「実は私が、彩翔クンの案内人なのだよッ」
「校門前で待ち合わせだったのに、その案内人は居なかったけどな?」
「ぅぐっ」
的確な正論を押し付けてみるとあっさり怯む刀奈。反応が面白い。
今はIS学園も昼休みとのこと。俺は生徒会室に通され持たされた弁当をつついていた。刀奈もサンドイッチをつまんでおり、今は他愛も無い世間話の最中だ。
少々物足りないかなと食べ終わった弁当を片付けて温かいお茶を入れる。一息ついたところで話題はISについての事になった。
「彩翔クンは結局ISのことどこまでわかっているの?」
「ほぼ全く。参考書もねぇし、そもそもいきなり連れてこられたも同然だったから調べる時間もなかった」
「やった、それじゃあ完全に立場は私の勝ちっ」
小中学と俺は席次で1位、役職も常に生徒会長と刀奈の上だった。あの頃が懐かしい。俺も勉強を教える側だったんだが。
「プライドもクソもねぇや。頼む、今度からISのこと教えてくれ」
「にゅふふ、この生徒会長様に任せなさいなッ」
扇子を開いてソファにふんぞり返る。胸を強調したいのか、それは。因みに扇子には“勝利”とあった。鼻高々である。
と、不意にインターフォンがなる。そう言えば堂々居座っている俺だが、ここは生徒会室だ。
「失礼します。お嬢様、職務は……おや?」
「む」
入ってきたのは眼鏡をかけた女子生徒。いや、IS学園だから女子は普通か、例外を除いて。ともかく知的雰囲気を感じさせる容姿だ。しかし、この人もまた見覚えが……。
「……もしや、元生徒会長?」
「んー、生徒会長はしてたな。そういうお前は、よくか……んんっ、楯無と一緒に居たな」
お互いとも何やら面識はあるようだが、名前はわからない。多分向こうが一方的に俺を知っているのだろう。
「やっぱりですね、紅宮元生徒会長。私は布仏虚と申します」
「ご丁寧にどうも。ご存知の通り、紅宮彩翔だ」
軽く会釈をすると向こうも同じように返してくれた。マナーがきちんと行き届いているのは素直にすごい。
「別に私の前では会長のことは本名でお呼びしても大丈夫ですよ。私は彼女に仕えてる身ですので」
「はぁ、そうかい」
と、チラリと刀奈を見る。何か、睨まれた。
「……いや、人前では控えよう。ここでは彼女は、更識楯無だ」
また上機嫌になった。御し易いのは有難いが、それで良いのか現生徒会長。
「
「如何にも。現在は会計を務めています」
彼女の手にはタブレット端末。多分業務用だ。なんて贅沢なんだろうか。未だに紙媒体が殆どの機関で使われているというのに。羨ましい。
「へぇ、貴方もISを動かしてしまった、と」
「不本意ながら、ね」
布仏虚を交えて三人で会話をする。全く知らない、という仲ではなかったのと、皆それぞれの形で生徒会という役職を背負っているからかスムーズな会話ができ、不思議と居心地は悪くなかった。
「なるほど、布仏さんは三年生だったか」
「学年が一つ違うんですよね。不自由はそこまで無いですが、生徒会の仕事と託けて授業をサボるお嬢様はいかがなものかと」
「ほう? あれだけ真面目に教えてやったというのに、サボるのか」
「ななななな何を言ってるのかなぁ!? 私はちゃーんとISのこととかわかってるつもりだよッ?」
「専門分野に長けていても、一般教養がなってなきゃ評価すらしてもらえないんだよ、世の中ってのは。一般人は皆理不尽な社会の中で生きてる」
かくいう俺は一般人とはかけ離れた立ち位置ではあるが、それでも理不尽だと感じざるを得ない。
「ホント、彩翔クンは難しい考えしてるよね。石頭会長の異名はやっぱり伊達じゃなかった」
「居たな、下らない妬み口を言う輩が。能が無い奴程よく吠える。見てて滑稽だ」
「……訂正、腹黒会長にするわ」
なんだとぅ。
とわいのわいのと会話に花を咲かせていると気付けば休憩時間も残り僅かになった。
「さて。取り敢えず彩翔クンは私のクラスに来てもらおうかな」
「てっきり一年からやり直すものかと思ったが、そうじゃないのか」
「その案もあったらしいけどね。彩翔クン超エリートというか優秀な人だから一年生はやり直さなくて良いだろうって。ただISに関する知識だけは素人同然だから特別にプログラムは組まれるみたいよ? 強制的になる分、他のところではある程度自由は効くみたい」
例えば英検取得による授業免除とか、と刀奈が言った。
「彩翔クン1級まで取得済みでしょ? もう英語の授業は免除されてるってワケ」
「なら数学検定もだな。1級はこの前暇だったから取得した」
「なにそれこわい」
「どうやら、IS以外はまだまだ上のようだな。安心した」
「ぐぬぬ、すぐに追いついてやるんだから……、」
何となくドヤ顔を作って見下ろせば悔しげに歯ぎしりする刀奈。男としてまだまだ負ける訳にはいかない。
そうこうしている内に二年一組の教室前に到着。チャイムが鳴った後なので皆教室に入っているようだ。
「取り敢えずここで待機してて。私が呼んだら入ってきて自己紹介って事で」
言って仲に入っていく刀奈。なし崩しに来ているが、まだ俺の身辺状況があやふや過ぎて実は混乱している。学園に来て何故か生徒会室で飯食って午後からいきなり授業参加。可笑しい、常識的に考えて可笑しい。ここまで来て一度も教師に会っていないんだが。
「あ、彩翔クン、入ってきて」
扉を少し開けて刀奈が手招きをする。不安でしょうがないのだが腹を括る他あるまいて。無様な姿だけは見られないよう努力せねば。
姿勢を正し堂々と入室すると、ざわついていた教室が一瞬沈黙し、次の瞬間には慌てふためく。
刀奈め、アイツ何も言わなかったな。どうせ「スゴい急だけど転校生が来たので紹介します」だけだろう。絶対に“男が来た”なんて言ってない。どうせ面白がっての事だろう。
「国立第一高校より編入となりました、紅宮彩翔です。右も左もわからない不束者ではありますが、IS等に関してご指導ご鞭撻の程よろしくお願いします」
「男子……えっ、男の人ッ!?」
「ニュースやってたっけ?」
「嘘、そんなの全然聞いてないんだけど……、」
津波のような会話を断片的に拾えば、俺の存在自体がまだ世に出回っていないのがわかる。恐らくこのまま公には回らないのだろう。俺の周りを管理する政府にも内密に生活するよう言われた。どうせモルモットとして消える役目なんだ、胸糞悪い話である。
「で、楯無。俺の席は?」
「彩翔クンは~……、そこのど真ん中の席で」
俺と刀奈の会話で更にクラスが混沌とする。
「会長と名前で呼び合う仲っ……!!」
「まさかまさか……!?」
「機関!! 今、私は
全く、騒がしい。喚きたい気持ちもわからなくはないが、時と場所を選ぶべきだと俺は思うんだが?
「えっ、ていうか国立一高って最難関受験校じゃ」
「超エリート!?」
「ヤバい、私達より頭良いんじゃ……、」
まぁ確かに国立一高は偏差値は高い。カンスト75は当たり前だ。それ以上に、そこには各地で偏差値三桁を叩き出す猛者が集う場所である。勉強内容など既に研究者入口を通過するレベルなのだ。
「質問だが、次の授業は?」
「へひゃいッ!? ハッ、歴史ですッ!!」
「ありがとう。名前を尋ねて良いか?」
「にゃ、
「
「ひゃ、ひゃぃぃい……、」
この隣人はこんなにテンパっていて将来大丈夫なんだろうかと切に思う。17になるんだから頑張ってくれ、頼むから。
「彩翔クン、もう攻略ルートにでも入った?」
背中に鈍い痛み。見れば刀奈が扇子で不機嫌そうに俺の背中をグリグリと突いていた。痛いんだよ。
「バカな事を言う暇があったら精進でもしてろ。言っておくが歴史検定は全級取得してるからな、本来なら出る必要もない」
「ぬぅぅぅぅ、見返してやるんだからぁぁぁぁぁ……!!」
相も変わらず歯ぎしりする。こら、扇子を噛むな生徒会長。てか、攻略ルートとは何だ。長嶺に謝れ。
俺は基本一般科目に対しては殆ど授業を免除できる仕様になっている。無論、一般人には無理だ。俺が資格所得者であるのが大きいと言っておこう。
滞りなく授業は進み、放課後。しばらく教室で待機してるよう刀奈に言われその本人はすぐ戻るとのことで出て行った。
そして出来上がる俺の包囲網。まだ授業が終わったばかりだが、他教室からどんどんと女子が集まり出している。これはあれか、客寄せパンダか。様子を見れば誰が話しかけるかを牽制し合っている様子。織斑一夏は既にこれを体験したのか。大した胆力だ。
胆力に頼りたくないのであれば視線を一切合切カットして無視を決め込むのが得策だ。俺は自分から行動を起こせない輩が嫌いで仕方ない。集団行動が悪いということはないが、ただ金魚のフンのごとくついて行くだけの奴が気に入らないのだ。どうせ誰か一人が声をかければそれにつられて次、次と来る。正直言って迷惑以外の何物でもなかった。
「………………………………」
「………………………………」
俺は机にIS基礎理論の書かれた分厚い電話帳のような教科書に目を通していて。隣の長嶺は黒板の板書を写し終えてようやくクラスの惨状に気付いたらしく固まって冷汗を流していた。長嶺は集中すると周りが見えなくなるタイプと見た。
「長嶺」
「ひゃい!?」
「いや、そんなに大きな声で返事はしなくて良い」
「あぅあぅ……」
「このISの基礎理論だが、辞書のような解説というか、手引きのような物は無いのか?」
「え、それは、多分、ない、です、はい……あ、ご、ごめんなさいッ」
「謝る必要は無いと思うんだが……そうか、わかった。ありがとう」
長嶺は教室を飛び出して行った。何と言うか、突風のような人だ。鞄を忘れているが、イマイチ地理を把握していない学園内を探し回る事はしたくないので申し訳ないが放っておくことにする。どうせ取りに戻ってくるだろう。
「彩翔クンお待たせ~」
人混みをかき分けて刀奈が戻ってくる。その手には鍵が三つあった。
「これ寮の部屋とクローゼットと机の鍵。部屋番号はその大きい鍵にあるよんっ」
手渡された鍵には2099とある。まぁまぁ覚えやすい数字だ。
「軽く説明すると、彩翔クンはこれから寮に入ってもらいます。食事は全部食堂で出るから安心してね。部屋も男子なので二人部屋を一人で使ってもらうよ。後は部屋を自由に使ってもらって良いってことかな」
「質問だが、棟は分かれているのか?」
「男子と女子かって言われればNO。一応ここは女子高だし。まぁ織斑一夏君という前例があるからそれなりに大丈夫でしょ」
まず思春期男女が一つ屋根の下にいるのが可笑しいと言いたい。
「案内するからついて来て。荷物も全部部屋に纏めて置いてあるみたいだし」
「そうか」
有難い、とは思わない。無理矢理連れてきたんだからそれくらいやってくれないと困る。
「そう言えばさっき京子がスゴい勢いで駆けてったんだけど」
「長嶺か。板書を書き終えたところに質問したら慌てて答えてどっかに逃げていったんだ。鞄を忘れてな」
「あー、あの子男性恐怖症って言うか、周りが女子しかいない環境でずっと来てるからねぇ」
「難儀なモンだ。見てて将来が不安になった」
「彩翔クン基準じゃ皆危なっかしいんでしょ」
それはノーコメントとしよう。女尊男卑が謳歌する時代なら、就職はまだまだ有利なはずだ。遺憾ながら、だが。
駄弁りながら進み立派な寮棟へ。一瞬ホテルかと思った。その位に良い造りだ。これを税金の無駄遣いというのだろうかどうなのか。取り敢えず税金を引き上げる前に政府の人数を減らし天下りをどうにかして欲しい。好き勝手振舞った後に役にも立っていない奴が金を貰った後にのうのうと生きるのは酷く不愉快なのだ。
「はいココ。最初は慣れないだろうけど頑張って場所覚えてね。判らなかったら私に遠慮なくどーぞ」
「そうだな、そうさせてもらう」
「じゃ、頑張ってね。私は、」
そう言って刀奈が俺の部屋の目の前のドアを開けた。
「ここの部屋だから」
星が飛び出そうなくらいに似合うウィンクをしてドアの向こうに消えた。少し頭痛がした気がするが気合で捩じ伏せ自室へ。
確認してみたところ、荷物は大体のものが揃っていた。恐らく学園でいらないものは全部親のところにでも行ったのだろう。取り敢えず必要な物をいちいち家に取りに戻らなくても済むということがわかった。
「存外、やることが無いな」
ものの10分で荷解きと部屋の整理を終える。窓側と廊下側のベッドがあり、俺が使うのは窓側。廊下側は気が向いたら何かに使おうか。
窓際に設置されているサイドテーブルとチェアのセット。その向こうにベランダだ。何となく窓を開いてベランダに出ると緑と近代ビルディングの調和が見えた。中々バランスが取れてて良い景色だし、風も今はあまり吹いていないので心地が良い。
「あれ、彩翔クンもう片付け終わったの?」
と、新鮮な景色に目を向けているとずかずか入室してくる幼馴染みの姿が。コイツは遠慮という言葉を理解しきっていないようだ。
「ノックぐらいしたらどうだ。俺はそういうのに五月蝿い人種だとお前に言われたんだが」
「まぁまぁ良いじゃない。学園内とは言えプライベートな空間よ、ここは」
俺もあんまりとやかく言う気は無かった。刀奈の言う通り、今はプライベートだし俺はただの……普通ではないが普通の一男子生徒でしかない訳だし。
「IS学園の空気はどう?」
「それは生徒会としての質問か?」
「じゃあ彩翔クンの考えている二つの意味での質問にするわ」
「そうだな。
打ち解けた男友達という者程頼りになる人はいないと俺は思う。何もかもをぶちまけられる相手が一人くらいは欲しいのだ。
「寧ろ喜ばないの? ハーレム作り放題なのに」
「バカを言え、俺がそんな人間に見えるか?」
「全く。彩翔クン程誠実で堅い人なんて見たことないもの」
「そういう事だ」
ハーレムなんぞ興味ない。美人に囲まれるのは
「気を付けた方が良いわ。ここは女子だらけ。ハニートラップで貴方を引き込もうとする輩もいるかもしれない」
「…………わからんな。自分の子の大切な物を使ってまで金を求める奴のことは」
「私もそう思う。けど、いるのよ、世の中には。貴方が知らないだけで」
ふるふると諦めたように首を横に振る刀奈。多分、コイツはそれを間近で見たんだ。顔に書いてある。こういう時、俺は何と声を掛ければ良いのかなんてわかる筈がない。俺は今まで普通の、ちょっと頭が良いだけの男でしかなかった。刀奈みたいに特別な人生を歩んできた訳ではないのだから。
「大事にならないように精進はするさ。どうせモルモットになるが、それまで俺は俺のやり方で生きてく。これ以上他人に好き勝手させられるのは、俺は許せんからな」
今、隣で外の景色を見る彼は、自分のことを“モルモット”と言った。その言葉に無意識に自分の肩が揺れた。
――――悔しいが、それは否定出来ない。私が既に掴んだ情報では、学園内にいる間は無理にしろ、卒業後の彼の進路は研究所に入る事になる。織斑一夏とは、ブリュンヒルデの弟とは違う、実験される為だけに。後ろ盾も何もないが故に。
彼は本当にここに来るまではただの一般生徒だった。頭の良い高校を出て、きっと大学だって良いところに行って、就職して……。彼が生きるはずだった花ある人生を思えば思うほど、私の心がズキズキと痛む。
「…………逃げてぇなぁ……、」
ボソリと呟いた、彩翔クンの言葉。それは、私が初めて聞いた、彼の弱音だった。
小学校の時から、彼は誰よりも達観した表情で弱点すら見えない双眸を構えてひたすら強く生きていた。それなのに、彼は、彩翔クンは、
「いっそ逃げ出して逃避行してみても、悪くはなさそうなんだがなぁ……」
――――とても悲しそうな、力の無い目をしていた。
「彩翔クンはさ、」
「ん?」
「
「さぁ、どうだか。そんな早くに答えは出なさそうだ」
そう、だよね。
何か、力になれないのかな。ふと、思った。
今までずっと頼りきりで、気付いたらずっと彼を目で追っていて、何でも一人で出来てしまう彼を、私は羨ましいと思った。
私を私として評価し続けてくれたのを、私は嬉しいと思った。
そんな彼を、優秀で、誰よりも優しい筈の彼が、何故こんなにも弱りきった表情をしてしまったのか。私はそれに怒りを覚え、また悲しく思った。
「彩翔クン。私から、ちょっと提案があるの。と言うよりは、スカウトかな」
ついさっきまで、目の前にある絶望を眺めていた双眸が再び鋭く光った。それは以前よりも増して強く見える。何故なら、それだけ彼の内側には絶望が溜まってしまったから。それを出さないように強く固い蓋をしてしまったから。
――――助けたい。
それが、私の、更識楯無であり、更識刀奈の本心。本人には、言えないけど。
多分、私がこれを伝えても彼は断るだろう。他人に頼って人生を変えるなんて出来ないと。彼は強い自己を掲げて行動し、常にそれで結果を出してきた。私は、そんな彼に憧れたのだ。
私は、彼が無自覚でも、彼に惹かれた。彼について行きたいと思った。どこまでも高みを目指す彼に、憧憬を抱いた。
次は、私の番だ。私の嘘偽りない行動を示して、彼を助ける番だ。
「――――生徒会に、入らない?」
これは、その第一歩である。