時は過ぎて日曜日の朝6時前。
大洗女子学園の校庭にはACが一機とその横にAC輸送機であるツインロータ式の多目的大型ヘリのF21C STORKが待機していた。
「こんなヘリ初めて見たかも~」
ヘリの周りには早くから集まった1年生のチームがわらわらと集まって不思議な形のヘリを見ていた。朝早くから来たにも関わらず既にACとヘリが用意されていたのだ、気にもなる。しかも一番早く来た子が5時半なのだが、それよりも前に既にあったらしい。
F21C STORKは先述通りのツインロータ式のヘリ。ACを輸送するのは勿論、『航空道』では戦闘ヘリを務めたり他にも『
「おっはよー諸君っ」
「「「「「おはよーございまぁーすっ!!!!」」」」」
そこへ生徒会役員も集合。後ろからはAC乗り手の井納輪が一緒について来ており、その横にもう1人見知らぬ女子生徒がいた。
「ほんじゃあ取り敢えず移動開始しよっか」
「あれ、でも会長、隊長達は……?」
「んぁあ、だいじょぶだいじょぶ、昇降口で落ち合うことになってるから。ほらほら、乗った乗った~」
は~い、と間延びした声で戦車に乗り込む面々。ここからは学園艦昇降口まで戦車で移動した後に船を降りて直接試合会場へ行く運びとなっている。
「ボク達はもう少しこの場で待機です。エンジンでも温めてたらどうですか?」
「うんにゃ。そーしるず」
皆の様子を眺めている輪ともう1人はあくびを噛み殺しつつ会話。ある程度髪をショートに切り揃えた輪と違い隣の女子生徒は長い黒と金の混じった髪があちこちに跳ねていた。
ぽけっとした印象を抱かせる彼女はシエル=ポーカー=ユキ・ササガワ。日本人の父とアメリカ人の母を持つハーフの子でF21C STORKの操縦手を務める。輪とは旧知の仲だ。
ふらふらと空気の抜けた風船が地面を跳ねるようにヘリに向かうユキを見て「久々に会ったけど相変わらずですねぇ~」と輪はあくびをしながら言った。
『ぴんぽんぱんぽーんっ。間もなく午前8時より、聖グロリアーナ女学院対大洗女子学園の「戦車道」親善試合が行われます――――――――、』
大洗の町は朝から賑わいを見せていた。十数年ぶりの久しい『戦車道』の試合ということで一目見たさに多くの地元客が集まって来るのだ。更に今回は本格的に『機兵道』も組み込まれた試合。否が応にも期待は高ぶる。
時刻は7時30分。試合会場となる平原には2校の戦車がそれぞれ集い、試合開始を今か今かと待っていた。
そこにヘリのプロペラ音が近付いて来る。各校の後ろへACを腹に抱えたヘリが徐々に高度を下げて降下、ACを固定していたアームを離しACが地面へ落ちる。瞬間、爆音と共にブースターが唸り火を吐き出して落下速度を減衰、かくして無事着地する。
両者ACのハッチが開き、大洗のACからは輪が。聖グロリアーナの逆関節ACからは華奢な少女が降りてきて対面。身長は輪の方が頭1つ分と少し小さい。杏よりも若干低いのでこのめんばーの中ではかなりの小柄だ。その輪は最初から青いキャップを目深く被りつばに手を添えながらじっと相手ACを観察し、不意に口を開いた。
「……ACは2機出さないのですか?」
「はい?」
同じようにじっと輪を眺めていた聖グロリアーナ女学院のAC乗りキャンディが片眉を引き上げた。
「全力でお相手する。そのようにボクは伺ってましてね」
「今回は殲滅戦ですわよ」
「そうですね。ボクはてっきり2機を相手にするばかりかと思って用意してきましたので」
「…………貴方、自分がどのような状況に置かれているかわかっていて?」
睨み付けるキャンディの視線に輪は笑顔で「はい」と返した。
「ボクは今、見下されている。このようなジャンクの寄せ集めごときで由緒ある学校へノコノコとすり寄ってきたカラスだと。だからこそ1つで充分だと」
「っ」
「ご安心下さい。高々1つなどすぐに落として見せましょう。それがボクの役目。それとも、全力でお相手していただけますか?」
ニッ、と輪が歯を見せて笑う様子を見て周りが慌て出す。その大半が大洗の生徒だ。1人杏だけは面白そうに眺めているが。
「ちょっとちょっとちょっと、何で挑発しちゃってんの!?」
「あれだといずれこちら側が圧倒的不利に……」
「元から不利だがな」
「止めないと勝ち目無くなりかねませんよ!?」
頭数で互角、これ以上くればACが2機居座ることになる。つまり、撃破可能戦車量数は聖グロリアーナ女学院側に増えて大洗の勝ち目ほぼゼロに近くなる。
「……そんなに蹂躙されたいのですね?」
「滅相もない。蹂躙するのは……我々大洗チームです」
「「「「「巻き込まれたーっ!?」」」」」
滅茶苦茶だと叫ぶチームの面々。流石にこれ以上は武道的にもヤバい煽り合いに突入するのでは……。
そう思った矢先、遠くからヘリのローター音が聞こえてきたかと思えば上空を一瞬で通過。そこから1人の影が飛び降りて来た。影が背負うのはジェットパック一式、バシュウッと音が鳴り火と煙を吐いて落下速度を落とし着地する。
「……遅れて申し訳ない」
ジェットパックを背負った少女がヘルメットを脱ぎ顔を上げる。凛々しさが前面に押し出された気の強い表情と引き締められた唇。青い瞳は細く狭められじっと輪を真正面から見下ろしており、そこには油断も隙もない。ヘルメットからこぼれた長い金髪がヴェールのように重力に従って落ちた。
「……キーマンと呼ばれている。貴方にお会いできて光栄だ」
「キーマンさんですか。ボクは井納輪と申します。噂はかねがね聞いております」
自らをキーマンと呼ぶ彼女の差し出す手に輪もそっと手を重ね握手を交わす。心なしかキーマンの表情が輝いたような、隣で立つキャンディはそんな気がした。
「……ダージリン。昨日の作戦は撤回だ。私も今回の作戦、参加する」
「…………覆さなければ、いけないと?」
「……全力で挑む。貴方の言葉に偽りがあってはならない。このままでは私は、私の名に一生泥を塗って過ごさなければならなくなる。それだけは許されない、冒涜だ」
品定めをするように視線を向けてくる聖グロリアーナ女学院隊長ダージリンに、キーマンも負けじと厳しい視線を向けた。
「……大洗の皆様にお訊ねしますが、彼女のACを戦線に加えることは可能でしょうか?」
ダージリンの言葉に大洗の面々は押し黙る。それもそうだ、このまま加わることになっては自らの首を締めに行くような物。簡単に頷くことなどできない。しかしキーマンの譲れない雰囲気を見た彼女らは無下に断ることもできないでいた。キーマンの態度と雰囲気が並々ならぬものであったからだ。井納輪が何者であるのかはよくわからないが、恐らく何かしらの関係があるのだろう。
「いいんじゃない。参加しても」
しかしそんな中で杏だけはあっさりと了承の意を示す。その顔に浮かぶのは気楽そうな笑みだ。
「キーマちゃんだっけ? 井納ちゃんと是非とも手合わせをしたいんだよね?」
「……はい」
「ん、オッケーオッケー。井納ちゃんも大丈夫でしょ?」
「問題ありません」
「西住ちゃん。ここは会長の顔立ててくれないかな。本人たちに問題はないみたいだし。責任問題なら後で色々取り計らってあげるからさ」
ね? と笑いかける杏にみほはしばし俯いた。重要な選択を迫られているのだ。どちらを取っても、結果次第は遺恨が残りかねない。自然と強く握った握り拳の内側がじんわりと汗で滲む。
「西住さん」
「っ……井納、さん……、」
「酷なお願いかもしれません。きっと今貴方は悩まされている。相当苦しんでおられる。本当に申し訳ありません。……ボクからもお願いします。今回だけ、1度で良いのでボクを信じてもらえませんか」
輪が帽子を取り深々と頭を下げた。みほだけでなく、大洗チームの全員に。
「…………井納さん」
「はい」
「私は『機兵道』に関しては全くの素人です。『戦車道』と絡めたとしても、必ず最良の指揮が取れる自信はないです。それでも……勝算はありますか?」
「勿論」
みほの言葉に力強く輪は頷いて見せた。
「勝利の為ならば、ボクはどんな結果でも出して見せましょう。ACだろうとネクストだろうと、例えボクが最後の1人になろうと、必ずや勝利を。ボクは貴方に服従する。既に首輪は付けられた」
輪の八重歯が覗く。その輝きは鋭く、何もかもを噛み砕いてしまいそうな、そんな気さえもしてくる。
「…………わかりました。参加を許可します」
えぇっ!? と声が上がる。聖グロリアーナからも困惑の声が上がった。本当にそれで良いのか、と。
大丈夫なのか、いいのか、そんな声が上がる中、少し苦い顔をしたみほの元へダージリンとキーマンがゆっくりと歩み寄って来る。
「……西住みほ隊長殿」
「は、はいっ」
「……本当に、ありがとう……」
「へ、えっ、あのっ……!!」
キーマンはみほの前で膝を着きそっと両手を包み込んだ。最上級の感謝を、今込められる最良の想いを。
「……『機兵道』を志す者は皆1つの願いがある」
「願い……?」
「……ある人物と矛を交える為。貴方の心意気に感謝致します。私は今日、大きな夢を叶えることができる」
「っ」
キーマンが小さく、本当に小さく微笑んだ。ずっと厳しい表情をしていた印象のある彼女の、柔らかい笑みだった。嬉しいそうに、楽しそうに、儚げに、一瞬だけ笑ったのだ。
「……西住さん。聖グロリアーナ女学院の言葉に偽りはないことを証明します。全力で、全身全霊で、お相手務めさせていただきます」
「……はい。こちらこそ、よろしくお願い致します」
ダージリンの強い言葉にみほも強く頷き返し、離れる。もうこれ以上の言葉は必要ないと、後は結果に委ねるしかない。
「み、みぽりんっ!!」
「西住さん……」
「西住殿……!!」
「…………ふぅ……」
「武部さん、五十鈴さん、秋山さん、冷泉さん……それに、皆さん。ごめんなさい」
深くみほが頭を下げる。
「……きっと、あそこで断っていたら、後悔したと思うんです。遺恨も残ったかもしれない……それだけは、ダメな気がしたんです。断ったら、多分、キーマンさんは傷付く……でも、ここで勝てば何も残らない。そうですよね、井納さん、角谷会長」
視線が輪と杏の2人集中する。しかし当の本人らは深刻そうな表情等欠片もしておらず、寧ろ楽しそうに笑っていた。
「そうだね。ようは結果を出せば誰も文句は言えない。それで皆丸く収まる」
「おわかりいただけたようで何より。ご安心下さい。ボクは決して負けません」
自信満々な笑顔の2人に大洗の不安は増すばかりの中、ついに初の『戦車道』の試合が幕を開けることとなる。
果たして大洗チームに勝利の女神は微笑むのだろうか……?