気まぐれ短編集   作:Boukun0214

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死神達の半生


「ロバート・サウジーの言葉を、知ってるかい?」

 

黄昏の町。

人差し指をぴんと立て、いつもの調子で言う。

 

「"いくら長生きしても、最初の二十年こそ、人生で一番長い半分だ。"だろ?」

「ご名答」

 

上機嫌そうな笑顔で、アカネという名前の女は言う。その表情を見ると、どうしてか俺は腹の底で油を煮ている気分になる。

 

「それで、今日でその半分が終わる気分は、どう?」

「······なんにも。お前の仮説が正しいなら、二十年なんて近似できる程度には長生きするだろ」

 

仮説とは、俺達には寿命の概念がないということ。

裏付けが可能な要素は少ない。俺とコイツは等しく、あらゆる存在の寿命をアラビア数字によって表記された残り日数として認識することができる。

簡単に言えば、他者の寿命が頭上にポップアップする形で視えるのだ。もう何度も視界から得られる情報のすり合わせは行ったから、多分()()ということで問題ない。

そしてその眼をもってしても、お互いの寿命が観測できない。それが、恐らく自分達に寿命という概念がない事の理由付けだ。

ついでに言うと、この数年。俺は高校二年生から。確かこの女は······中学三年生から、だったか。身長と体重に、一切の変動がない。そして怪我は生物ではあり得ない速度で治癒する。この間、トラックに跳ねられてミンチになったのだが、普通に再生してしまった。アレは痛かったし、運転手は気絶してしまった。幸い、目撃者はいなかったがドライブレコーダーは処分させてもらったのを思い出す。

あまり考えたくもないが、下手をすると不老不死なのではないかとさえ思える材料だ。

 

「まあ要するに、新しい体験が無くなって記憶に残らなくなる、時間の密度が薄くなるって事。どう思う?」

「はぁ。それにしても、近似できる半分とかよく分からないだろ。俺には、二十年が半分だとは思えない。」

 

二十年が人生の半分だとして、仮に一万年生きたらもうほとんど気にするような年数ではなくなるかもしれない。一万年の半分は五千年。それは変わらない。

 

「つまり、君はこれから何年も何年も、飽きることない新しい刺激を得続けるってことだね?それはそれは。是非ともご同伴願いたいものだ」

「······勝手にしろ」

 

なんの感情も伴わない、冷たい瞳が俺の冴えきった視線と重なる。感情表現のできなくなった眼と、感情表現をしなくなった眼が合う。

こういう時、この女は本心からモノを言っている。眼を合わせるとはそういうことなのだそうだ。

 

「さて、じゃあお酒でも飲みに行こうぜ」

「は?」

「だって君、明日で成人だろ?私はもう解禁してるんだ。買いに行くくらい構わないだろうさ」

 

ぴらぴらと期限切れ直前の身分証明書(パスポート)を見せびらかす。

見た目は中学生か、高校生くらい。要するに身分証明書がないとそういった成人の特権は得られないのだ。

 

「······金はあるのか?」

「今まで全く使わなかったからね」

「ふぅん」

なら良いか。元より宛の無い旅だし、海を渡ろうと思わない限り金銭が必要になる事もない。

「盗んでも構わないんだけど、君が怒るだろう?」

「当たり前だ。必要のない迷惑を他者にかけるな」

 

俺が何度も止めたら、不必要に命を握りつぶすことも最近はしなくなった。それは良いことなのだろうか。

言い忘れていたが、俺とこの少女の共通点はもう一つ。眼に見える寿命の数字、それを破壊することで命を殺すことができる。それも俺たちが()()()()である理由の一つ、いや、もしかしたら一番大きいものだ。

俺はなるべくそうやって命を奪うことはしないようにしてきた。二人だけ、俺が殺してしまった人がいるけれど。その事はこの先忘れることはないだろう。

 

「少年、また小難しいこと考えてるだろ。老けるぞ」

「別に。老けられるならそっちのがいい」

「変わってるなぁ。アレだろう?永遠の若さって、皆好きじゃないか」

「さてね。俺はあんまり好きでもない」

でも、俺の周りにいる人々の、寿命のカウントが止まってくれたら良いと思ったことは何度もある。気が狂いそうになるんだ。誰がいつ死ぬか知ってるなんて。

「私は、君に老けて死なれたら困るからね」

「ああ。知ってる。独りになるもんな」

 

あくまで仮説。もしも自分達が、あるいはそのどちらかが真に不死ならば、同類がいなければ永久に等しい孤独に苛まれる。それは、考えただけでゾッとする。

 

「その通り。だから私の為に、傍に居てくれ」

 

俺の役割は同行者、もしくは共犯者。要するに彼女にとっての対等な他者であれば良いのだ。そうすれば、互いが孤独になることはなくなる。

 

「······俺は死ねるなら一刻も早く死にたい」

 

飛び降り、窒息、斬首、失血、挽き肉、丸焼き、爆発、エトセトラエトセトラ。この数年、あらゆる方法を試してみたが駄目だった。苦痛があるだけで、気付けば元通り。時間と服が勿体ないので最近は試してない。

 

「方法を見つけたら是非とも教えてくれ」

「嫌だね。私は死にたくない」

 

つくづく、性質だけはこうも正反対なのが恨めしい。

 

「本当、何でお前みたいなのと」

「私は別に君で構わないぜ?」

 

俺がぼやくと、いつも嬉しそうにくつくつと笑う。その表情を見るといつも同じように吐き気がする。

 

「俺が構うんだ。お前と違ってな」

「じゃあ私は構わない。君と違って」

 

もしかしたら、こうしてお互い相手と違うことをアイデンティティにしているのかもしれない。なんて、気味の悪い。

光の無い眼から視線を逃がすと、同じ顔が視界に入った。

 

「······」

 

一瞬ぎょっとしたが、何の事もない。田舎町なら時々あることだ。

 

「何か見付けたのかい?」

「ポスター」

「······ああ。それか。まだ残ってのか」

 

電柱に色褪せたポスターがあった。内容は行方不明になった高校生の男女二人組を探している、といったもの。

数年前の日付。学校が提供したであろう男女の写真は、俺達の学生証にあったものと同じだ。

 

「どうせ、剥がすタイミングを失ったものだろう」

 

数歩進んで、ビニールで包装されたそのポスターをひっ掴んで電柱から剥がした。そのまま俺の顔写真と、アカネの顔写真をびりびりに引き裂く。

 

「酷いなぁ。そこまですることは無いじゃないか」

「あったところで俺達の邪魔になる。親だってまだ探してるだろう。連絡されたら厄介だ」

 

少なくとも、俺が彼女と消えたとき、俺の両親は健在だった。たった数年で死ぬほど、寿命も短くない。往生する分は残っていたはずだ。

 

「おや、この逃避行に結構協力的なんだね」

「異分子はさっさと社会から消えた方が為になるってだけだ」

 

家族や友人には、何も告げずに彼女と共に俺は消えた。だから思うこともあるし、後悔がないとも言えない。けど、百年後の今頃にはどうせ、親も友達も誰も彼も皆死んでいる。それまで生きているかどうか。もしそうなら、後悔も時間が解決してくれる。

アカネの両親はとっくに死んでて、養子として引き取られていたとか聞いていたけど、多分こいつの事だ。養父母のことは何も気にしていないだろう。

 

「ふぅん」

 

アカネは何か含みのある表情をした。

 

「······だから私のことは拒んだ」

 

その表情は、ある夜に見た貌と同じだった。

胸糞悪さが食道を競り上がってくる。

それは好奇心と欲と、孤独への不安。そんなもので俺を繋ぎ止めようとでもしたのか。俺を慰みものにしようとした夜の話。

 

「次やったら舌を噛み千切る」

「それはそれは、情熱的だね」

 

本当に、そんなことで死ねば良かったのに。

 

「さっさと戻るぞ」

「ああ、コンビニに寄ってからね」

 

そういえばそうだった。

 

「毒の類いは死ななくても効きはするからね。君も、酔うことができるかもよ」

「お前みたいに酔い癖が悪くないことを祈るよ」

「言いながら毎回付き合ってくれるじゃないか」

「外に出られると厄介なんだよ」

 

こいつが酔うと、俗に言う引っ付き魔のような状態になる。まあその対象は何でも良いようで、以前公園に生えていた木にすりついてその木を枯らしてしまった。これが人間で起きると軽く事件だ。というか、酔っ払った若い女の姿をした者が深夜に出歩くだけで余計なトラブルが増える。そしてその場合、前例を参照するとまず間違いなく相手が殺される。

 

「本当に、厄介なんだよ」

「なんだ、心配してくれてるのかい?」

「ハッ、まさか」

「本気なのが腹立つな君は」

 

不服には返答せずに道を歩く。そろそろ日は落ちて、夜の帳が訪れる。

 

 

コンビニエンスストアに入って酒を買ったら、店員にはなにも言われなかった。ときどき、そういう適当な店員もいる、というくらい。それで少し気分を良くしたのか、アカネという名の女の足取りは軽かった。

 

「今、何時くらいだろうね」

「寝床にまだ動いてる時計があったろ」

 

その寝床とは、かつてホテルだったであろう廃屋だ。この旅はそうした場所を転々とするもので、既に代謝がなくなった俺達にはそこまで不便をするものでもなかった。何かを飲み食いするのも、あくまで嗜好品として。まあ飲み食いしたら当然排泄はあるから、その辺りは考えないといけないが。幸い、この国は公衆衛生が行き届いている。

 

「はぁあ。たまにはひとっ風呂浴びたいよ」

「無くていいだろ。汚れないんだ」

「君には風情がないな。気分の問題だよ。気分の」

 

気持ちはわからないでもない。でも、何をするのにだってコストは必要だ。

 

「そうだ。この町を出たら、どこかに天然の温泉でも探しに行かないかい?」

「どういう風の吹き回しだ?」

「ただの提案さ。何、時間はそれこそいくらでもあるんだ」

 

錆び付いた西洋風の門を通り、植物に侵食されたフロントを抜け、比較的綺麗な部屋である二人部屋の、204号室に入った。

 

「それで、適当に買ったけど何が良い?」

 

色とりどりの缶やら瓶やらをビニール袋から取り出しつつ、少女は言う。合計十二本。こいつの財布にいくら入っていたかは知らないけど、結構奮発してるんじゃないだろうか。

 

「あと、六時間はお預けだけどね」

「どれでもいい。強いて言えば、飲みやすいので」

「じゃあ適当に私のおすすめを」

 

そういえば、彼女が俺に何かの選択を促す場面はよくあったけど。こういった何の緊張感もない、平々凡々な選択肢を俺に与えたことは少ない。大抵の場合、提案は決定事項に同義なのだ。だから自分で選ばなかったのは、少し勿体ない気もした。

 

「それにしても、君に哲学を嗜む趣味があったなんて知らなかったぜ?」

「急に何だよ」

「サウジーの言葉さ。君、そういうのに興味のあるタイプだったんだな。知らなかったよ」

「本なら、数字が見えないから」

「成る程ね」

 

いけない。張っていたものが少しだけ緩んでしまった。

 

「私も哲学は嫌いじゃないんだ。意味があるのかないのかわからないことを重箱の隅つっつきながら寿命(じんせい)を浪費するなんて、よっぽどの愚か者か暇人くらいにしかできない。私はそれを滑稽だと思うし、嗚呼、それこそ人間だとも思う」

「なんだよ。もう酔ってるのか?」

「私だってね、君の華々しい人生の折り返し地点を祝おうって気はあるんだよ。素直に受け取っておきたまえ、少年」

「はいはい。それはどうも」

 

もしも俺が普通に、ごくごく普通に成人を迎え、ごくごく普通に年を重ねていったら。そうしたら······いや、やめておこう。

差し出された缶を受け取って、プルタブに指をひっかける。そして缶から出た蒸気ごと、中の液体を口に含んだ。

 

「……不味い」

 

口に流し込んだ液体は、苦くて中途半端な粘度があって、自分の中の炭酸飲料というイメージに合わない臭いがして、とても美味しいと思えなかった。

 

「だよね。私も最初はそう思った」

 

眉間にしわを寄せる俺を見て、少女は笑う。

 

「貴重な初めての体験だ。精々大切にしたまえよ」

「偉そうに······」

 

もう一口、含む。

どうにも飲み込み難くて、あまり進むものでもなかった。だが口をつけてしまった手前、捨ててしまうのは勿体ない。

 

「君はどの程度で酔うんだろうね」

「お前よりは強いと良い」

「じゃあ私は介抱役を気にせず飲むとしよう」

 

傷は痛く、毒は苦しい。以前調子に乗って二日酔いで苦しむコイツは滑稽だった。けど、酔っ払いの相手は面倒なものと相場が決まっている。

この女に醜態を見せないためにも、俺は酒に強い方が都合が良かった。

 

「それにしても、必要なのかね。これ」

「必要はないだろう。むしろ無駄なモノさ」

 

古今東西、酒は人類と長い付き合いだ。

きっと今後も続いていくんだろう。

摂取しなくとも生きて行ける、けれども心地がいいから摂取する。

 

「······所詮は麻薬だしな」

「法律で禁とする文化もあったしね」

 

缶の半分も飲んで軽く酩酊状態になると、視界の中で常に意識の中心にあった数字が消えた。

実際に消えたわけではないが、その数字に意識を占有されることがなくなった。

部屋に入り込んだ虫やら、古い建物を侵食する植物がどうでもよくなった。

 

ほう、と暗くなってきた空を見上げる。

今晩は半月。出歩くには少し心許ない明かりだ。

ただ、いつも何かに怒っていた俺は少し穏やかな気持ちになっていた。麻薬というのも悪くはないのではないかと、少しだけ感じた。

 

「······酔ってきたね」

「······うるさい」

 

これで一人きりならどれだけ良かったのか。

知ったことではないとアカネは俺の空になった缶を握り潰して、次の酒を手元に置いた。

 

「君は私より弱いね」

「······チッ」

 

勝ち誇った顔も既に朱い。そこは引き分けにしてくれないだろうか。

 

「······前から思ってたんだ」

 

これが酔った勢いというやつか。俺は口を開く。

 

「どうして、俺のことを()()だなんて呼ぶんだ?」

 

年齢も変わらない。小馬鹿にしているようなその呼称がまた嫌いだった。っていうか好きなところとか無い。

 

「······だって、君、人生でそうやって呼ばれたことないだろう。私以外に」

 

背筋がゾッとした。

 

「そりゃそうだ。大体、そんな呼称は流行らない」

「だからだよ」

 

恐ろしくてその視線を確認する気にもなれなかった。酔いが覚めたと言ってもいい。それでも、努めて冷静に返した。

 

「······気持ち悪いぞ。それ」

「その表情がいい」

 

結局、いつもの嗜虐趣味の延長だったわけだ。

 

「でもそんなこと言ったら、君だって一度たりとも私の名前を呼んだこと無いじゃないか」

「······だって呼びたくないし」

「酷いなぁ。私達の仲じゃないか」

 

呼称は親密さに結び付かないのが持論だ。

だが口に出すと都合のいいように解釈されそうなので閉口する。

 

「そういえば、何だかんだでフライングしたね。あと五時間だ」

「そのくらいは誤差」

「人生最初の半分の最後の五時間が?」

「ああ。それでいいさ」

 

感慨は少しだけあった。

この先の人生は、己を死神と謗り続ける以外に何があるのだろうと。

 

「それじゃあ、祝いの言葉も先に聞いておくかい?」

「······言わなくていい」

 

そしてやはり、己がかつて空想していた節目と程遠い現状に、さしたる不満も感じずにいることを嗤った。

 

「······お前に言われると、呪われてしまいそうだ」

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