翌日。大洗女子学園の校庭には戦車が並んでいた。
バレー部復活とでかでかとペイントされた八九式、赤に黄色に派手な色が目立ちのぼりまでもが立てられたⅢ突、ピンク色にべったりと塗装されたM3、陽光を反射しきらきらと輝く38(t)。寧ろ外装に何も変わりの無いⅣ号がかえって目立ってしまうような気がしてくる光景である。
「私達も色塗りかえれば良かったじゃーん!!」
「ああああああああああああああああっっっっ!!!!???? 38(t)がッ、三突がッ、M3がッ、八九式があああああああああああああぁぁぁぁぁっっっっ!!!! 何と言う、何と無慈悲な事をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ……!!!!」
武部沙織が不機嫌に拗ねて頬を膨らませ、秋山優花里が頭を抱えて断末魔を上げる。昨日、戦車を少しデコレーションしてみようと案が出て沙織や五十鈴華はノリノリで内装を変えて行った。塗装も変えようという提案もあったがそこだけは優花里が全力で死守。小一時間戦車の迷彩柄についての講義を始めうんざりして「じゃあ塗装はそのままでいいよ」ということになった。もしここで失敗していたらあちら側の仲間入りだった訳だ。
「……ぷっ、くふふ、ふふ……、」
「に、西住殿……?」
「あははははっ、まさか、戦車をこんな風にしちゃうなんて……考えられないよ」
西住みほは、笑っていた。『戦車道』を家元としてきた彼女にとって、これはあまりにも非常識で異常。しかし、それは何だか心を温かく解して癒すような、そんな楽しい物にも思えてしまった。
「……楽しいね。こんな風に『戦車道』やってて楽しいなんて思った事、私初めてで……ふふっ」
ちょっと腹筋が痛いかも。しかしその心地よさは格別のモノだ。
『あれまぁ、これはこれは……本格的に喧嘩を売りに来ましたねぇ皆さん』
「ふぇっ!? な、ななななななな何アレぇ!?」
ズンッ、と腹の底から響くような轟音に沙織がおっかなびっくり振り向く。
「ろ、ロボット!?」「でっかい……、」「何であんなものが……?」
人型兵器のアーマード・コア、ACがそこには佇んでいた。唸りを上げていたジェネレータがゆっくり音を萎ませていくと、不意にその肩に人影が現れた。
「おー、来た来た。待ってたよ井納ちゃーん」
会長の角谷杏だけが驚いた様子もなくずんずんとACの前へ。ACがまだ何かわかっていない周りの生徒からは危ないですよぉ!? と声が上がるが無視。
「試験終了しました、会長。これより『戦車道』訓練に合流します」
「ほいほい。そんじゃあまずは皆に紹介しないとねっ。はいじゃあ『戦車道』受講者諸君、ちゅうもーく」
何だ何だ新手のパフォーマンスか何かかとざわめきが広がる中、杏がゆっくりと説明口調で口を開く。
「こちら『機兵道』にて我々大洗女子学園『戦車道』をサポートしてくれる力強ーい味方、井納輪ちゃんでーす」
はい拍手ーと手を叩く様子に皆が頭を混乱させたままぱちぱちとしょぼい拍手を送る。
「ところで西住ちゃん。何故『戦車道』と『機兵道』が関係しているのか、説明はできる?」
「へ、ぁ、はぃっ、……え、えっと、『戦車道』ではルールに則り支援要請を行うことが可能となっていて……制限はあるものの各武道に助力を申請できます。軍艦を用いる『軍艦道』、航空機を用いる『航空道』、歩兵戦による『
「そーゆーこと。皆わかったかなー?」
問いに返って来るのは微妙な返事。皆事態の展開早さに追いつけていないようである。
「でも……確か最初の選択欄に『機兵道』なんてなかったような……、」
「あぁ、ないよ。ウチに『機兵道』はね。ま、今回はパーツも見付かったし特例措置でゴーサイン出たからやっちゃってるワケ。井能ちゃーん、自己紹介ザックリとお願ーい」
ひらひらと手を振り合図を送ると、肩に立っていた井能輪が深々と礼をする。
「初めまして。ご紹介に預かりました、井能輪と言います。此度は『戦車道』の皆様のサポートに入らせていただきます。以後宜しくお願い致します。どうぞ気軽に話し掛けて下さい。雑談はいつでも大歓迎ですので」
気軽に、という言葉に皆苦笑しかできなかった。それもそうだ、戦車以上に威圧感のあるACに乗られていては、気軽に行けというのも酷な話である。
「さて。今日の訓練だがその前に1つのVTRが用意されているのでそれを見てもらいたい」
場所を移動し学園内の会議室。河嶋桃が前に出てプロジェクターを起動していた。何やら講習をやるらしい。
「これから流す映像は『戦車道』と『機兵道』の関連性についてのものだ。先も西住が説明したが『戦車道』には支援要請と呼ばれるルールが設けられている。今後は『機兵道』とも密接な連携が必要になってくるので、各員集中して聞くように――――」
――――――――『機兵道』。
遥かに昔、人類は1つの機動兵器を開発した。名をアーマード・コア、通称ACという略称で呼ばれる物である。
様々なパーツから構成される汎用兵器は人形から四脚、逆関節にタンクとその形態は多岐に渡り、航空機以上柔軟な機動力と装甲車以上の堅牢な防御力を有する強力な兵器であった。
『機兵道』とは、そんなACを使った武道の1つ。古き伝統を受け継ぐこの武道は、他武道とも深い関連性を持つ。それが支援要請と呼ばれる制度だ。
この支援要請が認められる武道は『戦車道』『軍艦道』『航空道』『
ここで1つ、『機兵道』の試合を拝見していただこう。『戦車道』でもない、『航空道』でもない、他とは一線を画する彼ら傭兵の動きがどんなものであるのか……。
――――場面が移り変わる。
背の低い建物が建ち並ぶ住宅街の中、低い唸りを上げて大きな鉄の塊――アーマード・コアが疾駆する。コンクリートの壁を物ともせず破り押し退け、目にも止まらぬ速度で低空を飛ぶ――かと思えば突然真横へ消えるようにブースターが噴かされた。先ほどまで1つのACがいた場所をグレネードの爆発が襲う。
連続する爆発音はその殆どがACの瞬間的加速によるブースターが出す音だ。残像が空中に軌跡を描き、重火器の一撃が轟音と共に陽炎を打ち消す。
敵対するACが縦横無尽に宙を飛び交う。その光景は『航空道』など生温いと言わんばかりの機動だった。
「これは20年前の映像だそうだ。試合は世界大会決勝、かつて伝説と呼ばれた方が残したものらしい」
桃の言葉にしかし反応を返せる者は僅かしかいなかった。その反応もまちまちである。
それも仕方のないことと言えよう。画面の中で動く圧倒的質量に、皆が気圧されていた。
『日本代表“首輪付き”AP残り7000!! 対しアメリカ代表は最初の5機から数を減らし遂に2機――――あぁーっとぉっ!! 今“首輪付き”が更に1機を撃破、ダメージを僅かに喰らいましたが1対1に持ち込みましたぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!』
機体が炎を纏って落ちる。すれ違い様、“首輪付き”と呼ばれる機体がエネルギーブレードを振るっていたのだ。緑色の輝きが容赦なくアメリカの機体を襲った。
『どうするアメリカ代表ッ!! APは互角、しかし技量は“首輪付き”が圧倒的!!』
“首輪付き”が動く。左右に何度も高速で移動しながらも上昇、相手の上を取る。アメリカ機も必死に抵抗するが如何せん機動力が足りていない。何度向きを変えても“首輪付き”は冷静に位置を変えて惑わせる。ペースが完全に傾いた。
が、
『ここでッ、ここで“首輪付き”の遠距離武装の残弾がゼロッ!! 攻撃手段が全て潰えてしまった!! 万事休すか!?』
“首輪付き”からの攻撃が止んだ。全5機を相手取ってきたのだ、当然弾薬の消費は激しい。
“首輪付き”がバックユニットの武装をパージ、これで肩にも腕にも武装はない。“首輪付き”に遠距離による攻撃手段は無くなった。残りはブレードのみ。
しかし、“首輪付き”は果敢にもオーバードブーストを起動しアメリカ機に突っ込む。好機と見たアメリカ機がガトリングで弾幕を張るが、当たらない。“首輪付き”は勝負を投げて闇雲に突っ込んで来た訳ではない、確信たる勝機を持っている!!
武装パージにより軽くなった機体がクイックブーストで左右に振れれば、それは分身と言われても過言ではない速度。アメリカ機の攻撃はことごとく残像を貫くのみ。
2機の距離が縮まる。僅かに数メートル、腕を伸ばせばぶつかる距離。
この僅かに1秒にも満たない時間の中で、“首輪付き”の機体は緑色の光を纏っていた。
――――刹那、爆音と共に“首輪付き”から光が溢れ出しアメリカ機を飲み込み、試合終了を告げるサイレンが鳴り響いた。
『決まったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!! 最後はアサルトアーマーで決めた!! “首輪付き”、アメリカの連勝記録を打ち止め!! 日本を世界初優勝へと導きましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!!!!』
歓声が上がる。人々が歓喜に奮い立ったのだ。
「――――今見てもらったのが『機兵道』の試合だ。現在はレギュレーションやバージョンと呼ばれる規定でルールも幾つか改定されてはいるが、『機兵道』の試合はとにかく高速機動戦闘がメインだ」
映像を見ていた生徒一同がポカーンと口を開けている。次元の違い過ぎる高速機動戦闘に、完全に圧倒されていた。
――――――――さて、『機兵道』の試合はいかがだっただろうか。興奮したか、はたまた圧倒されて言葉も出ないか。
支援要請ではこのACを呼ぶことが可能だ。が、見てもらった通りACの戦力は非常に大きい。これをただ戦場に投入しただけでは、他兵器を蹂躙するだけで終わってしまうだろう。
今回は『戦車道』との関連性なのだが、このACが『戦車道』の試合に参加した場合のルールを簡単に説明しよう。
ACが投入される試合ではACが戦場相手に撃破できる数に制限が課せられる。ルールでは相手戦車の1割まで、数が1割に満たない場合は1両までが撃破可能対象として認められている。また、ACはフラッグ車に対する攻撃が禁止されておりこれを違反した場合は大きなペナルティが約束されているのだ。
大きな制限ではあるもののACの持つ効果は大きい。上手く投入を行うことで一発逆転のチャンスを作ることもできる。この機会に是非『機兵道』の導入を検討してみてはいかがだろうか。
場所は再び校庭へ。各班ごとに分かれて皆戦車前に待機しているが、皆の視線は大半が校庭の真ん中で待機するACに向けられていた。
これから行われるのはACによるデモンストレーション。実際のACがどのように動くのかを見ることになる。
「じゃあ井能ちゃんよろしくぅ」
『Copy.』
ジェネレータが稼働を始め音を放ち、10秒程経過したところでACが動いた。豪とブースターを噴かし地上を滑るように動き、車両に匹敵する速さでグラウンドをあっさりと1周する。そのスピードは戦車であればすぐにでも追い付き、追い抜いてしまうだろう。
続いて急加速、短くしかし爆発的に一瞬だけ加速しカクカクとジグザグの軌跡を描く。これがACならでは動きだ。普通の戦車などでは出来ない機敏な動き、本当なら強大なGで車体がバラバラになるだろう。
更にACは向きを変え格納庫の方向へ加速。
「……こっち来てません……?」
「来てるな」
「危ないってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!??」
眼前までACが迫ってくる、その直後、あわやぶつかるかと思った矢先にACが大きく跳躍、戦車と人を軽々飛び込え格納庫の壁に足を向けて着地、更に蹴ってふわりと上へ、2回壁を蹴ることで壁を登り切り屋根からまた高く飛んで校庭へゆっくりと降りてくる。
「し、死ぬかと思ったぁ……」
沙織がへなへなと倒れ込みⅣ号にもたれかかる。酷い威圧感で足腰に力が入らなくなったのだ。
「敵も同じのを使ってくるってことでしょうか……?」
「うっ、あまり嬉しくない現実ががががが……!!」
「流石に逃げ切る自信はないぞ。補足されたら終わりだ」
「ハンデが無いと本当に強いからね、ACは……」
そもそも比べる次元が違うんだけど、とみほは苦笑い。戦車や航空機を上回る戦略的兵器を、という目的で作られたのがACの由来だと聞いている。戦車がACとまともに渡り合えないのは当然の話だ。
(そう言えば、黒森峰にもいたんだっけ……)
苦い記憶の中に残る3つの影。黒のメインカラーと紅のラインが施されたあの部隊を思い出し冷や汗を流す。黒森峰は『戦車道』でも有名だが無論『機兵道』も並大抵ではない。最先端パーツを利用したAC部隊は全国最強、世界トップレベルとも言われている程のものだ。黒森峰の栄冠の影には必ず彼のAC部隊がいた。
それを思い出すとどうも今目の前でゆっくり沈み込むようにしゃがむACを見て、試合で勝つのは厳しい気がしてならなかった。詳しいことはわからないが目の前のACは劣化パーツの寄せ集めに過ぎないことはみほでもよくわかる。よって、この機体が他学校に通用するかどうかは期待値も下がりざるを得ないという訳なのだ。
「いやぁ~素晴らしい機体操作だったよ。流石は見込んだだけのことはあるっ」
ぱちぱちと満足げに拍手を送る杏にACから降りてきた輪は「どうも」と浅く会釈。ACの操縦に自信はあるようだが、慢心等をしているような訳ではないと思われる。
「ではデモンストレーションも終了したところで本日の訓練を行う。まずは行進訓練だ。全員戦車に乗り込め!!」
「「「「「はいっ!!」」」」」
わらわらと皆が戦車に乗り込む様を眺め、輪も再びACのコックピットへ潜り込む。
「そーだよ井納ちゃん、ちょっといい?」
「? はい、何でしょう」
「これから訓練なんだけど、殿についてどんなもんか見ててくんない? そんでもって訓練の後で今日の内容について皆に講習。詳細は全部そっちに任せるよ」
「はぁ。まぁそれで単位が貰えると言うのであればお安い御用です。じゃあボクは皆さんが行くまでここで待機していますので」
「はいよー、じゃあ頼むねー」
生徒会の戦車が最後に乗り込みを完了し発進。校庭を出て行ったのを確認して輪もACを起動しブースト状態をONにグライドブーストで彼らの後を追い掛けるのであった。
「訓練の様子、と言いましてもねェ……」
レバーを握る輪の表情は些か曇りがちであると言える。モニター越しに殿の位置から前方を行く戦車の様子を眺めてはいるが、
「隊列も乱れ気味。変更時も迷ってる節が見られる。車体も平衡制御ができていない……」
あれこれ上げてたらキリないんじゃないですか? と思い始めた。と言ってもここにいるのは皆『戦車道』初心者の寄せ集めなのだ。技量を期待しろというのが酷な話である。
「……レポートの紙が足りるといいんですが、在庫ありましたっけねぇ……」
今日は帰りにホームセンターにでも寄ってから帰路に付くとしよう。心の予定帳に追記しておく。
「皆、今日の訓練ご苦労であった!!」
「「「「「はぁ~い……」」」」」
すっかり空は赤くなり訓練終了。1日近いみっちりとした密度の濃い練習には参ったようで皆表情に疲れを浮かべていた。唯一輪だけは涼しい顔をしていたが。
「で、唐突ではあるが今度の日曜日、聖グロリアーナ女学院との練習試合を行うこととなった」
聖グロリアーナ女学院。過去に全国大会準優勝の経験を持つ『戦車道』強豪校の1つだ。『機兵道』では個人戦では成績は振るわなかったものの、団体戦においては毎年ベスト3をキープする一致団結型のチームが有名である。
「学校には朝6時に集合、時間厳守だ」
「……やめる」
「はい?」
「やっぱり『戦車道』やめる」
「え、えぇ?」
「もうやめちゃうんですかッ!?」
「麻子は朝が弱いからね……」
つまり6時起き等無理だから勝手にやってろということ。
「あ、あのっ、待って、待って下さい……っ」
「6時は無理だ」
「モーニングコールさせていただきますっ……!!」
「家までお迎えに上がりますからっ」
「朝だぞ……人間が朝の6時起きれるかっ」
「いや、6時集合なんで起きるのは5時くらいじゃないと間に合いませんよ……?」
「……人にはできることとできないことがある。そして私には早朝に起きることなどできない。短い間だったが世話になった」
「ちょっ、麻子ストップ!! 麻子がいなくなった操縦主が誰もいなくなっちゃうじゃん!! それにいいの!? 単位取れなくなるよ!?」
「むぐっ」
「このままだと進級できずに留年、つまり私達の事先輩って呼ばないといけなくなるんだよ!? それでもいいの!? 私のこと沙織先輩って言ってみ!!」
「っ……さ、ぉ……り、せん……っ」
「……それにさ。ちゃんと卒業できないと、おばあちゃん滅茶苦茶怒るよ、カンカンだよ?」
「お、おばあ……!? っ、ぅ……わかった……やる」
取り敢えず、事態は何とか丸く収まりそうな予感。今後がどうも心配になってくると言わざるを得ないなぁ、と輪は遠くから各員を眺め思うのだった。
訓練後、各チーム代表者を交えての練習試合対策会議が生徒会室で執り行われることになった。
「勿体無いくらいに広い部屋ですね」
「まぁ、言えなくはないかねぇ」
皮肉を込めた輪の呟きに杏が半分肯定。実際のところ使っていないスペースというのはあるにはあるのだ。
会議スペースではホワイトボードに敵チームの情報が書かれた紙が貼られていた。1枚は敵戦車車両2種類と、もう1枚は敵チームが所有するACだ。
「敵車両はマチルダⅡ歩兵戦車が4両、チャーチル歩兵戦車が1両。対しこちらはどれも火力不足な戦車ばかりだ、100m内でなければまともに砲も通らない」
キュキュッと水性マジックでホワイトボードに図を書き込む。
「よって、我々戦車にとって有利な地形の高低差を利用する。まず1両が囮となって全車両をおびき寄せ、4両が待機する場所へ。キルゾーンに入って来たところを一気に叩いて殲滅する!!」
バンッ、とボードが叩かれ周囲からは「おぉっ」と声が上がる。確かに現実的で良い作戦だと。
しかしみほは不安そうに俯き、輪は顎に手を当ててじっと考えを巡らせている様子。今の作戦では不安要素が残るということか。
「西住ちゃん、何かあるなら言ってみ」
「え? あ、いえ、私は何も……」
「顔に書いてあるよ。まあ言っちゃいなって。『戦車道』経験者の意見、是非とも聞かせてほしい」
喋って良いものなのか。迷い数瞬周囲を見回すが喋ってほしそうな視線に晒されみほは小さく口を開いた。
「……聖グロリアーナ女学院は、こちらが囮を使って来ることは充分に想定していると思うんです。もしかしたらこれを逆手に取られて逆包囲される可能性も否定できません……、」
その指摘にそう言えば確かに、と周りが頷く。何でもかんでもが上手くいくほど現実は甘くなく、もしキルゾーンを突破されては大洗チームの逃げ道が無くなってしまう。そうなれば経験の差から言って負けも同然だ。
「横から失礼します。更に言ってしまえば敵が必ず囮に引っかかるとも限りません」
「何……?」
小さく手を上げて輪も口を開く。
「向こうはこちらと違い場数が違います。相手チームになってみて下さい。1両だけ敵戦車が出てきた場合、まず何故1両しかいないのか考えます。行きつく答えは陽動、または個人の勝手な暴走。チーム戦が主体の『戦車道』の試合において後者はまず弾かれます。となれば相手は陽動でこちらを誘き出すか的を集めて注意を散漫にさせるのが狙いになると思うでしょう。ここまで思われた時点で全車両が誘い出せる可能性は限りなく低くなりますね。精々2両を偵察に出すのが関の山かと。そして2度目はありません。仮に1度目で成功してもそれが全車両撃破でなくては意味は無く、2度も同じ手にかかる程相手も馬鹿ではありませんから」
輪の意見にシンと部屋が沈黙に包まれる。あくまで可能性の1つを喋っただけだが、それも有り得る話だ。対策を取られては動くこともままならない。
「河嶋ー。他に作戦はぁ?」
「…………少々お待ちを」
苦虫を噛み潰したような顔で渋々引き下がる桃。まぁ仕方ないよねぇ、と杏は小さく呟いてみほに向き直った。
「やっぱり思うんだけど、隊長は西住ちゃんにしよっか?」
「へ?」
「うんそうしよう決定決定。大丈夫、君ならできるっ。作戦立案、頼んだよ? んふふ」
ぱちぱちぱちと笑顔で拍手。強引に成り行きのように決まってしまったこの状況に、みほは困惑した表情を浮かべるしかなかった。
「頑張ってねぇ。勝ったら豪華賞品、負けたら罰ゲームがお待ちだからさぁ~」
「勝てば天国、負ければ地獄って奴ね……、会長!! その景品と罰ゲームとは!?」
「気になる? 気になるよね?」
「はいっ」
興味津々、と手を上げて輝かしい表情で訊ねるバレー部主将磯部典子。しかし次の言葉で皆纏めて表情が一転する。
「勝ったら干し芋3日分!! 負けたら納涼祭であんこう踊りねー」
瞬間、全員の顔が引きつる。唯一、よくわかっていないみほだけが何事かと焦って皆を見回していた。
「――――――――井納ちゃん」
すっかり日も落ちて辺りは暗い。
罰ゲームも明らかになった後は作戦を取り纏めて会議は終了。明日土曜日に全体練習を通してから翌日の練習試合に臨むこととなる。
会議室では1人残るよう指示された輪が窓際から静かに海を見下ろして立っていた。その表情を窺い知ることは無く、生徒会室に戻ってきた杏に呼ばれいつもの涼しい表情に切り替え振り向く。
「いやぁ、ごめんね帰りが遅くなるようなことしちゃって」
「問題ありませんよ。ボクは1人暮らしですから、何時に帰ろうと当人の自由です」
して、話とは? と訊ねると「まぁ座ってよ」と促され素直にソファーに腰掛ける。杏は対面ではなく輪の隣に座り懐から干し芋取り出すと1枚を手渡した。どうも、と受け取り一口。名産なだけあって美味しい。強過ぎない甘みが渋いお茶に合いそうだ。杏のように毎日毎時間は食べてられないが。
「資料には勿論目を通してあるよね?」
「はい。相手に取って不足なしです」
「それでなんだけどね。相手は多分1機しか出してこないんだよ。そりゃあウチもジャンクパーツの塊を戦場に出すんだから舐められて当然」
だからさ、と杏が小悪魔の如く妖艶に微笑んだ。
「――――相手さんに2機目を投入させて、ボッコボコにしてくれない?」