『軍人たる者、いかなる時であっても冷静に。例え隣に立つ仲間が倒れようとも、その怒りは自らの心の内にしまいこんで下さい。仲間であっても、友であっても、それを味方だとは思わないことです。情を殺し、そして敵を殺す。悲しむ暇があるならば、己の敵を消すのが軍人なのです』
朝のHRでラウラ=ボーデヴィッヒとシャルル=デュノアは一年一組に編入という事で挨拶を行った。
ラウラの眼前に真っ先に映ったのは、織斑一夏。元教官、織斑千冬の弟であり、ブリュンヒルデの経歴に泥を塗る原因となった人物だ。一瞬、本気で殺してやろうかと身構えかけたラウラだが、織斑千冬の前であること、そしてリヒャルト=マティーアス=シェーケルの言葉がなんとか己の理性を押し止め、幸いにも自らの拳を固く握り込むだけで済んだ。だが、彼を睨み続けることだけは止めなかった。
「(ボーデヴィッヒさん怒ってるよね……うぁぁ、何か拙い事しちゃったかなぁぁぁ……)」
隣で挨拶を終えたシャルルは、自分の近くで殺気を収めようとしない編入生にびくびくと怯えていた。既に顔は真っ青を通り越して真っ白だし、冷や汗が溢れ出して拙い。
「ラウラは真ん中の空席を、デュノアは廊下側にある空席を使え。自己紹介は以上とする」
クラスに落ちる沈黙を破ったのは織斑千冬。ホッと空気が少し緩むのが感じた。彼女がいれば、何とかなる気がしたからである。クラス満場一致で。
シャルルは若干早足でそそくさと。ラウラは堂々と自らの席に向かう。
「……織斑一夏。首を洗っておけよ」
「はぇ?」
最前列の一夏の隣を通る時、ラウラは精一杯の殺気をぶつけて行く。しかし一夏はもう一人の男性操縦者シャルルに気を取られていたのか、間抜けな声を上げてしばし固まっていた。
「(落ち着け、まだナイフは出番じゃない、教官の前で恥を晒す訳にはいかん、落ち着け、落ち着け私の右手……!!)」
尚、本当にこんな隙だらけの人間地獄送りにしてやろうかと画策するラウラは必死で右手を押さえ付けていた。間抜けな一夏に殺意がわいたのである。傍から見れば「落ち着け、我が右腕よ……!! まだ暗黒竜の力を使うべき時では……っ、沈まれ、ぐあぁぁぁ……!!」的なちょっとどころかかなりイタイ人であった。一夏以外のクラス全員が困惑した目を向けていたのは言うまでもない。
「……鬱陶しい……、」
放課後、自分の割り当てられた部屋へと行く為IS学園学生寮の廊下を一人進むラウラは小さく呆れ声でごちた。
ここの生徒はISという“兵器”に対する認識が甘すぎる。あれはファッションやトレンドではない。競技用と銘打った、
割り当てられた部屋についたラウラ。まずドアノブやドアに仕掛けがないかを確認、入室したらすぐさま部屋の隅々まで監視カメラや盗聴器の有無をチェックする。シャワールームや鏡の裏まで入念にだ。こうしたクセは全て軍で叩き込まれたもの。とにかく初めての場所は警戒を怠ることはしない。窓の外を警戒することも忘れなかった。セキュリティは整っていると言われているIS学園だが、高い建物も敷地内にある以上狙撃ポイントがある。ガラスが防弾仕様となっているのである程度は安心できるだろうが、各所に劣化がないかをチェック。狙撃もないと見て大丈夫だ。
ここまで来てラウラはようやく肩の力を抜いた。毎度の如く調べなければ気が収まらない性分なのである。どっと精神的な疲れがやってきたラウラはベッドに倒れこむ。洗濯されたばかりの手入れの行き届いた布団は柔らかく、いつでも眠れてしまいそうになる。
現在四時半。食堂が開くまでは一時間半と時間があるし、シャワーを浴びるには早い。
今の内に今日の報告だけあげようかと机に向かいディスプレイを立ち上げる。通信先はドイツ軍黒ウサギ隊だ。
『こちらクラリッサ=ハルフォーフ。お疲れ様です、少佐』
「クラリッサか。ご苦労」
通話相手はクラリッサ。黒ウサギ隊副隊長である。
「今日の報告をデータで纏めて送る。提出の方は任せた。ああ、それと、教官からリヒャルト大尉に言伝だ。『品物の件、ありがとうございます』と伝えてくれ」
『
「なんだ」
『リヒャルト大尉なのですが……こちらを出発する時に何か彼に挨拶はされましたか……?』
「挨拶……あ、」
しまった、とラウラは額に手を置いた。失態だ。
『はぁ、ですよね。大尉、大分落ち込んでいらしたので、やっぱり少佐何も言わなかったんですね』
「す、すまない。荷物を纏めるのが予想以上に手間取ってしまってな……」
『だから手伝うと言ったのですよ。今度からは遠慮なく言って下さいね』
「そうする。後、大尉には私が謝っていたと伝えてくれないか? 些か居心地が悪い……」
『いいえ、それは出来ません。きちんと少佐自身が謝って下さい。大尉の機嫌を治せるのは少佐だけなんですから』
「や、
件のリヒャルト=マティーアス=シェーケルは、ラウラにゾッコンの技術者である。その忠誠を誓ったとしか思えない従順っぷりは周囲が引くほどのレベルで、黒ウサギ隊の面々はすっかり慣れてしまったが他部隊から見れば不気味極まりない光景だったりする。
彼はラウラが生まれる前からドイツ軍で技術者として勤務しており付き合いも長い。身辺環境の整備や当時まだ小さかったラウラに教育をしたのもリヒャルトなのだ。つまり、あんまり公で認めたくない事実だが、ラウラにとって父親とはリヒャルトということになる。
「な、なぁクラリッサ。その、リヒャルトは今どうしてる? まさか軍を飛び出したなんて事はないよな……?」
『何とか引き止めました。大分骨が折れましたけどね……』
ラウラの預り知らぬところでは、実は激戦が繰り広げられていたりする。外出許可無しに白昼堂々「ちょっとIS学園行ってくる」とジェットに乗り込もうとしたリヒャルトを止めるため黒ウサギ隊が総動員されたのだ。わざわざISまで出てくる事態となり軍内一部が大混乱に陥ったのは秘密である。
「そうか、良かった、また大事になったらどうしようかと……、」
『ああ、ありましたね、そう言えば……、』
二人が遠い目で見る過去。そこには一つの苦い思い出があった。
それは、まだISが世に広まりきっていない頃。
白騎士事件が勃発して二年。女性にしか扱えないというISに反抗して多くの軍部が起こした大反乱が起こったのだ。
まだ黒ウサギ隊が無かった時代、ラウラはまだ訓練兵だった。しかしドイツ軍内部からも反乱が起きてしまい、ラウラも例外無く鎮圧の為に動員された。まさか初の実戦の敵が自分の軍とは思わなかった。
「ブラヴォー1、こちらスキャット1!! エリア4-7制圧完了した!!」
『ブラヴォー1、了解。ブラヴォー1よりスキャットへ、エリア4-10のシータが押されている。急ぎ救援に向かえ』
「スキャット、
隣で無線機に向かって怒鳴り散らすような尉官の隊長。生憎大声を出さないと銃声で声がかき消されてしまうのだ。
ラウラは素早くG36A2を再装填、前を行く隊長に続く。現在は反乱軍と鎮圧部隊の
反乱軍の目的とは、ISが出てきた女尊男卑という風潮の廃止。今この戦闘に勝てずとも、戦争においてIS等必要ないという結果さえ残せれば良いのだ。
『スキャット1ッ!! スキャット5がやられた!!』
「症状は!?」
『ッ……、もう、無理だ、息、してない……ッ!!』
無線から流れる悲痛な叫びにラウラは唇を噛み締めた。コールサインで名前は出ていないが、スキャツト5はラウラとの同期生だった。別段仲が良かったとか、そういうことはなかったが、今まで一緒だった仲間が消えることに、ラウラは心を締め付けられるような痛みを味わっていた。
「各自、警戒を怠るな!! 戦闘域に突入するぞ!!」
隊長の叫びにハッと我に返る。そうだ、今悲しんでいる暇はない。そんな暇があるのなら敵を討たなければ。
「……ボーデヴィッヒ。まだ泣くな」
「え……?」
「まだだ。仲間の為にも、我々は勝利を……お前が泣いて良いのは、勝ってからだ。それが聞けないならばここで死ねッ!!」
「ッ」
「お前だけが悲しいとでも思っているのかッ!? お前だけが泣いて良いと思っているのかッ!? 誰がそんな事を言った!? 泣きたいのは貴様だけではない、共に歩んできた仲間全員が、奴の死を認めたくないのだ!! 仲間を失う辛さ等、戦場に持ち込むな!! 我々に必要なのは勝利ただ一つ!! 己の魂に刻め!! 返事はYesかJaだ!!」
「Ja!!」
「よろしい!! スキャット、突撃するッ!!」
構えよ、己の武器を。欲せよ、己の勝利のみを。越えよ、名も無き屍を。
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!!!!」
廊下の先、角から飛び出してくる影に向かって、無我夢中で引き金を引き続けた。
「スキャット4、下がれッ!!」
「が、ぅっ……!!」
突然襟首を引っ張られ下げられる。直後、今までラウラがいた場所の床に銃痕が刻まれた。
「バカが!! 弾丸の量を確認しろ!!」
気付けばマガジンは空っぽ。ラウラはのうのうと戦場のど真ん中で空撃ちをしていたのだ。
いつもなら拳骨の一つや罵倒がもっと飛んでくるだろうが、今は訓練ではない。隊長が廊下の影に身を隠して必死に抗戦をしていた。
「グレネードだ、伏せろ!!」
咄嗟に元来た道の方向へ飛び込み、積み重なる死体に身を隠す。刹那、耳を劈くような轟音が鼓膜を叩いた。訓練していたとは言え、戦場で聞く音は迫力と恐怖が違いすぎる。
「ぁ、ぎ、……!!」
「隊長!!」
近くに爆風に巻き込まれた隊長が苦しげに伏していた。顔の左半分が見るも無惨に火傷になっており、左腕もあらぬ方向へ曲がっていた。
「ぼ、ボーディッヒか……」
「隊長、しっかりして下さい!!」
「ハハッ、叫ぶなボーデヴィッヒ。耳をやられた、何言ったって私にはもう聞こえんよ……」
「そんな、」
隊長の抑える左の脇腹には服の上から血が滲んでいた。近くには血に濡れたハンドガンP8。恐らく隊長が使っていた物だ。廊下には新たに一つの死体が、頭を撃たれて転がっていた。
「私は、もう動けん。足が言う事を聞かないんだ……無様だな。一息に頭でも撃ち抜かれて死ぬと思ってたんだが……」
こひゅー、と細い息が漏れている。肋骨が折れて肺に刺さったようだ。
「~~~~ッ、ブラヴォー、こちらスキャット4!! スキャット1が負傷した、急ぎ救――――ああッ!?」
「やめろ、ボーデヴィッヒ。私は、死ぬ。助けは、呼ぶな」
耳は聞こえていないというのに、腕にはもう力だって無いはずなのに。ラウラは、どんどんと冷たくなっていく隊長から無線を取ることが出来なかった。
とんでもなく痛い筈なのに、隊長は笑っていた。それは自嘲気味で、自らを嘲ていた。
「あー、フリッツは元気かなぁ……夫にはさよならも言えないのか……、」
「ッ!!」
その目には、薄く涙が溜まっていた。
「ダメです隊長!! 貴方には、家族が……!!」
「ボーデヴィッヒ。コイツを」
弱々しい、しかし有無を言わせない声音で隊長が首元の
「お前は、私の息子みたいだったよ……無愛想で、でもやるときゃ、とことんやってくれる……もう一人の、育てがいのある娘みたいだった……。夫と、息子に、ありがとっ、て……づだ、えで……ごぶっ、ぐ、ぅぅぅ……」
べちゃりと口から血の塊が床に落ちた。もう、持たない。
「イヤです!! 自分で、ご自分で言って下さいッ!! 私には、こんな……っ」
「たのむよ、
「……ぁ……、」
「わ、だじの……さい、ごの、おねがい……だがら……」
今までずっと追いかけてきた背中。先輩として、分け隔てなく、厳しく、そして徹底的に戦い方を教えてきてくれた隊長が初めて見せた、優しい表情。
ラウラは、小さく頷くしか出来なかった。
「……あり、がと……らう、ら……」
最期に、彼女は小さく笑った。涙を流しながら、ニッコリと。痛いだろうに、悲しいだろうに、悔しいだろうに、その笑顔はとても美しく、ラウラは目が離せなかった。
「隊長ッ!!」
ラウラの握る彼女の右手から、力が抜けた。もう、彼女は、隊長は、息を吹き返さなかった。
「ぅ、ぁ、あ……、」
ボロボロと、ラウラは涙は零した。あんな言い方は卑怯だ。自分を、娘だなんて。
「ぁぁあああぁぁぁっ、うあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!!」
嘘だ。これは、嘘なんだ。悪い夢だ。悪夢だ。誰かが私に見せる悪夢なんだ。覚めてくれ。夢なら今すぐ、こんな悪い上段は止めてくれ。お願いだから、私を現実へ戻してくれ。
「隊長!! 目を、目を覚まして下さい!! 隊長っ、たいちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
いくら肩を揺すっても、いくら叫んでみても、いくら涙を流してみても、決して、彼女は生き返らない。
「(わかってる!! わかってるさ!! でも、でも……ッ!!)」
諦めきれなかった。これが現実だと、夢なんかじゃいと、ラウラはわかりきっていた。だけど、こんなにも優しい人を失ったという悲しみが、それを認めようとしない。矛盾がラウラを苦しめていた。
『スキャット4!! 何があった!?』
「………………隊長が、隊長が……!!」
言えなかった。言ってはいけない気がした。それを自分の口から言ってしまっては、それを認めてしまうことになるから。認めたくなかったから、隊長が今どうなったかなんて、言えなかった。
『――――スキャット4、今すぐそこを離れるんだ!! 撤退しろ!! 敵小隊がそちらに向かっている……!!』
「そんな、だって、隊長が……、」
『知っている!! だからこそ、これ以上仲間を失わない為に言っているんだ!! すぐにスキャット2、3が合流する!!』
「隊長は死んでない!!」
『死んだ!! 彼女は命を落とした!! バイタルは全て停止だ!! 言っている意味がわからないのか!? 貴様が見ているのは死体だ、屍だ!! 貴様が守る者ではない!!』
「違う!! 隊長は、死んでなんか、死んでなんか……、」
隊長は死んだんだ。死んだんだよ。ああ、命を落とした。そうだ、それが現実なんだよ。
「嫌だ!! 認めないッ、そんなの、認めるものか……!!」
「スキャット4!! 何やってるんだ!! 早く立て!!」
「隊長がッ!! 隊長がまだいるッ!!」
「うるせぇ!! 黙ってこっち来いガキが!!」
こちらへと走ってきた副隊長がラウラの腕を掴めて引っ張る。嫌だ嫌だと駄々をこねる子供のように、ラウラは抗う。
刹那、廊下の向こう側から影が踊りだして来た。こちらと同じG36A2。しかし、ソイツは反乱軍だ。
銃口から飛び出した弾丸が飛来する。ラウラの肩に、太腿に突き刺さり血が噴き出す。
「ぁっ!? ひっ、ぃぃッ、が、ぁあッ!?」
激痛。意識が飛び、また痛みで覚醒する。チカチカと明滅する視界と、そこから自分が床に倒れたのを察知する。
「ケッ、アドヴァンスドの欠陥品かよ。ゴミが」
副隊長は、頭を撃ち抜かれていた。当然のごとく息はしていない。
「あーあ、こんな奴殺したってゴミ撃つだけじゃんか。戦果にならねぇっつの」
うだうだと銃を持った男が呆れた顔でこちらを見下ろす。
「まぁいっか。動けるんだったら邪魔だし。死ねよ」
男がP8に持ち替え、その銃口がラウラの口をこじ開けた。冷たい金属の感触に震えが止まらなくなった。
「や、やめ、」
「きひひ、いい顔してんなぁ。ま、もうさいならだけど」
引き金に、指がかかり、
――――刹那に、銃声が響き渡った。
「ッ!?」
「あぁ?」
目の前のP8が、弾を吐き出した。
「……は、ぁ、ぇ?」
一向に、痛みは来なかった。
「おやおやおやおや、私の生徒に手を上げる強姦魔は貴方だったか」
「か、体が動かねぇ……!? クソッ、テメェ何しやがった!!」
「何って、動きを止めさせてるだけんだがね?」
現れたのは、リヒャルト=マティーアス=シェーケル中尉。防弾チョッキもヘルメットすらも身に着けず、ドイツ軍開発部の制服を着て悠々と戦場のど真ん中を歩いていた。
「仕事で遅れてきたら人数が減っているし。よくもまぁ好き勝手してくれたものだよ全く」
はぁ、と落胆の溜息を吐き出すリヒャルト。隙だらけなその態度は、男であればいつでも撃てたはずだ。しかし、男は動けなかった。金縛りのように指先まで、首以外が全て動かなくなったのだ。
「さあボーデヴィッヒ。ちょっとお口を失礼するよ」
「ぁッ!?」
ラウラの小さな口に、リヒャルトの指が銃との隙間から入る。すぐに彼は中から目的の物を取り出すとついでに銃も口から外した。
唾液まみれのリヒャルトのに握られていたのは、弾丸。P8から銃声と共に吐き出された筈の弾だった。
「なんでだよ!? 俺は今確かに撃った筈だろォ!?」
「ああ、確かに君はUMP……P8の引き金は引いたさ。だけどその弾丸は彼女の喉を貫通する前に口内で止まっただけのことさ。わからないのかい?」
「ありえねぇんだよそんなことは!! クソッ、殺してやる!!」
「無駄だよ。貴方は絶対に拘束から逃れられない」
男が必死に動こうとするのを、リヒャルトは感情のない笑みで観察し、ラウラはポカンと唖然とした表情で見ていた。
「ちゅ、ちゅう、い……?」
「どうしましたか、ボーデヴィッヒ。少しは落ち着きましたかね? 事前にお花を摘みに行って正解でしたね。さっきの貴方なら失禁してたでしょう。これ以上余計な噂が広がらずに済みそうです」
ラウラの方を見ないリヒャルト。ただその言葉の節々が不気味に聞こえたのは気の所為ではない。
「さぁ、ボーデヴィッヒ。これを持ちなさい」
リヒャルトがラウラを立たせて持たせたのは、血濡れのP8。紛れもなく、隊長の物だ。
「これで、彼の額を撃つだけの簡単な任務。勿論出来ますね?」
その目は「やれ」と言った。命令ではなく、お願いとして。
「傷は
言ってることはわからなかった。それでも、やらなければならないことはわかった。
P8のマガジンを確認。弾丸は充分ある。後は狙いをつけ、引き金に指をかけ、引く。この間、一秒。流れるような動作でP8を構えたラウラは、男の眉間を撃ち抜いた。
「
ぱちぱちぱちと戦場には不釣り合いな拍手を鳴らす。
意味が判らなかった。自分が今何をするべきなのか、自分は今何者なのか。移り変わる状況についていけないラウラは文字通り混乱の中にあり、リヒャルトの言葉を全て鵜呑みにしていた。
「さぁ、ボーデヴィッヒ。蹂躙しましょう、戦場を。陥れましょう、仇敵を。絶望させましょう、人間を。我々に必要なのは勝利だ。わかるね?」
「……
「ふむ、よろしい。ではそこに立っていて下さい」
刹那、廊下が揺れた。すぐそばの壁と床を突き破って機械の塊が顔出したのはそれから僅かに5秒だった。
「君には最高の特等席を用意した。私が戦場における虐殺を教えてあげるので、きちんと見ていて下さいね」
機械の塊のハッチが開く。リヒャルトに促されて中に入ると、そこは多くの機器に囲まれた狭い場所。彼の腰をかける席の後ろ、少し高い位置に設置されたシートにラウラは座らされた。
「しっかりシートベルトをしてレバーに掴まって下さい。気持ち悪くなったら吐いても構いませんよ。というか、初めて乗る人はどんなに酔いに強くとも酔いますので」
ニコニコと楽しげに鼻歌を口ずさみながら彼は機器を弄る。
「さて、では行きましょう。大量虐殺の始まりです」