ISとは、宇宙空間での活動を想定したマルチフォームスーツである。
篠ノ之束により作成された、女性にしか扱うことのできない超未来製品は、白騎士事件と共に世界へと知れ渡り、瞬く間に世界シェアを一変。表立って言われないものの、それは暗黙の了解として軍用品と化していた。『Infinite Stratos』、通称ISはたった一機で国家軍一つに相当する戦力とされ、アラスカ条約により戦争への投入は禁止されていた。無論、そのアラスカ条約も形骸化しているのだが。
10年前に登場したこのISにより、世は女尊男卑の時代へと移行することになる。しかし結局のこと、その風潮というのは直接的な力がものを言わせるのではなく、簡単に言ってしまえば調子づいた女が男を見下すだけの非常に、そして実に下らない出来事なのである。
そんな世界の常識をも変えてしまったISを乗りこなすため、日本にはIS学園という教育機関が設けられている。高校卒業程度の学力を身に付けるとともに、ISの稼働を集中的に行い、世界でも限りあるISを自由に扱えるようにする為の専門学校のようなものである。この場合は高等専門学校とも言えようか。
現在午前8時。ラウラ=ボーデヴィッヒはIS学園の職員室を訪れていた。
本日より一年生として編入する彼女はつい先ほど学園に到着したばかり。これから教員への挨拶である。
「教官、お久しぶりです」
「む、ラウラか。久しぶりだな。だが、ここでは教官ではなく織斑先生と呼べ」
入室してラウラがまず向かったのは一年一組を担当する織斑千冬。彼女は以前、ドイツへラウラ達の部隊に教官として趣いた時期があるのだ。
「その節はお世話になりました。リヒャルト大尉がこれを渡すようにと」
ラウラが手渡したのはのし紙に包まれた少し大きめの箱だった。わざわざ手書きで『御祝 織斑千冬』と書いてある。達筆な字に思わず感嘆の声をこぼした。ドイツ軍での指導のお礼と教員になった御祝とのことだ。
「リヒャルト……ああ、シェーケル大尉か。中々謎の雰囲気を出す男だったな……」
「今でも、何と言いますか……相変わらずです」
「そうだろうな。あの男が変わったなんて言ったら天地がひっくり返る」
大袈裟な、とはラウラは言わなかった。本当にあのリヒャルト=マティーアス=シェーケルという男は色々な意味で規格外なのだ。一年程度の付き合いしか無かった織斑千冬でさえ苦笑するのである。
「それと、大尉から言伝が。『近いうちにお会いする』とのことです」
「ドイツからわざわざ来日するということか? 確かシェーケル大尉は専属の技術師だったろう、来るのは難しいのではないか?」
「いや、でも大尉ですし……、」
「あぁ、そうか、大尉だったな……、」
揃いも揃って「そう言えば大尉だし、あの人なら仕方ない」と納得である。これは諦めか。
「彼には『ありがとうございます』と伝えておいてくれ。仕事が終わったら中身を見せてもらう」
「
「ああ、隣の応接室を開けておいた。そこで待機していてくれ。もう一人編入生がいるんだが、多分そのうち来るだろう」
通されたのはソファーの設置された言う通りの応接室。まだ他には誰もいない。呼びに来るまで待機ということでラウラは素直にソファーに座って待つことにした。
「(やはり監視カメラはあるのか)」
視線だけを不自然にならない程度に動かし部屋全体を見回す。四隅に視覚を潰すように、巧妙に外部からは見えないカメラが設置されているのがわかった。一般的な高校とはかなり掛け離れたものではあるが、ラウラは特に驚くようなことはない。そもそも軍属で訓練に明け暮れてきたラウラは学校という場所を知らない。知識教養は訓練の間にスパルタで詰め込まれただけであり、切磋琢磨や競争等は全くの無縁なのである。つまり、これが高等学校相当の場所であると信じ込んでいるのだ。寧ろ軍内部のような適度な緊張感があってこちらの方が少し空気に合っていると感じていた。
しばし静かにピクリとも動かずにいると、不意に応接室入口に気配を感じた。織斑千冬ではない。
「失礼します」
入ってきたのは、男子生徒用の制服を着た、ブロンド髪の少年だった。
「あ、こっ、こんにちは……じゃない、おはようございます」
「
初対面、挨拶が出来る辺り礼儀作法はきちんと出来ている。寧ろ自分の方が無愛想すぎる気がしないでもないが、別に大丈夫だろう。ここは軍ではなく学校だ。
「えっと、初めまして。僕と一緒に編入する人……で間違いないかな?」
自身なさげに眉を下げて聞いてくる。寧ろそれ以外に誰がいるのかと言いたいが、ここは敢えて突っ込まないことにした。
「そうだ。一年一組に入る」
「あ、じゃあ僕と一緒なんだね。僕はシャルル=デュノア、男性操縦者です。貴方は?」
「ラウラ=ボーデヴィッヒ」
「ボーデヴィッヒ、さん、だね。これからよろしくね」
フランス語訛り。という事はフランスからの編入。だとすれば、デュノアという苗字からフランスの民間軍事企業デュノア社の者と推測できる。ラウラと同じ時期なのを見れば、大方織斑一夏関連か。正直なところ今回の編入は任務となるので邪魔だけはしてほしくないと思う。
それ以上は喋らず、ラウラは眼帯の無い右目を閉じてじっと時間が経過するのを待った。彼女にとって生徒と馴れ合うのは不要な行為でしかないので特に問題は無かった。
一方、ラウラより遅れてやってきたシャルル=デュノアはウンともスンとも言わない目の前の生徒の態度に困惑していた。こんなにも無愛想な人は初めてだ。
「(ど、どうしよう……気まずいよ……、)」
応接室に満ちる沈黙。朝のHRまであと15分、シャルルに耐えることは出来そうになかった。何か話題を、と必死に頭をヒネる。
「そ、そう言えば、ボーデヴィッヒさんはドイツ出身、だよね?」
「………………………………」
「何かドイツで良いところとか、ある、のかな?」
「知らん。私は軍人だ。観光する暇あるなら訓練をするのが軍人であり、私だ」
「そっ、そう、でしたか……、」
「………………………………」
「(気まずいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!!)」
何かもう、泣きそうだ。しかしめげない。
「あ、趣味とかありますか? 僕は、」
「ない」
「あ、はぃ……、」
「………………………………」
「(僕もう泣いて良いかな……)」
逃げ出したくなってきた。だがこの部屋を出る訳にはいかないし、いきなり立ち上がって狭い部屋をウロウロし始めるのも明らかに怪しいし迷惑極まりないだろう。
もう何を言ってもつっけんどんな態度で返されてしまいそうだ。本来なら「そんな態度はないだろう」とでも言うべきなのか。しかし初対面相手にそんなことは言えないし、何よりシャルル=デュノア、心が優し過ぎた。それすらも「人それぞれの個性だもんね、仕方ないよね」と割り切れてしまうのである。
必死に、何か話題を。そう思いながら視線を彷徨わせていると、不意に目を開いたラウラと目が合った。
「………………………………」
「えっ、と、何、かな……?」
「………………………………」
「………………………………、」
「………………………………」
「………………………………、」
「………………………………」
「……あ、そのっ、ごめんなさぃ……、」
「………………………………」
視線が鋭い。睨まれているのかと思う程に。思わず謝ったがラウラはそれでも無言。しかし、終始シャルルから視線は外さなかった。
「(……コイツ、本当に
表には出さず、視線の先でびくびくと肩を震わせるシャルルを見やるラウラ。彼女から見て、シャルル=デュノアという人間は、怪しかった。言っておくがシャルルが立ち上がってウロウロし始めた訳ではないことをここに記述しておく。
『人間とは全員が“裏”を持っています。内面、とでも言いましょか。無論、私にだって秘密はありますとも、ええ。ですから、まず人間は疑って下さい。疑って疑って、疑問が全て解決するまで疑い続けて下さい。そうすれば決して騙されないし、裏切られない』
リヒャルトの言葉である。彼の言った“疑う”という行為は、人間の根本的な位置から全力で暴けというものである。正直やりすぎではと思ったことはあったが、それでも彼は間違った事は言っていない。だからこそラウラは会う度会う度初対面の人間を信用するということはしてこなかった。尚、ラウラが完全に心を開いているのは黒ウサギ隊の面々と織斑千冬のみである。
「(疑う、か。ここまで顕著に出てくる例は初めてか……他に件があったようには記憶にないが)」
「(こ、コワイっ!! 何、ボーデヴィッヒさん睨んでるの!? バレた!? バレてないよね!? てか軍事関係の人ってバレたらとんでもないことに……!!)」
「(確証はない。が、骨盤の大きさが隠しきれてない。頭蓋骨も男というには些か、女性的過ぎる)」
「(何か言うべき!? で、でもここで『僕は男です嘘じゃないです信じて下さい』なんて言い訳しても逆に怪しいし……………………あれ、僕、詰んだ……?)」
「(そもそもIS学園に入学する程の男性操縦者ならばもっと情報が出回っても良いのではないか? 立ち振舞いも完璧、足捌きも訓練されたソレだ。つつけば出てくることだらけではないか)」
「(あぅっ、何かどんどん眼が鋭くなってく……。お母さん、僕は…………、)」
いや、
「(待てよ)」
一瞬、小さくラウラの眉根が下がる。同時に、シャルルが一層ビクリと震え上がった。
「(結論を急ぎすぎてはいないか? 本当にそんなに容易く答えを出して良かったのか…………いや、否だ。常に疑え、そうだ、あまり早すぎる結論はダメだ。リヒャルトも言っていたし)」
ふっとラウラの視線が外れる。殺気に近いような理不尽さを間近で浴びていたシャルルは思わず溜息。
「……はふぅ……、」
「む?」
「にゃっ!?」
大きすぎた。何事かとこちらを向いたラウラに驚いて出た悲鳴に、シャルルは真っ赤になりながら口を塞いで俯いた。シャルルの脳内は、既に羞恥心で埋め立てが完了。恥ずかしすぎて何も考えられなかった。
「(何が『にゃっ!?』だよ僕のバカ!! あんなのって、あんなのってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……!! 恥ずかしいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………)」
「(……可愛い。が、奴は、男……ん、男? しかし今の悲鳴は、女……? しまった、わからなくなったぞ……振り出しからやり直しか)」
結局、織斑千冬が呼びに来るまでの間、二人はひたすら物思いにふけるという行為に集中するのであった。