痛みを叫ぶ身体に鞭打って、ラウラ=ボーデヴィッヒは廊下の壁に手をつけながら整備室へ精一杯急いでいた。
原因は全てリヒャルト=マティーアス=シェーケルだ。あの男が、ドイツ本国からわざわざこのIS学園に来ている。大方学年別トーナメントの件で起こったことの関係だろうということは容易く想像できる。いくら何でも早すぎる気がするが、それはあのリヒャルト大尉だ。何をしでかすかわかったもんじゃない。
半ば引きずるように脚と身体を動かしてようやく整備室に辿り着く。自動ドアが開くと、突然中から人が飛び出して来て咄嗟に避けようとするも上手く身体が動かなかった。向こうも全く前を見ていなかったようで、止まりもせずにラウラに正面からぶつかってきた。
「あっ……!?」
ドタバタと絡まって2人が倒れ込む。ラウラの視界に飛び込んできたのは、水色の髪の少女の、泣き顔だった。
「っ、ごめん、なさい……!!」
少女は泣き顔を隠すようにすぐさま駆け出して廊下の先へと消えていった。
ジリジリと連続的な痛みが身体中を駆けるが痛みを我慢して何とか立ち上がろうと――――するが、身体が言うことを聞かずにガクリと膝から崩れ落ち、
また倒れそうなところで、彼の腕がしかと抱き止めてくれた。
「全く、来るなら来ると連絡を下されば迎えに行きましたのにねぇ。まだまだ頑固者のようだ、少佐は」
「た、大尉……っ」
「ああほら、無理はしないで下さい。後に響くといけませんから」
と、リヒャルトは遠慮しようとするラウラを無理矢理持ち上げた。いわゆるお姫様だっこというやつで。
「や、やめろ大尉っ!! 私は自分で歩ける!!」
「何を言いますか、1人で立つのも辛いような人が」
降ろせ降ろせと駄々をこねるがいかんせん暴れる訳にもいかない、というよりも身体が中々思うように動かないので暴れられなかった。
「織斑閣下も見ていますから、大人しくしてて下さい」
「きょ、教官ッ!?」
リヒャルトの肩越しに見えた人影にラウラは悲鳴のような声をあげた。千冬がニヤニヤと笑いながらラウラを見ていたからだ。
「先生、だ。それにしてもラウラはまだまだ子供だな」
「リヒャルト大尉、降ろせッ、降ろしてくれッ!! 教官に見られたくない……!!」
「安心しろラウラ。今きちんと目に焼き付けてやったぞ」
今度こそ本気で逃れようかと必死になるが、千冬の言葉と共に羞恥で顔を真っ赤にしてリヒャルトの腕の中で小さく縮こまった。それが余計に千冬へのサドな感覚を増進させるのが、ラウラには恥ずかしすぎてもう何が何だかわからなかった。
「さて少佐に朗報です。
「…………そうか。驚いたが降ろしてくれ……、」
「残念ながら下ろせそうな場所がありませんのでね。しばらくお待ち下さい」
ラウラを抱えたまま軽々とした足取りでリヒャルトは歩き、ピットの端に鎮座している
「システム面は全てを1から手直ししましたのでもうVTシステムの起動等を心配する必要はありません。更に
「簡単、とは?」
「少佐は普段、AICを使う際は自身も停止、更にはコマンドの為に右手を使用する必要がありました。が、戦闘中に止まることなど愚の骨頂ということで改善策を用意したのです。これで今度からは強度や発生速度もそのままにコマンドを省略してAICが使用可能になりました。後は少佐の意識しだいですので努力をすれば更に早い展開も可能かと」
つまるところ、リヒャルトはAICをイメージさせるだけで発動するようにシステムを組み込んだということま。聞くだけ言うだけならいくらでもできる。しかしそれを実際に実現させるには相当な技術が必要であることはよくわかっている。だと言うのにこの男は、ドイツ屈指の技術屋達が築き上げて来た努力を、たった一晩で、たった1人で塗り替えてしまっていたのだ。
「ただ少佐がこの様子ではあと2日は安静にしないといけませんね。取り敢えずレーゲンは待機状態にして持っていきましょう」
「どこにだ?」
「このまま部屋へ。ご安心を、立ち入り許可は貰っていますから」
「そ、そのような問題ではない!! 寮までなら自分で歩けると……!!」
「それでは後の行動に支障をきたし、元のパフォーマンスもできなくなりますがそれで良いと?」
「そ、それは……、」
「無理でしょう? 大人しく安静にしていることです。では織斑閣下、これで失礼します」
「ご苦労様でした、大尉。ラウラ、あまり大尉に迷惑をかけるなよ。返す恩が増えるからな」
千冬の面白がるような笑みに見送られ、2人は整備室を出ていった。
「で、束。お前は帰ったんじゃないのか?」
自動扉が閉まり2人が見えなくなったところで千冬は振り返る。そこには篠ノ之束が何食わぬ、しかし何か裏がありそうな、機械で作ったような作り笑顔で立っていた。
「やだなー、久々にちーちゃんに会いに来たんだからさっさと帰る訳ないじゃーん。リト君もいるしぃ、まだいっくんと箒ちゃんには挨拶もしてないし」
「やめとけ、アイツらはまだ色々と忙しい。ここでお前に余計なことをされると処理しなきゃならんのは私なんだ。仕事を増やすようなら折檻を増やしてやるが」
「我々の業界ではご褒美です――――嘘、やっぱごめん、本気のアイアンクローは勘弁です、痛いです痛い痛い痛い痛いいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!????」
「ご褒美なんだろう? 有難く受け取れ」
簡単に逃げれないようにヘッドロックからのアイアンクロー。流れるように綺麗で無駄なその動きに束はたちまち捕まってギリギリとこめかみを絞られる。ギブッ、ギブアップ!! と腕を叩くが千冬は我関せず。結局束がガチ泣きに入りかける一歩手前でようやく止めた。
「あーこれホント顔の形変わっちゃったよ。整形並の変化だよ。うわぁー……」
「嘘つけ」
実際のところ骨格に変化はない。元々体が頑丈なのだから普通か。
「そうそうそうだよそう言えばだよちーちゃん!!」
「何だ、いちいち叫ばなくても聞こえる」
「整備室の横に明らかに誰かさんを住まわせるスペースがあったんだけど、アレもしかしなくてもリト君のでしょ?」
「そうだな、もしかしなくても大尉のだ。わざわざ大尉が学園内で自由に動けるのも、今日からここに勤務するからだ」
通達があったのは昨夜のことだ。IS学園教師全員に緊急で連絡が回り、明日から新任で男性教師が入ってくるという大きな一報が舞い込んできたのだ。
IS学園は言わずもがな女子校である。織斑一夏という例外を除き、基本的に男性が学園内に立ち入ることは厳しく制限されている。それにも関わらず、突然の男性教員の着任だ。教員内でちょっとしたパニックが起こったのはまだ記憶に新しい。
「リト君の部屋はあるのに束さんのはないのー?」
「お前は逃亡中の身じゃなかったのか?」
「あぁ、そう言えばそうだったねぇ」
そう言いつつも特に気にした素振りを見せない。既に肩書きのような軽いものと捉えているに違いない。
「リト君が急に来ることになって驚かなかったの?」
「驚いたさ。同時にすぐ理解した、納得はしてないがな。大尉なら気が付いた時には何でもかんでもやっていたって可笑しくはない、とな」
過言、ではない。元々付き合いのあった当時からリヒャルトという人物を知っている千冬は薄く苦笑した。そもそも彼のやることなすことにいちいち付き合っていては理解が追い付かずに脳がパンクしかねないのだ。
「いやぁ、でもリト君が日本に来てくれて束さん嬉しいよ。これでわざわざドイツまで行かなくても会えるしぃ」
「ここ最近は日本にいたのか?」
「日本じゃないけどアジア周辺をぶらぶら~っとね。暑かった暑かった」
「暑がりの兎にはキツい話だな」
「まぁクーラーつけてたんだけどね」
「おい」
「でもあれだよ、湿気はスゴかった」
「なるほど」
「まぁ除湿器普通に使ってたから快適だったけど」
「おい」
千冬の鋭いツッコミが束に入った。