「キーマン」
「……ダージリンか」
挨拶を終えてスタート地点に移動を終えた聖グロリアーナ女学院の面々。後は開始合図を待つだけになった時間、ACの横で待機するキーマンの元へダージリンが厳しい表情で歩み寄ってきていた。
「調子は良いですか?」
「……私は良好だ。寧ろ高ぶりを抑えきれる自信がない」
「いえ、貴方ではなく……、」
「……キャンディか」
チラッとキーマンが視線を動かした先には既にACに乗り込もうとしているキャンディの姿があった。
「……少々力んでいるだろう。だが例え最善であったとしても、彼女には申し訳ないが敵わないだろうな」
グローブをはめ直し手を握ったり開いたりしながら感触を確かめる。試合開始が近付くにつれてバクバクと鳴り響く心臓の音が心地好くなってくる。こんな高ぶりは久しぶりだと、キーマンは微かに口角を釣り上げた。
「珍しいですね、貴方がそんなにも楽しげにしているのは」
「……? そうか……いや、つい表情に出てしまうよ。待ち焦がれた瞬間だからな……」
「いつから彼女に?」
「……それこそ『機兵道』を初めてそんなに間もなかった頃だ。やっと慣れた頃に噂を聞いてどんなものかと公式戦の試合を見たんだ」
キーマンがそっと手を掲げ太陽にかざし、指の隙間から差し込む陽光に眩しそうに目を細めた。
「……魅了された。一目惚れと言っても良い。私は確かに心打たれたのだ。嗚呼、あの人が私の目標なんだと。さっきは映像を見ていて本当に驚いた。まさか彼女がいるとはね……おかげで慌てて飛び出して来たところだ」
寒い話だろう、と肩を竦めた。だが、その表情は相変わらず柔らかい。少なくとも高校生生活を共にしてきたダージリンにはそう見えた。
「立派なことだと思いますわ。彼女を目指してひたすらに『機兵道』に打ち込んできたその姿勢、素晴らしいことです」
「……やめてくれダージリン、私は誉められるのは嫌いだとあれほど……、」
「誉めます。誉めて誉めて誉めちぎり、貴方に激励を。全力で挑んで来て下さい」
「……わかっているとも。この機会、無駄にする訳にはいかない。そちらも、気を付けることだ。キャンディも私も、恐らく彼女に縛られる。ミス・西住は侮れない相手だ」
硬く拳を握り締めたキーマンがACに乗り込む。狭いコックピットに座り込みシステムを起動すればAC専用OSが立ち上がり同時にジェネレータが稼働し始め静かに唸り声を上げ始めた。
System scanning.....
HEAD ---- Hd-U-C23
CORE ---- CB-116
ARMS ---- AC-129
LEGS ---- SAWARABI mdl.1
R ARM UNIT ----
L ARM UNIT ----
R HANGER UNIT ----
L HANGER UNIT ----
SHOULDER UNIT ---- MONONOFU mdl.2
GENERATOR ---- SUZUMUSHI mdl.1
FCS ---- USUGUMO mdl.3
RECON ---- RA-321
BOOSTER ---- BA-309
Completed.System all green.
「……こちらキーマン『チェイサー』だ。『フェンサー』」
『こちらキャンディ「フェンサー」です。どうされましたか、先輩』
「……我々2人で向こうのACを抑える。敵をぽっと出の初心者と思わない方が良い」
『先輩、貴方はわたくしに油断をするなとおっしゃっておられますの?』
「……無論のこと君が油断しているとは微塵も思っていない。だが、少し肩に力が入り過ぎだ。深呼吸を進める」
『…………イエス、マム』
渋々、と言った雰囲気が通信越しに伝わってくる。まだ最初の彼女の挑発が残っているのだろう。この辺りはまた試合後に指導せねばなるまいとキーマンは心の中にメモしておく。恐らくキャンディもこの試合を通して気持ちを改めてくれる筈だ。そう信じて。
System scanning.....
HEAD ---- D/KT-2G3
CORE ---- D/KT-1O3
ARMS ---- D/KT-1S
LEGS ---- D/ULG-10
R ARM UNIT ----
L ARM UNIT ----
R HANGER UNIT ----
L HANGER UNIT ----
SHOULDER UNIT ---- D/CIWS-8
GENERATOR ---- D/UGN-70
FCS ---- D/KV-1T2
RECON ---- D/STK-16
BOOSTER ---- D/UBT-25
Completed.System all green.
【メインシステム、通常モードで起動】
相変わらず酷いアセンですね、とモニターに映る文字を見て井納輪は内心ごちた。先の会話ではキャンディという子に申し訳ないことをしたかもしれないと思う。後で一応謝るべきだろうか、そんなことを考えた。
「ACよりAチームへ。こちら準備完了しました」
『こちらAチーム西住、了解ですっ。合図があるまでしばらく待機でお願いします』
「Copy.」
試合開始まではしばらく時間はある。さてどうしてくれようかと輪はしばし思考に没頭し始めた。
見た限り敵ACは軽逆のスナイパーライフル2丁にシールド持ちが2機。高速機動型の機体で2機のアセンブルは全て同じと見て良いだろう。
「……跳弾が望めないのは痛いですね」
スナイパーライフルは貫通力が高い。このジャンクACでは戦車の盾になっても攻撃が弾けず機体にダメージが蓄積することになる。連射が効かないのが唯一の救いか。
「大見得切ったは良いものの、対策が実力で真っ向勝負しかないのはかなりアレですよねぇ」
と輪は苦笑。会長にも相手にも大見得切って張り切って、これで惨敗ではもう皆に顔向けできない。
「……まぁ、もう土下座は確定してるから、いいですよね」
一度深く息を吸って深呼吸をしてからレバーを握る。試合開始まで、後僅か――――――――。
各チームの準備完了を待って西住みほはハッチから後ろに立つジャンクの塊を見上げた。ちぐはぐな印象を受けるそのACに乗り込む井納輪という人物。彼女が一体何者なのか、みほはぼんやりと考えていた。
「みぽりんっ、皆準備オッケー!!」
「了解です」
ACも今は準備を終えて待機。戦車よりも大きいというのにジェネレータの音は予想以上に小さい。すっかり戦車のエンジン音にかき消されてしまっていた。
「……井納さん」
『こちらAC、井納です。どうされましたか? 西住隊長』
返ってきた声は相変わらず飄々としている。あれだけの啖呵を切った割に落ち着いているらしい。
「井納さんには相手のACを2機同時に抑えてもらいたいと思います。1機でも自由にされてしまうとこちらの戦車を1台簡単に撃破されてしまいますから」
『お安い御用です。早々に1機落として見せましょう。そうすれば皆さんの盾になれます』
無理です、とは言わなかった。寧ろ自分に任せろとまで言いそうな雰囲気だ。
「……井納さんは、『機兵道』を始めてどれくらいですか?」
『ボクですか。ボクはまぁ幼い頃から惰性でずっとやって来てますからね……多分、そろそろ10年近くなるんじゃないでしょうか』
まぁ井納輪は大して良い成績は修めてませんけど、と笑う様子が通信越しにわかった。確かに輪の活躍を耳に聞いたことはない。『戦車道』と『機兵道』が歩み寄ったのは大分昔だからこそ、みほも簡単な情報くらいは黒森峰にいた頃からチェックはしていたがそれらしい噂も聞いたことは無かったのだ。
『この試合が終わったら、皆さんの前で土下座しますよ。今はこれで許して下さい』
「土下座?」
『無理を言いましたから。勝っても負けてもボクの罪は重いです。今は見逃してほしいですが、終わったら好きなだけ恨んで下さい』
キィィィィィィィィッとブースターから音が発せられる。これ以上喋ることはないと暗に伝えるように。
間もなく試合開始だ。よしっ、とみほ気合を入れ直し真っ直ぐ前を向く。
遠くの空でポンッと空砲が鳴る。
「パンツァー・フォー!!」
戦車が動き出し、同時にACも地を蹴って加速、ブースターを全力で噴かして浮き上がる。
戦いの火蓋が今、切って落とされた……。