を上回って前に進んでいくのだ。
そういった光景を見るたびにスカリエッティは自分の胸が高まるのを感じる。気持ち悪いが、ある意味でスカリエッティは人間という生物の可能性に恋しているのだ。いや、変しているとでも言うべきかもしれない。変愛だ。
正直に言えば、これがプロジェクトFを途中で投げ出し、戦闘機人の研究に乗り出した理由の一つだ。
―――戦闘機人ならどれほどの力が出せるのだろう?
魔力を持つとは言え、ただの人間でさえ、あれほどの力を持つのだ。戦闘のために生まれから調整されている戦闘機人なら、どれほどの力が出るのか、スカリエッティほどの頭脳でも計算すら出来ない。残念ながら、今のところスペック以上のデータは取れていないが……
『それに……そんなことをしたら君は僕に牙を剥くだろう?』
明日の天気でも言うかのように、スカリエッティはレディに問いかける。
レディは普段は巫山戯てばかりいるように見えるが、いや実際にふざけてもいるのだが、行動を起こす際に出来るだけ被害を小さくしている。ゼスト隊襲撃の時は、最高評議会に戦闘機人のデータを見せつけるために仕方なかったが、その時でさえ、レディはクイント・ナカジマを殺さなかった。
そんなレディだ。スカリエッティが、ジュエルシードの暴走といった目標以外に重大な損害を出すような計画を実行するならば、間違いなくレディはスカリエッティ陣営を離れるだろう。間違いなくナンバーズと戦うことになるだろうが、情が邪魔して戦えないといったこともないだろう。レディは今の立場も結構気に入っているが、離れられないかと言うと別段そういうわけでもないのだ。仲良くするなら管理局内でも構わないだろうとレディは考える。むしろ計画の最高評議会滅殺を成し遂げたなら、そのほうが平和的だとも言えるだろう。
「べっつに~? そんなこと考えてねぇし? 徹夜のしすぎで頭が逝っちまったんじゃねぇの?」
しかし、そんなことをおくびにも出さずに軽く返事をするレディ。というか、怖い怖い長姉が聞いている時にそんなことを言わないで欲しいとレディは強く思う。支えているディエチを放り出してでも逃げたくなるようなオーラが、ウーノと繋がっているモニタから感じることができる。レディの返事を聞いて、ひとまずは落ち着いたが……
『……そうかい? それなら構わないさ。フフフ……』
「何笑ってんの? マジで気持ち悪いんだけど……仕事のしすぎで本格的に逝ったか?」
『いやいや、心配はいらないさ。ウーノが生まれる前はこの三倍は忙しかったからね』
「心配なんてしてないけどな」
『この程度徹夜なら、精々、体が微妙に重いくらいさ』
「聞いてねぇし……そろそろ寝れば?」
『いや、それは無理だ。これから今回の実験で得られたデータを元にして、新しいj―――ケバァ!?』
レディが話が通じないスカリエッティとの会話をぶち切ろうとすると、突然奇声を上げながらスカリエッティが倒れた。呆気に取られたいたレディだったが、次にモニタに映った人物を見て納得する。
『レディ。私はドクターが倒れてしまったから、ドクターをベッドに運んでくるわ』
それは先程までレディに恐ろしいオーラを放っていたウーノだった。レディと繋がっていたモニタはいつの間にか閉じていた。恐らくスカリエッティの『体が重い』発言を聞いて、即スカリエッティを物理的に眠らせに向かったのだろう。
「分かったけど、これどうすんだよ?」
コレコレと言いながら、レディはディエチを指差す。戦闘機人ではなく、魔力で身体を強化できないレディに機械が埋まっている彼女を運ぶことは不可能だ。持ち上げることすらできないだろう。
『基地の転送箇所にトーレを向かわせたわ。アナタはそのまま基地まで転送するだけでいいわ。じゃあ、お願いね』
レディの返事も聞かずにモニタを消すウーノ。そして残ったのはレディとスクラップ三歩前のディエチ。
「……帰る準備でもするかね…………」
なんとなく釈然としないレディだった。
■
「……」
「……」
ナンバーズの調整を行うラボ。
その中の設備の一つであるポットの中で眠っているディエチを見て顔を青くする存在が二つあった。
ノーヴェとウェンディだ。
そう、ジュエルシード改造計画がすでに確立しており、これから実験を開始するノーヴェとウェンディの二人である。
実験から一週間が過ぎているにも関わらず未だに修理が終わっていないディエチの姿を見て、ノーヴェの強気な表情もウェンディの笑顔も無くなっている。特にノーヴェは酷いことになっている。滝のような冷や汗を流し、体を恐怖により震わせている。
理由は簡単だ。今回の実験で、ディエチが比較的無事だったのはジュエルシードの収納箇所が『イノーメスカノン』という体から離れた場所にあったからだ。なら、近くにあったなら? ジュエルシードの収納箇所が体に装着するタイプの武装だったら? 例えばノーヴェの武装【ガンナックル】【ジェットエッジ】とかだったら?
「…………っ……」
間違いなく死ぬ。最低でも四肢が吹き飛ぶだろう。だるまの完成である。
「……ウェンディ」
「どうしたっスか……?」
ウェンディがノーヴェに目を向けると、そこにはある種の覚悟を決めた顔をしたノーヴェがいた。
その表情を見てウェンディはまさかと思う。
「チンク姉に伝えといてくれ。『今まで迷惑ばっかりかけてごめん』って」
そして最悪なことにウェンディの推測は当たってしまう。
「ザケンじゃないっス!! 自分で伝え「頼むよ」……っ……!?」
そんな大事なことを他人に任せんるんじゃない、と反対しようとしたウェンディだが、運命を受け止めてしまったウェンディの瞳を見て口を閉じてしまう。
悟ってしまったのだ。今のノーヴェには自分の言葉は通じないだろうと。
ならばとウェンディは、いま自分に出来ることをしようと心に決める。
「死ぬんじゃないっスよ」
それは応援だった。それしかできない自分に嫌気が差すが、心を込め、諦めるなと声援を送る。
「…………ばーか……」
キョトンとしていたノーヴェだったが、しばらくすると口にうっすらと笑みを浮かべ、転送ポートへと歩を進める。背後で自分を見ているであろうウェンディに向けて振り返らずに手を振りながら、一歩また一歩と進んでいく。
(―――必ず生きて帰る)
そう心に決めノーヴェは最後の一歩を踏み出したのだった。
「……ノーヴェ…………ちゃんと帰ってくるんスよ……大事なことは自分で伝えなきゃ意味ないんスから……」
そして一人残ったウェンディは、唯ひたすらノーヴェの無事を祈り続けるのだった。
ちなみに実験は大方成功といっても良いものだった。爆発はしなかったが、武装の内部が破損してしまったのだ。
それによる怪我はノーヴェは火傷で済み、ウェンディに至っては無傷だった。なんでもディエチの実験データを元に安全な方法を編み出したとかなんとか。
ディエチの尊い犠牲に黙祷を捧げたノーヴェとウェンディだった。
研修があるから、また3ヶ月ぐらい投稿できなくなります。
はぁ?じゃあ、こんなん見ねぇしとか言わずに待っていただけると非常に嬉しいです