キノンの没作品シリーズ   作:いつのせキノン

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 それは本当に突然の出来事であったと当時の者は語る。

 

 世界が温暖化の影響で陸地の版図を大きく失いつつあった頃、まるで予兆していたかのように“彼女”らは現れた。

 

 “霧の艦隊”

 

 濃霧の中から厳つい姿を顕にした“彼女”らは人間達の海を有無を言わせずに光のような早さで自らの手中に治め、まるでそこは我が領土であらんとばかりに人間達の侵入を(かたく)なに拒んだのだ。

 制海権は全て“霧の艦隊”のものに。孤島、大陸は海という分厚い壁に分断されて孤立を極めた。海を渡ろうとする航空機でさえ“霧の艦隊”は撃ち落としてみせたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソーヤ。新しい日記、見つけた」

 

 現在地、北海道室蘭市。地下に位置する書物庫には分厚い蔵書に埋もれながらも文字を読み進める二人の人間の姿があった。

 片方、艶やかで滑らか、麗しい白銀の髪を床スレスレまで伸ばしたサファイアの瞳を持つ優しげな印象の女性で、右頬には碧銀色の卍型のタトゥーが入っているが、それが目立つわけでもなく美しかった。

 そんな彼女が話しかける先。額に手を当てて難しい顔をしながら考え事をしていた青年が顔を上げた。黒髪を短く整えた少々細めの青年だ。瞳には強い意思が宿るように鋭くまるで鷹を思わせるようだった。

 

「名前はよくわかんないけど、丁度一六年前のやつみたい」

 

 彼女の言葉に「でかした」と青年。読んでいた古めかしい本にしおりを挟み、床に散らばった本を踏まないようにしながら隣に来てどっかりと座り込んだ。

 

「保存状態は中々良いみたいだな」

「そーかな? こっちの方が綺麗だけど」

「そっちは無駄な事しか書いてないのに、無駄に衛生状態の良いところにあったからな。限定生産でもされたんじゃないか? それで大事に保管してあったとか」

「ふーん。結構面白い話なんだけど」

「そもそも俺達が調べる内容じゃないだろ……」

 

 彼女が手にとった本のタイトルは『懐疑的に戦略を見分ける方法』。内容は主にボードゲームの攻略法のようで、表紙にはチェスやオセロなどが描かれていた。パッと見るに限定生産にする必要があるのかどうか疑われる物だが、帯に限定版とあるあたりそうなのかもしれない。

 

「日誌、貸して」

「はい」

 

 赤いカバーの掛けられた日誌帳は大した傷も無く欠損も見当たらない。虫食いやページ抜けなどが七割方の書物庫の中で見れば本当に良い保存状態だ。

 中身は普通の日誌とは大きくかけ離れたエッセイのようにまとめられていた。リアリティが出る分少し信憑性に欠けるかもしれないが、大した情報が手持ちに無い今にとっては大事な情報源だ。

 中身は一六年前の大海戦当日から始まっていた。当時の印象を細かく色濃く書かれた日誌は思った以上に量があった。

 

「あ、」

 

 と、不意に彼女が虚空を見上げてしばし呆ける。

 

「どうした」

「スゴい、人間達がヒュウガ撃沈させたんだってさ」

「イ401達がか?」

「ご名答」

 

 ふむ、と少年がまた額に拳を当てて考え込む。彼のクセだ。この時ばかりは恐ろしい程の冷静さで物事を脳内で処理しているので余程の事でない限りは彼女も彼に声をかけるのは控えるようにしている。

 

「……極東に穴が空きかけてきている。多分、五年以内……いや、もっと早いのか……?」

「二年以内。それ以上は演算できないよ」

 

 推測、予測、演算、シュミレーション。歯車が高速回転するように流れる数式が叩き出す答えに、青年は深く溜息を吐いた。

 

「一年後、こうしてのんびりする時間はないだろうな、世界を引っ掻き回すには。いくら我々が非常識の常識を外れたイレギュラーでも四面楚歌は免れないだろうね」

「でも、それは何よりも大きな大イベント」

「楽しみだな」

「本当、ゾクゾクするくらいに」

 

 青年が日誌帳を閉じる。その瞳には今までにない強い眼光が宿っていた。

 

「出よう、シャル――――いや、シャルンホルスト。グナイゼナウ――――ナナが待ちくたびれてる」

「御意に、我が艦長」

 

 彼女の――――シャルンホルストの額に淡く白い光が灯り、同時に頬の卍も力強く光を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやくかぁ」

 

 そこは岩肌に囲まれた薄暗く湿った場所だった。滴る水滴が水面に落ちて大きく反響する。

 

「おかえりぃ、かんちょぉ。お姉ちゃんもぉ」

「待たせた」

「ただいま、ナナ」

 

 ナナと呼ばれた彼女――――グナイゼナウは大きく伸びをしてから後ろを振り返った。艶のある黒髪がふんわりと宙を流れる。

 振り返った先にいるのは青年とシャルンホルスト。グナイゼナウは彼女に比べると対照的で左頬には黒字の卍型タトゥーが入っていた。しかし感じる雰囲気までが正反対という訳ではない。いかにもおっとりとしていそうだ。ルビーの綺麗な瞳が少々垂れ目なのがそれに尚更拍車をかけているのだろう。

 

「それじゃぁ、ちゃかちゃか崩れた哨戒圏抜けちゃお?」

 

 一つ、グナイゼナウが柏手を打つ。刹那に広い空間を眩い照明が明るく照らし出した。白い光の中に姿を現したのは、威厳とした存在でありながら美しさを兼ね備えた二隻の“戦艦”だった。

 

「いつ見ても壮観だな、二人は」

「お姉ちゃん世界一美しい戦艦だよぉ。誰もそれ以外は言えないしぃ」

「大丈夫、ナナも綺麗だよ」

 

 ナナ()、と言う限りシャルンホルストもそれなりに意識をしているらしい。少々頬が赤みがかったも照れているからなのだ。

 

「さぁ、かんちょぉ」

「こちらへ」

 

 二人が左右に分かれ、青年に道を開ける。戦艦の甲板へと続く舷梯(タラップ)が自動で降りて、青年はそれに足をかけて臆することなく人一人には広すぎる甲板へ強く両足を着けた。

 

「巡洋戦艦シャルンホルスト級ネームシップ“シャルンホルスト”、並びに同型艦二番艦“グナイゼナウ”、出航する」

 

 青年の一声の直後、山をも揺らすような轟音が起伏の激しい岩肌に跳ね返り反響する。“巡洋戦艦”と言えどもその規模は大戦艦に勝るとも劣らず、それが二隻分ともなれば機関の繰り出す音は相当なものになる。

 巨大な船体がゆっくりと着実に動き始める。同時に僅かに沈みながら。当二隻が停泊していたこの人口ドックには艦船を迎える出入り口が存在しない。正確に言えば、海上には存在しないのだ。唯一の迎え口は海中深くに位置するもののみであり、ドック内に侵入できるのは潜水が可能な艦船のみに絞られていた。

 シャルンホルストとグナイゼナウは詰まることなく順調に海中を進みカモフラージュされた岩壁へと突っ込んだ。岩が砕ける、なんてことはなく自動的に岩がスライドし戦艦一隻が余裕で通れる大きさとなった。悠々と二隻が無事通過し終えるとまた岩がスライド、見た目もさながらまるで何もなかったかのように、そこには無骨な岩肌が広がるだけになる。二隻はそのまま深海の闇に飲み込まれて、遠い轟音の中に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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