心のピース:前編
夏。
煩い蝉の鳴き声
教室の窓際。
一番後ろの席。
昼休み。
窓の外を眺める。
俺、東藤 仁【トウドウ ジン】はそこに存在しながらも、そこには"居なかった"。
その理由は簡単。
人間、周囲に認識されなければそこにいないのと何ら変わりはない。
つまりはボッチ。
でも、特に虐められているとかそういうのではないので実に平和だ。
高校生活は、こうやって穏やかに・・・
「なあ、仁。昨日のサッカー観た?お前、好きだろ?」
穏やかに、過ごせればいいのに。
突然、俺に話しかけてきたのは腐れ縁の癒生【ユキ】。
「・・・」
面倒なので無視しておこう。
こいつはいつも回りに人がいて、なかなか人気者。
俺は、こいつのフワッとした笑顔がいつからか、少し苦手になっていた。
余談だけど、確か中学生の妹がいたはず。
「む、無視は、ヒドくねぇか・・・」
「ああ、いたの?お前。」
「ふぇっ!?」
当然、気付いてはいたけど、軽くあしらう。
反応がちょっと面白い。
「俺ってそんなに影薄いかなぁ。。。」
冗談なのに結構ショボくれて、他のクラスメイトに助けを求める。
「なあヒロ~。俺ってそんなに影薄いかなぁ~。。。」
「あー、薄いんじゃね?」
「えっ。ヒドっ!」
「いやー。癒生は影薄いってか空気だよな。」
「名緒まで酷い!」
ほら。俺になんて構わなくても人がアイツには集まっていく。
つくづくひねくれてんなぁ。俺。
「うぅっ。仁、お前の勝ち。。。」
「いや勝負してねぇし。」
あ、ツッコんでしまった。
「おおっ!仁にツッコまれた!」
うぇえ、メンドクセェ。
「・・・俺、トイレいってくる。」
とりあえず、人と関わるのは面倒だ。昼休みくらいボーッとしていたい。
屋上にでも行くか。
「あー、鍵かかってんのよなぁ。」
まあ、いいか。
ガチャッ
カチカチ
ガチャッ
「よし。」
バレたら反省文か停学かな。
「あーあ、ダリぃ。5限はサボるか。」
幸い、成績は良いので一回や二回のサボりではあまり響かない。
なんだか、最近、"やる気"が欠落している気がする。慢性的な無気力が続くという感じか。
それと、物事をあまり楽しめなくなってる自分がいる。
「おーい。仁。サボりはダメだよ。」
癒生が寝転んだ俺の顔を覗き込んできた。
「・・・お前、なんでここ。。。」
「お前の考えることはお見通しさっ
!」
あー、ストーカーか?
コイツは。どこまでも着いてきやがって。
「じゃあ、観念して授業出ないと。」
なんで、コイツは俺になんて構うんだろう。時間の無駄だろうに。
「・・・るせぇ。」
「ほーら、行くよー。数学大事だよー。」
俺に構わず、背を向けようとする俺の腕を癒生はぐいぐいと引っ張る。
「・・・俺になんて構うなよ。」
多分、半分は本気で、半分は冗談だと思う。
きっと、いつものように俺の苦手なふわふわした笑顔で答えてくれると思っていた。
「ウザいんだよ。お前。いつまでも俺に構ってんなよ。」
この言葉は、やっぱりどこかコイツに甘えてた。
コイツの、優しさに甘えていた。
「・・・ごめん。」
「お前なんて、俺以外に沢山いるだろ。俺の生活の邪魔してんじゃねぇよ。」
さすがに、少し言いすぎた。
だから、ちょっと弁解しようと思って顔をあげた。
そしたら、喉まで出かかっていた薄っぺらな言葉が、どこかへ消えてしまった。
「・・・ごめん。」
しまったと思ったけど、もう遅かった。何年も一緒にいたけど、もう何年も見ていなかった。
癒生の、泣きそうな顔なんて。
「あの、俺は、じゃあ、戻ってるね。」
顔を背けて、癒生は屋上から逃げるように立ち去った。
この日、彼が俺に話しかけてくることはなかった。
そして、この日から、俺は段々と非日常に巻き込まれる。
下校時。
いつもは癒生がついてくるが、今日はいない。自業自得というやつだろう。
はじめは痛みだった。
ピキッ
何かが割れるような音がする。
それと同時に、胸に強烈な痛みが走る。
「ぅあぁ・・・っ」
そして、その場で崩れ落ち、声にならない音を喉から絞り出す。
「ツあっ、はっゥあぁ・・・」
暫く経つと、痛みは嘘のように収まった。
そのかわり、何とも言えない虚無感が俺を襲う。
「なん、なんだよ・・・。」
そして、決定的な出来事が目の前に突きつけられた。
「・・・お、れ?」
顔を上げたその先には、自身が。
東藤仁が。
見慣れたようで、一度も見たことのない姿が。
そこには、確かに立っていた。
でも、それは、俺と比べると決定的に違うことがある。
確かに、姿形は俺だけれども、今の俺ではなく。
幼いのだ。
とても幼く、そして、俺の失った目の輝きをそれは携えていた。
「僕は君、仁の心の一部。」
なんだコイツは?
「他のやつらはさ、結構好き勝手やってるみたいだけど。僕は仁を助けに来たのさ。」
とりあえず、面倒なことは関わりたくない。
「あのさ。俺、この後塾あるから、そういう遊びならよそでやってよ。」
「嘘つき。」
「は?」
「嘘は泥棒の始まりだよ。塾なんて、高校生になったときにやめちゃったじゃん。大学受験はやってない塾だったからさ。」
なんで、そんなこと。。。
「誰だよ。」
「だから、君の心だよ。正確には『純情』の部分。」
「そんな・・・こと」
やれやれといった顔をして、目の前の少年はその場でくるりとまわった。
「コレを見たら、信じてくれるかな?」
すると、シャボン玉が視界を埋め尽くす。
そして、昔よくシャボン玉で遊んでいたことを思い出した。
そのシャボン玉が散ると、そこには少年の姿はなかった。
そして、風もなくシャボン玉が再び俺の目の前に集まり、少年を形作ったのだ。
「どう?すごい?驚いた!?」
これは、信じざるを得ない。
少なくとも、これが人知を越えた何かであることは。
というか、とても自慢げにしているのを見るとやはり見た目のように子供のようだ。
ちょっとミステリアスっぽいと思ったが全然のキャラ違いだった。
でも、コイツと関わるかはまた別の話になってくる。
「あー驚いた信じた。・・・じゃ。」
「え!?帰っちゃうの!?」
「俺の勝手だろ。それに、信じたとしても俺にどうしろって?」
「あ。えっと・・・」
考え無しか・・・
目ぇ泳ぎまくってんぞ。見た目も中身もやっぱ子供か。
とりあえず、そのまま立ち去るが追いかけては来なかったので、そのまま家に帰った。
まだこの時間じゃ、誰もいないかな。
両親は共働きで、基本的に遅くまで帰ってこない。だから家事などは俺がやることになっている。
「あー、洗濯物取り込まないと。」
夏とは言えど日が落ちれば洗濯物は冷えてしまう。
とりあえず、部屋に荷物を置いたらベランダに・・・
「あー。おかえりー。」
ん?
「あ!そろそろ洗濯物取り込まないとだね!」
「・・・!?」
俺の部屋に、さっきの少年がいるのだ。
しかも漫画を読んでいる。
「プライベートって言葉、知ってるか?」
「いいじゃん。僕は仁の一部なんだよ?」
「・・・」
さすがに、ついさっき知り合ったようなやつが突然部屋に上がり込むのはいい気分はしない。
「出てけよ。」
ピキッ
追い出そうとしたとき、また、胸に激痛が走った。
「っ・・・!」
痛みにまたうずくまる。
「・・・そうやって、仁はまた心を失うの?」
「なん、、、っだよ!」
「いい加減気づいてよ。このままじゃ、駄目だってことに。」
「出て、けよっ・・・。」
「だから、このままだと君は・・・」
「いいから、出てけよ!!」
急に表情を変えた少年の言動や、この痛みなどから無性にイライラとして、つい叫んでしまう。
すると、少年は不満そうにシャボン玉になり、窓の外へと逃げてしまった。
「っはぁ、はぁ、はぁ。。。」
そして、痛みが再び収まった。
「そんなこと、俺が一番、わかってんだよ。」
この言葉は、誰に発したのだろうか。
きっと、その対象なんて、自分以外にはあり得ないのだろう。
でも、俺はそのとき、確かに誰かにこの言葉を吐き出していた。
「ああ。そういえば、何しようとしてたんだっけ。俺。」
ふと我に返ったとき、少年の登場によりなにか、しなくてはいけないことがあったことを忘れていた。
洗濯物を取り込み忘れ、あとで母さんに小言を言われたのは今は置いておこう。
そして、次の朝が訪れる。
「・・・行ってきます。」
「あれ?今日は癒生くん一緒じゃないのね。」
母さんの一言で昨日の自分がしたことを思い出す。
「・・・」
一緒に登校なんて、どの面さげてすりゃあいいんだよ。
外に出ると、昨日よりも少し陽射しがキツく感じた。
「あーあ、暑い。 」
この暑さで、何もかも溶けて蒸発したら、色々と楽そうだ。
「水分補給はしっかりしてくださいよ。仁さん。」
「わーかってる・・・って、え?」
確実に聞き覚えがある声が横から聞こえた。ていうか俺の声だ。
ガタガタっと後ずさる。
マジですか?
「ああ、自己紹介がまだでしたね。といっても、多分察しがついているのでしょうけど。」
こんなのアイツ一人で十分なんだけど。これ以上は正直面倒だ。
「まあ。あれか。。。俺の真面目な心ってところか?」
「そんな感じです。言うなれば、"自制"ですかね。特に用もありませんが、挨拶はしておこうかと。」
なんか、自分と同じ顔のやつと話すのは少しというか、物凄く違和感がある。
しかし純情とは違い、やけに丁寧に話してくるためなんだか反発しにくい。
「これから学校ですよね。それでは。この辺で。」
俺が真面目になったらあんな感じなのだろうか。。。
想像してみたが、なにも思い付かなかった。そもそも無理がある気がする。俺が真面目なんて、それじゃ別人じゃないか?
これまでに二人会ったのだけれど、純情の言っていたことを考えると、他にもいるようだ。
出来ることなら出くわしたくない。
絶対に。
切に。
というかもう関わりたくない。
なんなんだアイツら。
俺の心の一部だとか言っているけれども、そもそも実感がわかない。わいてたまるか。俺の心が外に出て好き勝手行動してるって、ヤバイんじゃないか?
「ああ、そういえば。」
うお!?
急に出てくんなよ。。。
いつのまにか、自制が背後に回っていた。
「昨日、授業をサボっていましたけど、それは時間とお金を浪費しているようなものです。学生の本文は学業ですよ。」
「うっ。」
正論過ぎてぐうの音も出ねぇ。。。
「わかったよ。。。これからは真面目に受けるから。。。」
「それでは。」
そういえば。
彼らは、どうして俺の外に出て来たのだろうか。原因はなんだろう。というか、他の人には見えてるのだろうか。
自制に訊こうと思ったときには、もうその姿は消えていた。
「なんなんだよ。。。」
学校につき、授業を受けるにもどうもやる気が起きない。というか集中できない。
昨日のからのことが気になるのもあるが、さっきから、チラチラと俺の回りを純情が動き回っているのだ。
「・・・うぜぇ。」
俺以外の人にはこいつの姿は見えていないようで、なんのリアクションもしない。
しかし、色々なものに目を輝かせていて、まさに、『物事を楽しむ心』。純情だ。
「・・・あのさあ、いい加減にしてくれないか?」
昼休みになり、教室にいるのも気まずいので屋上に来た。
やはり、そこまで付いてきたようだ。
「でも、君は心を失ってる。」
「だからなんだ。それで俺が何か変わったとでも?」
「それは・・・」
「だったら、もう付きまとうなよ。鬱陶しいんだよ!」
なぜだか、昨日から無性に苛立ちが収まらない。
周りには誰もいない。それが、俺のタガを外した。
「いい加減にしろよ!俺のことは俺が一番わかってるんだよ!」
誰に向けて発しているのか解らない言葉が、空気を蹴散らす。
「わかったような顔をして、わかったような口きいて!もういいんだよ!」
一度雪崩れてしまった言葉は、心は、もう、止まることはない。
「惨めなんだよ!お前みたいな、純粋なやつが俺に近づいてくるのは!!」
もしかしたら。誰かに向けて発していたのかもしれない。
でも、その顔は何故か浮かばない。
「もう、、、放っておいてくれよッ!!!!」
溜め込まれた心は、虚しく空へと消えていく。
屋上には、俺と、シャボン玉が舞っているだけだった。
今日も、蝉が煩い。