西住みほは酷く憔悴し困惑していた。そりゃそうだ。わざわざ『戦車道』のない大洗に単身飛び出してきたというのに、また強制的にやらされることになったのだから。だがしかし、自分からやると宣言してしまったのでもう遅い。
気合を入れ直し、ひたすらに道を進む。今は何をしているのか。簡単に言うと戦車の捜索だ。『戦車道』をやるにも戦車が足りない、という訳で探しに出ているのだ。目標数は5、最初から学園の倉庫に放置されていたⅣ号中戦車D型があるので残りは4だ。
「……?」
「どうかしたー?」
先を歩く五十鈴華がしばし辺りを見回し、後ろをついて行った武部沙織が不思議そうに尋ねる。
「今、花の香りに交じって鉄と油の臭いが……」
「わかるの!?」
「私だけかもしれませんけど……、」
普通の人じゃわかるはずもない。相当な慣れが必要だ。
「では、目的地へパンツァー・フォー!!」
「パンツのアホぉっ!?」
勇ましく秋山優花里が声を上げたところで空耳に敏感に沙織が反応。あははは、とみほが苦笑を漏らした。
「パンツァー・フォー。戦車前進って意味なの。よく使われるんだ」
「へぇぇ、初めて聞いた……」
「まぁでも戦車道が初めてなら仕方ないのかもしれないですね……」
「あっ、ありましたっ」
しばし進んでいると華が前方を指差した。丁度そこには段差に乗り上がるようにして放置され錆びまみれとなった38(t)軽戦車があった。
「おぉぉぉぉぉっ、38(t)!! ロンメル将軍の第七装甲師団でも主力を務めた主力戦車っ、初期の電撃戦を支えた戦車じゃないですかっ!!」
「……めっちゃ生き生きしてる……、」
「はっ!? しゅ、しゅみましぇん……、」
すりすりと後部装甲に頬ずりをする優花里に苦笑いしつつ、みほはぐるりと一周。すると、38(t)が何かに乗り上げているのがわかった。
乗り上げているのも、また戦車と同じ鉄塊。しかしそれは戦車には全く関係のなさそうな物に見える。
「何だろう、これ……」
「何これー?」
「複雑そうな形してますね……」
「? これ、戦車に関係するパーツじゃないですよね?」
「多分……私もこんな複雑なのは見たことないかな……」
考えてみてもよくわからない。取り敢えず目的の戦車は見つけたので本部に報告、下の鉄塊も気にはなるが戦車には関係ないと見て放っておくことにした。
「んー、しかしどこかで見た事あるようなないような……まぁその内思い出しますかねっ」
全員が本部へ戻ると5台分の戦車が勢揃い。八九式中戦車甲型、38(t)軽戦車、M3中戦車リー、Ⅲ号突撃砲F型、Ⅳ号中戦車D型が倉庫前に並んでいた。本来であれば壮観である筈のその光景も、全ての戦車が錆び塗れで履帯も切れている奴が多いとなるとそこまで喜べないものである。
その各戦車は今、割り当てられた班のメンバーにより洗浄中である。錆びを落とし古くなった塗装も剥いでグリスを塗りとやることは山積みではあるものの、各員ともわいわいと進めている。ペースも悪くないので今日中には皆終わる事だろう。
そして、その横。何故か各戦車の放置されていた近くに決まったように戦車とはまた別の鉄の塊のような物が山積みにされいた。そのどれもが複雑そうだが、その山の物は全てそこだけで関連性がありそうだと思われる。
「取り敢えず洗車は各班に振り分けてやってもらうとして……このパーツはどうしましょう……?」
「自動車部に預けて調べてもらうというのが良いかと。もし戦車に流用できるパーツであれば修理等にも使えるでしょうし」
「それがいいかなぁ。解体、廃棄はさせないよう話は通してみよっか」
山積みのパーツは細長かったり、箱の様に大きかったりと様々。果たして本当に使える物なのかどうなのかは怪しいところ。
「……ちょっと待てよ」
「どうしましたか、会長」
「何か既視感が……、」
じーっとパーツの1つを見つめ、しばし上の空で考え事をしてまたパーツを見つめる。10秒程考察したところでぽんっと手を打ち、2人に向き直った。
「これ、ACのパーツだ」
「「えっ」」
声が重なりパーツの1つを重視する。よくよく見てみれば、先日見た映像に映っていた物に似ているような気がしなくもない。
「で、でも、ウチの学校は『機兵道』はやってなかったんじゃ……、」
「記録はないね。でもま、ここにパーツがあったってことは関係がある事は確かってことでしょ。河嶋」
「はい」
「生徒の記録、洗い出して。『機兵道』経験者を見付ける」
「ハッ!!」
「前調べた時はいませんでしたよ?」
「それでも、可能性があるなら賭けるさ。どんな手を使ってでもね」
ま、出てくるまで辛抱強く待とうかね、と杏は呑気に干し芋を囓るのであった。
その日の夜、時刻は8時半になる。
「河嶋ー」
「現在7割の生徒が確認済みです。もうしばらくかかるかと」
「ん、無理は禁物な。後15分で見付からなかったからそこで一旦切り上げよう。これ以上は用務員にも迷惑だ」
「了解しました」
生徒会室では杏と桃が調べものを、と言っても杏は動かずにボーッと外を眺めているだけだが。桃はパソコンに向かっており、学園生徒の名簿を片っ端から読み漁っていた。
「はふぅ、ただいま戻りましたぁ」
「ご苦労」
「お疲れちゃ~ん」
と、柚子が部屋に入って来る。手には数冊の分厚い本を抱えており、顔には疲労がどっと出ている。今にも倒れて寝てしまいそうだ。
「取り敢えず『機兵道』に関係してそうな資料あったんで持ってきたよ。これしかなかったけど……、」
よいしょっ、と机の上に置く。タイトルは『機兵道入門編』『カラスでもわかる機兵道』『徹底研究!! 機兵道を極める』と大衆向けの専門書のようなものばかりであった。
「古倉庫も浅い所は探してみたんだけど無くて……後探してない場所は先生の立入許可がないと入れない場所くらいかな」
「ふぅん……」
杏が適当に本を1冊取って捲り、
「……ダメだ、さっぱりわからん」
何がカラスでもわかるだ、と内心悪態を吐く。本を開いた途端に出てきたのが機体の平衡制御云々の数値のオンパレードだったのだ、嫌にもなる。
「っ、霞中学校っ」
するとパソコンに向かっていた桃が小さく声を上げる。気になって2人が彼女の肩越しに覗き込んでみると、そこには1人の少女の名簿があった。
「霞中学校と言えば確か何年だったか前に『機兵道』で前人未到の個人成績3連覇を成し遂げた無名校だったって聞いたことあるね」
「となると『機兵道』経験者がいる可能性が高い……が、」
少しスクロールすると中学校時のプロフィールも見ることが出来る。しかし、その子の中学校時の選択科目にある字は『古道』。確か古い学問に関係する何かだった、と聞いたことはあるがその程度だ。
「今時『古道』を受けるとか変わった子だねぇ。いやでも待てよ、霞中学校に『古道』なんて無かったよな」
「知ってるのですか、会長」
「『古道』は大分廃れててやってる所もかなり少ないからなぁ。やってる場所ってのはそれなりの人数が確保できる学校……霞中学校はそこまででもないから『古道』はやってないはずさ」
「え、それって情報改竄!?」
「間違いなくそうだろうねぇ。河嶋、ちょっち変わって」
「は、はぁ……、」
2分後。
「やっぱり霞中学校はこの子だけかぁ」
背もたれに身体を預けてぐっと伸びをする。他に霞中学校出身者はいない。
「そんじゃ、まずは本人に聞いてみよう。河嶋」
「どうぞ」
桃の手には既に電話の受話器が。既に電話番号も打ち込まれコールが始まっていた。
『もしもし』
「もしもーし、夜分に失礼。大洗女子学園生徒会会長の角谷だよ」
『これはこれは、夜遅くまでお勤めご苦労様です、会長』
「ありがと。それでお訊ねしたいんだけど、君は2年の井納輪ちゃんで間違いないかな?」
『はい、そうですが』
「うん良かった。でねぇ、質問があるんだけど」
『はぁ。ボクが答えられるものであれば答えますが』
「うんじゃあ1つ目。井納ちゃんは中学では『古道』を受講したってプロフィールにあるんだけどー、霞中学校って『古道』、あったっけ?」
『どうでしょう。ボク自身中学の記憶は大した思い出もないので……』
「そっかーじゃあ仕方ない。では2つ目。『機兵道』ってわかるよね?」
『知ってますよ。そりゃボクの同級生が3連覇したアレですよね』
「そーそーそれそれ。まぁアタシも詳しくは知らないから何とも言えないんだけど素晴らしい結果だってのはわかるよ」
『どうも。友人に伝えときます』
「そうしておいて。あ、後ね、その友人にもう1つ。コウノトリが待ってるよって伝えておいて」
『……面白い冗談を言う方ですね。わかりました。話は以上で?』
「うん。いやぁごめんねこんな時間に」
『いえ。ボクも暇でしたから。では』
「はいはい、じゃねー」
ツーツーとスピーカーから音がする。薄暗い部屋に無機質な音がこだました。
「会長、今のコウノトリ、とは?」
「『機兵道』では、ACを運ぶ運び屋のことをストーカーと呼ぶんだ」
「それとコウノトリが何の関係が……?」
「ま、その内わかるさ。ね?」
にこっ、と杏が笑う。その笑顔の裏で何を考えているのか、桃と柚子にはわからなかった。