大洗チームを追跡していた聖グロリアーナ女学院の戦車部隊だが、市街地入口で集団を失いしばし立ち往生していた。
「隠れた、ということは……物陰からの奇襲でしょうか……?」
ハッチを開けてキューポラから半身を出して周囲を見回し顎に手を当てながら考えに没頭する。と、そこで紅茶が手元にないことに気付く。頭が回らないのはその所為だったかと取り敢えずまずは紅茶を一口飲む。
『……ダージリン』
「キーマンね。どうされましたの?」
通信機ごしに落ち着いたキーマンの声を聴いて不思議と気分が落ち着いたのに気付く。紅茶を忘れていた辺り、弾が当たらない焦りに晒されていたのかもしれない。
キーマンからの通信は敵ACへの対応。恐らく敵ACは本隊を襲撃するだろうとの話だ。
「元よりそのつもりです。戦車では到底敵いませんから。早く来て下さいね、私達の王子様」
『……わかったよ、マイ・プリンセス』
通信が切れる。と、隣でクスクスと笑う声が聞こえた。
「……どうしたんですの、ペコにアッサムまで」
小さく笑っていたのは装填手のオレンジペコと砲撃手のアッサムだった。
「いえ……あの、ですね……」
「だってダージリン、あまりに嬉しそうだったものですから。キーマンに言われたのでしょう、“マイ・プリンセス”って。さっきまで顔が強張ってたのに、今ではすっかり笑顔なんですもの」
「なっ……、」
アッサムの指摘にオレンジペコもコクコクと頷く。思わず頬を赤くして固まるダージリン、予想通りの反応に2人はますます面白そうに笑みを深めた。
「キーマンさんは学院では王子様ですからね。その王子様にお姫様と呼ばれるなんて、羨ましい限りです」
「ちっ、違いますわっ。ただの言葉の綾に決まってます……!!」
「ダージリン、その程度なら慌てて否定する必要もないのでは?」
「うぅっ……!?」
正に図星。反論の余地も見付からずダージリンは力なく俯いた。
「とっ、とにかく競技にしなさいっ、周辺への警戒は怠らず索敵は念入りに……っ!!」
全くもう……、と指摘された恥ずかしさにしょんぼりした表情で小さく呟くダージリン。実際のところ、キーマンの紳士的な対応に心惹かれるものは多々ある。落ち着いた物腰に冷静さを失わない精神力、時に見せる真剣で隙を見せない恐ろしい程のな眼差しは彼女が学院内でも特に人気を誇る要因だ。
斯く言うダージリンも、知らぬ降りをしてはいたがキーマンの虜だった。一挙手一投足の所作の美しさや紳士的気遣いには、平静を装ってはいるものの内心のトキメキは自覚してしまっている。
“マイ・プリンセス”
キーマンの呟いた言葉がすっと胸に溶け込む。あんなことを言われたのは初めてで、当初は何も言えなくなったくらいに脳天を揺さぶられた気分だった。見栄を張って“王子様”と言った仕打ちがこれだ。
全然悪いことではなく、寧ろ脳内で小躍りしたくなるほど嬉しい。
しばしボーッとしてからハッと意識を取り戻しふるふると首を小さく横に振る。今は妄想に更けてる場合ではない、試合に集中せねば。
「……周辺に敵影はありますか?」
『現在確認中です。現状まだ発見できていません』
『散開して索敵に当たり――――Gi、ppppppppp』
「っ、どうされたのですっ?」
と、いきなり片方の無線にノイズが走り異音だけが吐き出される。数秒ほど通信不能状態が続き、ようやく無線が復活、そこから聞こえてきた声は、トーンが落ちていた。
『…………も、申し訳ありません……マチルダⅡ、奇襲を受け走行不能、です……、』
奇襲成功。作戦の成功にCチームの松本里子ことエルヴィンと杉山清美こと左衛門佐は拳をぶつけた。隣では鈴木貴子ことカエサル、操縦席では野上武子ことおりょうがサムズアップして笑顔を浮かべていた。
『よっし!! ナイススパイクぅ!!』
通信越しにBチームからも歓声が上がった。
「こちらCチーム、1両撃破!!」
『Bチーム、良いの一発かましてやりました!!』
これで一気に2両撃破。あっさりと戦車を同じ数にまで減らせた。この功績は非常に大きいと言えよう。
「次だ。袋の鼠を叩く!!」
「窮鼠猫を噛む、となれば鼠はこちら側だがな」
左衛門佐の言葉にそれもそうだなとエルヴィンは頷く。先ほどまで劣勢だったのは自分達、土壇場での逆転劇と言うのは窮鼠にこそ相応しい。
「むっ」
と、前進するⅢ突の前方に敵のマチルダⅡが見えた。
「路地裏に逃げ込め」
「ほい」
エルヴィンの指示を受けおりょうがⅢ突を旋回、角を曲がり入り組んだ路地に入り込む。
「裏路地ならこちらの姿も見えまい。Ⅲ突は車高が低いからな――――」
刹那、真横からの轟音が塀を貫き衝撃がⅢ突を横殴りに叩く。
確かに、Ⅲ突は車高が低く敵に見付かりにくいという性質がある。例外として、Cチームのようにのぼりを立てていなければの話ではあるのだが……。Cチーム戦車は塀より高いのぼりに目を付けられ狙い撃ちにされたのだった。
Cチーム、徹甲弾貫通判定により走行不能、戦線離脱。
「あっはっはっは!! 作戦大成功!!」
八九式の砲撃は確かにマチルダⅡの無防備な背中を捕えた。敵車両は炎上し立ち往生だ。
「よしっ、それじゃあ次に――――、」
煙が晴れて、マチルダⅡが姿を現す。そこには予備燃料タンクだけが吹き飛んで焦げた車両があり、本体は煤を被っただけで無傷。撃破判定は下されていなかった。
「うああああっ!? 生きてたぁ!?」
「どうしよどうしよ!?」
「
慌てて後退しつつ至近距離からもう一発。しかし駐車スペースの後方は柵によって塞がれ動けず、更に砲撃は装甲に弾かれあさっての方向へ飛んでいく。残念ながらこの距離でも正面装甲は簡単には抜けない。
「さ、サーブ権取られたぁ……」
マチルダⅡの砲塔がゆっくり八九式に照準を合わせる。この距離ではもう八九式に成す術は無かった……。
『ぬぐっ……Cチーム、走行不能!!』
『Bチーム、敵撃破失敗、及び走行不能!! スミマセン……!!』
「ッ!?」
通信による報告に西住みほはハッと顔を上げた。
作戦は上手くいったかに思えた。しかし最後の最後で詰めが甘かった。撃破できた車両は1両のみ、大洗は2両も脱落し残るはⅣ号のみ。対して敵は4両が健在。状況は絶望的と言えよう。Ⅳ号でマチルダⅡやチャーチルの装甲を抜くのは至難の技、Ⅲ突が撃破され火力もなくなってしまってはどうしようもない。
ここからどうするべきか。考えている間に聖グロリアーナ女学院は次々と戦車が合流、残るⅣ号を仕留めんと包囲網を狭めて来る。
「まずい、このままじゃ囲まれる……、」
Ⅳ号の背後にマチルダⅡが飛び出して来た。いつまでも立ち往生していては囲まれて集中砲火で撃破される。
「どうする?」
「とにかく敵を振り切って……!!」
「ほい――――、ッ……、」
Ⅳ号が走り出そうとする――――その時、進行方向に鉄の塊が着地して煙と瓦礫を巻き上げた。
冷泉麻子は踏み込んだペダルを咄嗟に離してブレーキ、急制動で車体がガクンと大きく揺れた。
「ここでAC……!?」
砲塔を後ろに回そうとしていた五十鈴華の手が止まる。挟まれた状況、どちらに背を向ければ良いのかわからなかった。
『……素晴らしい機転を見せた。だが、甘かった』
降り立ったAC『チェイサー』がスナイパーライフルをⅣ号に向けて構える。前門の虎、後門の狼とは正にこの事、絶体絶命のピンチである。
(どうしよう……!!)
もう手が無い、案が浮かばない。嫌な汗がみほのこめかみと背を伝った。
左右に路地はあるが、位置が悪く方向転換している間に蜂の巣にされるのは目に見えている。Ⅳ号の砲塔は1つ、『チェイサー』に撃ち込んで隙を作ろうにもACに一発当てた程度で怯むとは思えないし後ろには複数のマチルダⅡ、1つを狙っている間に撃たれて終わりだ。
――――万事休す、か。
諦めよう。そんな言葉が喉まで出て来た。
その時、
『Aチームの皆さん』
井納輪の言葉が聞こえてきた。
『全速力で前進して下さい。道を作ります』
「井納さん……?」
『急いで』
「ッ……冷泉さんッ!!」
「りょーかいっ」
Ⅳ号がギアを上げて一気に加速。ギャリギャリと地面を削り上げ『チェイサー』へと真っ直ぐ突っ込む。黒い影がⅣ号を覆うように、眼前へどんどんと迫って来る。
だがもう止まれない。策が無い以上、彼女の言葉を信じて進む以外に道は無い。
ぶつかる。
誰もがそう思った、刹那。『チェイサー』の横にあった家屋が吹き飛び、瓦礫の中からジャンクACが飛び出して『チェイサー』を巻き込み反対側の商店へ突っ込んだ。『チェイサー』のいなくなって道をⅣ号が駆け抜け包囲網を突破する。
『機体性能差程、憎たらしい現実はありませんねッ』
『……やはり来たか……ッ』
満更でもなさそうにキーマンが呟いた。
2機がもつれ合い建物を何棟も巻き込んで何度も転がる。鉄の塊が暴れ回るその様は暴力そのものだ。その中でも2機はお互いの得物で撃ち合いを始めていた。
ハイブースト、ブーストチャージの応酬、鉄同士がぶつかり合い、バトルライフルが、スナイパーライフルが火を噴いて装甲を吹き飛ばす。
その様子を尻目にⅣ号は道路を疾走、角を曲がりとにかく射線を合わせないように街中を駆け回る。マチルダⅡの砲撃はⅣ号が走り去った道路を削り、時に塀を貫通して砕く。
「っ」
しかしまた角を曲がったところでⅣ号が止まる。目の前には工事中の表記で道路が塞がれておりこれ以上は進めない。