悪夢が始まったのは、まだ幼い頃だった。
私は、望まれて産まれた子供ではなかった。
いつも、虐待を受けていた。
一度殴られるたびに、心のどこかが死んでいった。
一度蹴られるたびに、痛みを感じなくなっていった。
友達はいなかった。
「顔にアザがある。こわーい。」
「なんか、いつもボーッとしてるよねぇー。」
いつも傷だらけの私が気持ち悪かったのだろう。
そして、やがて虐められるようになっていた。
特に辛くはなかった。
ただ、家でされていることを、外でもされて、またか。
とだけ思った。
変化が起きたのは、5歳の頃。
いつものように、泥酔して眠っている母親の横で、父親から殴られていた。
その時だった。
私の目の前に、"それ"が現れた。
"18381"と現れたそれを、私はなんとなしに、手を伸ばして、握りつぶした。
今までしなかった、最初で最後の私の反抗。
そして、その瞬間、父親は急に倒れた。
母親の頭にも、同じようなものがあった。
それも、握りつぶした。
母親の酒臭い寝息が止まった。
両親は死んだ。
特になにも思わなかった。
それどころか、清々しかった。
命はシャボン玉のように軽く、死体は鉛のように重たく、冷たかった。
両親が死んだから、私は施設に引き取られた。
そこでも私は、最低限の関係は築かなかった。
そして、いじめは相変わらずで、私の心を殺し続けた。
私は、毎日のように生き物を見つけては、自分に起こった不思議な現象について調べた。
生き物を一度殺すごとに、心が凍てつくのを感じた。
何日か過ごし、"それ"は、生き物の残りの寿命を表すものだと、理解した。
そして、時が過ぎ、中学生になったある日。
私はあることに気がついた。
ある時期から、身体的な成長が、全く起きないのだ。
髪や爪などは伸びるが、身長も、体重も。
全く変化が起きない。
それどころか、食事が必要のない身体になっていた。
なにも食べなくても空腹感を感じない。
ーー怖くなった。
自分に何が起きたのだろう。
これからどうなるのだろう。
そして、こんな思考になった。
今の私は、これからの不安以外なにもない。
ならば、
ーー"これから"を、無くしてしまえばいい。
私は、夜中に施設を抜け出し、ロープをもって人通りの少ない、路地裏へと向かった。
そして、首を括った。
苦しいとか、色々聞いてたけど、特にそういうことはなく、首への圧迫感だけだった。
・・・どのくらいの時間がたったんだろうか?
いまだに私は、死ねなかった。
息を吸っていないのに、息苦しさもなかった。
「なん、で・・・?」
私は、絶望した。
死ねないことに、絶望した。
"人間"には、必ずある終着点。
そして、悟った。
【私は死ねない】
それは、今まで受けたどんな暴力よりも、今まで受けたどんな苛めよりも、私の心に、深く傷をつけた。
死ねないと言うことは、いつか、"同じ存在"と出会わない限り、永久に孤独になってしまう。
逃れるすべはない。
"同じ存在"を見つけるまでは。
その日、私は、物心ついてから初めて、泣いた。
運命を嘆いた。
神と言う存在を恨んだ。
普通の人間を羨んだ。
嗚咽と共に、たくさんの感情を吐き出した。
そして、時は過ぎ、私は高校生になった。
そのころ、私は里親にとられて、その人達に養われて暮らしていた。
あるとき、私は、彼らの仕事の都合で、引っ越すことになり、転校をした。
新しいクラス。ここでも、目立たないまま、変化のない日々を送るのだと思っていた。
でも、
私は、見つけた。
私と同じで、寿命がない少年を。
私と同じ、"死神"を。
私は、嬉しさと興奮の入り交じった感情を押さえつけ、自己紹介をした。
親から、苦痛以外に貰った、唯一のもの。
その、"私の名前"を、口にした。
「はじめまして。私の名前は、茜です。」
アカネの花言葉は、【傷】。
残酷なくらい、私にぴったりだ。
死神の眼
end.