キノンの没作品シリーズ   作:いつのせキノン

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アルペジオ二次。何故書いたかは不明。設定プロット共にガバガバ。
書いたのは多分2年以上前。

正式なタイトルは『Die Arpeggio Blauen Stahles -Weiβ Schwarz-』


Die Arpeggio Blauen Stahles
001


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 透き通った青の上に、小さな小さな寂れたゴムボートが、行く当ても無く、目的も無く、ただ静かに、その体を不規則に揺らした。

 

「………………………………」

 

 ボートの上に乗っているのは、まだ年端も行かない服も体もボロボロな子供。何をする訳でもなく、一人静かに仰向けになり海と色の変わらない晴れの空を見上げる。聞こえて来るのは波間に響く白波の音。今ではすっかりそれに慣れてしまい、何となく子守唄のように聞こえてきてしまう。

 

「……、」

 

 不意に少年が息を呑む。認識したのは、海の底から響いた連続的な駆動音だ。魚雷ではない、音が重い。潜水艦の類か、或いは……。

 力なく少年が体を起こす。たっぷり一〇秒は掛けて座り直すと、何となく、ボートの端に転がっていた錆びたナイフを手に握り感触を確かめた。もう一週間近くは何も食べていないのだろうか。もうずっと同じ景色を眺め続け感覚がよくわからなくなっていた。正直言って限界が近い。いつ倒れてもおかしくはないのに、少年は震える手でナイフをしかと握った。 ボートの端にそっと移動して海面を覗き込んだ。いつもと変わらぬ、やつれた少年の顔を映し出す水面……に、普通なら見えるだろう。彼にはその青色がどんどんと濃くなり始めているのが手に取るようにわかっていた。ゆっくりと自分とは比べ物にならない大きさの“何か”が真下から浮上してきている。 歯がカチカチと音を立てた。空腹、体温低下、そして、恐怖。負のスパイラルが少年を蝕み、思考を鈍らせる。今使えるのはボロボロになった自身の体と、今にも折れてしまいそうな錆びたナイフ一本だけ。彼がずっと前から絶望的状況に陥っていることは覆しようのないことだった。

 

 ――――海面が黒くなる。水を押し上げ“何か”が徐々に姿を顕にし始めたのだ。

 

 黒塗りの光沢を放つ“ソレ”は、まずボートごと水を掬い上げ海面から顔を覗かせる。ゴムボートなど比ではない圧倒的大きさと排水量――――戦艦に勝るとも劣らず。水を割り波をも砕いて轟音と共に消し去った。

 潜水艦ではない、巡洋艦だ。ボートは大きく跳ね上げられ、甲板に打ち上げられる。少年はボートへただただ必死にしがみつきながらその艦橋を見上げた。何かの視線を感じる。人ではない、しかし確かにこちらに意識を向ける何か。何となく少年はその正体がこの船なのではないかと漠然に感じた。

 (じき)に軍艦を動かしていたであろう重々しい音が小さくなりやがて収まる。それ以降船は沈黙を破らず、また波の音が聴覚を支配する世界に戻った。

 誰かが現れる訳でもない、船が進む訳でもない。何も起きない現状に少年は僅かに困惑していた。普通なら誰かが出てきたり何かギミックが起こるものだろう、常識的に考えて。しかしいつまで経ってもアクションを起こさない相手に少年はシビレを切らした。

 仕方なく、慎重にボートの縁を跨ぎ甲板に足を付けた。カツン、という固く響く音。どうにもこれは人の手によって生成されたものではないようだ。

 人っ子一人いやしない甲板を忍び足で移動し、何か出てこないものかと期待と不安の入り乱れた感情を持て余す。多分、人は出てこない。それだけこの船からは人間臭さを感じ得なかったからだ。

 ぐるりと艦橋の周りを一周したところで少年は壁に背を預けて座り込んだ。ここまでずっと姿勢を低く警戒しながら歩いていたせいでもう疲れきっていた。数日間何も口にしてこなかったのだから当たり前か。腕にも力が入らず、手の中からナイフがこぼれ落ちた。

 潮風に吹かれていると、どんどんとまぶたが重くなってくる。眠い。多分、今思い切って目を閉じてしまえば夢も見ずに永遠眠りこけてしまうだろう。二度と起きないに決まってる。それだけは勘弁願いたかった。まだ死にたくない。死を知ってしまっていたからこそ、尚更強く思った。最愛の両親も死んだ。多分、一ヶ月くらい前に。思考も鈍り始め自分が何を考えようとしているのかさえもわからなくなってきて、ああもう楽になって良いのかなと思い始める。結局、今まで何を目標に生きるという行為をしてきたのか、納得した答えはでない。死にたくないことがそのまま直結して、ただただ無目的に生きたいという望みになっていたのかもしれない。

 

 ――――コツ、コツ、と、靴が甲板を鳴らす音が酷く遠くに聞こえた。

 

 やっと来たのか。そう思い始めた頃、少年はついに目を閉じようとしていた。

 霞む視界の向こうに“誰か”が見えた。髪が長い、体のラインも細いから女性か。その人はゆっくりと自分の歩き方を確かめるように少年へと歩み寄り、彼の目の前でしゃがみこんだ。

 綺麗なサファイアの瞳が飛び込んできた。柔らかい色合いと心の奥まで見通してしまいそうなほど純粋な、透明な水晶玉のように美しかった。

 

「                     」

 

 何かを言っている。だが、言葉を聞き取れない。遠くへ遠くへと意識が少年を置き去りにし、闇の中へと彼は沈む。

 結局、彼は何一つ理解できぬまま眠りに就いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未だに慣れない右手を伸ばし、そっと少年の肌に彼女は触れた。温かい、そう認識した。

 今、自分の目の前には人間が、小さくて脆い命の一つが無防備にさらけ出されている。どうすれば良いのか、彼女は『困惑』した。そして困惑したことにまた『困惑』した。迷っている。兵器として使役されるだけの存在が、考えることを必要としない自分自身という存在が、問の解を導き出せずにいる。たった一回の思考が様々な疑問を生み出す。何故自分はこの姿でいるのか、何故自分は今敵対する筈の人間をこうして眺めているのか、何故自分は、何故自分は、何故自分は、何故、何故、何故、何故、何故何故何故何故何故何故何故何故何故――――――――――――、

 

『――――チッ――――カット――――チッ――――』

 

 彼女は一度目を閉じた。思考演算に異常が出かけていた。機関部の熱暴走に似たような感覚だと彼女はひしひしと感じる。

 少年に触れていた手を離し、手の平を見る。握ったり、開いたり、指を三本だけ立ててみたり。

 

「――――人間、か……」

 

 なるほど、とさして演算を行った訳でもないのに、彼女は納得した。否、納得してしまった。これが、人間だ。今目の前にある物事に向き合い、正確無慈悲な計算はせずに、本能のままに動く。思考というのも本能が働くからこそできるものだ。ストラックアウトでパーフェクトを目指す為に体の軸を角度をつけて測定して記録する者がいないように、計算なんてものは本能の次なのだ。それが人間。メンタルモデルの言葉通りの“モデル”。人間を真似た結果が、この姿なのである。

 

 ふと少年の身体が横に倒れた。咄嗟に彼女は手を伸ばして身体を支える。

 身体が震えている。顔色も最初より僅かに青白くなり始めているのが見て取れた。生命反応が急激に弱くなってきており、多分、このまま放置すれば少年は息絶えるだろう。何となくだが彼女にとってその行為は許されないと感じた。

 

 ――――助けなければ。

 

 少年を抱き上げた彼女は少し違和感の残る歩みで甲板から艦橋の中へ。扉は全て全自動で開く。何故自分は使う必要も無かったであろう船内に部屋を用意したのだろうか。ふと湧き上がる疑問に、彼女は全力で蓋をした。今それを考える暇は無い。思考するという行為に慣れていない今ではきっと一つのことしか考えられなくなってしまう。それでは今腕の中で消えかけている命を救うことが出来ないから、とにかく現在に必要のない事は思考回路の済の隅に追いやった。

 

 

 

 まず、必要な事。人間は恒温動物であり体温を一定に保つ動物であり、体温が上がりすぎればの細胞が死ぬし、低すぎれば運動力低下によって血液の循環がされなくなり心臓が停止する。難儀な生き物だ、と彼女は思った。自分ならどこか損傷したとしてもナノマテリアルさえあればいくらでも修復できるのに、と。

 じゃあこのメンタルモデルだって――――と、そこで首を振る。いけない、これはまた後でも考えられる。

 取り敢えず、最初は体温を上げさせなければならない。暖かい部屋に行けば良いのだろうか。後は空腹を満たす食事。食物を消化して燃焼することにより人間は体温を維持するのだという。難儀でありながら繊細な動物だ。

 そう言えば食材なんてあっただろうか。何かを一度積み込んだ時に人間が持っていた物も紛れ込んでいた気がする。全部奪取品だが。多分そこに食物もあるだろうと彼女は結論付けた。

 しかし少年はどうしようか。生憎船内に冷暖房完備部屋があるかどうかなんて知らないし、それでは少年が凍え死んでしまう。

 

「……たいおん……」

 

 一瞬の思考でたどり着いたのは自分のメンタルモデルの温度が極めて人間の平均体温と近い値にあったこと。これは多分メンタルモデル生成時に勝手になったものなんだろう。とすればこのまま抱いていた方が寧ろ良いのかもしれない。しかしそのままでは熱が逃げてしまう。二人分を覆える布のような物がいる。毛布という物だ。確かこれも積荷と一緒のところにそれらしきものがある。そうなれば倉庫へ向かえば良いということ。

 腕の中の少年を今一度抱き直し、彼女は船の奥へと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鼻についた匂いは食べ物のそれ。空腹が後を押して少年の目が覚める。意識の落ちた艦橋脇の甲板とは違い暗く、すぐに室内だと理できた。

 

「……おきたね」

 

 自分の耳元で優しい声音が響き恐る恐るそちらを見やる。意識を落とす寸前に見たサファイアの瞳が目に飛び込んできた。その目をじっと見ているうちに自分が彼女に毛布と一緒に抱かれているのに気付いた。

 

「おなか、すいてるとおもったから、これを」

 

 そう言って皿を引っ張ってくる。盛り付けられているのは冷凍食品を解凍して温めたスパゲッティだ。小さく細くお腹が鳴り、今にも飛びつきたい気分に駆られながら彼女をもう一度見た。

 

「だいじょうぶ、たべて」

 

 その一言に少年は数日ぶりの飯へと飛び付いた。わざわざ用意してあったフォークに口いっぱい分巻き付け咀嚼する。美味しい。味は夢中過ぎてわからない、けれど、美味しい。

 

「けっこう、たべるんだ……」

 

 少年の食べっぷりに彼女はただただ唖然とする。無我夢中でスパゲッティを貪る姿は正に飢えた動物そのものだと感じた。

 しかし、こうしてがっつく姿を見ていると彼女の中で満たされるものと不足し始めているものが現れ始める。異常か、一瞬そう思ってみるがどうにもシステム的なエラーは無かった。寧ろそれが精神的な『欲求』であると判断する。彼女が今欲する物は何か、そして同時に満たされいる物は何か。絞り込んで行くと、その大元は少年であると特定できる。

 

「……かわ、いい……?」

「?」

「おなか……すく……?」

 

 一人呟く彼女へ少年が目を向けた。彼女は自分の手と少年を交互に見つめてゆっくり首を傾げた。『無意識』にその手が少年へと伸びて頭を撫で始める。潮風に晒され大分固まっているが彼女には気にならなかったし、何より少年が照れたように目を細めたのが彼女の『心』を刺激した。

 これが満たされる『感覚』。では、不足している物は?

 

「……食べる?」

 

 と、少年が皿とフォークをこちらに差し出してきた。

 食べる。人間的に言えば栄養を摂取するためなんだろう。しかし、それは必要な事なのか。メンタルモデルの自分に、食事を取るということは。

 見かねた少年がフォークにスパゲッティを巻いて口元に持ってくる。

 

 『困惑』

 

 食べて良いのか。

 

 『困惑』

 

「食べて良いんだ、君がくれたから」

 

 承諾。

 一口でスパゲッティを食べる。最初は何も感じなかった。徐々に舌が情報を読み取り、その口に入れた物に味があるんだとわかって、初めて“美味しい”と認識した。

 

「……おいしい」

「そっか」

 

 また少年が自分の分を食べる作業に戻る。美味しそうに食べるんだなと彼女は思い、この美味しいという感覚に一種の快感を覚えた。人間はこんな感覚を毎日味わっていたのだとしたら何と羨ましい事か。

 

「ごちそうさま」

 

 気付けば少年はすっかり綺麗に平らげていた。

 

「…………………………………………、」

「?」

 

 名残惜しそうに皿を見つめる彼女。

 

「食べたかったのか?」

「……ん」

 

 コクリと一つ頷く。

 

「まだ食べ物はあるぞ?」

「つくりかた、よくわからない」

 

 彼女は何となく一番手近にあった冷凍食品を選んだだけであり、冷たかったからこれじゃいけないだろうと思って温めたまで。全てが偶然であり、決して作り方を読みながらやった訳ではないのだ。これはこれである意味天才と言えよう。

 

「じゃあ教える。お礼」

 

 そう言った少年は立ち上がって積荷が山積みになった方へと歩いていく。足取りもしっかりしており倒れる前の弱々しさはすっかり無くなっていた。

 

 ――――良かった……。

 

 ホッとした安心感。胸の内がポカポカと暖かくなったような気がした。不思議に思い首をまた傾げてそっと胸に手を当てた。

 

「あたた、かい」

 

 物理的、とはまた少し違う、気持ちがふんわりと軽くなったような、まだよくわからないという実感。ただわかったことはこの感覚が何よりも“嬉しい”と感じられたこと。

 

「どうしたの?」

 

 少年が彼女の方を振り向いた。座り込んだまま動かないのを不自然に感じたらしい少年は、進んだ道を引き返して顔を覗き込むようにして目の前にしゃがんだ。

 

「わっ、あ、な、なんでも、ない」

「そう。ほら、行こ」

 

 しどろもどろになりながら首を振る彼女のに優しく手を指し伸ばす少年。彼の顔が少し、笑っていた。

 少年の手を取って立ち上がり肩を並べて歩き出す。

 

 ――――幸福。

 

 ふと彼女の頭の中でそんな言葉が(よぎ)った。多分、今自分が満たされているこの感覚が幸福なのだろう。

 

「面白いもの、見つけた?」

 

 少年が問う。彼女はそれにこう答えた。

 

「うん、わたしの中で、大切だっておもえるもの、みつけたから」

 

 彼女も初めて声を弾ませ、笑顔で少年の手を握り返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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