キノンの没作品シリーズ   作:いつのせキノン

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7.登場

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『守ってやるよ、ラウラ=ボーデヴィッヒ。俺が、お前を』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に視界へ光が飛び込んで来て、ラウラ=ボーデヴィッヒは目を覚ました。眩しい。

 遮光性の無い薄地のカーテンの向こうから透けて真っ赤な夕日が照っていた。

 

「やっと気が付いたか」

 

 呆れを含んだ、聞き覚えのある声が横合いから聞こえる。織斑千冬の凛とした、己の敬愛する教官の声だ。

 

「きょう、かん……、」

「織斑先生だと言っておろうが。学習しない奴は補修対象だぞ」

「あぅっ」

 

 額に千冬の、軽いデコピンが当たる。無論痛いハズは無いのだが、ヒリヒリとした感覚に意識はあっさりと覚醒へ向かう。モヤがかかっていた意識と思考もハッキリしてくる。

 

「織斑先生、私は……あの時は、何が、あったのですか?」

「……まぁ当事者だからな。教えてはやるが他言無用だ」

 

 人差し指を口に当てて片目を瞑って言ってくる千冬に、ラウラは頷く。

 

「VTシステム。詳細は知っての通りだ。それが、お前のISに積まれていた。一定条件を満たさない限り、そのシステムの存在さえも浮き彫りにならない程、巧妙に隠されて細工されていたんだ」

 

 V(ヴァルキリー)()T(トレース)()S(システム)。過去のモンド・グロッソにおける部門受賞者(ヴァルキリー)の動きを模倣(トレース)するシステムの正式名称だ。こうして公にシステムという存在が明らかになっており、しかしこのVTシステムはIS条約により研究、開発、使用等の全てが禁止事項とされている。

 

「私が、貴方を……教官のようになりたいと、少しでも、望んでしまったから……そう、なんですね」

 

 嗚呼、情けない。シーツを握り締め、ラウラは固く口を引き結んだ。

 

「ラウラ=ボーデヴィッヒ。お前は、誰だ?」

「私、は……」

 

『では問いましょうか、少佐。貴方は誰だ?』

 

 答えは、何だろう。私はラウラ=ボーデヴィッヒであると、胸を張って言えるのだろうか。それは、はばかられることではないだろうか。他人になろうとした私等、ラウラではないのではなかろうか。

 

「答えが無い。それはつまり、お前はラウラでも誰でもない、そう言うことだ」

 

 ズブリ、と。言葉の刃が深く深く胸の奥を貫いて行く。

 

「だからこそ、丁度良い。お前はこれからたっぷりと時間をかけて、ラウラ=ボーデヴィッヒとなれ。悩むだろう、辛いだろう、もしかしたら絶望もするかもしれん。だが、諦めるな。お前はまだ若い。悩める時間も、何もかもがたっぷりと有り余る。小娘なら小娘らしく、振舞って苦悩することだ」

 

 その言葉に、ラウラは訳も分からずポカンと口を開けていた。それは千冬なりの励ましの言葉だったのだ。返す言葉が見つからない、そんな表情で固まるラウラに、千冬はフッと笑みを零した。

 

「お前は私にはなれんよ。私は、私だ」

 

『少佐、わかりますか? 私は私で、貴方は貴方だ。大尉が大尉であるように、個人は個人。AとはAにしかなれないのです』

 

 記憶の奥に紛れていた言葉がリフレインする。ラウラは、それを覚えていながら忘れていた。いらぬ執着だけに固執し続けて、見失ってしまっていた。本当に、何をしていたんだろうと思う。

 

「ああ、そうだ。ラウラ、お前に朗報だ。私達には悪報だが……、」

 

 しかし、途端に千冬の顔に暗い影が落ちた。何事だ。既に彼女の顔は疲労で青くなる一歩手前だ。

 

「……動けるようになったらでいい。あの人を……シェーケル大尉をどうにかしてくれ」

「は……えっ?」

 

 はい、と言おうとして何故そこで彼の名前が出てくるのか、ラウラには理解不能過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにこの紅茶、不味い」

「安物なんだから我慢したまえよ博士。こうして有無を言わず上っ面だけでも美味しいですよと表現するのが礼儀というものだ」

「でもそれって結局は不味いと言ってるのと同義だよね」

「そうだね」

 

 目の前の男女の何気ない雰囲気の会話に、山田真耶は何も言えず冷や汗をダラダラと止めど無く流しながらカチコチに固まって静止していた。下手をすればそろそろ心臓まで止まりかねないほどに。

 現在この応接室には真耶含め3人の影がある。向かいに並んで座る男女の内、1人は機械の兎耳にメルヘンなドレス。出るところは出る、引っ込むところは引っ込むという完璧なプロポーションを誇る女性。隣の長身の男から“博士”と呼ばれる篠ノ之束だ。

 男の方は高い背に短く乱雑に切られた赤い髪、ギラギラと不気味な鋭さと光を宿すグレーの瞳、筋肉質でありながら身長の割には少し細い身体の、乱れた白衣を着たドイツ軍属のリヒャルト=マティーアス=シェーケル大尉だった。

 2人の交わす会話は遠慮というものが無い。相手に失礼だと思えることさえ堂々口に出してみせる。しかし真耶に反論する勇気なんてこれっぽっちも微塵も無い。もし反論して機嫌を損ねればどうなるのかわかったものではないと反応が理解しているからである。

 

「(お、織斑せんせぇ~、助けて下さいぃぃぃ……!!)」

 

 もう泣きたい。どっかに逃げ出してしまいたい。取り敢えず、この部屋から脱出したい。

 そう言えば何故自分がこの2人の接待を任されてしまったのか、今になって沸々と疑問に加えて小さな憤りが沸いてくる。おかしい、絶対におかしい、何故高々普通の教師がISの生みの親とその彼女に気安く話しかける得体の知れないドイツ軍人の相手をしなければいけないのか。計画した奴は末代まで呪ってやる。

 

「失礼します。山田君、面倒な事を済まない。ここからは私が代わろう」

「織斑先生だったんですね失礼しましたぁ!!」

「山田君……?」

 

 誰だ織斑先生を末代まで呪うとか言った奴、私がソイツを呪い殺してやろうか。

 訳も分からず矛盾した思考のまま、真耶は晴れ晴れと涙しながら応接室を霞むような速さで退室していった。

 

「ちーちゃんおひさー!!」

「お久しぶりです。織斑閣下」

「こちらこそ、お久しぶりですシェーケル大尉」

 

 束のことをスルーする千冬。ニッコリと裏の読めないリヒャルトにのみ、千冬は穏やかな表情で返事を返した。束は泣き真似をしながら崩れ落ちる演技をしてみせるが、やっぱりスルーする。

 

「ここに来たのは他でもない、少佐のISの修理に来ました」

「それはこちらからも頼みたいと思っていたところです。公にしたくはありませんでしたが、VTシステムが大衆の目に止まってしまいました」

「映像は見ております。少佐はやはり貴方に憧れがあったようだ」

 

 クツクツと、自分の娘分に対して面白可笑しそうに喉を鳴らして笑うリヒャルトに、千冬は相変わらずよくわからないと内心思った。

 

「それでシェーケル大尉。何故この馬鹿が一緒なんです?」

「織斑閣下、残念ながら博士は馬鹿と言える程馬鹿ではないそうですよ。それはともかく、ここに来る際にたまたま会いましてねぇ」

「リト君との共同作業してたんだよ~、ぶいぶいっ」

 

 内容が噛み合っていない気もするが、取り敢えず2人が知り合いでかつ何やら怪しい事をしてきたということだけは直感的に理解した。

 

「何があったかは詮索しませんが、取り敢えずラウラのISのところまで案内します。で、束。お前は帰れ。ここにいると厄介事が起きる」

「えぇ~!? せっかくちーちゃんに会いに来たんだもんお話しようよ~!!」

「もう終わった。だから帰れ。なんならすぐそこの太平洋に流してやろうか?」

「リト君、ちーちゃんと束さんの仲介人を!!」

「嗚呼、残念だ。誠に残念なことだ。私はこれから少佐の為に全身全霊をかけてISの修理を行わねばならない。嗚呼、本当に残念だがもうこの部屋に私はいれないようだ。――――という訳で博士、また」

「リト君のいけずぅぅぅぅぅぅッッ!!!!」

 

 大仰に、ウザったらしいくらいに大振りの演技で、嘘の仮面を堂々被ったリヒャルトはするりと応接室を出て消えた。

 

「そう言うことだ。悪さなんてしてないで、さっさと妹との溝でも無くすんだな」

 

 フンッ、と不機嫌そうにそっぽを向いた千冬はリヒャルトを追って部屋の外へ。応接室には紅茶と束だけが取り残されて、窓の外から鴉がざまぁみろと言わんばかりに鳴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、鴉に馬鹿にされたと思ったから意地になってついてきた、と……ガキか」

「まだまだぴっちぴっちの永遠の17歳だもんっ」

「見苦しい」

 

 結局束は千冬とリヒャルトについて回っていた。

 現在3人がいるのは第3アリーナに併設された整備室の一角だ。今は黒を基調とした専用機のISが1体ボロボロの状態で保管されており、隔離された状態で置かれていた。周りには交代制で警備員や職員が居座っており、このIS『黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)』がいかに危険なものであったかが伺える。装甲はあちこちが歪んでおり、最早シルエットすらも原型には程遠くなっていた。

 そしてその手前にはリヒャルトが空中ディスプレイを広げて立っていた。これからこのISを1人で直すとのことだが、明らかに機材や装備が足りていない。

 

「シェーケル大尉。本格的な修理は本国でやるので?」

 

 千冬の問いにリヒャルトは「Nein」と首を横に振って否定した。

 

「今ここで、やりますとも。いちいち帰っていては手間が多すぎますから。それに帰らなくとも損壊前にまで回復させることは一晩かからず出来ますし、今回の件もあったのでアップデートも行います。まぁ日付が変わる頃には終わりますでしょうな」

「しかし、機材や材料は、」

「ちーちゃん。リト君はねぇ、今この世界において私と同じくらい天才なんだよ?」

「……天災の間違いじゃないのか?」

「ノンノン。だって、リト君は()()()()()()()()()()()?」

「ま、だ……?」

 

 どういうことだ、と言おうとした時、リヒャルトがディスプレイを閉じてボロボロの黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)に触れた。気付けばその手には紅のラインの入った黒い手袋をつけていた。僅かにそのラインが淡く発光する。ふむ、ふむ、と、何度も頷きながらぺたぺたと黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)のあちこちを触っていくリヒャルト。大方殆どの場所を触れたところで、不意に彼は満足気な顔でその場を離れた。

 

「さて。織斑閣下、ここに喫煙所はありますかな?」

「は……? いや、修理は?」

「ああ、してますとも。現在進行形で」

 

 ニコニコと、如何にも裏がありそうでそれを読ませようとしない屈託の無い貼り付けた笑みのリヒャルト。しかし彼は現に何もしていない。手も白衣のポケットに入れたままで動かしてすらいない。黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)の方を見ても何か大きな変化は無かった。

 

「織斑閣下は吸いますか?」

「…………生憎だが、私は一生吸う気はありませんよ」

「重畳。健康に努めて下さい」

「大尉。残念ながら喫煙所は教職員室付近にしかありませんよ?」

「じゃあそこに行って吸うまでです。どうもこれが無いと、ね」

 

 リヒャルトは懐からブラックレザーのシガーケースをチラチラと覗かせた。本人曰くヘビースモーカーと自覚するくらい葉巻が好きなんだそうだ。

 

「……いや、いいです。ここで吸っても。せめて換気扇の近くでお願いします」

「おや、ありがとうございます。では遠慮なく」

 

 何やら高級そうなギロチン型のシガーカッターを取り出して吸い口を切り落とす。あとはじっくりとガスライターで先を温め、用意してから1分弱でようやく葉巻を吸い始めた。

 

「趣味でもありましてね。博士は臭いから止めろと言いますが、中々乙なモノなのですよ。私にとってはね」

 

 煙が立ち上るのを目で追いつつ戯れて時間を過ごす。リヒャルトは絶えず葉巻を吹かすのを繰り返していた。

 

 

 

 結局、リヒャルトは日付が変わるまで2度とISに触れることは無かったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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