時間は井納輪が聖グロリアーナ女学院の部隊を戦車とACに分断した直後にまで遡る。
一瞬『フェンサー』に狙われたⅣ号ではあったが輪の介入により事なきを得る。遥か後方に遠ざかっていくジャンクACを見送り西住みほは冷泉麻子に更に増速を指示。介入により一瞬だけ反応の遅れた聖グロリアーナ女学院の部隊をいくばくか引き離して進んで行く。作戦地点まで後少し。
「こちらAチーム。敵を引き付けつつ、残り3分程度で待機地点へ到着します。どうぞ」
『Eチーム、了解。急げよ西住』
咽頭マイクからの指示に返ってきた返事は生徒会の河嶋桃の声だ。少々苛立ちが込められているのは時間が経ちすぎてしまったからだろうかと頭の隅で考えつつみほは後ろを振り返った。と同時に発砲音が鳴り近くの岩壁に徹甲弾が衝突し瓦礫が道に落ちてきた。
「残り600mで敵戦車射程内ですっ」
5両がぴったりついてきている。取り敢えずここまで来れば誘導は成功したと見て良いだろう。後はキルゾーンでどれだけ敵車両を減らせるかだ。
と、その時、前方からの発砲音にみほは顔を上げた。刹那にⅣ号の真横へ弾が着弾し衝撃で車体が僅かに浮き上がる。
「あッ、ちょっと、待って下さい!!」
砲撃は何故か味方から。真っ先に撃って来た生徒会の38(t)に釣られてM3やⅢ突までがⅣ号に向かって発砲してくる。
「味方に撃ってどうすんのよぉぉぉぉぉぉぉッッ!?」
『いやぁ、ごめんねぇ西住ちゃん達~。河嶋がねぇ……、』
全車両の通信手に向かって叫ぶ沙織の返答に、生徒会長の角谷杏からケラケラとした笑い声と共に謝罪が帰って来る。ああ多分めっちゃ慌ててるんだろうなぁと思いを馳せた。沸点が低いのか緊張に弱いのか……。
味方の砲撃を無事掻い潜りAチームも高台へ登ろうとする、丁度その時聖グロリアーナ女学院チームの戦車部隊がキルゾーンに突入してくる。
「こんな安直な囮作戦、私達には通用しないわ」
その作戦を見切り、しかし戦車は速度を緩めることなく真正面から突っ込んで行く。
桃が半狂乱で「撃て撃て撃てェッ!!」と連呼して主砲を撃つが、大洗の攻撃は全くの見当違いの場所へ辺り岩を砕くのみ。「履帯を狙って下さい!!」とみほから指示が飛ぶが今度は傾斜面に車体が隠れてしまい上手く狙えない。
結局あっさりと最終ラインを突破され、今度は大洗チームが包囲されてしまう。
「全車前進、攻撃。1両ずつ、確実に撃破しなさい」
静かにダージリンが告げ、チャーチルとマチルダⅡがどんどんと包囲網を狭めて行く。大洗は徐々に後退せざるを得ない。チャーチルが発砲、遅れてマチルダⅡも大洗の戦車に向けて撃つ。至近弾による衝撃が車体を揺らし、時に浮かせ傾ける。轟音が腹を突き抜け脳天を揺らすその状況、まさに死線である。
「くぅぅぅっ、スゴいアタック……!!」
「あ、有り得ないしぃ~!!」
音とは無意識に恐怖を煽り出す。そうなれば集中力も何もあったもんじゃない。
Bチームことバレー部の八九式は避けるのに手一杯、1年生チームの車体も前後左右に不安定に動き回るだけ。
「あのっ、皆さん落ち着いて、砲撃は止めないで……っ!!」
「も、もう無理ですぅ~!?」
「いやぁぁぁぁぁぁっっ!!」
「死んじゃう!! 死んじゃうって!!」
「怖いよぉぉぉぉぉぉッ!!」
「…………………………………………」
「逃げちゃダメだってばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」
と、突然M3の横のハッチが開いて山郷あゆみと宇津木優季を先頭にわらわらと1年生が飛び出して砲撃の中を逃げて行く。全員が飛び出して行ったその直後、マチルダⅡの徹甲弾がM3の横っ面を叩き戦車が被弾、貫通判定により走行不能、無情にも白旗が上がった。
「撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て全部撃ちこめ動くの全部全部全部撃てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッッ!!!!!!!!」
「どうしよう、桃ちゃん止まんないよぉ……、」
「いやぁ、流石にもう何も聞こえてないっしょ」
38(t)が後退しつつ、砲塔は滅茶苦茶な方向へ発砲。真後ろで狂った人形の如く奇声を上げる桃に小山柚子はお手上げ状態。杏はもう最初から取り合う気も無いようだ。
マチルダⅡの徹甲弾が38(t)を狙う、が後退していたことによりギリギリ避けて真横へ着弾し車両が浮き上がる。と、突然履帯から異音が鳴る。
「あれっ、あれれッ!?」
柚子がガチャガチャとレバーを引いたり押したりするも戦車は言うことを効かない。
「わあお、外れちゃったねぇ履帯。まぁ38(t)は外れやすいからなー」
杏だけがのんびりした口調で原因を理解し、しかし残念ながら立ち直る術は無い。制御を失った38(t)がぐるりと回ってくぼみに滑り落ちた。
さて、どうあがいても大洗女子学園ピンチである。
「武部さんッ、各車状況を確認して下さい!!」
「あっ、うん、わかった……えっとぉ……、」
みほの指示に沙織は通信機のつまみを回して周波数を調整、各車両に通信を繋げる。
「Bチームどうですかー!?」
『何とか大丈夫です!!』
「Cチーム!!」
『言うに及ばず!!』
「Dチーム!!」
『…………………………………………、』
「うぇぇ、返事なし……あぁもうっ!! Eチーム!!」
『ダメっぽいね』
戦車5両中4両生存、内1両走行不能状態。これ以上ここに留まっていてはいずれ逃げれなくなってやられてしまうだろう。
『西住隊長ッ!!』
と、急に大きな音が通信に割り込んでくる。発信先はACを駆る輪からだった。
『申し訳ありません、1機撃破しましたがその間に「チェイサー」が戦闘を離脱し戦車隊へ合流しようとしています。急ぎその場を離れて下さいッ』
急かすような輪の物言いに若干の驚きを隠せずみほは押し黙る。
「隊長は西住さんです。遠慮なく指示を」
「私達はみほに従うだけだよっ」
「西住殿、どうか決断を。期待に応えてみせますとも!!」
「……どこへでもついて行ってやる」
「皆……、」
ここで決断しなければ、皆がやられる。それだけはできないと、みほは強く息を飲み込んだ。
「B、Cチームの皆さん!!」
『はいっ』
『よしきたッ』
「現時点をもって“コソコソ作戦”を終了ッ、“もっとコソコソ作戦”を決行します!! Aチームに続いて下さい!!」
『『了解ッ!!』』
『なッ、待て!! 許さんぞ!?』
通信で河嶋が叫ぶがこの際無視だ。杏からもう無理という返事は貰っている。切り捨てても文句は言われないのだ、ここは心を鬼にしなければ。
「井能さん、今言った通りです!!」
『Copy.すぐに追い付きます。それまでは申し訳ありませんが、頼みます』
「了解しましたっ。五十鈴さん、それに他戦車の砲手さんっ、牽制しながら包囲網を突破します!! 発砲のし過ぎに注意しつつ足止めをして下さい!!」
「了解しましたッ」
『心得た!!』
『任せといてー!!』
Ⅳ号が1発牽制でチャーチル目掛けて発砲してから背後の細道に逃げ込み、その後に三突と八九式が続く。
「逃げ出したの……? 追撃するわよ」
大洗車両に続き聖グロリアーナチームの車両も進行を開始。山道を下り海岸線へ向かうルートを使い下山、大通りを進んでから大洗チームは市街地へ潜り込む。
「これより市街地へ入ります。地形を最大限に生かして下さい」
『Why not!!』
『大洗は庭ですッ、任せて下さい!!』
第2の策“もっとコソコソ作戦”始動――――
つい先程まで戦車隊同士の激しい砲撃戦が交わされていた場所はすっかり静寂に包まれていた。取り残された生徒会チームだけがやることもなくボーッと空を見上げている。戦車は履帯が外れたのみでまだ撃破判定が下された訳ではないのだ。
「直りそう?」
「何とか、なる、かもぉ……っ!!」
小山柚子が重いであろう履帯を一生懸命持ち上げて嵌め込む作業を杏は丁度良い高さの岩に座って眺めていた。汗だくで身体もプルプルと震え既に限界である。
「ひぇぇ……ぁ、む、無理だよぉ……、」
案の定、重過ぎて履帯を取り落とす。少女1人が持つには質量があり過ぎるのだ。
「……手を貸そう」
「あっ、ありがとうございま――――あぁっ!?」
「なっ、貴様は……!?」
「およ?」
突然の声に先程まで戦車の中にいた桃と柚子が驚愕、一歩身を引いた。
「キーマン……ッ!!」
「……何をしている。早くせねば合流出来ないぞ」
「そんな事を気にしてる場合か!? 我々と貴様は敵同士だぞ!!」
履帯を持ち上げようとしゃがみこんだキーマンだが、桃の声に首を傾げるばかりであった。
「……敵だが、何かあるのか?」
「問題しかないわ!! 貴様が敵である我々を助ける等おかしいに決まっている!!」
「…………ふむ、流石にそうか」
と、不意にキーマンは担ごうとしていた履帯をその場にまた戻し高台下に戻った。
一体ACにも乗らず何をしに来たのかと考えていると、ACの稼働音が近付いて来て突然崖下から『チェイサー』が飛び出して38(t)の近くに着地、その両腕にはスナイパーライフルが握られていた。
『……では、行くぞ』
まさか、と桃が顔を顰める。戦車が動けない間に撃破してしまおうという考えだろう。ACは1機につき相手チーム1割の戦車撃破が認められている。ここで数を減らせば聖グロリアーナ女学院が俄然有利となるのだ、見逃す手はない。自分も敵だったらそうするだろうと桃は直ちに理解した。
――――しかし、キーマンの『チェイサー』が起こした行動は全くの予想外のものであった。
アームユニットに持っていたスナイパーライフルをその場に起き、窪みに落ちた38(t)を引き上げて片腕で持ち上げた後にもう片方の手で履帯を軽々と持ち上げる。
『……こちらで履帯と車体を支える。そちらで細かく調整して戻してくれ』
「あ、わ、わかった…………ではない!!」
『……? 何故だ?』
「貴様は敵を助けているのだぞ!! そんな事をして貴様に得はないはずだ!!」
『……何だ、そんなことか』
「“そんなこと”……!?」
ピキッと青筋を浮かべる桃にキーマンは力の抜けた声音で答えた。
『……私は確かに君達の敵ではあるが、卑怯者ではない。試合ならば正々堂々闘って結果を出すのが選手だ。そこに「戦車道」も「機兵道」も関係ない。ここで君達を撃破すれば我々は勝利に近付くだろう。しかしそれで掴み取った勝利は私にとって価値ある勝利なのか? そうとは思わない。ここで撃破する“卑怯”を、私は決して許さない、自分自身を許せない。それだけは出来ないのだ』
『チェイサー』のコックピットが開きキーマンが再び降りて来て履帯を戦車に嵌め直してゆく。ACの補助により履帯はあっさりと元通りとなり38(t)は再び戦線に復帰できる形となった。
「……これは私の自己満足だ。笑いたければ笑ってくれ。周りが何を言おうと私はこの考えを変えることはない。これは私の誇りだ」
キーマンが38(t)を押し込み腕から降ろそうとする。少しずつ腕の上から車体がずれるが人1人分の力では中々動かなかった。
「英国淑女……いえ、この場合は紳士的と言えますかね」
「……?」
キーマンの横に柚子が苦笑しながらそっと手を添えて同じように押し出す。
「……まさか、敵に塩を送られることになるとはな」
柚子と同じように桃も仏頂面ではあるが隣で車体を押し出した。これでようやく車体がゆっくりと腕の上を滑りようやく地面に降りる。
「……仲間の元に行くが良い。私は君達が見えなくなるまで『チェイサー』に搭乗はしない」
「……信用して良いのだな?」
「……ああ。どうせなら山の麓まで徒歩でついて行こうか?」
「あはははっ、いーよいーよ。キーちゃんはACに乗り込んで待機しててもらって」
けらけらと笑って杏が歩み寄ってきてキーマンの肩を叩く。
「君は英国紳士だ。信頼してるよっ」
「……一応、淑女なのだがな……、」
「淑女であり紳士っ。いーじゃないの。よしっ、じゃあ西住ちゃん達に合流しよっかね」
「はい」
「キーマンさん、ありがとうございました」
「……礼を言われることではないさ。ただの自己満足だからな」
ひらひらと手を振るキーマンに礼を言い、戦車に乗り込みエンジンを始動。特に不調な点もなく無事走り出す。キーマンはその様子を『チェイサー』のショルダーユニットの上から見えなくなるまで眺め、視界から消えたところでようやくコックピットに乗り込む。
システムを起動しスキャンモードで周囲を警戒しつつ通信を繋いだ。
「……ダージリン」
『キーマンね。どうされましたの?』
「……これより私は敵AC撃破に向けて動く。彼女は恐らくだが君達本隊を狙って動いている筈だ。ACが現れたら牽制しつつ全力で撤退、目標も放棄で頼む」
『元よりそのつもりです。戦車では到底敵いませんから。早く来て下さいね、私達の王子様』
「……わかったよ、マイ・プリンセス」
『チェイサー』がグライドブーストを起動、街へ向けて一直線に飛び出す。ジャンクACの速度ならまだ追い付ける筈だ。本隊が接触する前に合流せねばとキーマンは空を駆け抜けた。